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第九話 お茶を濁す



「やっぱりくせぇなぁ」


 永岡は得体の知れない物を見るようにみそのを見る。


「で、何処の名医に診てもらったんでぇ、こりゃあ南蛮渡りの薬かい?」


 永岡は更に鼻をクンクンさせ笑いながら聞いて来る。


「あの後、甚右衛門じんえもんとこで聞いたんでぇ。おめぇさん、相当持ってるらしいなぁ?」


 そして永岡、手のひらに親指と人指し指で丸く形を作って言う。


「あ、あの、ま、まぁ」


 みそのはドキドキしながら聞いていて、何から説明して良いか分からずに、しどろもどろに相槌を打つ。


「そんな青い顔をしなくったって、大丈夫でぇじょうぶだぜぇ。ちゃんと出どころも聞いてるんでえ、甚右衛門によぅ」


「それにしても偉い婆様もったなぁ、本当羨ましいぜぇ」


「ところでどんな南蛮渡りの薬なんだよ。それにしても酷くすうすかする匂いだなぁ」


「しっかし、あんだけ痛んでたのがそこまで元気になるってぇんだからてぇしたもんだ。高かったのかい?」


 永岡は矢継ぎ早に言いながら、最後にまた指で丸を作って、みそのに目を向けて来る。


「……?」


 みそのは『もしかして、わかってない?』っと心の内で思っていると、


「しかしおめぇさん、かなりの評判になってんなぁ」


「……?」


 どういう訳かわからず、みそのはまた不安になってきた。

 永岡はニヤニヤしながら面白そうに見てくるが、みそのは不安で黙っていると、


「甚右衛門の店が、バカみてぇに繁盛してるもんだから、どうなっちまったんだと言う事でよぅ。同業者やら関係ねぇ仕事の奴らまで押しかけて来て、そりゃ大変てぇへんな騒ぎさぁ」


 永岡はにんまり笑って、みそのを覗き込んできた。


「話しを聞きゃあ、ろくに利息も取らずに金を貸した上で、取りっぱぐれがぇ様にとか何とか言って、商売繁盛のコツまで指南するってぇ寸法じゃねぇかぇ? ーーみんな生き神様だと有難がって、こぞって誰もがおめぇさんを探してるらしいぜ? おめぇさんも人がいいや。それで自分が姿をくらましてりゃ世話ぁぇわな」


 永岡は捲したてる様に言って笑っている。


『完全に誤解してくれているわ』と、みそのは心の底からほっとして、やっと落ち着いて永岡の目を見る事が出来た。

 よく見ると、永岡の立っている足元に、沢山の人の足跡らしい起伏があるのもわかった。留守にしていた時に、大勢が押し寄せたと言うのも頷ける。


「でも未だ治まっちゃいねぇぜぇ、なんせ生き神様様々だからなぁ?」


「永岡様ぁ、どうにか旦那の力で何とかなりませんかねぇ。お助けくださいなぁ」


 悪戯小僧の様な、小憎たらしい顔で笑う永岡を見たみそのは、悪戯の仕返しとばかりに少し甘えた様に、品を作って永岡を見つめて言った。


「お、おぅ、だからオイラがこうやって見に来てやってんじゃねぇかぇ」


 永岡は一瞬言い淀んだのを、勢いで覆い被すように言った。


「永岡様?」


「なんでぇ」


「お顔、ふふっ」


「顔がどうしてぇ」


「お顔、お赤いですよ」


「なっ、おめぇ、な、何言ってやがんでぇ」


「お願いしますよ。南蛮渡りの良く効くお薬、今度分けてあげますから」


 みそのは少しからかうように言って、丁寧にお辞儀をした。


「ま、まぁ、任せときねぇ。どうせこの辺りゃぁオイラの見廻りの内でぇ。上手うめぇこと取り計らってやるから安心しねぇ。邪魔したなっ」


 しどろもどろになりながらもそう言うと、永岡はそそくさと帰って行った。みそのがその後ろ姿を見送っていると、夕日に照らされた永岡が、自分の顔を撫でながら首をかしげて遠ざかって行く。


