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メッセージ  作者: K
3/30

3 お前もいい奴だな

「里村か…。」

恭平は、苦笑しながら、手にしていた資料を机の上に置いた。

里村凛は、地元の私立大学に進学を希望している。

本来なら、4組か5組になるところだが、親友の牧嶋梨花が、家庭の事情で、進学をあきらめ、就職をすることを決めたので、自分も6組を希望した変わり種の女生徒だ。


凛とは、この4月に、恭平が、この学校に赴任してきたばかりの時に起こった事件での因縁がある。

事件と言っても、結局のところ、恭平は、ただの傍観者だった。

真偽もよくわからない、恭平にとっても、当事者である凛の親友、牧嶋梨花にとっても、もう、本当に夢だったのかもしれないと思えるような出来事だった。

梨花は、学校で、副担任を務めることになった恭平の姿を見たその日に、恭平を殺す夢を見た。

そして、その日をきっかけに、梨花の夢は、恭平を殺した前後の物語を映しはじめのだ。

凛が恭平に紹介したチャネラーの大学生によると、それは、過去世での梨花の人生だったのだという。

梨花の殺した相手は、恭平の前世で、梨花の魂は、そのことを悔いた梨花が、恭平の魂を追って今世に生まれてきたのだというのだ。

結局、恭平の過去世の記憶が戻る事は無く、それが、真実であるかどうかは、証明のしようもなかったが、何となく腑に落ちたと感じた恭平は、そのチャネラーの言葉を、受け止めることにしたのだ。

それが、2か月前の話。

今生での目的を果たした過去の梨花の魂は、前世の記憶を徐々に失い、親友の凛に話したことさえ忘れかけている。

今では、記憶に振り回された当時の自分を、梨花自身が不思議がっているという。


その経験は、恭平を大きく変化させたとは言えない。

人生の何かを変えたわけでもない。

けれども、理性では語れない、感覚で、何かを実感した。

その何かがわかるのは、まだ先のことになるのだと思う。

今後の恭平の人生に、何か影響を与えることになるのかどうかは、まだわからない。


そして、夢に振り回された当事者梨花は、その記憶を失っていき、親友の凛は、そのあと、何となく、恭平に懐いてしまった。


恭平には、4月の赴任当初、6組の新庄華子を中心とする派手な女子グループのファンクラブができていた。

目元が涼しげな、180を超す高身長の恭平は、ターゲットをさがしていた華子たちのちょうどいい遊び道具だったようだ。天然がかったぼんやりした性格が、保護欲をかきたてたのか、どこか世話を焼きたいと思わせたのか、何かと恭平にからんできていたのが4月、5月のこと。

6月に入って、文化祭が終わったところで、支持するアイドルが変わってしまった。

文化祭に参加したバンドのボーカル中尾の歌がすばらしく、華子達の歓心が、すっかりそっちに奪われてしまったのだ。

あれだけ、毎日のように、華子たちに占領されていた理科準備室は、閑散とし、その替わりに入り浸るようになったのが、この目の前に座っているおかっぱ頭の151センチ、くりくりした目の凛なのだ。


「先生ってさ、身長あって、顔がまあまあだから、一方的に惚れられて、何かつまんないって、フラれるタイプだよね。」

気が付けば、ちゃっかり自分で、紅茶をいれている。

理科準備室に置かれていある小さなサイドボードに、いつの間にか凛のマイカップがおかれてあった。

「軽く傷つく言い方だな。」

そう言う恭平の言葉に、凛は頓着しない。

「気の利いたレストランとか、行きそうにないもんね。いまどきの女の子の興味なんてものに、興味もないでしょ。」

「悪かったな。」

「それが、先生だから、しょうがないね。」

「しょうがないって…。」

外見は、中学生のように、子ども子どもしているが、言ってることは、近所のおばさんのような老成感がある。

「ところで、三浦理央の件で、もめてるらしいね。」

そして、やはり、近所のおばさんみたく情報通だ。


高校生ともなると、小学生や中学生の時のように、地域間で、固まることはない。

クラブがあう、性格があう、趣味が合うなど、徐々に、自分の好みで、グループが決まってくる。

グループ内のことは詳しくても、グループ外のことは、ほとんどわからないといったことも多いのが普通だ。

その中でも、凛の情報収集の才能は際立っている。何故、こんなことを知っているのかというくらい、人の噂や情報を聞きだすことに長けているのだ。


恭平は、何も言わずに苦笑した。

三浦理央は、かつて、恭平の追っかけをしていた新庄華子たちのグループの一人だ。

華子たちが、恭平から4組の中尾に追っかけの矛先を転換した直後、理央が、彼女たちを出し抜いて、中尾に告白したのだ。

それが、華子たちの逆鱗に触れ、喧嘩になった。

女の子の同士の喧嘩が、すんなり終わるわけもなく、理央が仲間はずれにされ、無視をされたり、ラインで悪口を言われたことで、理央の親が、今日、学校にのりこんできたのだ。


