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酸いも甘いも噛み分けて  作者: 篠原 皐月


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124/128

(124)懸念

 披露宴の開始時間になり、付き添い役のスタッフが会場内の様子を窺いつつ、出入り口の前にスタンバイしている主役二人に声をかける。


「それでは新郎様、新婦様、ご入場ください」

「さて……、行くか」

「ええ、行きましょうかね……」

 事ここに至って完全に腹を括った沙織と友之は、スタッフによって扉が両側に開かれると、タイミングを合わせて室内に向かって一礼した。


「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 華やかな音楽と共に、会場全体から拍手や祝福の声が沸き上がる中、主役二人は不自然ではない笑顔を取り繕いながら、腕を組んで正面のひな壇へ進んだ。 


(パッと見は普通の披露宴会場なのに、親族席の周囲の空気だけ異様なんだが……。母さんとお祖母さんが満面の笑みなのに、父さんとお祖父さんの笑顔が引き攣っているし。伯父さん達のテーブルも緊張感が漲っていて、卒倒する人間が出ないか心配だ)

(桜査警公社のお二人に、両親の様子が良く見えるようにするために、関本家のテーブルは二人の間に豊と柚希さんを入れた四人だけ。伯父さん達は薫と一緒に他のテーブルだから、何かあっても咄嗟に抑えられないと控室で頭を下げられたし。寧ろこっちが気苦労をかけてすみませんと、謝る立場よね)

 会場内の一部、正確に言えば両家親族席の不穏な空気は隠しようがなく、沙織と友之は早くも頭痛を覚えた。しかしそんな懸念は面に出さず、何食わぬ顔で前方の席に着席する。音楽が絶妙のタイミングで終了し、会場内が静寂を取り戻したところで、司会役の男性がマイクを手に披露宴の開始を宣言した。


「それでは皆様、これより松原家、関本家の結婚披露宴を開催いたします。まず仲人である田宮様からのご挨拶と、新郎新婦のご紹介をいただきます。それでは田宮様、よろしくお願いいたします」

 そこで促された田宮は友之の隣の席から立ち上がり、軽く一礼してから落ち着き払って口を開く。


「皆様。本日は松原家、関本家の結婚披露宴にご出席いただき、誠にありがとうございます。私は本日、仲人の大任を承りました、田宮敬仁と申します。我が松原工業でも若手のホープと名高い新郎新婦の新たな門出に際し、このような重要な役目を担わせていただき、誠に光栄です。それでは私から、お二人の経歴を簡単にお伝えさせていただきます」

(さすがは田宮常務。普段は反社長派で一本芯の入った人だが、それだけにいざとなったら腹の据わり方が違う。仲人を他の重役ではなく、田宮さんにお願いして良かった)

 微塵も動揺を感じさせない、貫禄十分な田宮の流れるような新郎新婦の紹介に、友之は半ば感動すら覚えた。しかし注意深く会場内の様子を観察していた沙織は、会場内の最後方、自分の身内が座っている付近の様子を目の当たりにして、早くも気が気でなくなってくる。


(なんか早くも、お母さんの顔つきと雰囲気が険悪になってきてる……。お願い、お母さん! あと三時間だけ、なんとか取り繕って! それから柚希さん、妊娠中なのにとんでもない気苦労をさせてごめんなさい! 出産祝いは奮発します! 豊! どうしようもなくなったら、柚希さんの安全確保が最優先課題ですからね!)

 既に兄嫁の笑顔が引き攣っているのがはっきりと見て取れた沙織は、心の中で母親に事を荒立てないように懇願し、柚希に心からの感謝と謝罪を叫んだ。すると友之が、自分にだけ分かるくらいの声量で囁いてくる。


「取り敢えず、特に不満そうには見えないな」

 一体何の事を言っているのかと沙織は一瞬むかっ腹を立てたが、友之の視線の先に目を向け、うんざりしながら囁き返した。


「それはそうでしょうね。関本家の親族席の雰囲気が、刻一刻と不穏なものになっているもの。一部のご招待客が、興味津々で事の成り行きを見守っていらっしゃるみたいよ?」

 招かれざる客である夫婦が穏やかな笑みを浮かべているのを見て、沙織は皮肉っぽく応じる。友之は若干表情を硬くしながら言葉を継いだ。


「万が一の場合、豊さんには柚希さんの安全確保に専念してもらうように、話をしておいた。例の話は、清人さんの他に、他に出席している従兄弟達にも頼んである」

「そういえば、柏木家に招待された時に紹介されたメンツが、ほぼ揃っているわね。皆、微妙に表情が強張っているけど」

「無理もない。あの『歩く非常識』の清人さんが怖気付く相手なんて、俺たちからすると『歩く災厄』と同義語だからな」

 そんなろくでもない事を、友之は真顔で語った。それを聞いた沙織は小さく舌打ちし、父に対して悪態を吐く。


「なんでそんな物騒な人間と、普通に手を組んで仕事してるのよ……。単なる迂闊で残念な、見た目だけダンディの娘ラブITオタクだと思ってたのに……」

「沙織……、業務内容に興味がないかもしれないが、もう少しお義父さんの業績を正当に評価してあげようか」

 さすがに和洋が気の毒になってしまった友之は、軽く沙織に睨まれながらも、そこで舅を擁護する言葉を口にした。


「田宮様、新郎新婦のご紹介をありがとうございました。それでは続きまして、昨年執り行われました挙式の様子をご披露いたします。前方三箇所のスクリーンをご覧ください」

 司会がそう告げると会場内の照明が落とされ、田宮の挨拶の間に設置されていた三箇所のスクリーンに、グアムでの挙式の様子が映し出される。会場内が薄暗くなり、更に招待客の殆どの視線がスクリーンに向けられた事で、沙織は親族席に目を向けず、この上映の間だけは現実逃避できた。


 挙式の一部始終の上映は、特に問題なく笑顔と拍手で締めくくられ、引き続き来賓からの祝辞に移った。

 さすがに松原工業と関係が深いお偉方からの順番となり、主役二人とは直接付き合いがない、年配者からの祝辞が延々と続く。


「……これで、私からの祝福の言葉とさせていただきます。友之君、沙織さん、末長くお幸せに」

「大興和銀行頭取、久米川正志様からのご祝辞をいただきました。それではここでお色直しのため、新郎新婦は一旦退場させていただきます。皆様、拍手でお二人をお見送りください」

 挙式VTRの上映と来賓5人の祝辞を済ませるまで、既に一時間以上経過したところで、司会が新郎新婦の中座を告げた。それで沙織と友之は長々とした挨拶から解放され、安堵しながら腰を上げる。


「行こうか」

「ええ」

 揃って招待客に向かって一礼した二人は、介添え役のスタッフに先導されて出入り口へと向かった。そして再度会場内に向かって一礼してから、拍手で見送られる。


「お疲れ様です。新婦様のお支度が整いましたら、ご連絡いたします」

「分かりました。それじゃあ、また後で」

「ええ。もうこうなったら、私たちに何もできることなんかないわよね」

 両親の様子が気になっていたものの、会場から出てしまった上はもうどうしようもないと、沙織は開き直っていた。更に険悪な雰囲気ではあったものの、これまで破滅的な状況までには至っていない事から、最後まで何とかなりそうだと胸を撫で下ろす。

 二手に分かれて歩き出した沙織と友之は、会場内でそれから何が行われようとしているのか、知る由もなかった。



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