「お願いしますよっ、永岡の旦那ぁ」


 みそのはクスクス笑って、悪戯っぽく品を作るのであった。





 プシュ


「うわっ、何この液体〜」


「ってやっぱルービーだったのねん」


 今日の希美はすこぶる機嫌が良い様で、江戸から戻って早速、一日の幸せの一杯と共に携帯をチェックしていた。そして更に気分が良くなり、二本目のビールを開けたところだ。


「永岡の旦那、赤くなってたなぁ〜」


「あんな男前が、案外初心だと乙女心がくすぐられるんですけど〜。キャ〜」


「って危ない危ない」


 クスっと笑いグラスを口に運ぶ。


「でも旦那、私にはこちらに本物の旦那様がいるのですよ」


 自分に言い聞かせる様に一人頷くと、残りのビールをグラスに注いで行く。





「邪魔するぜぇ」


 永岡はここのところ、勝手にずかずかとみそのの仕舞家に入って来る。


「旦那ぁ、一応私も女なんですから、入る前に戸を叩くくらいしてくださいなぁ」


「戸が閉まってる時の方がほとんどでぇ、その度に叩いてたんじゃあ、オイラのがイカれちまって、十手が握れなくなっちまうじゃねぇかぇ。そしたら、おめぇさん達を守れなくなっちまうだろぃ? だからそんくらい大目に見らぁなっ」


「どんな理屈なんですか…」


 呆れながらもみそのは、永岡にお茶の用意をする。

 あれからみそのの家には、数人の噂を聞きつけた人達がやって来たが、どんな永岡の手配りか、一様に永岡の息がかかった物言いで、無理に頼んで来る事は無かった。


「ま、例の商売をやりたきゃ、もう少しほとぼりが冷めてから始めるこったなぁ」


「本当、旦那のおかげで助かりましたよう」


 お茶を持って来て永岡に差し出すと、永岡は嬉しそうに受け取った。


「ん〜っ、やっぱ美味いねぇ、ここの茶は〜。そこらの大店おおだなでもなかなか出て来ねぇぜ。ちっとばかし贅沢し過ぎなんじゃねぇかぃ?」


 永岡は嬉しそうに、もう一口お茶をすする。


「でもそんでオイラも、ご相伴に預かれるってぇもんなんだがなぁ」


 永岡は嬉しそうにカラカラと笑った。


「いえね、どこだったかの貰い物なんですょ。普通のお茶がそれだけ美味しいんじゃ、よっぽど私の入れ方が上手いんですかねぇ? あっ、そうですよ旦那、きっと私が入れたから美味しいのじゃありませんか? こうなったらお金取ろうかしら、ふふっ」


 みそのはそんな軽口を言って笑うと、


「い、いや、絶対ぜってぇその貰った茶が、滅法いい茶に決まってらぁ。おめぇは気づいてぇだけさぁね」


 永岡はむきになって口を尖らせる。

 みそのは、そんな永岡を見て気づかれない様に舌を出した。

 実はこのお茶は、みそのの働く日本橋丸越の地下食で、一番最高級の茶葉を永岡の為に奮発したのだ。

 永岡は町廻りで馳走に合うだけあって、本当になかなかの味覚の持ち主なのかも知れない。


「ほらょ」


 永岡は茶を飲み終えると一朱金いっしゅきんを上り框に置いて立ち上がった。


「旦那ぁ、よしておくんなさいよぉ。私もそんなつもりで言ったんじゃありませんから、ほんの軽口なんですから勘弁してくださいよう」


 みそのは慌てて永岡に言った。


「茶代でぇ、って言いてぇところだがちげぇんだ。ふふっ、このめぇ、おめぇにぶつかってきた奴、あれな? あん時、広太が番屋へ引っ張ってったっんだが、叩けば色々と出そうな奴だってぇんで、大番屋に移されてな。案の定叩けば叩いただけ、わんさかと出て来やがってな。要は、奴ぁ独り働きの盗人って訳で、奴の住処に行ったらなんと四百両程出て来やがったってぇ訳よ。ま、それは丸まんま、お上の懐に入るってぇ寸法なんだがな。そんでもって、奴を捕めぇたのはおめぇの手柄だって、オイラが届けて置いたもんだから、こいつぁ、お奉行様からおめぇへの寸志って奴だな」


 永岡はみそのを見るやニヤリと笑う。


「でもまぁ、オイラが捕めぇたんだし、おめぇは要らねぇってぇんだし、こいつぁ、オイラが有難くいただいておくことにするさぁね」


 永岡は一朱金を摘みあげてたもとに入れた。


「旦那ぁ、先に言ってくれなきゃずるいですよう」


 みそのが頬を膨らます。


「おめぇ、そんなこた一言ひとっことも聞かなかったじゃねぇかぇ? ははっ」


「邪魔したな。茶、美味かったぜぇ」


 みそのが、してやったりと笑っている永岡を睨みつけると、首を引っ込めた永岡は、上り框に袂から出した一朱金を置いて出て行った。


「何自分のお金の様に置いてってるのさぁ、お奉行様が私にくださったお金じゃないのっ」


 玄関先から永岡の背中に声を投げつけると、永岡は手をひらひらさせて、そのまま遠ざかって行った。


「もぅ」


 みそのは一朱金を摘みあげて、永岡の座っていたところを手で撫でながら、クスクス笑うのだった。



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