04 約束
俺は彼女の発言に耳を疑った。
彼女の言っている意味がまるで理解できないからだ。
だって、人間たちからは恐怖の象徴だと距離を置かれているのに、殺される未来が一体どこにあるというのか。
しかし、彼女の真っ直ぐな透き通る瞳には嘘偽りの穢れは一切見られなかった。
本当に、彼女は殺されてしまうのか……。
真っ白になった頭の中を何とか持ち直して、俺は深刻な面持ちで彼女に問いかける。
「殺されるって、君の望んでる結果の話をしてるんじゃないよね……?」
「望む望まないの話じゃなくて、私は殺される運命にあるの」
やはり、彼女の瞳からは嘘を吐いているようには見えなかった。
だけど、どうして殺される運命を背負っているというのに、彼女は動揺の色を見せることなく呆気らかんとしているのか。
俺がこっちの世界に転生する前はかなり動揺したものだが、彼女からはその気は一切感じられなかった。
いや、きっと最初からすでに答えは出されていたのだ。
彼女の世界に対する見解は、つまらないの一言に尽きる。
でも、今になって考えてみると、世界をつまらないの一言で片づけられるのであれば、彼女は殺されると口にしたあの瞬間、全てを諦めたような表情はしなかったはずだ。
ようやく全てが繋がった。
虚ろな瞳をする彼女はこの世界をつまらないと悲観しているのではない——————絶望しているのである。
楽しむ希望も、幸せな希望も、生きる希望すらも否定し、自分がただ一人、孤独に死んでいく未来を肯定してしまっているのだ。
だから彼女は、単純思考しか持てないはずの俺を心の底から羨望した。
世界から取り上げられた感情を、俺が持っていたから——————
「殺される運命にあるって、君はそれでいいのかよ……」
「運命だから仕方がないわ。「アナザー個体」は暮らしを脅かす恐怖の象徴だもの。「アナザー個体」といえど、大軍で攻められれば勝ち目ないから」
「つまり、距離を置かれるか殺されるかの二択しか用意されていないってわけか……。何か打開策とかないのか?」
こんな俺でも力になれるのであれば、力になってあげたい。
だけど、彼女は何も言わず、ただ首を横に振るだけだった。
「どうして……! このままじゃ君、殺されちゃうんだぞ? 友達を見殺しになんてできるわけねぇだろ!」
「大丈夫よ、私は少しの間でも夢が見られればそれだけで。あなたならこの世界で十分に生きていけると思うわ」
「何だよ、それ……。それのどこか大丈夫なんだよ! 一方的に自己満足を押し付けて、それのどこが友達なんだよ!」
喉が張り裂けそうだった。
喉だけじゃない、身体も、心も、張り裂けてしまいそうなほど、強く思いを叫んだ。
今まで一人だったから、友達の在り方なんて分かりやしない。
だけど、一方的に自己満足を押し付けて、勝手にいなくなろうとするのは間違えてると思わずにはいられなかった。
もしかしたら、「友達」という概念をアニメやゲームなどの空想のイメージから引用しているせいで、背中がむず痒いことを言っているのかもしれない。
だけど、今この瞬間にでも、自分の思いはきちんと伝えないといけないと思った。
今の彼女は、目の前からいつ消えていなくなってもおかしくないような……そんな気がしたから——————
「私、友達の在り方って知らないわ。今まで友達いたことないから」
「それじゃあ、君はどうして俺と友達になりたいと思ったんだよ」
「それは、あなたが私の欲しいものを持っているからよ」
「なら、俺も同じだ。俺も君が羨ましい。俺が持っていないものを持っている君が、どうしようもなく羨ましい」
「嘘よ、私が羨ましがられる要素なんてどこにもないもの」
「嘘じゃない! 俺は、俺はな———————」
そして、俺は羨望を包み隠すことなく、無力な自分に言い聞かせるようにして言葉を綴る。
「——————君の、力がどうしようもなく羨ましい! 人から肯定されるその圧倒的な力が、どうしようもなく羨ましいんだ!」
「こんな力、あげられるのならあなたにあげたいわ……。こんな人から否定される力なんて……私は欲しくなかった!」
彼女は、自分の力が人から否定されていると見解している。
確かに、人から距離を置かれたり、命を狙われる日々を送り続けるのは耐え難い苦痛なのだろう。
だけど、それは人が彼女の力を認めている証拠なのだ。
だからこそ、彼女のその圧倒的な力が羨ましい。
「負け組」と称された無力な自分とは違い、人から肯定されるその力が今の俺には堪らなく羨ましいのである。
そのせいで、俺と彼女との間には大きな見解の相違の溝ができてしまっている。
割れる意見を他人に押し付けたところで、分かり合えるとは思えない。
しかし、たった一つだけ、互いを分かり合える方法が俺にはあった。
「君は、その力が欲しくない。その代わりに俺の感情が羨ましい。そうだよね?」
「そうよ、あなたが羨ましくて、羨ましくて仕方がない」
