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理想になりたい最強たちのボス  作者: うちよう
一章 ギルド創設編
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01 始まりの転生

 何も起こらない平和な日常に、大学四年生の俺、内原陽也は退屈していた。

 大学三年生から始まった就職活動も無事に終わり、残すは卒業論文を提出して発表すれば四年間通い続けた大学とおさらばできる。


 貴重な大学生活、今になって思い返してみればアルバイト三昧だった気がする。

 大学一年から二年の間はカラオケボックスでアルバイトをし、そこからの二年間は漫画喫茶でバイトの日々に明け暮れていた。

 俺がそんなことしている間にも、多くの学生が青春を謳歌していただろう。


 大事な大学生活を棒に振ってまで得られたものって一体何だろうか?

 接客力? アルバイトをしていれば多くの学生が身に付けられる基礎能力だ。

 指導力? 新人に自分の知る業務内容を教えるだけだから自慢できるような能力ではない。

 マネジメント力? アルバイトの分際で何が分かるか。

 やはり、バイト経験による知識力だろうか?


 だが、カラオケにしろ漫画喫茶にしろ、覚えた知識は人間関係においては何にも役に立たない。

 別に歌うわけでもないし、ましてや読み聞かせるわけでもない。

 本当に、俺はこの大学四年間何をしていたのだろうか?


 「まあ、今更後悔してもどうにもならないんだけどな……」


 ボソッと呟いた独り言が鮮明に聞こえてくる。

 家には誰もいない。

 両親に、血の分けた兄弟。

 それぞれがそれぞれの責務を全うするために、家の外に出ている。

 ただ一人、俺だけを残して……。


 「さて、バイトに行くか」


 いつものように制服を持って、家の扉に施錠を掛けてアルバイト先へと向かう。

 バイト先までの距離は、自転車を使えば大体三十分程度だ。

 最初は運動がてらには適した距離にあるアルバイト先だと思っていたのだが、一年も経つと精神的に面倒くさくなってくる。

 だが、シフトに穴を空けるわけにもいかないので、面倒でも自転車を漕がなければならない。


 「俺の青春、まさしく灰色だな……」


 大きな交差点で信号待ちをしながら、自分の浸った状況に思わず乾いた笑みが零れる。

 そうしている間にも信号が青に変わり、再び漕ぎ出そうと横断歩道を渡っていたまさにその時。

 

 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!


 エンジンをふかすような機械音が耳にこびりつき、直後には甲高いブレーキ音が鼓膜を震わせた。

 音のする方へ視界の先を向けると、フロントガラスから運転手の男性が慌てた様子でハンドルを切ろうとしているのが良く見える。


 どうして、こういう時の時間はスローモーションに見えてしまうのだろうか。

 だけど、俺の身体は視覚から取り入れた情報に全く追い付いていない。

 呪いを掛けられたかのように身体が思うように動かないのである。


 このままでは轢かれてしまうと分かっているのに、どうしても身体が言うことを聞いてくれなかった。

 そして、次の瞬間には——————


 「きゃあああああああああ!!!」


 合図なしだと言うのにも関わらず、幾人の女性の声が見事に重なる。

 だけど、その悲鳴は俺には届いていなかった。






 俺は、あの後どうなったんだろうか……?


 朦朧とする意識の中で、そんなことを考えていた。

 身体がまだ眠っているせいか、痛みが全くないのである。


 間違いなく交通事故に遭ったというのに、そんな非現実的なことが果たしてありえるのだろうか?

 エンジンをふかしていたことだし、ブレーキを踏んでいてもかなりのスピードが出ていたはずだ。

 急にハンドルを切っても車体は俺を完全に避け切ることなど不可能に近い。

 だとすれば、必然的に怪我しているはずなのだが……。


 しかし、いくら思考を重ねようとも、痛みがない事実が揺らぐことはなかった。

 もしかしたら、植物状態になってしまったから痛みを全く感じないのかもしれない。

 でも、もし本当に俺が植物状態になってしまったのだとしたら、現実に戻る帰還率は0%に等しくなってしまったという事にもなる。


 最期ぐらいは、両親と兄弟に別れを告げてからこの世を去りたかった……。

 そう思うと、涙が零れ落ちそうだった。

 でも、その思いが両親や兄弟に届くことはない。

 だから、今の俺には心で泣くことしかできなかった。


 こんな親不孝者でごめんなさい、と——————


 声にもならない悲愴な思いが込み上げてくる。

 この感情をどこにぶつけたらいいか分からない。

 俺は、このまま一人死んでいかなければならないのだろうか?