今、担任の片桐と、学年主任でもある1組担任の島が、それに対応しているはずだ。

本来なら、副担任の恭平も、同席するはずだが、二者面談も始まっている。

試験とイベントで、時間が切迫している為、恭平は、今日の二者面談の方を任されたのだ。

進路指導室は、他のクラスが使う予定なので、今日は、この理科準備室で、面談をすることになっている。

10分もすれば、一人めの生徒がくるはずだった。


「いじめは論外だけど、華子の主張もわかるよ。」

凛の言葉に、恭平は、少し驚いた。

恭平には、理解できない世界だからだ。

抜け駆けの恋も、それを非難する気持ちも、それがいじめに発展する理由も、ほとんど理解できない。

「わかるのか?」

恭平が尋ねると、

「当たり前じゃん。」

と、凛は、えらそうに腕を組んだ。


「先生、私達、3年6組なんだよ。」

「?」

「3年6組ってのが、落ちこぼれのクラスで、下級生からも、下に見られてるっての、知ってる?」

「下?」

「1、2年の時は、6組も混在クラスだけど、3年の6組になった時点で、学校中から、こいつらは、授業についていけなくなった落ちこぼれだって、レッテルをはられちゃうんだよね。それって、多分、プライド持ってる奴等にしては、相当キツイはずなんだよ。」

「お前もか?」

恭平の質問に、凛は、あっさり首を振った。

「私は、自分から6組志望したもん。大学も行くし。」

「そうか…。」

「華子たちって、ほとんど6組で、就職組でしょ? それは、本意じゃないはずなんだよね。入学してきたときは、進学するつもりで、普通科選んでるんだもん。」

「まあ、そうだろうな。」

「でも、落ちこぼれちゃって、就職すること、この時点で、もうほとんど決めてて、受験生って身分から、切り離されちゃったわけじゃない? 正直、面白くないんだよ。」

「…。」


3年6組の、複雑な心境は、何となく、理解できる気はする。

「だから、華子達は、学校を楽しくするために、ファンクラブつくったんだよ。細かいルール作って、みんなで決めたアイドルに、悪い虫がつかないよう、アイドルを独り占めする子がいないよう、監視しながら、みんなで楽しむゲームなんだよ。」

「ゲーム?」

「そ。対象は、誰でも良かったんだよ。この前まで、先生だったのは、ほんとにたまたま。だいたい身長が高いだけで、顔も上の下くらいの、ぼーっとしてる先生が、メチャクチャ、女高生にモテるってのも、おかしな話じゃん。」

「容赦ないな、お前。」

再び、傷つく恭平の言葉を無視して、凛は続ける。

「アイドルに、好意を持ってるのは、嘘じゃないけど、あくまでゲームだからさ、抜け駆けは許されないわけ。ルール無視したら、ゲームじゃなくなっちゃうじゃん。なのに、三浦理央は、抜け駆けして、みんなのアイドルに告白しようとしたから、華子たちがキレて、ハブられることになったんだよ。」

「俺には、よくわからん世界だな。」

と、恭平が首を傾げると。

「だろうね。」

と、凛がうなづく。

「三浦理央は、レベル低いとこといっても、とりあえず短大行くしね。就職しちゃう華子たちとは、ちょっと、ゲームに関わる覚悟が違うってのはあるかもしれないよ。」

「…。」

「でも、中尾に対する感情も、多分、あおられた感情なんだと思うよ。そばにいる奴等が、みんな、いいって言ってるから、何となく火が点いちゃったって感じの。多分、時間が過ぎたら、何で、こんな奴に入れ込んだんだろうって思うはずだよ。」

「お前…。」

恭平は、まじまじと凛の小さな顔を見た。

「片桐先生みたいだな。」

「えー! どこが?!」

ぷくーっと頬を膨らませる凛の顔は、不二家のペコちゃんそっくりだと、恭平はいつも思う。


「そういえば…。」

と、恭平は、時計を見た。

「最近、牧嶋とはつるんでいないのか?」

一人目の面談の主だ。もうすぐ来るはずだ。

凛は、目をくりくりさせた。

「梨花はね。苦労してるんだ。本当は、進学したいのに、家庭の事情ってやつで、就職することになっちゃってるから。」

「うん。」

「その梨花に、春が来たんだよ。」

「ん?」

「彼氏だよ。同じく就職組の埜々下。二人とも、今日が面談だから、三人で図書室にいたんだけどさ。」

梨花と埜々下を二人きりにしてあげるため、凛は、長いトイレに出たのだと言う。

「結構、いい奴だからさ、あいつなら、梨花を預けられるよ。」

小学生並みの小さな身体で、大人びた台詞を言う凛に、笑いかけながら、恭平は、凛の頭に軽く手を置いた。

「お前もいい奴だな。」


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