14 でたらめです
恭平と片桐は、事故以来、話が途切れていた防衛大学について、話をしようという名目で、榛名渉を進路指導室に呼び出した。
三角巾で、右手を吊った渉は、やはり、少し面倒くさそうに部屋に入ってきて、片桐が勧める椅子に座った。
「確認したいことがあります。」
恭平と片桐は、何度も話し合った。
片桐が、学年主任の島と、階段の事故について、聞きだした時、渉は、岳の言葉をそっくりそのまま肯定した。
ふざけて、岳が渉を押してしまったという。
岳が、渉を突き落とした事実は変わらない。
けれども、動機が問題だった。
岳は、ふざけてだと説明した。
渉は、その岳の言葉を否定しなかっただけなのだ。
校内で見る渉は、恭平が見る限り、ふざけることをするような生徒ではない。
今は、笑うことすら忘れているようなのに。
けれども、毎日、一緒に登下校しているときいた従妹同士の仲だから、そんなこともあるだろうと、言葉通りに解釈してしまったのだ。
渉は、さすがに、従妹の岳には心を開いていて、ふざけることもあるのだと。
教師たちは、皆、思ってしまった。
恭平も、片桐も、全くそれを疑わなかった。
埜々下の言葉を聞くまでは。
「その怪我のことですが…。」
渉は、胡散臭げに、恭平と片桐の二人を見た。
「階段から落ちたのは、二階堂君が、榛名君をふざけて押したということでしたが、本当に、二人はふざけていたのですか?」
片桐は、片桐で、渉の複雑な背景をよく理解していた。
回りくどい言い方をしても、らちがあかないと考えていたのだろう。
渉にほおったのは、いきなりの直球だった。
「どういう意味ですか?」
渉は、強い警戒心をあらわにしたが、片桐は、単刀直入に切り込んだ。
「その時の状況を見ていた生徒がいます。」
「?」
「その生徒は、二階堂君は、ふざけてではなく、貴方を、わざと階段から突き落としたように見えたと言っています。」
渉は、視線を泳がし、不快そうに眉をしかめた。
「誰が、そんなことを言ってるんです?」
「事実は、どうなんですか?」
片桐は、渉の様子を観察しながら、冷静に質問を続けた。
渉は、自分の態度がじっと見られているということに気づいている。
迷っているようではなかった。
適切な言葉を探しているようだったが、やがて、渉からは
「でたらめです。」
恭平が、どこか、想像していた通りの言葉が帰ってきた。
埜々下が、でたらめを言う男じゃないことは、恭平も片桐もよく理解している。
だとしたら、渉が嘘をついていることになる。
何のために?
探るように、じっと見つめる片桐と恭平の視線をとらえても、渉は動じない。
はね返すように強い視線で、二人を見返す。
この強さを見る限り、この渉が、ただ、いじめられている存在には思えない。
恭平だけではない。
誰も、渉が、ただ、いじめを受けるようなタイプだとは思っていない。
では、何故、岳に、好きなようにされて、黙っている?
何故、岳をかばってるんだ?
そして、何故、岳は、渉を傷つける?
渉が、岳をかばうのは、凛が思っているように、居候の身だから、岳や岳と両親と気まずくなることを避けるためなのか?
彼らに遠慮して、岳の暴力に耐えているのか?
それにしては、渉は、岳を嫌っているようには見えない。
そして、岳も渉を憎んでいるようには見えない。
岳の母親は、岳と渉の仲の良さをアピールしていた。
二人の間に、緊張感は、見られない。
それとも、それは、上手く隠された演技なのか?
「私達は、貴方の複雑な事情を知っています。貴方が、私達に心を開いてくれたら、私達は、すぐにでも、行動をうつすつもりです。」
「行動?」
渉は、露骨に迷惑そうな顔をした。
「貴方が言いにくいことを聞く耳を、私達は、持っています。貴方は困ってるんじゃないんですか?」
「僕が?」
渉は、口だけで笑って首を振った。
「僕は、今、困っていません。」
「え?」
寧ろ、驚いたのは、恭平と片桐の方だった。
何で、こいつはこんなことが言えるんだ?
恭平は、渉から、何かを探ろうとするが、渉の目はそれを拒否していた。
渉から、これ以上のことを言わせるのは、不可能だと、恭平も片桐も悟った。
「そうですか?」
「はい。僕達はふざけていただけです。」
恭平と片桐は、顔を見合わせ、仕方なく片桐がこたえる。
「わかりました。」
「じゃ、これで、失礼します。」
渉は、一方的に話を終わらせ、さっさと帰ろうとする。
「榛名、どうして?」
思わず、恭平から出た言葉に、渉は、答えようとせず、目をそらした。
帰ろうとする渉に、片桐が、防衛大学のパンフレットをつかませた。
「榛名君、時間はまだあります。この件についても、もう少し考えてみてください。」
渉は、片桐に押し付けられたパンフレットを暫く見ていたが、やがて、黙って、そのまま受け取り、帰っていった。
恭平が、その後ろ姿を見ながら、
「榛名を、二階堂の家から、出すべきじゃないでしょうか。」
と言うと、
「私もそう思いますが、榛名君自身の意思がないと…。」
片桐が、少し悔しそうに答える。
「そうですね。彼は、何を考えているんでしょうか?」
「わかりません。」
恭平と片桐には、今のとこ、なす術がなかった。