 そんなのは嫌だと本能が全力で叫んでいる。


 今までの灰色の青春の比じゃないほどの寂しさが、一人で死んでいくことを酷く拒絶していた。

 だが、今の俺にはどうすることもできない。


 手も、足も、頭も、首も、身体も、表情も、何一つ動かせない植物状態なのだから。

 あまりにも自分は無力だと、そう現実を悲観していたその時——————


 『——————君は、無力なんかじゃないよ』


 突然、頭の中に若い女性の声が流れてくる。

 自分の耳ではない、耳以外から取り入れた情報で間違いない。

 だが、鼓膜を通じて脳に情報を伝達する人間の構成上、そんなことはありえなかった。


 「俺の身体に一体何が起こってるのだろうか?」と考えるのが普通の成り行きだろう。

 でも、そんなことは今の俺にとって些細なことに過ぎなかった。

 一人閉じ込められていたこの閉鎖空間の中で、僅かな希望が見えた気がしたのだから。


 「助けてください! どうか、俺を助けてください!」


 心の中で誰かも分からない女性に必死に呼びかける。

 それしか、今の俺には手段が残されていないのだから。


 『大丈夫、今すぐに君を助けてあげるから……。大丈夫、私が君を救ってみせるから……』


 その言葉を最後に、俺の意識はプツリと途絶えた。






 意識が覚醒すると、幾分かマシな状態になっていたことにすぐに気が付いた。

 動かせなかった手、足、頭、それから首、身体、表情が動かせている感覚を取り戻せていたからである。

 それだけじゃない、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感も正常に働き出したようだ。


 木陰の隙間から覗く太陽の光が俺の顔を照らしている。

 小鳥のさえずりが心地よい。

 気持ちのいいそよ風が俺の身体を撫で回す。

 血の味のしない正常な生唾の味。

 そして、品種の知らない花の香りが鼻孔を刺激する。


 どうやら、俺は一命を取り留めたらしい。

 長時間眠っていたせいか、枕に熱が籠っている。

 しかし、その熱が逆に心地よかった。

 自分の熱を感じられるのが、何よりも自分を安心させてくれるからである。


 本来なら、すぐに起きてでも元気な姿を両親や兄弟に見せるのが一番なのだろうけど、どうもまだ気怠い。

 それに、俺の容態が安定したことは少なからず医者から聞いているはずだ。

 だから、今は本能に任せてもう一度眠るとしよう。

 そして、俺が再び意識に蓋をしようとしたその時だった。


 「随分と、変わった生き物ね」


 聞きなれない声色が、俺の意識を強制的に叩き起こす。

 変わった生き物とか、失礼な見舞い客がいたもんだ。

 一言文句を言ってやろうと目を開いたその瞬間、俺の意識は目の前にいた一人の見知らぬ少女に全て持っていかれた。


 透き通る銀色の長髪に青い花飾りを付けており、虚ろな銀色の瞳からはなぜか目が離せなくなってしまう。

 いや、答えは最初から分かっていた。

 少女の容姿が、あまりにも異国離れしているからだ。


 そんな彼女が上から覗き込んでいるこの状況……、それに仄かに匂う甘い香りは……。

 答えに辿り着くまで、そう長い時間は掛からなかった。


 「ちょ、あんた何してんの!?」

 「起きたのね、おはよう」

 「お、おはよう……って、そうじゃなくて! どうして俺は見知らぬ女の子に膝枕をされてたわけ!?」

 「さっそく、私と遊んでくれるかしら?」

 「ちょっとは俺の話に耳を傾けてくれるかな!?」

 「聞いてるわ、膝枕したお礼に私と遊んでくれるのよね?」

 「そんなこと頼んだ覚えないよ!? 大体君は……」


 そう言いかけて、自然と言葉を失った。

 目の前にいる銀髪美少女の服装——————煌めく純白のドレスに青色の不思議な光彩を放つ腰丈ぐらいのベルスリーブボレロ。

 どこからどう見ても、この国の住人とは思えなかった。


 固唾を呑み込み、俺は辺りをゆっくりと見渡す。

 彼女の背後に佇む大木、それを取り囲うようにして伸びる木々、大空を飛び交う見慣れない鳥たち、そして蒼々と茂る野草。

 異国離れしているのは、どうやら彼女だけではないようだ。


 「変わった生き物ね」


 俺の挙動を見兼ねた彼女が、ボソッと一言だけ呟いた。



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