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(50)それは果たしてツンなのかデレなのか

「はい、友之。お疲れ様」

 友之達が取った離れとはすぐ近くの、こちらも独立した作りになっている孝男達の部屋に二人が入り、早速静江がお茶を淹れて笑顔で差し出すと、友之が申し訳無さそうに頭を下げた。


「ありがとう。すっかり騒がしくしてしまってごめん」

 それに静江が、笑いながら応じる。

「良いのよ。あの人がすっかり上機嫌だし、何よりだわ。それよりもせっかくのお休みなのに、沙織さんを取り上げてしまってごめんなさいね?」

「いや、それは構わないんだけど……」

 そう言いながら茶碗に手を伸ばした孫に、静江は苦笑しながら話しかけた。


「引退して悠々自適とは言っても、時々物足りなさそうにしているしね。本当は会社の様子が気になっているけど、下手に口を出したら義則さんの顔を潰す事になりかねないし、結構我慢しているのよ」

「そうなんだ」

「そんな所に、『さあ、思う存分口を挟んでください』なんて言わんばかりの人間を、孫息子が『彼女だ』と言って連れてきたら、それは狂喜乱舞してしまうわよね」

 そう言ってクスクスと笑った静江に、友之は溜め息を吐きながら弁解した。


「本当に悪かった。沙織は普段、あんなテンションの高い人間じゃ無いんだが……」

「ええ。真由美から聞いて、知っているわ。普段は『デレ抜きのツンデレ女騎士様系クールビューティー辣腕社員』なんでしょう?」

 それを聞いた友之が、思わず座卓に突っ伏して呻く。


「……今の説明のどこをどう肯定して、どこをどう否定したら良いのか、咄嗟に判別不能だ」

「あらあら。友之をそんなに振り回せるなんて、やっぱり沙織さんはただ者じゃないわね」

 常には滅多に見られない孫の様子を眺めながら、静江は穏やかな笑みを浮かべた。


「私達が無理を言ったせいで、沙織さんに随分気を遣わせてしまったみたいね」

「気を遣う? 願望入りまくりだし、営業トークそのものだったが?」

 思わず反論した友之だったが、その台詞を耳にした静江が、僅かに顔を顰める。


「まあ……、友之ったら。沙織さんの説明を、真に受けているなんて。少しは彼女の気持ちを考えてご覧なさい」

「考えろと言われても……」

「きっとここに来る話が持ち上がった時から一生懸命考えて、それでも接点が無い私達と何を話せば良いか分からなくて、仕事の内容を話題に持ち出す事にしたんじゃない。それなのにそんな言い方は、沙織さんが気の毒だわ」

「いや、だけど、それは絶対に違う」

「あなたをそんな思いやりの無い子に育てたつもりは無かったのに、ギスギスした働き方を続けているうちに、心に余裕を無くしてしまったのかしらねぇ……」

「…………」

 ここで心底残念そうに溜め息を吐かれた友之は、下手に弁解する事を諦めた。しかし静江は、素早く気持ちを切り替えて話を終わらせる。


「それはともかく、今のうちにゆっくりお風呂に入ってきましょうか」

「そうだね。ここでぼんやりしていても仕方がないし」

 そこで腰を上げた静江に同意して、友之も並んで部屋を出た。


「でも、あの人があんなに気に入るような子を連れてきてくれて助かったわ。もの凄く不機嫌になったらどうしようかと、ちょっと心配していたのよ」

「それなら良かったけど」

「それで? いつ頃結婚するの?」

 並んで大浴場に向かいながら、唐突に問われた内容に対して、友之は言葉を濁した。


「いや、まだそこまでは……」

「あら、そうなの。沙織さんが入社してから、ずっと同じ職場で働いているって聞いたから、てっきりそろそろ本決まりなのかと思っていたわ」

「……母さんは、ちょっと先走りする癖があるから」

「確かにそうね。あの子は年を取っても、落ち着きがないのは変わらないわね」

 歩きながら上機嫌に告げてくる祖母に、友之は困惑しながらも言葉を返しつつ大浴場へと向かった。

 それから二人ともゆっくりと旅館自慢の風呂を満喫し、部屋に戻って寛いでいたところで、孝男から電話がかかってきた。


「すまん、友之。今何処にいる?」

 その明らかに困惑した声音に、友之も戸惑いながら問い返す。

「お祖父さん達の部屋だけど。どうかしたのか?」

「いやぁ、ついさっきまでさっちゃんと激論を交わしていたんだがな? 急に無口になったと思ったら、座卓に突っ伏して寝てしまってな。あれだけ喋りまくっていたなら、急性アルコール中毒とかでは無いと思うが」

