4-9 ダンジョンへ
ダンジョンやっと入ります。
長かった。
「八雲さん!」
剣也が八雲に駆け寄る。
「すまない、戦闘訓練中に。緊急だったのでね」
そういう八雲の表情は青ざめていた。いつも自信たっぷりの威厳に満ちたその表情は曇っていた。
「何があったんですか?」
「あぁ座り給え」
全員が席に着くと、八雲は話し出す。
「まず、結論を先に言おう。私の息子。佐藤一世がどうやら単独でダンジョンに入ったようだ」
「はぁ!? ほんまですか? あのアホあれほど止めたのになんで」
彪雅と武は何かを知っているようだった。
「君たちは、息子から何かをきいていたかい?」
八雲さんは藁にも縋る思いで二人に聞く。
「ええ、昨日わい、と武に話があるいうて、佐藤が言ってきたんです。ほんで、なんや思ったらあいつダンジョンに挑戦しないかいうてきて」
「それはどこのダンジョンか言っていたかい? 息子が残した書置きには、Bランクダンジョンに挑戦してくるとしか書かれてなくてね」
「ああ、ここから一番近いダンジョンいうてたんで。多分新宿にある塔や思いますが」
「そうか、ありがとう、その情報だけでもありがたいよ」
八雲は、感謝を述べるが、そのダンジョンならもうすでに入っているころだろう。
ここからなら1時間とかからない。
「八雲さん、俺が行きます」
「だめだ。この国の希望をこんな形で失うわけにはいかない」
「大丈夫です。僕は負けない。それにいつかダンジョンの調査はする必要がありました。それが今日になっただけ」
「しかし、危険すぎる。まだAランクギフト以上のナンバーズが挑戦したとの情報はないが、いくら君とはいえ危険すぎる」
「八雲さん、一世は、このクラスの仲間です。まだあって一日ですが、それでも僕は彼と歌ったんです、国歌を」
思い出すのはカラオケの帰り際。最後ということで国歌を全員で歌った。
変なグループだと思われたかもしれないが、これが案外一体感があり気持ちよかった。
「国歌を、か。息子はあれが好きだからね」
その顔は、大臣としての顔ではなかった。ただ自分の息子の無事を祈る父親の表情。
「んなら、ワイもいくで! 止めれんかった責任もある」
「なら私もいく!」「俺も行こう」
「いいえ、私と剣也二人でいくわ」
「「え?」」
流れ的に特進クラス全員で助けに行く感じだったのに、静香が割って入る。
「しずしず、さすがに今は積極的に行く場面じゃ…」
「ち、ちがうわよ! 単純にリスクの分散よ。もし何かあったときこの国を護れる人間が必要だわ。私と剣也なら何度も戦ってきたし、コンビネーションも会う。だからほかの3人は待機していてほしいの」
「それに、佐藤君を救出したら3人になる。一番行動しやすい人数よ。多すぎるのも困るわ」
どちらも静香の本音。浅はかな思いなどない。心の奥からこれがベストと思っている。
「八雲さん! 許可を!」
「…いや、だせん! やはり君たちをダンジョンに向かわせるわけには」
八雲はやはりそれでも許可を出せない。大臣として、大人として。
「いかせてやんな。八雲」
姫野が教室に入ってくる。
「姫野さん。しかし…」
「あんたはまじめすぎるんだよ。その坊主なら大丈夫さ。そう簡単にくたばったりしないよ。もうそいつは一端の戦士さ。それに子供の成長の機会を親が奪うんじゃないよ。過保護ってんだ。それは」
「剣也! いけるね?あと嬢ちゃんも」
「「はい!」」
「なら行きな!」
そうして、二人は準備をはじめ教室を後にする。
「私は、間違っているんでしょうか」
八雲は、うつむきながら彼らを強く止めることも、応援することも、導くこともできなかった自分を嘆く。息子を助けたい。しかし日本の英雄を危険にも晒せない。その袋小路で彷徨う。
「さぁね。でもきっとあの子らが証明してくれるさ。子供はいつだっていつの間にか大人になってるってね」
姫野は、認めていた。先ほどの模擬戦で剣也の力を。だから送り出した。
技術や与えられた力ではない。運命すら変えてみせるその鋼のような意志の力を。
「きばっといで。剣也。帰ったらみっちり鍛えてやるから」
二人を遠目に姫野は、小さな戦士たちを送り出す。
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『No80021 個体名 佐藤一世 認証しました。
Bランクダンジョン 豚の饗宴に挑戦しますか』
『はいが選択されました。ダンジョンへの入場を許可します』
佐藤は一歩を踏み入れた。Bランクダンジョンへ。
そして絶望する。自分の浅はかさに。
ここはBランクダンジョン。
しかしBランクギフト程度を持つものが入れるところではなかった。
所狭しと闊歩するその魔獣たち
まるでダンジョンに湧くスライムのごときその魔獣たちは、
オークジェネラル、オークウィザード、オークファイター
豚の名を関するそのすべての魔獣たちはすべてがBランク
ここは、Bランクダンジョン
最低でもBランク魔獣しかいないダンジョン。
攻略するまで外に出ることは許されない。
たとえ骨になったとしても。
しかしここでは、骨になることすら幸運かも知れない。