第二章:邂逅は突然に
俺はただの高校生(探偵じゃないよ)、高瀬英。幼馴染で同級生の坂口賢人とすれ違いで一緒に帰れず、一人で帰ろうとすると、黒ずくめの連中に囲まれて歩いていく美少女(桐山さん)を目撃した。連中の様子を見て、尾行する(る)のに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。俺はその男に気絶させされ、目が覚めたら―――、体が縮んで……もとい、めっちゃ人に囲まれてた。え、なに?俺が生きてるだけで回りの人間に危害が加わるの?探偵事務所に転がり込んじゃう?いや、落ち着け……、いい感じにパロディしてる場合じゃない。推理力も博士の道具もないのに調子にのってたら死ぬ、間違いなく。
冷静に回りを見てみるとどこかの工場の跡地らしかった。あと、俺を囲んでいる人数はそんなに多くないことも分かった。急に明るくなったのと逆光で見えていなかったが、精々二十人ほどだった。その全員の存在感が半端じゃないことを除けば……。
有体に言えばその人たちは超テンプレのヤンキーだった。手には金属バットや木刀、角材などを持ち、にやにやしている。……これマズいんとちゃいますの?とか思っていると、ふいに包囲網の一角から、
「あ、目ぇ覚めたっすか?手荒な真似してごめんなさいっすねえ。でもこそこそとしてた先輩も悪いんすよ?」
と、この場に似つかわしくない女の子の声が聞こえた。囲みが割れてそこから声の主であろう女の子が出てくる。ってあれ?
「君どこかで……」
「おい、美鈴~~、スパイの目が覚めたって?って、……ええええええええ!?!?高瀬くん!?」
さらに背後からもう一人女の子が。よく見てみると……
「桐山さん!!良かった……無事みたいで……って、んん?なんで……?」
そこにいたのは桐山遥その人であった。俺が黒ずくめの連中に攫われる原因となった彼女が何故か包囲網の背後から出てきた。
状況が飲み込めないのは彼女の方も同じみたいですごいわたわたしている。二次元なら顔の周りに汗が飛んでるエフェクトがでるところだ。かわいい。
そんな中どこか既視感のある後輩(?)の子が口を開く。
「あれ?遥さんこいつ知り合いなんすか?」
「知り合いというか……、ただのクラスメイトだよ」
ここで桐山さんからクラスメイトと認識されていたという嬉しい報告。うん、そんな状況じゃないね。分かってる。
「でも、こいつ明らかにあたしらの後つけてましたよ?」
「それもそうだなあ……、まあここまで来ちゃったからには正直に吐いてもらうか。それにしてもうちのクラスにもスパイがいたとはな……」
雰囲気が変わった。眼つきは鋭くなり背後にはなんかオーラまで見える。
「…………おい、高瀬……、お前、どうしてアタシらをつけてた?どこのチームの手先だ?答えろ!!!」
そのセリフを言う彼女は、さっきまでの狼狽えていた様子など微塵もなく。またクラスにいる時のどこか近づきがたい美少女でもなく。まるでこういったこと(詰問)に慣れてるような、そんな感想を抱かせた。
「あの……、さっきからスパイとかチームとか何のことを言ってるのかさっぱりわかんないんだけど……」
「ほう?言いたいことはそれだけか?しらばっくれても仕方ないぜ?」
「ちょちょちょちょっと待って!ほんとに何のことを言ってるのか全然わかんないんだって!校門でたまたま桐山さんを見かけて、それで変な奴らに絡まれてるのかなと思って様子を伺っていただけで……」
「…………………………それマジで言ってる……?」
「大マジもマジです」
「アタシを見かけて、心配して追っかけて、んで気失って、気づいたらここだった?」
「仰る通りです……」
それを聞いた桐山さんの表情は狼狽えていた時(二十五行前)のものに戻っていた。
「やべえマジか……、パンピーでしかもクラスメイトに手出した上にアタシの正体もバレるし……こんなピンチ初めてだ……」
「き、桐山さんパンピーって……?あと正体ってどういうこと?」
「え、えっと……、それは…………」
「それは?」
「それは―――」
「あの~~、自分ちょーっといいっすか?」
と、ここまで俺たちのやり取りを傍観していた後輩ちゃんが出てきた。
「聞いてて思ったんすけど、校門で見かけたクラスメイトの女の子、しかもめちゃくちゃ美少女を追っかけるのって冷静に考えたらヤバくないすか?そういうのストーカーって言うんじゃ……」
「あ」
「あ」
そしてスパイとかよりもヤバそうな単語(社会的に)を置いていった。なにこれ現代社会怖い……、良かれと思ってしたこともバイアスをかけられると人生終わりかけるんですね……。
※ ※ ※
「それで桐山さん、教えてくれるよね?こうなった経緯を」