「それで、俺は君の力が羨ましい……と。なら答えは簡単だ——————」
それ以外の答えなんか知らない。
今、目の前にいる彼女はつまらない灰色の青春時代を過ごした俺なんかよりも、本気で世界に絶望している。
だったら、俺の出せる答えは最初から一つしかない。
気が付けば後悔も迷いも吹っ切れていて、自然と臭いセリフが口先から零れ落ちていた。
「——————俺が、君を救って見せる」
「……」
「だから、君は俺にこの世界の力の使い方について教えてくれないか? そしたら、俺が君を全力で守るし、人とコミュニケーションを取る際には間に立って全力でサポートする」
「……」
「ど、どうだろうか……?」
「……」
彼女からの反応が一切ない。
何かを考えているようにも見えるが、考えていないようにも見える。
結局のところ、彼女が一体何を考えてるのか、俺にはさっぱり分からなかった。
そして数分が経過した頃、ようやく彼女は悩まし気な表情を浮かべながら唇を開いた。
「本当に、できるの?」
「あぁ、約束するよ」
「私、「アナザー個体」だけど、それより強くなれるの?」
「あ、あぁ! 絶対に強くなって見せる!」
自分でも分かる、これは虚勢を張った単なる強がりだと。
「私、人とのコミュニケーションとか極端な喜怒哀楽の出し方とか、イマイチよく分かってないけど、大丈夫なの?」
「その点においては大丈夫だ!」
大学生活四年間を全てアルバイトに費やしてきたんだ。
カラオケと漫画喫茶で接客をしてきたから、コミュニケーション力に関しては問題ないと胸を張れる。
「夢があって、いいわ」
「そうだろ?」
「最初はうまくいかなくても、私、色んな人と話がしてみたいわ」
「上手く話せるようになったら、きっと世界が明るくなるぞ」
「そうね、あなたは私の友達だから、そこまでしてくれるのよね?」
「そうだ、互いに協力し合って日々を生きてく。それが友達ってもんだ」
友達いたことないせいで詳しいことは分からないけど、大体そんな感じだろう。
「そう、そうなのね、友達って……いいね」
そう言いながら、彼女はふんわりと微笑んだ。
不意を突かれ、心臓が大きく鼓動を打つ。
顔も少しばかり火照っている気がする。
俺は気持ちを心機一転すべく、頬を両手で力強く叩いた後、彼女に向けて言葉を放った。
「それで、さっそく君を守るために力の使い方を教えて欲しいんだけど」
「その前に一ついい?」
彼女から提案なんて、かなり珍しい。
一日も経っていない仲だが、彼女から話を持ち掛けてくることは一度もなかった。
「おう、なんだ?」
「あなた、名前ないのよね」
「あ、え、な、名前?」
今の俺の意識は、内原陽也の記憶を引き継いでいるから名前の有無はそこまで気にならなかった。
しかし、彼女の言う通り、この世界での俺の名前はないのかもしれない。
だから、ここは黙って肯定しておくとしよう。
「た、確かに、名前ないかもね」
「そう、だからあなたの名前は私が考えるけどいい?」
「ブホッ!」
予想だにしていなかった言葉に、思わず吹き出してしまった。
その様子に、彼女は渋い顔をしながら言葉を口にする。
「汚いわ」
「ご、ごめん。そ、それより、君が俺の名前考えるの?」
「そうよ、おかしなことなんて一つもないもの」
「いやいや、おかしなことだらけだろうよ! 普通、自分の名前を女の子に付けてもらったりしないよね!?」
そんな世界線を、俺は知らない。
「おかしくないわ。だって、私があなたを召喚したんだもの。召喚主が名前を付けて当然だわ」
「……なんか、召喚した話持ってくるのずるくない?」
「ずるくないわ、事実だもの」
そう言いながらも、すでに名前を考案中なのか、彼女は顎に手を当てて悩まし気な表情を浮かべている。
こうなってしまっては、もう手遅れだろう。
あとは、変な名前を付けられないように願うばかりだ。
「決まったわ」
「早かったな、ちゃんとした名前だろうな?」
「大丈夫よ、私との仲が顕著に現れてる名前にしたから」
「不安しかねぇ!」
一体どんな名前を付けられるのか、彼女の一言で一気に不安になってくる。
しかし、そんな俺を他所に、彼女はいつもの調子で淡々と語り出した。
「あなたの名前は、バラン。どう?」
「……思いの他、普通だった」
「私の名前はフラン。バランとフランって仲良しみたいじゃない?」
「あ、あぁ、そうかもね」
仲良しに聞こえるのは、発音のニュアンスが似てるからではないだろうか?
何だか、双子の兄弟が姉妹に付けそうな名前だし……。
でも、俺にバランと名付けたフランは大層ご機嫌の様子だ。
水を差してまで異議を申し立てるほどの変な名前というわけでもないし、バランでも問題ないだろう。
「ところでフラン。さっそく力の使い方について教えてくれないか?」
「基本しか教えられないけど、それでもいい?」
「基本ができなきゃ始まらないし、ぜひお願いします」
こうして、俺とフランの力の基本練習が始まったのだった。