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メッセージ  作者: K
25/30

25 まあ、見てろ

ピンポーンピンポーンと連続してチャイムが鳴る。

夏休み最初の日曜の9時から、一体誰が?

寝ぼけまなこでインターファンのモニターを覗いた恭平は、驚いた。

「うわっ」

「良かったあ、先生、居たし。」

「お前ら、何で、そこに居るんだよ?」

「友達んとこに、勉強しに来たんだよ。」

「ええっ?」

そこに、ニコニコしながら写っているのは、6組の里村凛、そして、その後ろにいるのは、どうやら牧嶋梨花と埜々下佑人のようだ。

急いで振り返ると、まだ、スエット姿の渉が、苦笑いしていた。

「凛に、住所教えてって言われて、昨日、教えちゃったんだけど…。まさか、今日、来るなんて…。」

凛が、渉のことをやたら構っていたのは知っていたが、どうやら、呼び捨てで呼び合うほど、仲は良くなっていたらしい。

爽と出会って、二階堂家を出た渉は、以前のとげとげしさがなくなって、人を拒絶する雰囲気が、少しずつ消えていた。

いつも不機嫌そうだった渉の姿は、今はなく、穏やかな毎日を過ごしているようだ。

友達とからむのは、悪い事じゃないが…。

恭平は、仕方なく、開錠スイッチを押すと、しばらくして、玄関から、どやどやと騒がしく3人が入ってきた。

「おはよう先生。」

「失礼しまーす。」

「お邪魔します。」

入るなり、キッチン兼リビングを物色する3人。

「意外ときれい。」

「もっと、ぐちゃぐちゃかと思ってた。」

「やっぱ、キッチンは、ほとんど使ってないな。自炊してないだろ。」

「先生、髪はねてる。」

「うるさい。」

朝から元気な3人は、一通りキッチン兼リビングを物色すると、恭平と渉の部屋も覗こうとするので、慌てて、恭平は、3人をリビングに追いやった。

「お前ら、何しに来たんだよ?」

「だから、勉強だって。」

凛達は、そろって、参考書や問題集がびっしり入っているかばんを見せた。

「榛名に、勉強教えてもらうんだよ。」

「はあ? 何でここで?」

「そりゃあ、ねー。」

凛が、悪戯っぽく笑う。

どうせ、勉強は口実で、恭平と渉の二人暮らしってのに、興味深々で、やってきたのだろう。

「先生は、まあ、そこらへんにいていいよ。私達、勝手にするから…。」

言うが早いが、埜々下の持っていたパンパンの買い物袋から、凛と梨花が、お茶やジュースやお菓子などをどんどん出してくる。紙コップまで出てきた。

「ピクニックのつもりか?」

「まあまあ、先生は、疲れてるだろうから、寝ててもいいよ。私らは、ちゃんと勉強するから。」

事実、恭平は、夏休みの間は、補習授業の為に、日曜以外は出勤している。

昨日も、小テストの点数つけで、寝たのは、2時だった。

初めての補修で、要領を得ないせいもあったが、準備に追われる毎日で、休みの日は、昼まで爆睡しているのが常だった。

凛たちが、何をしでかすか、気にはなったが、渉が笑っているのを見ると、説教はあきらめて、部屋にこもることにした。

ドアを閉めても凛達の声は五月蠅かったが、睡魔には勝てず、そのまま撃沈した。


次に起きた時には、彼等は、思い思いの位置で、思い思いのことをしていた。

テレビの前の小さなテーブルで数学を渉から教えてもらっているのは梨花。看護師になるために、苦手な数学と格闘している。

埜々下は、何故かカーペットにつっぷして、眠っていた。

勉強は、大の苦手だ。

消防士になるためには、もう少し頑張らなければならないのだが。

凛は、キッチンテーブルで、英語の単語ブックを見ていたが、恭平が部屋から出てくる姿を見つけると、手招きをして、目の前に、恭平を座らせた。

そして、小さい声で恭平に報告をしたのだ。

「二階堂の母親について、有村から聞いたんだけど…。」

「ん?」

「えらいデマ流してるらしいよ。」

「デマ?」

「うん。榛名が、鬱病にかかってるって言ってるんだって。」

「え?」

「精神的に不安定で、階段から落ちたのも、二階堂が心配して話しかけているのに、無理矢理、手を振りほどいて、自分で勝手に落ちたことになってるよ。」

恭平は、沙智子の負けず嫌いな顔を思い浮かべた。

あの女ならやりそうなことだ。

「榛名が、自殺しそうで、共働きの自分達じゃ無理なもんだから、先生が24時間つきっきりで榛名を監視するために、一緒に暮らすことになったんだって。」

「うまいこと考えたな。」

「感心してる場合じゃないよ。」

「榛名が、病気に見えるか?」

「病気のはずないじゃん。」

「だったら、いいだろう。何が本当なのか、わかる人にはわかるさ。」

そう思う恭平の脳裏によぎったのは、渉の表情を見るだけで、何が正しいのか判断してくれた渉の伯父、榛名省吾の日焼けした顔だった。

「でも、言われっぱなしってのも、悔しいじゃん。嘘つきに鉄槌落とす正義の味方はいないの?」

「りーん!」

テーブルの梨花が凛を呼ぶ。

「声でかい。こっちに全部聞こえてるよ。」

え?っと振り返ると、渉が、苦笑いをしてこっちを見ていた。

