厄神への生贄が身綺麗になって戻ってきた件
この作品は1話完結ですが『厄神様、私をお召し上がりください。「帰れ!!」』を読んでからこの作品を読むとより楽しめます。上にある『厄神様シリーズ』から飛べます。
「村長様、ただいま!」
ーー正直ワシはこれだけ混乱した日は無かったかもしれない。
山奥に住むという厄神。その恐ろしい神に捧げた生贄があっさり戻ってきおった。
しかも生贄に出した小僧、行った時より身なりが綺麗になっておる。
汚れだらけだった服は、ほとんど新品同様ピッカピカ。それに薬草のいい匂いがする。
本当にこの小僧は厄神のもとに行ったのか?温泉旅行ではないのだぞ!? お前、なんでそんな綺麗になってんの!?
「……シンヤ、お前本当に厄神様のもとに行ったのか?」
「はい! 取引成功です! ヤク様は生贄はいらない、人助けは神の使命だって言ってました!」
ーー何故だろう。シンヤの言っていることに少し違和感があるのだが……神様のコメント脚色してない? 話に色つけてない?
それに神にあだ名を……なんて罰当たりな。
ワシが養っている時からおかしな小僧だと思っていたが……
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ーー数日前
「村長……前のもダメです……稲が育ちません」
村民の一人が絶望しきった顔をワシに向ける。
「な……ッ! バカな! もう食糧は充分にないというのに……!」
「……このままでは皆、いずれ餓死します」
ーーそんなことはわかっとるわぁい! どうしようもないだろうが! 自然災害だもの!
、と声を大にして言いたかった。だが村の長たるワシがうろたえてはならん。
「今回の稲は……どうだ? うまく育ちそうか?」
「いいえ。悪天候で死にそうです」
「っくしょう!!」
ワシは怒り狂い、近くの机を殴りつける。
……痛い。ジンジンと拳が痛む。
「!? 村長!?」
「大丈夫。落ち着いたから……どうする? 苦しむくらいなら集団自決でもする?」
近くにあった縄を取り出し、輪を作る。
「落ち着いてないです村長! ……打開策を考えましょう」
ーーどうしろというのだ。策が浮かべば苦労しねぇよ。
「ムムム……これだけ不運なことが続くとは……呪われているとしか思えないぞ……」
……待てよ。不運、呪い……厄……?
「そうじゃ!」
……そうだ。何故この方法を思いつかなかったのか。
「山の厄神。そいつに厄払いを頼むのじゃ」
「や、厄神に!? 正気ですか!?」
ーーわかっている。かつて人間の退治屋達が彼の神を悪神と判断し、退治しようとしたが……返り討ちに遭ったと。
……そしてその全員が悲惨な死を遂げている。
ある者は厄神に喰われ、ある者はその猛毒の牙によって苦しんだ挙句に死んだ。
厄神との戦いで生き残った者も、逃げ帰った村が妖怪の襲撃に遭うか、我々と同じように作物が採れず滅んでしまったという。
逃げた人間の村に厄をバラまいたのだろう。
どれだけ人間を憎めばそんな残酷なことができるのか……!
