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メッセージ  作者: K
7/30

7 萌えるわ

恭平は、片桐から預かった資料に目を通していた。

卒業後の進路についての、調査票だ。

「先生、ここは、今日も平和だね。」

「お?」

思わずのけぞる恭平に、凛は、すました顔で、手にしたマグカップを机の上に置いた。

「いつの間に?」

いつの間にか、目の前に、凛がちょこんと座っていたのだ。

「先生、集中すると、回りが見えなくなるタイプだよね。」

凛が、人並外れて小柄であることを差し引いても、凛が、準備室に入り込んで、自分用の紅茶をいれ、恭平の目の前に座って、声をかけるまで気が付かなかったのは、失態だった。

「お前、何で、ここにいるんだ?」

恭平が、質問すると、凛は、大人びた笑顔を見せた。

「梨花が、看護士になるために、勉強をはじめたから、放課後、図書館で勉強することにしたんだけど、埜々下も、頑張ってるんだよね。いい感じで、二人で頑張ってたから、トイレに行くことにしたんだ。」

「ここは、トイレじゃないぞ。」

凛は、舌を出し、恭平の見ていた資料を覗き込む。

「先生、そんなに集中して、何、見てたの?」

「進路についての、過去データだ。」

「どんなとこに、就職したかってやつ?」

「就職も、進学もだ。この学校から、どんな大学に行ったのか、どんな会社に就職したのかを、把握しときたいからな。」

「ふうん。」

と、凛は、恭平の手元を覗き込んだ。

「あの二人、上手く就職できるかな?」

「牧嶋と埜々下のことか?」

うん、と凛がうなづく。

「まあ、牧嶋の方は大丈夫だろう。埜々下は、頑張り次第だな。」

埜々下は、消防士になりたいと言っていた。

その影響を受けた梨花は、看護師になると言っている。

「二人とも、夢が叶えばいいけどね。」

凛は、近所のおばさんのような風情で、大きくうなづいた。

「そういうお前は、志望大学のランクを上げるつもりはないのか?」

凛は、1年生の時からブレていない。

志望するのは、ずっと同じ大学の私立の史学部だ。

その受験科目である国語と英語と日本史だけが、飛びぬけて成績がいいが、他の科目は、恭平の担当する生物を含めて、全て平均以下だ。

受験科目だけは、点がとれているので、喫茶店を経営している母親も6組を選択したことに反対はしなかったらしい。

「あそこがいい。」

「そうか。」

それならいいと、恭平は、手元の資料に目を向けながら、フと気が付いて、凛に尋ねた。

「お前、榛名と話をしたことがあるか?」

「榛名渉? 先生たち、みんな、榛名のこと、気にかけてるよね。」

「ん?」

「島も樋口も、6組なんか普通なら視界にも入れないのに、榛名渉には、話しかけてるよ。頭がいいからね。就職が勿体ないって、先生たちは、みんな、思ってるみたい。やっぱ、お金がなくて、大学行けないパターンなのかなあ?」

樋口は、渉の2年1組のときの担任教師だ、島は今の3年1組、本来ならば、渉は、このクラスにいていい成績なのだ。

島たちがもったいながるのも当然だ。

渉の成績の変動を見たら、誰でもそう思う。

上を目指す子を引き揚げることを使命のように思ってるスーパーティーチャークラスの教師なら、尚更だ。

「でも、6組では、浮いてるよね。ひとつ年上だってこともあるけど、誰とも、話そうとしないし、誰も、話しかけたりもしないよ。何か、俺のことはほおっておいてくれオーラが出てるからね。」

いつも、一人だってことは気が付いていた。

友達を積極的に作る気もないらしい。

凛の言いようもわかる。

6組の空気とは、あいそうにもない気もする。

「事故のことは、みんな、だいたい知ってるから、気をつかって、遠巻きにしてる感じだよ。それに、6組だからね。馬鹿ばっかりの中に、天才が一人いるって感じ。凄いことは認めてるけど、私達とは、違うよねってのが、6組みんなの印象だと思うよ。」

「まあ、そうだろうな。」

6組の中では、本当に異端だ。

「ただ、私個人の感想なんだけど、声が、意外といいんだよね。」

「声?」

「ほとんどしゃべらないから、声を聞くこと自体、レアなんだけど、たまに先生たちにあてられることあるじゃん。メッチャいい声してるよ。」

「そうか?」

男にはわからない異性の感覚かもしれない。

「私は、まだ、直接、話したことはないんだ。今度、席替えの時、隣にしてよ。」

「興味があるのか?」

「ううん。声を、もっと聴きたい。」

「声フェチか?」

ニコニコしてる凛を見ていると、突っ込む気にもならない。

「6組以外で、仲のいい奴は?」

凛は、少し首を傾げる。

「1組の二階堂とは、登下校、一緒みたいだよ。階段とこで、よく、待ち合わせしてる。」

「まあ、一緒に住んでるからな。」

「うそ、一緒に住んでるの?」

「知らなかったのか?」

「萌えるわー。」

「お前、何考えてるんだ?」

呆れたような恭平に、凛は、思いついたように言った。

「そう言えば、私が1年の時の3年の先輩、進学希望だったんだけど、親が急に病気になっちゃって、全寮制で、お金、もらえる大学に行ったんだよ。」

「全寮制で、お金がもらえる大学?」

「うん。」

凛は、大きな目をくりくりさせた。


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