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私の目標

作者: 天司

 看護師という職業がある。

 世間でいう白衣の天使とはかけ離れた、現実の職業だ。

 看護師だって人間だ、感情がある。やったことに対して、「ありがとう」と言われれば嬉しいし、「遅い、さっさとやれよ」等ときつい言葉をかけられれば辛い。


 私の意見としては、看護師とは病院内の雑用係、よく言えば調整役だ。病院の中にはたくさんの職種が働いている。羅列すると、


 医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、医療事務、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、放射線技士、臨床検査技師……etc


 まだまだ資格としてはあるが、そのほとんどが国家資格であり、国家資格でなくても資格取得が必要な職業だ。一人の患者に対し、本当に多くの職種が介入している。その中で、患者と接する機会が多く、他職種との関わりが多いのが、看護師と言えるだろう。司令塔が医師であり、その指令を各職種に伝達し、各職種から来た情報を、医師へフィードバックする。そして、医師の指示のもと薬の投与を行い、患者の身の回りのケアを行う。時に、医師が行う処置の介助に入る。患者やその家族と今後について相談し、希望を通せるように、医療ソーシャルワーカーや地域の訪問看護師、ケアマネジャーと連携を取る。病院内でも顔見知りが増える訳である…。


 そんな看護師として仕事をしていて、本当に嫌な思い出も、看護師という仕事を誇りに感じた思い出もある。

 

 1つ挙げるとすれば嫌な思い出は、精神疾患を患っていた患者で起きた。


 その日は夜勤だった。患者が39人いて、看護師は二人、補助者が一人というメンバーだった。手術をした直後の患者や終末期と呼ばれる時期の患者も複数人いた。

 病院には認知症の患者も来る。原疾患の他に認知症やら他の病気も持った患者だ。歩行時はふらついて危なく、転倒歴もあるというのに、一人で歩き出してしまう患者だ。

 歩き出したらすぐ分かるように、センサーマットというものを使い、動き出したらナースコールが鳴るような装置をつけて、それ専用の音楽が鳴るようにしてあった。

 

 その夜はセンサーマットの音が良く鳴る日だった。

 その精神疾患を持った患者は退院間際の患者だった。痛みは軽減し、食事も摂れるようになり、歩行も問題なく出来ている。感情の波はあるが、話し始めると30分から1時間は離して貰えない患者だった。

 その患者が話しているときに、最近転倒したことのある部屋からセンサーマットのコールが鳴った。話しているときだったので、理由を説明し、謝ってからその鳴った部屋まで急いで行った。案の定フラフラと危ない足取りで、点滴台を忘れて歩き出そうとしているところをキャッチできた。

 寝かしつけたあと、ナースステーションに戻ろうとすると、その精神疾患を持つ患者が暗闇の廊下の中、電話をしているところを見つけた。何を話しているかと思ったら、病院の代表の電話に話しているようだった。


「お宅の病院の看護師は何なんですか!ちゃんと話を聞かない!患者に対する対応はおざなり!!ちゃんと教育してください!これじゃ安心して入院なんか出来ないじゃないですか!!!」


 今でも覚えている。衝撃だった。人数がいないなかで、優先順位をつけさせて貰うのは当たり前というのは医療者の中では常識だ。だが、急に話を切られたら誰だって嫌なのはわかる。だからこそ、話の途中ではあるが、と手短にだが説明をし、離れるときには「そうですか、わかりました。」という言葉を貰えたから離れた。


 なのに言われた言葉がこれ。理不尽だとしか思えなかった。だが、こういったクレームが来た場合には、謝って気持ちが落ち着くのを待つしかない。人数が限られたなかで、その後、1時間は話を聞いていた。その中では、患者がベッドで座っていたところに立って話を聞いていたら、「今私のこと見下したでしょ!これだからマナーが悪いやつは。土下座して謝れ!」なんてことも言われた。

 そして次の日には、言ったことを忘れていた。


 看護師だって人間だ。精神疾患があると分かっていても、言葉の刃に心は切り裂かれる。ましてや、夜勤で休憩も取れないほど忙しい時だったから余計に、心身共に疲労が溜まった。だからなのかその後、胃痛と発熱で寝込んだ。


 この時のことを思い出すといつも考えてしまう。あのときはどういった対応をすればよかったんだろう。もっと話のもって行き方を考えるべきだったのか。もっと患者の表情を良く見ていれば良かったのか。危険がある患者の元に行くことを理解してくれていると、安易に思い込んでしまったのが悪かったのか、と。

 転倒しそうな患者の所へ行ったことに後悔は無いが、嫌な思い出というか苦い思い出だ。


 さて、次は誇りに感じた思い出だ。これは後悔も共にあるが、看護師で良かったと思えたことでもある。


 今でも忘れない。膵癌で終末期の患者だった。家族は積極的に治療して、少しでも長く生きて欲しいと思っていた。だが、本人は「もう、疲れた」と苦しそうに夜、私に話してきた。


 難しい問題だった。痛みや不安で夜眠れずに、眠剤を希望されるかたもいる。その日は同じ夜勤の人に、その患者の個室で話しをしていることを伝え、15分程話しをした。

 

「家族の希望もあると思います。でも、貴女が何を考えてるか、何を希望しているのかも話した方が良いです。家族だけの希望だったら、もしもの時の後に、ご家族が後悔する可能性もある。何より、貴女が今辛いことを改善や解決できたら、貴女は楽になるし、ご家族ももしもの時の後の立ち直りに役たつと思う。今はお互いの思いを伝えて、擦り合わせていく方がお互いにとっても良いのかもしれない。」

 

詭弁ではあるが、患者にはこう説明した。家族の希望も大切だけど、今一番大事なのは貴女の気持ち、と。思ってるだけだと分からないし、口に出してみて話したら、お互いの良いところに落ち着けるかもしれないから、と。


「そうね。そうよね…………。頑張ってみる。」


 この話しをしたあと、この患者との距離が縮まったような気がした。



 そして、その話しをした一週間後の夜勤の終わった朝。記録が終わらなくて残業していたら、日勤の看護師に声をかけられた。


 「患者さんが、あなたにケアに入って欲しいって言ってて。業務外なんですが、お願いできませんか?」


と。患者の部屋に行ってみると、


「夜勤終わりで、本来なら違うのは分かってるんだけど………。貴女にやってほしくて。我が儘言ってごめんなさい。でも、お願いしたいの。」


と、言われた。そんなことを言われたのは初めてで、何でだろうとは思った。患者には全然気にしないで良いと伝え、日勤の看護師と一緒にケアを行い、残った記録をしてその日は帰宅した。次に出勤した時には、その患者はもう病室にはいなかった。


 その患者は、自分の死期を悟っていたのだろうか。


「随分とお世話になって。あいつは貴女に本当に感謝していた、私も本当にありがとう。」

後日夫からこう言われた。


 これを聞いたときに、患者やその家族に信頼してもらえる対応が出来たのかなという喜びと、看護師だから出来たことなんだという誇りと、もっと出来たことがあったのではという後悔がないまぜになった。


 だからこそ。技術を磨きたい。知識を得たい。何より、他人の心を思いやれる、相手の立場になって考えられるようになりたい。患者や家族の希望を聞き出し、それに添えるように医療を提供できる人になりたい。職場のスタッフと良い関係を築き、良質な連携を取れるようになりたい。


 これが私の目標であり、看護師としての課題だ。


自分の体験談で特に印象に残っている体験です。目標に向けて頑張っていきたいです。

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