厄神に関わればーー厄からは逃れられない。
「最悪、村が滅びますよ……?」
「どのみち何もしなければ、村は滅ぶ」
「うっ……なら村を捨てて……!」
「大移動か? 弱った我々は妖怪の絶好の獲物じゃな……」
「うぅ……」
すまない。生き残るためには手段は選べないのだ……
「厄神に生贄を捧げる」
「……ッ!」
村民の一人が顔を苦痛で歪める。
「願いを聞き入れてもらえるようにな……だが問題は……」
誰を生贄に選ぶか……じゃ。
「……ッ! イヤです! 息子を厄神の生贄になど!!」
神は若い生贄を好むと聞く……が
「安心しろ。捧げるのは……君の息子ではない」
「え……? では誰が?」
「……ワシの義理の息子だよ」
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……ピ〜ヒョロロ〜ピーロ~ピヒョロ〜……ピ〜ヒョロロロロ〜
今日も田んぼでワシの義理の息子、シンヤは龍笛を吹いておった。目隠しをした少年が綺麗な音色を奏でる。
……いい音色だ。風に心が洗われ……って
「シンヤ。このぐちゃぐちゃの畑は何だ?」
相変わらずシンヤの農作業の腕前がひどい。畑がぐちゃぐちゃで土が周りに飛び散っている。彼が着ている服も泥だらけだ。どうやったらこうなるのか……
あ、埋めたはずの種も見える。
「あ、村長様! いらっしゃったんですか!? ちょうど今いい感じに笛が吹けたんですよ!」
「シンヤ、仕事はどうした?」
「一曲聴いていきます?」
「聞けよ!」
全く、人の話を聞かないやつだ……
この盲目の少年は早くに親を亡くし、村の長であるワシが引き取っているのだが……
驚くほど農作業、つまり仕事ができない。
当然だ。目が見えない状態で農作業などまともにできるはずもない。
「仕事ですか? ついさっき終わったので、農作業中のみんなの応援を、と……」
そう言ってシンヤは笛を持ち上げる。
「んーと、ワシの目が節穴なのかな? 畑の土と種が四散しているようにしか見えんのだが……」
ーー全く迷惑なガキだ。ワシの畑をこんなに荒らしおって……
「あ、豊穣の神様に祈らないと」
シンヤはワシから目をそらし、田の端にある祭壇で手を合わせ、お祈りをする。
コイツ、露骨に話題そらしやがった。若干汗かいているぞコイツ。
「神様、神様、どうかお願いします。みんなの作物が無事に育ちますように……」
……祈りを捧げるときは真剣なのだな……
「……スー……」
……よく耳を澄ますと彼の寝息が聞こえてくる。寝るなよ。
「これぇ! 起きろ!!」
「あうっ」
問答無用で叩き起こした。自分から始めた祈りの最中に寝るとは……本当に自由すぎる奴だ。
シンヤはワシに叩かれた頭を手で押さえている。
「シンヤ喜べ、お前に良い話がある」
「え? 僕にとって良い話って……」
「君はもう働かなくていいのだよ」
「え……どういうことですか……?」
シンヤはきょとん、とした顔でワシを見つめる。
「君は……厄神様のいけにえに選ばれたのだ」
「僕が……神様のいけにえに……?」
「そうだ。誇るべきことなのだ」
シンヤが欠けたとしても、不作がなくなるのならば問題はない。
彼の作物の生産量は無いに等しい。それに口減らしにもなる。今後、食糧難が起こる確率も減るだろう。
いなくなった彼の分の食料は、生産性のある別の若者に分ければいいのだから。
問題は彼をどう説得するかだが……
「先ほど村民たちと話したのだが……今回の稲にも期待はできん」
「そんな……!」
「……もう人の手に負える問題ではないのだ……我々には神にすがるほか道はない」
ごくッとシンヤが喉を鳴らす。
……おぬしが遊んでいる間にも村に危機が迫っている。ことの重要性をようやく理解したようだな。
「そこでワシらは近くの山奥にいる厄神様に村の厄払いを頼むことにした」
ワシはシンヤに向かってスッと指をさした。君がその生贄に選ばれたのだと。
「シンヤ、まだ十歳のお前にとってはつらいことかもしれん。お前を残していった両親に何と言ったらいいか……だが頼む、お前以外にはいないのだ。ほかの子供はお前よりもずっと可能性がある。両親もおる」
「……はい」
シンヤは顔を下に向けている。
当たり前だ。彼も村が助かるための苦肉の策とわかっているのだろう。
「ところで村長様……」
「ん?」
「いけにえって何ですか?」
……もうワシ疲れた。
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丑三つ時。ワシらは山奥にある厄神の社の前までシンヤを送った。
辺りはたいまつがあっても暗い。だが何より不気味なのが--
「虫の鳴き声が聞こえない……」
シンヤの言うとおりだ。社の周りも厄神の縄張りなのだろう。
……虫一匹近寄ってこないとは。噂通りの恐ろしい神なのだろう。
危険だ。これ以上村の衆を社に近づけるわけにはいかん。
「シンヤ、この階段を上がってまっすぐだ。少し歩いたら止まって厄神様を呼び出し、要件を伝えるのだ」
「わかりました。村から山への方向と同じくまっすぐですね」
幸いにも村からこの社までの道は単純だ。まっすぐ村から歩いて行けばすぐに着く。それだけ厄神との距離が近いのも、考えてみれば恐ろしい。
「そうだ。村の厄を払い、作物をとれるように頼むのだ」
「は、はい!」
彼には村を代表して礼を言わなくてはな。
「シンヤ、村を代表して感謝する。ありがとう。君は勇気ある若者だ」
生贄について説明を終えた後、彼は自分から進んで生贄になることを選んだ。
しかし、なぜ……?
