2話 天国と地獄
天国か地獄かなんて本当に聞かれ…存在するのだなと妙に冷静に考えていると、
「うっ…」
急に頭痛がして耐えきれず目を閉じた。
すると目の裏側に、脳の中に今さっき起こった出来事がフラッシュバックした。
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「こんな時間にどこ行くの!」
母親に見つかってしまった。
「コンビニ。読みたい雑誌買ってくるの忘れたから…」
嘘はついていないのだが、ちょっと後ろめたい気分で返事する。
「でも、うん。気をつけなさいよ。」
そんなに深い時間でも無いが帰宅後もう一度家を出るには外は暗く、一応女である娘を心配しているのだろう。
もう24になるというのに暗いだけで心配をかけるのは別に特段ウチが過保護なわけではなく、最近の通り魔事件の事もあっての心配である。
ここ数日間にもう近辺で4人、通り魔の無差別殺傷事件が起きており狙われる被害者は皆20前後~30程までの女性であり、未だ犯人は捕まっていない。
「大丈夫だって、ちゃんと明るい道を歩くから。」
自分で言いつつも自分も少し不安であるが割と他人事と軽視している所もあり、どうしても続きを読みたい雑誌が勝ちコンビニに赴く所だった。
「そう、行ってらっしゃい。寄り道しないのよ。」
少し不穏な母親に笑顔で行ってきますを言い、外に出る。
季節的に少し肌寒く、上着の一つでも羽織ってきたら良かったなと軽装な自分を責めつつ
街灯の多い道を遠回りになるが歩いて行った。
コンビニは歩いて15分程。便利だけど歩くとちょっとあるな、と感じる程度で
途中に公園を通りすがる。
真夜中の公園。
真っ暗な公園。
昼間は子供連れの親と子供たちがきゃいきゃいしている反面、夜が更けると途端に何か異質な空気を放っているように感じて
公園を横目に早歩きで通り過ぎた。
あまりホラーは得意な方では無いのだ。
コンビニに着いて、暗がりから突然の明るい光に目をしかめつつお目当ての雑誌コーナーに寄って行く。
…
無い。
昨日の昼間までは置いてあったお目当ての雑誌が既に売り切れ状態であった。
「嘘だ…こんな時にわざわざ寒い中買いに来たのに」
癖になりつつある独り言を放ち呆然としている自分に自分が提案した。
ここのコンビニからさほど遠くない場所にもう一軒コンビニがあるのだ。歩いて20分程度。
通り魔事件の事が過らなかったわけではないが、ここまで来てウキウキ楽しみにしていた雑誌の続き。
悩むより早く自分の足は早々にコンビニを後にし、二件目のコンビニへと向かっていた。
そのコンビニまで街灯は少なく、嫌な雰囲気はあったが急ぎ足で二軒目に向かいお目当ての雑誌に歓喜し帰路についたところ。
ひときわ街灯が少ない路地で不意に衝撃を感じた。
ドッ・
「えっ…」
次に感じる痛みと生暖かさ。
振り向くとフードを被った男…だろうか、至近距離でこちらを見つめている。
痛い。
「…ゲホッ」
咳をすると口から鉄の味がした。
身体に刺さったそれを勢いよく引き抜かれ、また呻き声をあげた。
「うっ!痛…ゲホッ、うぅっ…」
痛みに耐えられず膝から崩れ落ち、恐らく刺されたであろう腹部に手を当てうずくまる。
犯人の走りさる音が聞こえる中どんどん貧血と痛みで意識が朦朧としていって
「続き…読めないじゃない…」
その後間もなく意識を手放した。
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「…思い出した」
と同時に、本当に自分が死んでしまったのだと自覚する。
とするとこの二択、どう考えても「天国」なのだが…
『地獄はいいぞ、死の概念も無く何不自由なく暮らせて友達だって沢山出来る。』
照らされた暗闇の眼が喋った。
明るいところで見ると…余計に不安を煽るような、神話に出てくる悪魔といったような風貌であった。
『天国に行って苦行を乗り越え、自分を殺した相手に復讐しましょう。』
神々しい天使が囁いた。
ん?
