1 いい面だな
約十メートル四方の小さな柔道場で、二人の男が、稽古をつけていた。
しかし、稽古にしては、激しく、そして、一方的だ。
「かかってこいよ。渉。」
投げる方は、時々、声をかけながら、それでも、そのスピードに容赦はない。
「岳…。」
投げられる方は、かろうじて受け身をとってはいるが、すぐに立ち上がることも困難なくらいのダメージは受けている。
投げる岳は、投げられる渉の身体を引きずり起こして、尚も投げ続ける。
「何で、やり返さないんだよ。」
岳は、渉に訴えるが、渉は反応を返さない。
すでに、返せるほどの体力が残っていない。
動かない渉を上から見下ろす岳。
「何で、そんなに腑抜けになっちまったんだ。」
無性に腹がたち、岳は、倒れたままの渉の襟首をつかみ、絞め技をかける。
「う…。」
短いうめき声をあげ、息ができない苦しさに顔を歪める渉を見て、岳は、何故か息をのんだ。
「…。」
苦しむ渉の顔を間近で見ながら、岳は、更に力を入れる。
「ぐ…。」
このまま締めたら死んでしまうかも…。
二人が同時に思った瞬間に、岳の手は緩められ、渉は解放された。
咳き込む渉を、岳はじっと見下ろしている。
ようやく咳がおさまり、渉が、岳を仰ぎ見ると、岳は、
「いい面だな。」
と、一言だけ、言った。
その唇は、笑っているようだった。