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酸いも甘いも噛み分けて  作者: 篠原 皐月


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114/128

(114)心の姉弟

「今朝の伝達事項はここまでだ。それで……、極めて個人的な事で朝の貴重な時間を使うのは申し訳ないが、報告事項が一つある」

業務開始前に課内の全員を集めた友之は、業務連絡を済ませた上で神妙に切り出した。それを見た周囲の者達が、揃って怪訝な顔になる。


「課長、なんですか?」

「関本」

 誰かが問いかける声を聞きながら、友之が短く沙織に声をかけた。それに応じて少し離れた位置から沙織が隣にやって来ると、友之が申し訳なさそうに事情を告げる。


「その……、俺達の結婚披露宴が十月の第二日曜日に決まったから、その報告なんだ。できれば課内全員をご招待したいのは山々だが、他にも社内で招待しなければいけない人間が多くて……」

「友人知人関係の人数も考えると、職場からは新郎側招待客と新婦側招待客として一人ずつを招待させて貰おうかと思います。申し訳ありません」

 友之の後を沙織が引き取り二人揃って軽く頭を下げると、たちまち周囲に安堵の空気が広がった。


「なんだ。そんな事でしたか」

「二人とも深刻な顔をしているから、何事かと思いましたよ」

「なんと言っても、課長は現社長のご子息ですから。社内上層部の招待客が多くなるのは分かり切っていますから」

「勿論、俺達で別に祝う会は開催するつもりですよ?」

「ありがとう。それで俺の方としては、都合が良ければ杉田さんにお願いしたいのですが」

 笑顔で声をかけられた友之は、そこで係長の杉田に視線を向けた。友之の先輩でもある杉田は、本来が微妙な間柄であってもおかしくないところ、後輩の上司である友之の良き補佐役でもあった。その時も新郎側代表として選ばれたのが、心底嬉しそうに応じる。


「勿論、喜んでお呼ばれするよ。いやあ、入社以来見守ってきた関本と課長の結婚披露宴か。改めて考えると感慨深いな。関本が配属された時には、夢にも思っていなかったよ」

「ありがとうございます」

「私も、夢にも思っていませんでした」

「沙織……、少しは遠慮しろ。俺の立場を考えてくれ」

 思わず正直に口にしてしまった沙織の台詞を聞いて、友之以外の者達は揃って失笑してしまった。その笑いの空気が静まったのを見計らってから、沙織が話を続ける。


「それで……、新婦側の招待客としては……。実はある方面から『是非吉村さんを代表で。そして席を私の隣にしてくれたら、一生恩に着るわ!』と言われたのですが……」

 そこで沙織が言葉を濁した途端、彼女と目が合った吉村が盛大に拒否した。


「絶対却下! あ、いや、誤解するな!! 何もお前と課長の結婚が気に入らないとか、文句をつけているわけじゃないぞ!? そこのところだけは誤解するな!! そんな事を言い出す奴は、新川以外にありえないだろうが!! 本当に勘弁してくれ!」

「本当に、由良と何があったんですか……」

「何もないぞ!! あってたまるか!!」

 吉村が必死の形相叫び、周囲が半ば呆れる中、沙織は淡々と説明した。


「一応、そのような要請があるにはあったのですが、少々吉村さんの精神的負担が大きそうでしたので、却下する事にしました」

「恩に着るぞ、関本! 課内の祝う会では祝儀を弾むからな!! 期待していてくれ!!」

「……どうもありがとうございます」

 沙織が(本当に、由良と吉村さんの関係って、どうなっているのかしら?)と考え込んでいると、何やら周囲がざわめいてくる。


「おい、あれ……」

「あ……、そりゃあ、そうだよなぁ……」

「ええと……、沙織?」

「え? 友之さん、何か……」

 友之から軽く袖を引かれて我に返った沙織は、友之の視線の先を追った。すると直立不動の状態で、佐々木が無言のまま右手を垂直に伸ばしているのが目に入り、控え目に声をかける。