「聞いてたんなら話が早いわ。埜々下が見たことを、学校中にぶちまけちゃおうよ。」

開き直って、凛がまくしたてると、

「叔母さんじゃなくて、岳が、傷つく。」

と、渉が、複雑そうな顔をする。

「何で? 榛名を痛めつけたのは、岳本人だよ。」

「岳は、根っから悪い奴じゃないよ。階段の件も岳は自分がやったって言ってる。」

凛は、不服気に口を尖らせた。

「何で、庇うの? 榛名をわざと骨折させた奴なのに。」

「そうだけど、小さい頃から、ずっと、俺にくっついてた弟分なんだ。」

弟みたいに、渉に懐いていた。

小学生の頃からずっとだ。

渉が、殻に閉じこもってしまわなかったら、多分、岳との関係は、一生、良好のままでいたんじゃないかと思う。

こういう関係にしてしまったのは、自身にあると、渉は思っているのだ。

「じゃあ、やられ損? 二階堂の母親って、榛名が復帰して一番最初に受けた試験の番数が、岳よりずっと低いのに喜んで、有村の母親に、ばらした奴だよ。」

凛は、どうしても我慢できないようだった。

梨花も、それに同調する。

「私も、それ、腹立つ。榛名が嫌なら、岳を追及するのは、やめるけど、二階堂のおばさんのことは、許せない。我が身かわいさに、自分が世話をしている甥っ子を、嘘をついてまで、貶めるなんて…」

渉は、複雑な顔のままで笑った。

「俺さ、先生たちに、勉強しなくてもすぐに成績が伸びる天才タイプだって、誤解されてるんだけど…。」

「誤解じゃないよ。二階堂のおばさんを喜ばせたテストのあとは、中間にしろ、模試にしろ、学校で張り出される50番以内の常連じゃん。勉強するにはメチャクチャ不利な6組なのに、あれだけ成績上げるなんて、やっぱ天才だよ。」

凛が、何故か誇らしげに語る。

けれども、渉は、違うと首をふった。

謙遜しているわけじやなさそうだ。

「種明かしするとさ、俺が、2年の事故まで通った塾は、レベルも進度も早くて、2年の終わりには、3年間の授業で習う範囲は終わってたんだ。そして、休学で熊本に行った時、伯父さんたちは、農業で忙しかったんだけど、時々、手伝いしたくらいで、ほとんどは、ほおっておいてくれたから、何にもすることなくて、部屋にこもっているときは、勉強してたんだ…。」

「ええ?」

「勉強?」

凛と梨花は、同時に声をあげた。

「暇だから、勉強なんて、信じられない。」

「馬鹿じゃないの?」

勉強嫌いの二人から、責められて、

「ほんとに、何もすることなかったんだよ。」

と、苦笑しながら言い訳する渉は、そのあと、しれっと告白した。

「で、二階堂家にお世話になった時、叔母さんが面倒で。話はほとんど聞いてなかったけど、あまりに、しつこく番数とか、進路とか、聞くもんだから、最初のテストでは手を抜いたんだ、わざとなんだ。」

「え?」

恭平が目をむく。

「中間までは、警戒してたけど、案の上、おばさんは、それ以上、勉強についての面倒くさい探りはしなくなったんで、あとは、普通に受けてただけなんだ。俺が就職するって言い張ってからは、もう、俺の成績なんて、どうでもいい感じだったよ。見せろって言われることもないし、聞かれることもなくなったし、岳は、俺が岳より上の成績をとったら、叔母さんに何を言われるか、想像がつくから、絶対、言わないと思うしね。」

「じゃ、中間以降は、岳よりずっと上の番数出してるのに、おばさんは知らないわけ?」

梨花が悔しそうに聞く。

「この前の期末、11番だったのに? いつも、見ないけど、榛名の名前が入るようになってからは、一応、見てるよ。」

この高校では、テストの度に、上位50人は、廊下に名前が貼り出されるのだ。

「11番?」

凛が、目をくりくりさせた。

「1組って、学級通信、月に1度出してるじゃん? 1組の父兄は、真面目だし、先生と仲良くなって上手く推薦もらいたいって思っているから、通信は、絶対読むって、有村が言ってた。」

「だから?」

何?と凛の意図が読めない梨花に、凛は、嬉しそうに言い放った。

「島は、テストのたびに、校内順位10番以内は、通信で発表してるんだよ。50位まで書いたら、1組の下位組がかわいそうだから、10位までにしてるんだって。」

「そっか。10番以内とっちゃったら、叔母さんは、絶対見るから、ギャフンと言わせることができるんだ。」

「また、勝手に…。」

恭平が、注意をしようとすると、

「だって、悔しいじゃん。ちょっとは、ギャフンって言わせたいよ。」

「自分が病気にした甥っ子の今の姿を見てショックを受けろー!!」

「榛名、お願い、10番以内に入って!!」

騒ぎ出す凛と梨花。

「無理言うな。」

呆れた恭平がいさめようとすると、

「10番以内に入ればいいんだな。」

と、渉が、口をはさんできた。

「お?」

やる気か?

皆が、渉を注目した。

「やってくれる? 私達のために!!」

凛が、強い目力で、渉を拝む。

「お前の言ってることは、わけわかんないけど、まあ、見てろ。」

渉は、不敵に笑った。



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