 それを聞いた友之は、反射的に置時計に目を向けた。


「21時55分」

「はぁ? それがどうかしたのか?」

「友之、どうしたの?」

 無意識に確認した現在時刻を口にした友之に、祖父母から怪訝な声がかけられる。それで我に返った友之は、慌てて祖父に言葉を返した。


「ええと……、何も心配は要らないから。沙織は早寝の習慣があるから、眠くなっただけだ。今から部屋に戻るよ」

「ああ、そうしてくれ」

 そこで通話を終わらせた友之は、祖母に断りを入れた。


「お祖母ちゃん、俺は部屋に戻るから」

「ええ、お開きみたいね。おやすみなさい」

 やり取りを聞いて、粗方の事情を察したらしい静江はおかしそうに笑い、そんな彼女に見送られて友之は元の部屋に戻った。


「お祖父さん、驚かせて悪かった」

 部屋に入るなり、座卓に突っ伏して熟睡している沙織が目に入った為、友之が本気で謝ると、孝男は半ば呆れ、半ば感心した口調で応えた。


「それは構わんが……。さっちゃんは、いつもこんなに早く寝るのか? すごく健康的だな」

「確かに普段から早寝早起きだが、いつもは二十三時就寝なんだ……。お祖母さんが言っていた通り、色々気を遣って疲れていたかもしれない」

「そうか。構わんから、寝かせてやれ。奥に布団が敷いてあるからな。俺は部屋に戻るぞ」

「分かった、そうするよ。おやすみ」

 完全に寝入っている沙織を友之が抱え上げようとしているのを見て、孝男は立ち上がりつつ、隣の寝室に繋がる襖を引き開けた。すると食事の後に仲居が敷いた布団が二組見えた友之は、素直に頷いて孝男を見送った。


「全く……。暴走するのも程々にしておけ。フォローするこっちの身にもなってみろ」

 苦笑いしながら友之は沙織を布団に寝かせ、掛け布団をかけてから再度彼女を見下ろした。

「お疲れ。お前は全く意識していなかっただろうが、お前自身の売り込み結果も上々だったぞ?」

 どうにも込み上げてくる笑いを漏らしながら、友之はそう一言呟いて自身も布団に潜り込んだ。



「……沙織?」

 翌朝早く、自然に目が覚めた友之は、何気なく横を見て、そこが無人なのを認めた。不思議そうな顔で上半身を起こした彼が、そのまま周囲を見回していると、微かに聞こえてきた物音に釣られるように、無言で立ち上がる。


「ここに居たか」

 ベランダに繋がる窓を開けると、予想通り傍らの大きめなベンチの上に、些か乱雑に浴衣と下着を脱ぎ捨てた沙織が露天風呂に入っており、友之の声を耳にして振り返った。


「あれ? 起こすような物音は立てていませんよね?」

「ああ、自然に目が覚めた。気持ち良さそうだな」

「……そうですね」

 それきり元通り浴槽の縁に両腕を乗せ、それに顎を乗せてガラス張りのバルコニーの向こうに広がる緑を眺め始めた為、ベンチに座った友之は、斜め後ろからそれを眺めながら不思議そうに尋ねた。


「機嫌が悪いのか?」

「機嫌が悪いわけじゃありません」

「それならどうして、微妙に面白く無さそうなんだ? 昨夜お祖父さん相手に、思う存分社内の不満や鬱憤をぶちまけたんじゃなかったのか?」

 すると沙織は再度振り返り、軽く眉根を寄せながら問い返す。


「それはまあ……、確かに思う存分ぶちまけましたよ? ぶちまけましたけど……。大して酔ってもいないのに気が付いたら布団の中って、どういう事ですか?」

 それに友之は、半ば呆れながら答えた。


「仕方が無いだろう? お前が十時前に爆睡したから奥に運んで寝かせたのが、そんなに悪いのか?」

「それはどうも。お手数おかけしました。別に、運んで貰った事について、文句を言っているわけじゃありません」

 淡々と言い返して、再び庭の方に視線を戻した沙織をまじまじと見て、友之は僅かに顔を緩めながら呟いた。


「……へえ? ああ、そういう事か」

「一体何ですか?」

「無意識に自分の予想以上に緊張していて、普段の就寝時間のはるか手前で爆睡した結果、きっちりプレゼンを締めくくれなかった事に対して、悔しくて恥ずかしくて拗ねて、珍しくへこんでいるわけだ」

 笑いを堪える口調で友之がそう口にした途端、小さな波を立てながら沙織が振り返って睨み付けてきた。


「……誰が、何ですって?」

「もう一度繰り返すか?