「え、ええと……、佐々木君? ひょっとして、披露宴に出席希望なの?」

「はい……、新婦側招待客として、お願いしますぅうぅっ……」

「ちょっと、佐々木君!? どうしたの?」

「どこか具合でも悪いのか?」

 ピンと右手を天井に向かって伸ばしたまま、佐々木がボロボロと泣き出したことで、沙織を含めて課内全員が驚いた。佐々木はそれには構わず、涙声で報告してくる。


「先週……、夏休みを取って、実家に行ってきました……。以前、先輩に言われた通り、姉ちゃんの結婚相手に挨拶して……、その一部始終を姉ちゃんに動画を撮って貰いました……。その時の俺の内心の推移を、できるだけ事細かにまとめたレポートも作成してきましたので、後から確認をお願いします……」

「ああ……。うん、頑張ったわね……。お疲れ様……」

(そういえば、そんな事を言ってたっけ……。すっかり忘れていたわ……)

 今の今まですっかり忘れていたなどとは言えず、沙織は引き攣った笑みで頷いた。周囲からは(そういえば関本の奴、そんな鬼のような指示を出していたよな)という、微妙に居心地の悪い視線が沙織に向けられる。


「それで……、個人的な事で申し訳ありませんが、姉は入籍のみで披露宴を開催していなかったのですが、先輩達の翌週に予定が組まれてました……」

「あ、あら、そうなの。佐々木君のお姉さんとは微妙に人生のイベントがシンクロしているみたいで、本当に奇遇よね?」

「佐々木、二週続けて披露宴に出席するのは、時間が拘束されるし疲れないか? 俺達の方は無理しないで、お姉さんの方だけ出たらどうだ?」

 友之が気を遣って親族優先にした方がと真っ当な提案をしたが、佐々木が暗い表情のまま事情を説明する。


「姉ちゃんに……、『私達の結婚式で湿っぽい顔をされたり、相手方の前で錯乱して暴れられたら困るのよ。今だって微妙に仏頂面だし。そういえば社内での心のお姉さんが極秘結婚していて、近々披露宴を開催する予定って言ってたじゃない。その披露宴に出て、少しは心構えをしてまともな笑顔を作ってきなさい。そうでないと会場から叩き出すわよ!』と厳命されました……」

「……なかなかきついお姉さんだな」

「満面の笑顔で、義理のお兄さんと相対できたわけではないのね。お姉さんが心配するのは分からないでもないけど……」

 周囲が(やっぱり佐々木のお姉さんと関本には、何か通じる所があるかもしれない)と密かに思っていると、ここで佐々木が沙織に駆け寄り、組み付きながら号泣した。


「せっ、先輩ぃぃ~! 俺っ、俺は血のつながりは無くても、先輩とは心の姉弟と思っていたのに! そんな風に思っていたのは、俺だけなんですか!? 披露宴の招待客に、真っ先に俺の名前が上がらないなんて!!」

「あっ、あのね、佐々木君! ちょっと落ち着いて!」

「佐々木、錯乱するな!!」

「姉ちゃんも、本当は俺の事を、弟だなんてこれっぽちも思っちゃいないんですか!?」

「そんな事はないから! 私側の招待客は、元々佐々木君にお願いしようと思っていたから!!」

 動揺しつつ沙織が叫び、それを聞いた佐々木が彼女を揺さぶるのを止めて尋ねてくる。


「……本当ですか?」

「本当よ。吉村さんの話も出たけど、やっぱり心の弟の佐々木君以外に適任者はいないじゃない? 皆さんもそう思いますよね?」

 そこでいきなり同意を求められた周囲は、沙織同様、若干狼狽しながら賛同する。


「あっ、ああ、勿論そうだよな!」

「そうそう、佐々木以外に適任者はいないって!」

「下手すりゃ、実の姉弟より絆は強いんじゃないか?」

「佐々木。俺達の分まで二人を祝ってきてくれよ?」

「はい! 課長にあの男を投映して披露宴の最中に殴りかかったりしないよう、お二人を祝福しつつ、頑張って精神鍛錬をしてきます!!」

「ああ、頑張ってこい……」

 そこでなんとか平常心を取り戻したらしい佐々木は、手の甲で涙を拭ってから笑顔で宣言した。それを見た周囲は安堵しつつも、疲労感を覚える。


「杉田係長、頑張ってください。佐々木が何かやらかしたら、フォローをお願いします」

「……ああ」

(両親の席の配置だけでも頭が痛いのに、思わぬところで不安要素が増えたわ……。大丈夫かしら?)

 周囲から囁かれた杉田が、遠い目をしながら頷く。それを横目で見ながら、沙織は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


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