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酸いも甘いも噛み分けて  作者: 篠原 皐月


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(77)波乱含みの披露宴

 三月に入り、沙織と友之が準備を進めていた、親族のみでの披露宴当日となった。

 都内某一流ホテルの宴会場フロアの一角に設けられたその会場は、他のそれとは広さに劣り列席者は極少人数ながらも内装や備品の格調高さは変わらず、携わるスタッフも信頼の置ける人物ばかりであり、準備の間、主役二人はそれらに対して全く不安を感じていなかった。しかし当日を迎え、どうしても他の事に関して不安を拭えなかった。


「それではこれより、松原家、関本家の結婚披露宴を開催いたします。まず新郎新婦から、ご列席の皆様へのご挨拶をいただきます」

 司会役の男性が落ち着き払って披露宴の開催を宣言し、促されたタキシード姿の友之と、マーメイドラインのウェディングドレスを身に纏った沙織が、背後に控えていたスタッフに椅子を引いて貰い、静かに立ち上がった。そしてタイミングを合わせて二人で一礼してから、縦二列に別れて向かい合って座っている両家の家族に向かって、神妙に挨拶を述べる。


「本日はご多忙の中、私達二人のためにお越しいただき、ありがとうございます。私達は先日グアムにて、滞りなく挙式いたしました。今現在、夫婦となった喜びと責任の重さを、日々実感しております」

「本日は、日頃お世話になっている皆様をお招きし、挙式の様子をご披露する、この席を設けさせていただきました。限られた時間の中、行き届かない事もあるかとは存じますが、どうぞ皆様楽しい時間をお過ごしいただければ幸いです」

 二人で用意していた台詞を述べ、出席者からの拍手に再度頭を下げて着席すると、如才なく司会者が出席者の紹介を始める。


「それでは次に、ご列席の皆様のご紹介に移ります。まず新郎のご両親の、松原義則様、真由美様」

 そして新郎の両親、祖父母と、司会者が座っている順に名前と略歴を紹介していくのを聞きながら、友之と沙織は密かに肝を冷やしていた。


(事前にスタッフに簡単に事情は説明してあるから、滅多な事にはならないと思うが……。俺の方はともかく沙織の方が、席の並びも空気も微妙過ぎる。お義母さんと隣り合わせにはできないのは理解しているが、お義父さんが一番末席で、本当に良いんだろうか?)

(お母さんは無表情だし、薫は睨んでいるし、豊は顔色が悪いし、柚希さんは対照的に満面の笑みだし、お父さんは早くも涙目だし……。最後まで保つかしら?)


 友之の方は、自分達に近い方から父母、祖父母と席の並びがすんなり決まったものの、沙織の方は結構悩んだ挙げ句、母、弟、兄、兄嫁、父の順になっており、不安要素の一つとなっていた。

 しかしさすがにプロの司会者らしく、佳代子の神経を逆撫でするような不用意な表現は用いず、かといって和洋を必要以上に落とす事も無く、勿論慶事にはご法度の「切れる」「別れる」などのNGワードなどかすりもせず、過不足なく両家の説明を終えた彼に対して、主役二人は尊敬の眼差しを送った。


「それでは続きまして、先程ご挨拶の中にもありましたグアムでの挙式の様子を、そちらの壁面のスクリーンに投影いたします。乾杯の後にお食事をお楽しみつつ、ご歓談しながらご覧ください」

 司会者がそう告げると同時に、沙織達の正面に当たる壁の上部からスルスルとスクリーンが下り始め、音もなく入室したスタッフが、手際よく各自の前に前菜の皿やグラスを揃える。続けて司会者に促されて義則が乾杯の音頭を取り、皆が一口飲んだところで室内の照明が手元が分かる程度に落とされ、沙織達の挙式の一部始終を記録した映像が映し出された。


「うわぁ~、凄く素敵~! 白と木目調で統一された抜群のセンスのチャペル内もそうだけど、壁一面の窓の向こうに広がる空と海の青! ロマンチックねぇ~」

「こういう所を式場に選んだ、友之さんと沙織のセンスが光っているな。それ以上にどちらの魅力も、選んだ衣装が引き立てているし。本当に、見映えがする美男美女で羨ましい」

「お褒めいただき、恐縮です」

「豊と柚希さんも、十分美男美女の部類に入ると思いますよ?」

「あら、沙織さん、ありがとう」

 すかさず式場を誉めた柚希の台詞にかぶせるように、豊がさりげなく二人を持ち上げる。それに友之達は笑顔で応じた。


(何となく柚希さんは、母さんに通じるものを感じる……。天然なのか? お義兄さんの苦労性の一端が、見えた気がするな)

