第十四話 内緒の探索
「広太が倒れてたのは、この辺りでさぁ」
あれから永岡と智蔵は、医師の田辺宗周の診療所を訪れ、広太を見舞って様子を聞いていたのだが、宗周にはまだなんとも言えないと首を横に振られ、念の為、広太の家族を呼ぶ様にと、逆に促されていたのだった。
そして昨日は、もうすっかり日も落ちてしまっていた事も有り、現場には明日の朝一番で行く事にし、二人は少しばかり打ち合わせをしただけで、その日は別れたのだった。
「広太はこっち向きで倒れていたんだな?」
「へい」
永岡が考えながら、社殿横に目をやって歩き出した。
「ここに争った跡があるな…」
社殿横の土が複数の足跡で乱れていて、引き摺られた形跡も残っている。
「数人の仕業でやすねぇ」
「そうかもな? でもここまで何もそれらしい跡が無いとすると、案外身近な人間か、身近な人間じゃ無ぇにしても、最近良く見かけていて、知り合いくれぇにはなってた奴の仕業だな」
「どうしてそう思うんでぇ?」
智蔵が不思議そうに、首を傾げて永岡に問い質す。
「ま、あくまで推量だが、この神社は弁天様を祀っているじゃねぇかぇ。お典は先ずここへ参るのを、日課の様にしてたんだろうなぁ。そこへ拐かしが目ぇ付けやがって、お典をここで張って、様子を伺ってやがったんだろうよ。そんで何度も顔を合わせて挨拶するうちに、警戒を無くさせたってぇ寸法さぁねぇ。きっと他の神隠しがあった頃か、その前から、お典には目ぇつけてたんじゃぁねぇかな」
永岡はそう言うと賽銭箱の方に目をやる。
「ほら、あっこの土なんかは綺麗なもんだろう? お典はあっこからここまでは、なんの警戒もしねぇで、知り合いに声をかけられて、素直にここへ来たに違ぇねぇ。それに広太だって馬鹿じゃねぇ。あっこの賽銭箱の前で何かされたんじゃ、流石に気づいて声を出すなり、駆けつけるなりしただろうからよ。もし後ろからつけて来た奴に、斬られるとしても、もうちっとばかし、手前でやられてたはずだしな。広太がここまで来て斬られたのは、お典が知り合いに呼ばれて、社殿横まで来る様子が普通だったんだろうよ。そんで急に当身か何かされるのを見た広太が、流石におかしいと思って駆け出そうとした時に、後ろからバッサリやられたんじゃねぇかってぇ、オイラはみてんのさぁ」
「へぇ〜、お見それしやした旦那」
「よせやぃ、あくまで推量よ。それよか智蔵。お前達がお典の店に行った時ぁ、誰か不振な奴ぁ見なかったかぇ? 特に浪人なんかの侍の姿なんかをよぅ?」
「浪人の侍ですかぃ…」
智蔵は暫く必死に思い出そうとしていたが、思い当たる事無く永岡に謝った。
「謝る事ぁ無ぇやな。この浪人はなかなかの手練れでぇ。きっと居合いかなんかで、抜き打ちに広太を斬ったんだろうよ。宗周先生から聞いた傷口の様子を考ぇると、オイラにはそう思えてならねぇ。広太がお典の危険に気づいて、走り出そうとしなかったら、広太は即死だったんだろうな。もしかして広太じゃ無ぇでお前だったら、走り出していても、即死だったかも知れねぇぜぇ。幸いに広太はひょろっとでけぇかんなぁ。身体がでけぇ分、オイラは、刀が急所に届かなかったってぇみてるのよ。んなもんだからその浪人は、相当の手練れだってぇ話しになるんでぃ。そんな奴に見張られてても、気づかなくったってしょうがねぇさね」
智蔵は背筋に冷たい物を感じて、身体をぶるっと一振るいさせた。
「まぁ、ずっと引きずられた跡が続いて、奴等の隠れ家かなんかに、案内してくれるとは思わねぇが、ちょっくらこの辺りを見て回ろうじゃねぇかぇ?」
永岡はそう言うと、智蔵を促して歩きだした。
*
その頃みそのは、永岡には止められていたが、神隠しに遭い、行方知れずになってしまったと言う娘の家を、一人で見て回っていた。
江戸の町の地理に明るくないみそのでも、町行く人にその噂の事を尋ねると、大抵の者は知っていて、中にはわざわざ一緒に連れて行ってくれ、あれこれとその詳細を、まるで見たかの様にみそのに話す、近在の女房までいた。その中には関係無い誰それの不倫話しやら、酒癖の悪い亭主の為に、春を売ってる女房の話し等、聞いても無いのに永遠と話し続ける者もいて、それには流石のみそのも閉口した。
これは、みそのなりに永岡の役に立ちたいとの思いと、単に興味本意からと言う安易な思いが、綯い交ぜになって歩き廻っていた事だっだ。
『旦那に知られちゃぁ、大目玉なんだろうなぁ〜』
みそのは役に立ちたい反面、それがかえって永岡を心配させるだけで、素人の自分が何をしようが役に立つどころか、足手まといにしかならないんじゃないかと、内心わかっているのだ。
『でもじっとなんかしてられないし、やっぱり旦那や親分さんのお役に立てるなら、少しでも自分の出来る事をしたいしねぇ…』
そんな事を考えながら、四軒目の神隠しの被害者の家まで来たところで、みそのは違和感を感じた。
『あれぇ、さっきから見て廻ってる家って、町の感じが、なんかみんな似てる様な気がするんだけどなぁ。なんでだろう?』
そう思いながら、みそのは神隠しにあったと言う、娘の家の周りを見て歩いた。