「勇気あるなんて、そんな……」
「謙遜しなくてもいい。君の両親もきっと、君のことを誇りに思うだろう」
ワシの言葉に反応しシンヤの肩がピクリと揺れた。
「……ただ僕は父さんや母さんに会いたいだけですから」
「……そうか」
……両親の話は禁句だったな。
「村長様……行ってきますね」
彼は顔にめいっぱいの笑顔をわしらに向け、厄神の元へと歩いて行った。その顔は……何かに耐えているようにも見えた。足場を確認しながら一歩ずつ階段をシンヤは上がっていった。
ワシが去り際に見た彼の足は……かすかに震えていた。
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翌日の朝、ワシは早朝に目覚めた。シンヤは……うまくやってくれただろうか……
「村長ッッ!! 大変です!!」
村民の一人がワシの家に駆けこんできよった。
「……!! どうしたのだ!」
「村の……村の入口に来てください! 早く!!」
まさか……厄神が村に!? 生贄一人では喰い足りないということなのか……!?
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「村長様、たたいま!!」
バカな……!! 生贄が……シンヤが戻ってきおった。
彼から話を聞くと、厄神は生贄なしで厄払いをしてくれるらしい。
そんな……そんな都合のいい話があってたまるものか……!!
「シンヤ……貴様逃げてきたのではあるまいな……」
当然だ……神のいけにえとなったものが無傷で戻ってくるなど、あるはずがない。お調子者のこの小僧は逃げてきたのだ。間違いない。
「いいえ。ヤク様に、厄神様に僕は会いました」
シンヤは目隠しをした目で、こちらをまっすぐ見据えていった。ハッキリと。昨日のような誤魔化しの意図も、嘘をついているようにも見えなかった。
「なに……?」
「厄神様はお優しく、慈悲深い神様です。疑うのなら……ひと月。ひと月待ってください」
「ひと月待って……お前の言ったことが嘘とわかったら……」
相応の責任をとってもらうぞ。シンヤ。
あの恐ろしき神が慈悲深いだと……!? たわけたことを……!!
「その時は僕を村から追い出しても、殺してもかまいません。もとより死ぬはずだった命です」
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それまでの間、作物はメキメキと育っていった。これまで育たなかったのが嘘のように。
そして、ひと月が経った。結果は今までにない程の大収穫だった。
前までは枯れた稲しか見えなかった村の畑が、今では黄金の海だ。風の流れにそって稲が揺れている。
「村長! 厄が……厄が去りました!! 大収穫です!! 今までにないくらいの!!」
「そんなバカな……!!」
今では村中が笑いに包まれておる。
その中心にいるのは……他でもないシンヤだった。
「すげぇよ、シンヤ!! 神様に会ったってホントだったんだな!!」
「これで息子は飢え死にせずに済む! 本当にありがとう!!」
「おめぇは村の誇りだ!!」
「帰ってきたお前、かっこよかったよ!」
村のみんなが彼に集まり称賛と感謝の言葉を浴びせた。
……ワシではなく、ヤツを……シンヤを。
「あ、あう……こちらこそ……待ってくれてありがとうございます」
シンヤは慣れない感謝に照れて顔を赤く染める。ゆでダコみたいに真っ赤だ。
「何を言っとるんだ!! おめぇがいなかったら、みんな死んでただ! 胸張って堂々としな!!」
「は、はい!」
シンヤはピシッと背筋を伸ばす。だが恥ずかしさのせいで若干、動きがぎこちない。
そんな彼の姿を見て村民たちは笑う。ついにはシンヤも笑い、村は笑いで包まれる。
ワシを除いてだが。
……気に食わん。
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神に生贄を出すという決断をしたワシを誰もたたえない。
それどころが、ワシを非難する声も上がり始めた。義理の息子を生贄に出したためか?
そうしなければお前たちの子供が犠牲になるかもしれなかったというのに……!!
