4 応援する
個人面談の一番手は、牧嶋梨花だった。
梨花は、この春、過去世で恭平を殺したというリアルな感情に振り回された。
今世の梨花は、もちろん、この世界で人を殺したことなどない。
けれども、大事な人を殺してしまったという感情の蘇りは、梨花に大きなショックを与えていた。
「先生。」
その梨花のショッキングな前世の記憶は、どんどん薄れていたが、今の人生に少なからず影響を与えていたらしい。
「私、去年、自分が就職しないといけないってなっちゃったとき、成績も悪かったんだけど、すごいショックで、ちょっと、やけくそになってたんだよね。」
恭平は、うなづいた。
梨花の家が経営する店が、経営不振で、自転車操業の状態になったのは、ほぼ1年前の話らしい。
「凛が、私に同情してくれて、6組を希望してくれたのは、凛には、悪かったけど、本当に嬉しかった。凛が、いなかったら、私、もっと、荒れてたと思うもん。」
親友の凛が、梨花に先駆けて、6組を希望し、先生たちの説得を頑としてきかなかったと言う。
「で、春には、あんなこともあったじゃない?」
あんなこととは、梨花の前世の記憶が、一時的に蘇ってきたことだ。
「お騒がせな前世のリカは、目的果たして、成仏しちゃったけど、私には、あの時の気持ちが、少しは、残ってるんだよね。」
「あの時の気持ち?」
「もう、ほとんどの記憶は、忘れちゃったけど、先生殺して、泣いてた時の、あの恐ろしく悲しかった時の気持ち。」
「…。」
梨花は、ちょっと、笑って吐息をついた。
「今まで、就職しなきゃならなくなった自分を、何か、哀れんでたのかな。就職に対しても、就職されられるんだって、前向きになれなかったんだけど、なんか、前世で先生の死体を前にした時の感情は、もう二度と味わいたくないと思ったの。」
俺の死体?
すこし複雑な気持ちで、恭平は、うなづく。
「だからね。私、考えたんだ。今世では、人を救う仕事をしようって。」
梨花の顔は明るかった。
もう、すでに心は、決まっていたのだ。
「私、看護師になる。」
前世で人を殺した記憶を持ち、その後悔を今世までひきずった。
数年もしないうちに、その記憶は全て消えてしまうかもしれないけど、今の梨花に、明らかな痕跡を残したのだ。
「そうか。」
恭平は微笑んだ。
「前世のリカは馬鹿だったけど、今世の梨花は、あんな後悔しないよう、頑張る。」
「おう。働きながら行けるとこ、探そうな。」
「はーい。勉強もしなくちゃね。」
梨花は、にっこり笑ってうなづいた。
面接の二番手は、埜々下祐人だった。
凛からは、最近できた、梨花の彼氏だと聞いている。
埜々下は、凛が、言っていた通り、小柄だが、はきはきした気持ちのいい生徒だった。
「僕は、消防士になりたいと思います。」
はっきりと、自分の意志を告げるその目に好感が持てる。
人を助ける仕事をしたいという梨花の、新たな夢は、この埜々下の影響によるものかもしれなかった。
消防士は、小さい頃からの夢だったと言う。
進学するにしろ、しないにしろ、いずれは、そっちに向かうつもりでいたらしい。
梨花と同じように、家庭の事情で、高校からの就職を決めたようだが、成績は、あまり芳しくない。
「試験があるぞ。」
「はい。死にもの狂いで勉強します。」
「応援する。」
埜々下は、笑って拳を見せた。
そして、三人目。
今日、最後の面談が、榛名渉だった。