物理的抹消(集団リンチ)と社会的抹消(ストーカー疑惑)の二重のピンチに身動きがとれなくなった俺を救ったのは、
「まあこいつがスパイはないだろ、ストーカーはともかくとして……」
「っすね~、先輩ヘタレっぽいし」
という女性二人のありがたいお言葉だった。ヘタレは余計だけど。
一度冷静さを取り戻した桐山さんは包囲網を解かせて、別室で話が出来るよう取り計らってくれた。今この部屋にいるのは桐山さんと後輩の子、そして俺だけだ。
部屋に入って開口一番部下が気絶させたことや、こんなところまで連れてきてしまったことを謝ってくれた彼女に対し、俺は大丈夫とだけ答え、そしてこの状況の全てのカギを握っている(と思しき)桐山さんに尋ねた。
「まあ、そうなるわな……。そうだな、まずアタシのことを説明しないとな。アタシは所謂、ヤンキーってやつだ」
「っ」
なんとなく、周りの人の雰囲気や、端々に伺える言葉遣いから察してはいたが。こうして直接聞くとやはり衝撃的だ。
「それもこのチームのトップをしてる。つまるところウチの学園の番長ってことだな。高瀬が怪しんでた奴らはアタシの部下ってとこかな」
トップと言われ、先程部下に指示を出していた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。その姿はまごうことなき組織の長の姿であり―――、場違いかもしれないけど、そんな彼女はカッコよかった。
「なにか質問は?」
「…………、俺のことをスパイだと思ったのは何で?」
ヤンキー界のことはよく知らないが、いきなり人を気絶させて連れ去るのはそんなに起こり得ることとは思えない。
「ここ最近ウチのチームを狙うやつが増えてきててな、昨日も他のチームの偵察部隊とやりあったんだ。ピリピリしてるって表現が一番正しいかもな。そんな時にトップのアタシをつける奴が現れてみろ。どうなるか分かるよな?」
「それは……、うん」
「そんでいざ連れてきてご対面したら遥さんのクラスメイトだったなんて、もうほんとビックリっすよー!」
と、シリアスな雰囲気になりかけたところを、説明を引き継いだ能天気な声が打ち消した。そういやこの子、どこかで見たことあるんだよなあ……。
「とまあスパイだと思ったのはこういう経緯ってことだ。重ねてになるが疑ってすまなかったな」
「ううん、こちらこそ紛らわしいことしてごめんよ。それと攫われたのが桐山さんたちで良かったよ、他のところだったら本当にリンチされてたかもだし……」
「アタシらで良かったって……、ふふっ、お前変な奴だな」
そういう彼女の表情は穏やかで、優しそうで―――年相応の少女のものだった。
「そういやここってどこなの?どこかの工場ぽいけど……」
「ああ、ウチの父親が持ってる工場の跡地だよ。頼んで使わせてもらってるんだ」
携帯で地図を見てみると、学校からさほど遠くない場所に現在地を示すマークがついていた。流石ブルジョワ、土地と建物単位で娘に貸せるとかどんなだよ。
「どうだ、帰れそうか?」
そんなこっちの頭の中も知らず、純粋に心配してくれる。
「うん、ここ思ったより学校から近いんだね」
「近いってほどでもないと思うが……。あ、そういやお前自転車通学か」
「だね、大体家から十五分くらい。ってあれ、そういえば自転車は……?」
目覚めた部屋でもこの部屋でも見た記憶はない。カバンはずっと持っていたらしく目が覚めた時すぐ近くにあったんだけど。
「安心しろ、工場の外に停めてあるから。捨ててきてたりしてねーよ」
その流れで三人一緒に外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。何時間気絶してたんだよ……。
「それじゃ、アタシが言うのもなんだけど気をつけてな」
「あれ?二人は?」
「自分らはまだミーティングがあるっすから!」
「そうなんだ。それじゃ……」
まだ工場に残るらしい二人に別れを告げ、ヤンキーの居城という本来なら名残惜しさなど微塵も感じないはずのものに少し心を引かれつつ、自転車にまたがった。
家に帰りつくと親から遅いだの、連絡くらいしなさいだの、予期していたそのままの言葉が降ってくる。それを適当に流しつつ風呂とご飯を済ませ、電気を消した自室のベッドに潜り込む。
その自分しかいない真っ暗な世界に浮かんでくるのは、
教室で目が合った瞬間で。
工場で部下を仕切っている姿で。
無邪気に微笑んだ顔で。
そして見送ってくれていた表情で―――。
―――そして結局一睡も出来なかった。
月曜から夜更かしとはこのことかよ……。
続きです!遂に(まだ二話)裏の顔を知るという意味で出会った二人。これからどんな展開が待っているのか。乞うご期待です。