「黙れ」

「仰せのままに」

 横柄に言い放たれても友之は怒ったりせず、むしろ楽しそうに応じた。


「沙織は本当に面白いし、色々予想外だし、一緒にいて飽きないな。あ、一応言っておくが、これは誉め言葉だぞ?」

「とてもそうは思えませんが。……ところで、ここに入らないんですか?」

 渋面になりながら沙織が話題を変えると、友之が笑顔のまま応じる。


「ああ、まだ時間があるから、朝食までもう一眠りする。だから慌てて出て俺に譲らなくて良いから、気が済むまでゆっくり入ってろ」

「…………」

 そう言いながらベンチから立ち上がった友之だったが、何故か沙織が意外そうに自分を凝視しているのを見て、不審に思いながら問いかけた。


「どうかしたのか?」

「いえ、ここに一緒に入る気かと思ったので」

 今度は友之が軽く目を見開いたが、すぐに苦笑しながら踵を返す。

「そんなつもりは無かったが、沙織はそのつもりだったのか。そのお誘いを断ったのは、実に勿体なかったな」

 そして背中を向けながら、軽く手を降りつつ室内に戻った友之を見送った沙織は、再び風呂の縁に寄りかかった。


「随分、好き勝手言ってくれて……。そっちだって、結構面倒くさいじゃない」

 ぶつぶつと小声で悪態を吐いた沙織だったが、すぐに無言になって体を反転させ、眼前に広がる鮮やかな緑に目を向けた。



「おう、おはよう。友之、さっちゃん」

「沙織さん、良く眠れたかしら? 具合は悪くない?」

 朝食の時間になり、朝の光がやわらかに差し込む食事処で合流した孝男と静江から、幾分心配そうに問われた沙織は、二人に向かって神妙に頭を下げた。


「はい、大丈夫です。昨夜は先に寝入ってしまいまして、失礼しました」

「それは構わないのよ。色々疲れたでしょうしね。でも本当に、具合が悪いわけじゃないの? なんとなく雰囲気が違うようだけど」

「いえ、そんな事は」

「ああ、それなら、沙織はこっちが平常運転だから。昨日も母さんから聞いたって、言ってたじゃないか。『ツンデレのデレ抜き』バージョンだよ」

「ちょっと、友之さん!」

 横から含み笑いで口を挟んできた友之の袖を引っ張った沙織だったが、ここで面白がっている風情で孝男も尋ねてきた。


「それなら、昨日は何なんだ?」

「『営業Aバージョン』フルスロットル形?」

「あのですね」

 軽く首を傾げながら大真面目に友之が答え、それに沙織が言い返そうとしたところで孝男が爆笑した。


「ぶわははははっ!! そうかそうか、やっぱりさっちゃんは面白いな! それならデレるのは、友之の前でだけなんだな?」

「デレてないな」

「デレてません」

 今度は二人揃っての返答に、静江が怪訝な顔になる。


「あら? じゃあ沙織さんは、誰の前でデレているの?」

「ジョニーっていうアメショーの前でなら」

「ジョニーというアメショーに対してなら」

 再び異口同音に答える二人を見て、孝男は益々おかしそうに笑った。


「ぶははっ! お前達、息がぴったりだなっ!!」

「本当、仲が良いわねぇ。安心したわ」

「……そう?」

「どうも……」

 二人に満面の笑みで応じられ、友之と沙織は微妙な表情で応じた。そこで食事のお膳が運ばれてきた為、全員揃って食べ始めたが、すぐに孝男が話を切り出した。


「それでだな、友之。早速来週にでも東京に行こうと思う。会社にも顔を出すからな」

「そう……」

 そこで孝男は、色々諦めて遠い目をした友之から沙織に視線を移し、確認を入れる。


「あ、社内でさっちゃんと顔を合わせても、知らんぷりをした方が良いんだよな?」

「そのように、宜しくお願いします」

「おう、色々任せておけ!」

 豪快な笑みを見せながら胸を叩いた孝男の横で、今度は静江が控え目に言い出す。


「それでね? 沙織さん。私、真由美から色々あなたの事を聞いていたの。それで東京滞在中に、ちょっとお願いしたい事があるのだけど……」

「何でしょうか?」

 何を依頼したいのかと不思議に思いながら応じた沙織の前に、静江がおずおずとハンドバッグから取り出したメモ用紙を差し出す。


「あのね? 最近流行りのスイーツとか、イベントとか……。主人は付き合ってくれないし、友之を連れ歩いてもつまらないし、義則さんにはもっと頼めないし……」

「お祖母さん……」

 隣で友之がうんざりした声を出しているのを聞きながら、沙織は素直にそのメモ用紙を受け取って目を走らせた。そして僅かに顔を強張らせたものの、すぐにいつも通りの表情で頷いてみせる。


「分かりました。平日は仕事があるので無理ですが、休日にお付き合いします。こちらのリストに該当する適当な場所も、リサーチしておきますので」

 沙織がそう告げた途端、静江は表情を明るくして夫に向かって宣言した。


「本当!? ありがとう! あなた、やっぱり半月じゃ足りないわ! ひと月は東京にいたいから、そのつもりで荷造りするわね!」

「ああ、俺は構わんぞ。この際久しぶりに、色々見て回るか」

 そんな風に上機嫌に上京時の計画を立て始めた夫婦を見ながら、友之と沙織は二人には分からないように小さく溜め息を吐いた。


(勘弁してくれ……。下手したらお祖母さんに連れ回されて、丸々1ヶ月沙織とデートできないじゃないか……)

(やっぱり真由美さんのお母さんっぽい。行動パターンが同じだわ)

 取り敢えず孝男達に満足して貰ったのは良かったものの、余計に面倒な事になったと、二人は密かに頭を抱える羽目になった。


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