26 悪かったな
2学期が始まった。
渉は、朝は、恭平の車で一緒に登校し、帰りは、恭平が遅くなるのでバスで帰った。
1学期、あれほど、近寄りがたいオーラを放っていた渉は、穏やかに変貌していた。
受験を控える凛や、梨花や埜々下らが、渉に勉強を教えてもらっているのを目撃したクラスメイトたちは、
「私たちも、教えてもらっていい?」
と、恐る恐る渉に声をかけてきた。
短大の進学のための勉強や、就職試験の一般常識問題まで、聞いてくる者もいたが、渉は、時間を惜しむことも、面倒くさがることもなかった。
今まで、散々人を拒否してきた分、人と関わろうとしているかのようだった。
「そろそろ、夏休み明けのテストの結果が、貼り出されるころだね。」
夏休みが終わって一週間が過ぎた頃だった。
凛が、意味ありげに、渉を見る。
テストの上位50番までは、階段前の廊下に貼り出される。
1組がほとんどを占めるこの番数は、2組と3組の上位がわずかに名前が挙がるが、6組からは、当然のように、渉一人だけが名前を連ねていた。
そのテスト結果が、今日あたり、貼られるはずなのだが…。
その時
「渉!!」
ずっと避けていた二階堂岳が、6組の教室に飛び込んできたのだ。
もともと、クラスが離れているから、接する機会は少ないが、廊下で会っても、渉が声をかけることはなかった。
その様子を見て、岳も、渉に無理に近づこうとはしなかった。
その岳が、血相を変えて、渉の前にやってきたのだ。
「どういうことだ?」
休み時間に勉強をしている渉の襟首をぐいとつかんで引き上げる。
その馬鹿力で、思わず立ちあがる渉だったが、顔を一瞬だけ歪めたものの、すぐに表情をひきしめ、強い視線で、岳を見返した。
息が苦しいが、そんな素振りを岳に見せてはいけない。
渉は、あえて、冷静な声で言った。
「離せ。息が苦しい。」
渉は、岳が怒っているその理由がわかっているようだった。
渉の、冷ややかな声に、岳は、思わず手を離す。
心の中でホッとしつつ、渉は、表情を変えないよう、息を整えた。
「お前、防衛大学に入るんじゃなかったのかよ。」
岳の声は、泣きそうだった。
「…。」
「俺、俺、お前と一緒に、受けるつもりでいたのに…。」
「直前で、気が変わったんだ。」
「どこなんだよ? 海上保安大学って…。」
クラスがざわついた。
榛名が、防衛大学に受験するために、勉強を頑張っていることは、皆、知っていたからだ。
「広島だ。」
「広島?…そんな遠いとこ…。」
「悪かったな。」
渉は、恭平と相談し、防衛大学進学をやめ、海上保安大学を受けることを決めていたのだ。
岳から物理的に離れられることも理由のひとつだったが、海に関わる仕事と言う点でも、渉の決め手になった。
死んだ両親は、海が大好きだったのだ。
海上保安大学は、防衛大学と同じように、全寮制で、給金もでる幹部候補生を養成するための大学だ。
その願書は、昨日で締め切られていた。
「そんなに、俺と離れたいのか…。」
岳が、がっくり肩をおとす。
「…。」
渉は、肯定も否定もしなかった。
ここで、下手に岳に声をかけたら、今までのことが全てフイになってしまう。
寂しそうに6組から消えていく岳の背中を渉は、複雑な想いで見送った。
「榛名、海上保安大学受けるの?」
一部始終を見ていた隣の席の凛が、渉を見上げると
「ああ、海上保安官になる。」
と、渉はようやく笑った。