言っていることがおかしいように聞こえたが背後の不気味な悪魔は話を続けた。
『地獄には三大欲求が無い。故に争いも無く物資も魔王様の力で無限に与えられそこはまさに桃源郷。長く過ごしていると転生することもできるが前世の記憶を失う完全リセットだし希望する者は少ないと言うかほぼ居ない。むしろ地獄が生きやすくて転生を考える者がまず少ない。』
地獄で生きやすい。何を言っているのだろうか。
続けて天使が囁く。
『天国は色々な困難を乗り越えた先に思った相手への復讐が遂げられます。あなたを殺したのは先程ご自身でも見た連続殺傷事件の通り魔です。言われも無い死に不服さを感じるでしょう。憤りを感じるでしょう。その気持ちを糧に辛い事を乗り越え復讐するのです。』
辛い事…
「あの、辛い事ってなんでしょうか」
『熱湯に沈めこまれたり針の山を登らされたり積みあがった先から蹴飛ばされる石を積む作業とかだな』
悪魔の方が話に割って話してきた。
『人聞きの悪い!確かに内容はそれに近しいものですが、それは交代制ですのでいつまでもそんな事続きませんし存分にやり返すこともできます。』
天使が慌てて割り込む。
悪魔がため息をつきながらこちらに目をやった。
『あのな、現世で言われてる天国と地獄ってのは雰囲気以外思いっきり正反対で、転生できるのも娯極楽浄土なのも地獄なんだぜ、それに…』
「雰囲気以外…」
『雰囲気は墓場幾多郎みたいな感じだけど死の概念が無く美味しいもの食い放題、見た目は悪いのが多いが愉快な仲間に囲まれて時間も忘れて贅沢三昧できるのが地獄だ』
「それ、本当なの…?あとそれ以前に私って本当に死んだの?」
色々と情報が混乱してきてそもそも自分がどういう状況下にあるのかから片づける事にした。
このちぐはぐな悪魔と天使が死後の世界の案内人といった所なんだろうか…
『正確には死んでいませんね、現在意識不明の重体の状態で病院に搬送されており、このままだと時間とともに命を落とすでしょう。』
天使が説明してくれた。
すかさず悪魔が明るい調子で話しかけてくる。
『そうだ!まだ死ぬ気が無く人生を全うしたいって言うなら俺と契約して【寿命まで死なない】人生をお願いできないか?』
被せる様に慌てて天使が割り込む。
『悪魔め、またその誘いをかけるのか!そんな地獄みたいな生き方をしないで、復讐を遂げるまで共に頑張りましょう!』
「寿命まで死なない人生…?」
まず気になったそこを悪魔に問いかける。
『そうだ、この俺が【死ぬまで】あらゆる災難から守って人生を寿命まで全う出来るようにする。その代わりこの天使や神が人間をたぶらかさないように協力してもらう事になる。』
『悪魔!』
『俺は悪魔ゲボルド。こいつら天使や神は人間の欲望や弱い所につけこんで悲惨な世界の道ずれを作ろうと必死なんだ。人間は天使や神のお告げや囁きに素直だろう。そこで天国に連れて行ってやるだの迎えに来ただの言って極楽浄土行きを阻止して自分達と同じ苦痛を味わう魂を増やそうとしてやがるのさ。』
「えっと…天使…さんは、いや天国ってどんな所なんですか?あの…ゲボルド?さん」
混乱しながらもようやっと口から出た言葉は間抜けな質問だなと自分でも思った。
悪魔がひそひそと囁く。
『さっき【交代制】って言っただろ。あれは拷問を受ける側と与える側を一定周期で交代する事で、やらされた拷問をやらせてきた奴に復讐できるってシステムなんだが、勿論その後自分の番がまた回ってきて、こんな拷問するやつにやり返してやるって気持ちだけを快楽に繰り返される世界なんだよ』
「…地獄じゃないですか。」
思った事が口から出た。
そして話を戻して質問を繰り返す。
「その【寿命まで死なない】人生のメリットとデメリットが…さっき天使さんがそんな地獄のような生き方って…」
悪魔が堂々と答える。
『さっきも言った通り【天命まで命の保証をする】代わりにちょくちょく天使や神の邪魔をしてもらうって感じだ。』
「感じですか。」
いまいち説明をうけてもわからないが、どうやら生き返る(そもそもまだ死んでないようだが)事が出来るのならそれに越したこともないし、
命の保証がされた天命までの人生は長く感じるが苦しくなく生きられるのかな程度にぼんやり考えていると、
『地獄体験する時間もまだ死ぬまであるぜ、それから生きるか死ぬか決めても…どっちにしろ俺と契約したら行先は地獄だ。』
悪魔の囁き…
確かに話が本当なのならばその娯楽と争いの無い世界っていうのを見て見たい気もする。
勿論やり残したことも沢山あるし大前提として死にたくないので生き返りたい気持ちが一番だが、興味が勝ちそうな所天使にもお誘いを頂く。
『天国の拷問をする側体験もできますよ!自分の死に納得いかない腹いせを食らわせてやりましょう。とても楽しいですよ!』
「いえ、大丈夫です…」
余程憎い相手に殺されたならまだしも、まだ死んでいないし言われも無い死ではあるが誰かをそこまでして憎み呪いたいという気持ちがあるわけでも無い。
説明されてから既に天国は自分には無縁であると判断している。
『さあ』
『どうするんです?』
二人?が詰め寄ってくる。
もしまだ生き返るのに時間があるのならば…
「あの、ゲボルドさん。地獄体験してみたいです。」
言うや否や悪魔がコブシを高く雄叫びを上げた。
『やったー!!そうかそうか地獄が気になるか!なら早速俺と契約して地獄体験と行こう。じゃあな憎しみの天使!』
天使はぐぬぬといった顔でこちらを睨んでいる。
…復讐されないだろうか。いや、悪魔のゲボルドさんが守ってくれるという言葉を
信じる為にも嘘が無いかこの目でその極楽浄土な地獄とやらを確認しておきたいのだ。
「ゲボルドさん、契約ってどうするんです?対価とか…」
悪魔と契約。自分の認識では大体魂取られたりとかひどい目に合う代わりに願いを叶えるだとかの類。
対価が生き返りや地獄生活に見合っていなかったら…天国は嫌だけど考える必要があるので一応聞いておくに越したことはあるまい。
『俺と握手して友達になる感じだな!対価は地獄行が決まっているから天国に行けないので復讐とか出来ないのと、地獄生活での秩序を守ってもらう事。秩序を乱す者は漏れなく天国行きだからな。秩序は簡単。【悪いことをしない】それだけだ。』
「…それだけ?」
『それだけ。』
なんだか拍子抜けしたが天使が何も言ってこないあたり嘘は言っていないのだろうし、この状況下で何が正しいなんて実際考えられたものでもない。
信じるも信じないも自分が死んでる事すら怪しいし今の所悪い夢だと思っているのが正直な所なので、悪魔ゲボルドに向き返ると、彼は手を差し出して笑顔?(見た目のせいで辛うじて笑顔だと認識できるかな程度であるが)でこちらを見ていた。
私はゲボルドの手を取り、
「…ゲボルドさん、宜しくお願いします。」
契りの握手を交わした。