……白羽の矢を立てないでやったのは誰だと思っている。気に食わん。
シンヤは厄神のもとに通い続けた。村民のくれたお土産を持って。
これまでにないぐらいシンヤは嬉しそうだった。
そしてある日、彼は見知らぬ女性を連れて村に戻ってきたのだ。
その女性は……とても美しかった。
透き通るような白い肌。
夜の闇を具現化したような長い黒髪に、黒の巫女服。
その巫女服には蛇の鱗のような紋様が浮かんでおった。
村民たちはその姿に見惚れ、開いた口が塞がらない状態だ。
「こら! 貴様、こんなところま、モガッ」
シンヤを怒鳴りつけようとしたその女性の口を、彼は慌てて塞ぐ。
「みんな! この方は……あの厄神様の使いです!! 『日頃の感謝を込めて』とのことです!」
迎えに来た村民達は一瞬、呆然としていたがすぐに正気を取り戻した。
ワッと村が活気に満ちる。『厄神の使い』と言われた女性に村民が一気に群がる。
「山の上からご苦労様です!」「いつもありがとうございます!!」「厄神様にはいつも感謝しています!」「あの……握手してください!」「これを厄神様にお渡しください! さっき採れた魚です! 活きがいいですよ!」
変な奴も混じっていたが……村民は皆、彼女を歓迎した。
厄神の使いは村民の感謝にしばらく驚きで目を見開いておったが、すぐに気を取り直すとーー
「……おほん。ここに厄神様へ生贄を出すように提案した方はいらっしゃいますか?」
丁寧な口調で厄神の使いは村民に質問をした。
透き通るような綺麗な声だ……
「村長ですか? それならばあそこにいますよ」
「ありがとうございます」
村民の答えを聞くとワシの方に向かって厄神の使いは歩いてきた。
「初めまして村長様。厄神様に代わり、参上しました」
厄神の使いはニコッとワシに微笑む。
綺麗な笑顔だ……
「いえいえこちらこそ。厄神様に村の衆は感謝していますよ。いつもお世話になっております」
「そうですか……この人と二人だけにしてもらえます? 話したいことがあるので……」
彼女は村民達に問いかけると、彼らは「わかりました!」と了解した。
「なら、ワシの家にでもどうぞ。狭い家ですが……」
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「して、話とは……ガはッ!!」
家に帰って間もなく、厄神の使いが片手でワシの首を絞め、持ち上げる。
「余計なことをしてくれたな」
ゾッとした。先ほどと同じ声のはずなのに……その声は重々しく聞こえた。
彼女は下げていた顔をワシの顔に向ける。ワシの目と彼女の黄色い瞳が合う。
--ワシがその瞳に見たのは底知れぬ怒りと、悲しみと、そして憎悪だった。
「な、なぜ……」
「随分と無礼な生贄を送ったものだ……それにお前は厄介払いをしたかっただけだろう?」
「……!!」
「ほう……図星か。人間にしてはなかなか賢いことを考えるじゃないか。褒めてやろう」
そう言って彼女はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
--恐ろしい。こ、怖い。怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわい助けて助けてたすけてたすけてたすけたすけてたすけてたすけてたすけーー
「そうだ。それが正しいんだ。その怯えきった顔が私にはふさわしい」
叫ぼうとするが声が……出ない。
「……ふふ、はははははっ。助けは来ないぞ? 人払いも済ませたことだしな」
「お前、は……そんな……」
「私が厄神本人だよ」
「……ッ!!!」
「その反応も見飽きたな……死ね」
厄神はワシの首にさらに強く力を込める。
「……今さら思い出したくもない光景を見せつけやがって……!」
厄神が小声で独り言をつぶやくが、ワシには何を言っているのかわからなかった。だが彼女の次の一言ははっきりと聞こえた。いや聞こえるように言ったのだろう。
「まぁお前一人の命で村を見逃してやるのだ……安いだろう?」
ーーシンヤ、すまない……これが……お前の味わった恐怖なのだな。
厄神がワシの首をへし折ろうとした瞬間ーー
小さき手が厄神の手を掴んだ。
「ヤク様……やめてください」
その声の主はシンヤだった。
「邪魔を……!!」
「します。手を……放してください。その人は……僕の育ての親なんです」
ワシの首に込める力が少し弱まる。
なぜだ……シンヤ……ワシは……お前を……
「小僧、なぜコイツを助ける? コイツがお前に向けているのは美しい愛情などではないぞ? 醜い嫉妬と損得勘定だけだ」