「まっつぐ〜まっつぐ〜」
近くで船頭の声が聞こえて来る。
『そうか、川だ!』
今までみそのが回った、神隠しにあったと言われる場所のすぐ近くには、何処も小さい運河であったり、大川だったりと、大小は違えど、小舟が入って来られる水場があったのだ。
江戸の町は、何処へ行くにも舟で行ける様な、大小様々な運河が張り巡らされ、さながら水運都市の様な様相なので、不思議がる事ではないのだが、みそのはそんな事は知らない。
『きっと犯人は誘拐してすぐに、近くの川から娘さん達を運んだんだわ。そうよ、舟から娘さん達を見て、それで狙いをつけたのに違いないわっ!』
そう思ったみそのは、もう一つ不思議に思っていた事に合点がいった。
先ほど話し好きの女房につかまった時に、その女房はしきりに、
「器量良しっていってもねぇ、ここらじゃ、ここのお市ちゃんなんかじゃ無く、お和ちゃんのが、よっぽど器量良しだって話しなんだよう。なのに神さんは、お市ちゃんを連れて行っちまうもんだからさ、神さんもとんだ間違えをしたんだろうって、誰もが噂して笑ってんのさぁ」
と、面白がって話していて、みそのは、この女房が噂の元なんだろうと思いつつも、興味が唆られてその娘を見てみたくなったので、みそのがその娘の家を聞いた所、その女房はご丁寧にも連れて行ってくれたのだ。
そして、確かにその女房の言う通り、キラキラと華のある可愛らしい娘で、町一番の器量好しだと納得だったのだが、お市に比べてお和の家は、そう裕福でも無さそうで、家も奥まった所にあり、不謹慎だが、みそのはこの娘を誘拐した方が、『場所的にもやり易いんだろうなぁ』と、感じてしまっていたのだった。
みそのはそれらの事を踏まえると、舟を使った犯人は、水場から見える範囲で、比較的器量の良い娘に目星をつけて、狙っていたのではないかと言う考えに至ったのだ。
その後みそのは、もう一軒の被害者の家を尋ねたのだが、やはりその思いが強くなるばかりの、同じ様な町の作りで、試しにこの辺での一番の器量良しの娘を聞いた所、ついに神隠しに遭った娘の名前は出て来なかった。
『違ってるかも知れないけど、この事を永岡の旦那に話してみたいなぁ。う〜ん』
どういう風に伝えたら、大目玉を食らわずに伝えられるかを考えながら、家路につくみそのであった。
*
神社の周りを見て廻った永岡と智蔵の二人は、永岡の言う通り、社殿横からほんの三、四間の所で、引き摺った跡も無くなり、他に足跡は残っていたが、犯人の足跡だとは断定仕切れない物ばかりで、特に変わった様子は無かった。
しかしそこからは、神社の裏手へ抜けられるようにもなっていて、そこを出ると直ぐに運河が有り、一ノ橋の手前に、丁度小さな猪牙舟が停められるくらいの、船着場があったので、凡そお典はここから猪牙舟に乗せられ、一ノ橋を潜って、大川にでも出てしまったのだろう事が伺えた。
「先ずは、お典がこの神社に良く来ていたか、聞いてみっかね」
そう言って、永岡は智蔵と連れ立って、お典の実家である小間物屋へ、やって来たところである。
「そうかぇ。やっぱりお典は、ちょくちょくあの神社には行っていたんだな?」
お典の事で母親に話しを聞きに入ったのだが、母親は憔悴しきっていて、どうにも話しを聞くどころでは無く、急遽父親に話しを聞く事になっていた。
「永岡様、何卒お典を、お典を無事に帰してやっておくんなさい…」
最後は祈る様に懇願された永岡は、智蔵と二人、店から出て来たところだ。
「お典の事なりゃ母親の方が、もっと詳しく聞けると思ったんだがなぁ。ま、しょうがねぇわなぁ」
「へぃ」
「取り敢えず、最低限聞きてぇ事ぁ聞けたんだぁ、良しとするかぇ」
智蔵に歩きながら言うと、一軒の蕎麦屋が永岡の目に入った。
「ちょっくら入れとくかぇ?」
小腹が空いていた永岡は、そう言って智蔵を腹拵えに誘った。
永岡は暖簾を潜るや、
「天婦羅二つと、冷やでいいから一つつけてくんな」
と、店の親父に声をかけ、智蔵とがら空きの入れ込みに腰を下ろした。
まだ昼時も少し前とあって、店は何処かの隠居風の老いた男が一人、酒をちびちびやっているだけで、他には客もなく、話しをするのには打って付けであった。
運ばれてきた酒を猪口に注ぎ、一口舐めながら永岡が話し出す。
「取り敢えず店の方は捨て置いて、神社の周りを当たってみねぇかぇ?」
「へい、あっしもそう思ってやしたよ」
智蔵もお典の店からは、もう然程何も出て来ないと見て、神社で調べを進め、ここ数ヶ月の間で“怪しい者”、と言うよりも、“普段見かけない者”、を洗って行く事を考えたようだ。
「そんで、手は足りんのかぇ?」
永岡は暗に広太が居ない事を心配する。
「へい、まだ若ぇがニ、三、こいつはってぇ手下がいやすんで、そいつらを使ってみようかと思っていやした」
「そうかぇ。そこんところの手配りが終わったら、お前はまたオイラと合流してくんな」
そう言った永岡は、天婦羅をつまみ、また一口酒を舐めると、何かを整理する様に目を閉じるのだった。




