19 あなたに伝えたいのです
「事故?」
事情を知らない巧が訝し気につぶやく。
「あの日、あなたは、玄関にあったゴルフボールを…。」
ガタン
と、いきなり激しく椅子が鳴った。
渉が青い顔で立ち上がっている。
渉の座っていた椅子が倒れていた。
「榛名?」
皆が一斉に立ちあがった渉を見る中、爽は、全てを察しているかのように、言葉を発した。
「結論を先に言います。あなたは勘違いしています。」
「!」
「何度も言います。あなたに、事故の責任はありません。」
「…。」
爽と渉は、じっと目を見つめ合った。
「僕は、あなたを傷つけるつもりはありません。あなたは、もう自分を責める必要がないのだと、あなたに伝えたいのです。」
ポトリと何かが落ちたのに、恭平は気が付いた。
それは、渉の目から溢れた涙だった。
「あなたは、旅行の日の朝、何気なく、玄関にあったゴルフボールを車に持ち込んでしまいました。」
「…。」
「そして、ご家族とは、話らしい話をほとんどしないまま、車の中で眠ってしまいました。ほとんど夢心地のあなたの最後の記憶は、ゴルフボールが、自分の手から離れて、車の床に落ちた感じと、ボールが車の床を転がっている音だったんですね。」
「…。」
「次に気が付いたのは、病院のベッドの上。いろんな事を聞いて、しばらくしてから、警察が、事情を聞きにきました。あなたは、その警官に、激しくハンドルを切って、大木にぶつかった車が、ブレーキをかけていなかったことを聞きました。それは、とても、中途半端な情報でした。
あなたは、もっと、色々聞くことができたはずです。けれども、その時に、車の中で眠ってしまった時の、ゴルフボールのことを思い出したんですね。」
渉の目から涙があふれていく。
「あなたは、聞くことを拒否し、そして、周りも、それ以上の情報をあなたに与えるのを良しとしなかった。この件は、触れたくないのだろうと思いやる、周りの好意が仇になりました。結果、あなたは、恐ろしい仮説から、逃れられなくなってしまいました。つまり、あなたが持ち込んだゴルフボールが、車の床を転がり、ブレーキの後に入り込んだんじゃないかという疑いです。」
渉の無言は、そのことが真実なのだと告げていた。
「あなたが、聞きたがらず、周りも、あなたの為に、詳しい事情を話さなかった。そのため、あなたは、ずっと、その疑惑を抱えたまま、もしかしたら、家族が死んだのは、自分のせいかもしれないという恐れをずっと抱え込んだままになってしまっていました。」
恭平は、思わず、隣の渉の肩を抱きかかえた。
今から1年半前のことだ。
まだ、中学生に毛が生えたような少年の心は、そのことで、どれだけ傷つき、どれだけ怖い思いをしたんだろう。
渉の身体は、わずかに震えている。
怖かったはずだ。
聞きたかったはずだ。
話したかったはずだ。
けれども、誰にも聞くことができず、誰にも話すことができず、ずっと、心を閉ざしてしまったのだ。
自分が家族を殺してしまったかもしれないという恐ろしい罪悪感を抱えながら。