(薫は調整役として当てにならないし、お母さんとお父さんの微妙な空気をものともしない、柚希さんの朗らかさが救いだけど……。どうかこのまま、問題なく終わりますように)

 主役二人がそんな不安を抱えつつも、傍目には問題なく宴は進んでいく。

「それでは皆様、暫くはお食事を召し上がりながら、ご歓談ください」

 上映が済んでからも、主に義則夫婦と豊夫婦の間で話が盛り上がり、時には他の者も会話に混ざって和やかにひと時を過ごした。


「それでは最後に、新郎新婦の仲睦まじい様子を余すことなく表現致しました、メモリアルムービーを作成されておりますので、今からそちらをご披露させていただきます」

 司会者のその声に、事情を知らない面々から声が上がる。


「あら、そんな物があったの?」

「それは是非、見せて貰わないとな」

「楽しみだわ」

(仲睦まじい様子って……、この司会者、事前に観ているのかしら?)

(絶対、母さんからそういう内容だとしか聞いていないよな。実際に観た上であの平常運転なら、プロ中のプロだ)

 周囲からの期待に満ちた声を聞きながら、友之と沙織の緊張が徐々に高まっていく。


「それでは上映を開始いたします。皆様、ご覧ください」

 その台詞と共に、先程と同様に幾らか室内の照明が落とされ、スクリーンへの投影が始まった。しかしそれを目にした直後から殆どの者が呆気に取られ、困惑の声を漏らす。


「え? これは……」

「二人の出会いの、再現VTRとかではないの?」

「ええと……」

「…………」

 真由美だけが満足そうに微笑む中、他の者達は困惑の表情を隠さないまま、周囲の者の顔色を伺う。それは司会者や室内に控えているホテルの従業員達も同様であったが、上映開始から五分も経過しないところで笑い声が響き渡った。


「あっ、あはははははっ! ねっ、ねずみっ! 溺れていたねずみが、へっ、変身っ、お、面白過ぎるぅうぅぅっ! ぶはははははっ!」

 もう遠慮もへったくれもない、スクリーンを勢い良く指差しながらの妻の爆笑っぷりに、豊が顔色を変えて柚希を制止しようとした。


「柚希、ちょっと静かにしろ! 幾らなんでも笑い過ぎだ!」

「だっ、だってぇぇっ! 初っぱなから面白過ぎるぅっ! これはあれね! 呪いをかけられてねずみの姿に変えられていた友之さんが溺れていて、助けた沙織さんが人工呼吸したら、呪いが解けたってシチュエーションなのよねっ!」

「はぁ、まあ……」

「そんなところで……」

「ぶあっははははっ! なっ、なんつう、運命的な出会いぃぃぃっ!」

「だから柚希! 笑い過ぎだと言ってるだろうが!」

「……………………」

 テーブルを叩きながら笑い崩れる柚希を、悲鳴じみた声で叱責する豊。そんな二人を他の者達が何とも言えない表情で眺めていると、押し殺した声が沙織達の耳に届いた。


「……ホテルのプールに、ねずみを落として良いと思っているの? 衛生管理面で、問題が有りすぎるわ。ホテル側から訴えられる可能性があるわよ?」

 鋭い眼光での佳代子からの尤もな指摘に、友之と沙織が慌てて弁解する。


「それはご心配なく。実はあのねずみは、大きなタライ状の物に入っていまして」

「本当にそれを編集したのよ! 最近のCG処理って、本当に凄いわね!」

「……そう」

 取り敢えずそれで佳代子は再びスクリーンに視線を向けたが、すぐに再び柚希の楽しげな声が上がった。


「凄い! あの敵役の魔女! BGMだけで台詞が一切無いのに、迫力満点! 衣装も小道具も完璧よ! 本職の役者さんをグアムまで連れて行ったの!?」

「いえ、現地のブライダルコーディネーターの方が、学生時代演劇サークルに所属していたそうで……」

「打ち合わせから逸脱したアドリブとかも、結構ノリノリで……」

 次第に冷や汗が流れてきた主役二人に、再び佳代子の冷めきった視線が突き刺さる。


「あの撒き散らされている火花や糸とかは、どう見ても本当に散乱しているようにしか見えないけど。場所がホテルの敷地内にしか見えないし、ちゃんとホテル側の許可を取っているんでしょうね?」