憎くはないのか? と邪悪な笑みをシンヤに向ける。
なぜシンヤに向けるワシの悪感情をーー
「人間ごときの悪意を私が見抜けないとでも思っていたのか?」
ワシの額を冷汗が伝う。
……この神に嘘は意味がない。
少しでもシンヤが迷いや嘘を見せれば、すぐにでもワシを絞め殺すだろう。
「それでもです。確かに僕は村長様の義理の子で……迷惑ばかりかけてきました。厄介に思われるのも当然です」
「ほう……ならば」
「それでも」
厄神はシンヤの言葉に目を見開く。
「村長様は六年も僕を育ててくれました。村長様が僕に向けていたのは嫉妬や損得勘定だけじゃないって信じています。愛情がなかったわけじゃないって……僕は信じています」
「……」
「僕は村長様を信じます……ですからヤク様、お願いします……手を放してください」
厄神はワシから手を放し、後ろに下がる。
「また素、か……」
ふっと厄神は笑みを浮かべると入り口の方にその体を向ける。
「おい貴様」
「は……はい。厄神様」
「歯を食いしばれ」
「ブァッ!!」
厄神は身体の方向を変えすごい速さでワシの懐に入り、ワシの顔を思いっきり殴った。
殴られた衝撃でワシは床に倒れ、シンヤは驚きで唖然としている。
「あが……あ……」
「たわけ者め、これで勘弁してやる」
「……あ、ありがとうございます」
「貴様、シンヤにまた汚い服を着せたら命はないと思え。それに最低でも二日に一回はあいつに体を洗わせろ。保護者なのだろう?」
「は……はい」
「あと私の備え物も週一で持ってこい」
そう言って厄神はワシの家から出ていった。
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厄神と共に外に出ていったシンヤが戻ってきた。
「村長様、氷です」
「おぉ……ありがとう」
「……大丈夫ですか?」
……シンヤ。
ワシはシンヤに土下座をした。
「村長様! 頭をあげてください!」
「すまない……本当にすまなかった。ワシはなんと愚かなことを……」
目から涙がとめどなく溢れてくる。
シンヤへの罪悪感が完全にワシの心を支配していた。
「お前は……あんなに怖い思いをしてまで……村を救ってくれたのだな……!!」
「……父さん。顔を上げて?」
……と……う、さん……?
ワシはスッと顔をあげて目隠しをした義理の息子、シンヤの顔を見る。
「父さんは何も悪くないよ。生贄になるって言ったのは最終的には僕の意思だったから」
「だが……」
「僕の方こそ、ごめんなさい。これまで迷惑……いっぱいかけたよね……?」
ーーこの子は……非常に優しい。なぜこの子が厄神に見逃され、皆に慕われるのか……今やっとわかった。
シンヤはワシを……他人を信じているからだ。
厄神様も……おそらくこの子のそういうところに惹かれているのだ。
「……いいや、子供は親に迷惑をかけるものだ。気にせんでもいい。それよりもシンヤ」
「はい」
シンヤがにっこりと微笑む。
その笑顔、ワシは大好きじゃよ。
「……ありがとう。生きていてくれて……」
「……ッ!! はい……グズっ……あ……う、うううぅ」
シンヤは顔をぐしゃぐしゃに歪め、彼の目隠しから大粒の涙がこぼれおちる。
彼が顔につけた目隠しに涙がにじんでいく。
……その日はワシにとっては忘れられない、息子シンヤの泣き顔を初めて見る日となった。
「……プッ、あんな顔で泣くんだな……あいつは」
家の外からも……聞き覚えのある優しい声が聞こえたような気がした。
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あれから数日、ワシは厄神様の言いつけ通りシンヤには毎日綺麗な衣服を渡し、川は村からは遠いが二日に一回は身体を洗いに行かせている。もちろんワシも一緒じゃ。
あれ以来シンヤはワシのことをお父さん、と呼び始めた。言葉というものは面白いもので、ワシもシンヤのことを本当の息子のように心の底から思っている。
--だが……一つだけ問題がある。
「コレェ! シンヤ!! 仕事をしろ! 今日はワシも手伝うから!!」
畑仕事をサボろうとワシから逃げるシンヤ。今日も元気に村を駆ける。
「もう仕事しなくていいんでしょ! 前に父さんが言ったじゃないか!! それより一曲できたから聞いてよ!」
「それはそれ! これはこれじゃ!! サボるな!!」
「じゃあ、一曲……吹きます」
シンヤはワシの話を無視して口を笛につける。
「話を聞けぇぇぇええええええ!!」
--息子が仕事をしなくなった。
今回はシンヤ君に少しスポットライトを当ててみました!
皆様のおかげで続編が書けました! ありがとうございます!