「はい、勿論です」

「ホテルの従業員とは別の清掃スタッフがきちんとスタンバイして、終わり次第すぐに清掃、撤収したから!」

「……当然よ」

 佳代子に一刀両断されて沙織達は顔を強張らせたが、まだまだVTRは終わらなかった。


「うわぁ! 最後はこんな大人数での一糸乱れぬダンス! これ、現地のダンサーを集めたのよね!」

「そうみたいですね……」

「皆さん、プロですね……」

「ホテルの中庭みたいな所だけど、そんな所で大騒ぎして他のお客様の迷惑にならなかったの?」

「その……、チェックアウトとチェックインの間の時間帯に、撮影をすませましたので……」

「さすがプロと言うか……、一発OKで撮影が終了したから……」

 もうまともに佳代子の顔を見れず、控え目に弁解した二人を見て呆れ顔になりながら、彼女は淡々と続けた。


「残っていた宿泊客や従業員には、さぞかし変な目で見られたでしょうね。現地の方の日本人のイメージを、変に歪めていないか心配だわ。風評被害は本当に大丈夫なのかしら」

「…………」

 もう弁解もできずに二人が黙り込み、上映も終了して室内に微妙な沈黙が漂ったが、それを柚希の楽しげな声が切り裂いた。


「あっ、あははははっ! 最高! うけるぅぅっ! 松原工業って老舗の上場企業だから凄いお堅いイメージがあったんだけど、創業家の発想が柔軟だから、ここまで発展できたんですよね! こんな愉快なお家と親戚になれるなんて、楽しいし嬉しいわぁぁっ!」

「おい、柚希! 愉快ってなんだ! 幾らなんでも失礼だろうが!」

「だって! とことん面白い事を追求するのが、松原家の家風なのよね? 創業家がそうなら、社風だってそうに決まってるわよ。だから対外的には凄く真面目に見えても、社内での宴会では凄い一芸が披露されているとか、宴会芸に秀でていないと社内で出世できないとか! きっとそうよね!」

「……え?」

「いや、それは……」

 豊が慌てて制止する中、柚希が予想外の方向に曲解して妙に力強く断言してきた為、友之と沙織は咄嗟に言葉に詰まった。しかし彼女はそれを肯定と捉えたらしく、向かい側の松原家のテーブルに向かって軽く身を乗り出しながら、嬉々として尋ねてくる。


「ちなみに、友之さんの持ちネタは何ですか!? せっかくですから、ここで披露していただきたいわ!! あ、お父様とお祖父様も是非ご一緒に!!」

「あ、いや……、それは」

「その……、私はそれほど芸達者な方では」

 予想外の話の流れに義則と孝男が動揺しながら断ろうとしたが、それで柚希は更に曲解したらしくとんでもない事を口にした。


「まあ、皆様ご謙遜を。……あ、そうですか。普段の無礼講な酒宴ならともかく、こういう公の場で披露するには、多少差し障りがあるような芸なのですね。分かりました。とても残念ですが、潔く諦めます」

「いえ、決してそういう事では」

「あの、柚希さん。それは誤解」

「大丈夫です! 松原工業の社員と合コンをするときは、もれなくちょっと外聞を憚るえげつない爆笑ものの芸を披露して貰えると、松原工業のフレンドリーな面を強調して社内や周囲に吹聴しておきますから! その折には遠慮なくご披露ください!」

「ですから、それは誤解で」

「柚希さん」

「はい、お義母さん。どうかしましたか?」

 柚希が力強く宣言した内容を聞いた松原家の面々が、松原工業に関して変な噂が流れかねないと慌てて否定しようとしたところで、佳代子が鋭い声で会話に割り込んできた。それに対して柚希が笑顔で応じたが、佳代子は冷ややかな顔のまま嫁に向かって問いを発する。


「あら。あなた、私が一々懇切丁寧に説明しないと、私の言いたい事が分からないのかしら?」

 先程沙織達に向けた視線とは比較にならない冷え切った視線を向けた佳代子と、満面の笑みの柚希が見つめ合うこと数秒。柚希が困ったように笑いながら、軽く頭を下げた。


「申し訳ありません。以後は慎みます」

「そうした方が良いでしょうね」

 それ以降は柚希は姑同様黙ってVTRを鑑賞し、松原家の面々は安堵して胸を撫で下ろした。


(助かったけど……、本当に助かったと言えるのかしら?)

(何だか一気に微妙な空気になったが、取り敢えず松原工業に変な噂は立たないよな?)

 それから間もなく上映は終了し、気を取り直した司会が宴の終了を告げた後、全員で写真スタジオに移動した。そこで全員で記念写真を撮影して解散となり、主役二人は着替えに控室に出向き、他の者は荷物や引き出物を預けておいたその階のクロークへと向かった。


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