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透澄の翅衣  作者: 森陰 五十鈴
第三章 揺らぐ黒
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2. 嵐前の静けさ

 気付けば、こちらに来てからすでに二週間が経過していた。イザベルにある作戦の協力を求められ、それに応じたが、あれから賊の襲撃はなく、比較的穏やかな日常が流れていった。下手をすれば、その作戦前にソフィアたちはいなくなるかもしれない。できるだけ早く行動するべきではないかとも思ったが、そうすぐに事態を動かせるはずもなく、もどかしい日々を過ごした。

 それはソフィアだけでなく、ユーノも同じだったようで。

 彼は熱心になにかを調べ回っているようだった。シリルやイザベルの指示かと思ったが、そうではなかったようで、目立ったことをするな、と先輩騎士に度々咎めているのを見かけた。よほど目に余ったのだろう。

 彼の様子はおかしいままであったが、新人遠征のほうは着々と予定を進んでいった。領都ばかりでなく、村の方にも出向くことがあった。ただし、所属の騎士とは違って、長い滞在でも三日ばかりであったが。

 キャメロンの村は、賊の襲撃さえなければ牧歌的と言いたくなるような雰囲気だった。建物は領都と違って小さな一軒家。道には石畳など敷かれておらずただ踏み固めただけのもの。農地は村を囲むように広がっていて、牧草地、小麦畑、その他作物の畑、と区分され、村人全員でその広大な農地を管理していた。

 村は領内に四か所存在するが、いずれも同じような造りで小さいものだった。ヴィクターなどは遊ぶところがない、などと言っていたが、ソフィアにとって広大な農地は目を見張るものだった。村も、領都と同じで暗い色の煉瓦で作られてこそいたが、小ぢんまりとした様子は可愛らしく映る。

 ただ、やはり領都と規模が違うだけに、被害は顕著に表れていた。道はところどころ抉られていて、火を点けられたこともあるのか、家の裏手に焦げた木材が置かれていたこともあった。巡回に回れば、皆騎士に愛想よくしてくれるが、最後には早く賊をどうにかしてくれ、とお決まりのように言い残す。

 ソフィアの目にも限界が見て取れた。

「せめてもっと防衛措置を取れればいいんだがな」

 村の現状を見せたギルバートは、愚痴を漏らすようにソフィアに言った。例えば領都にはある城壁、そのようなものを簡易的にでも作れれば良いと思っているらしかった。

「与えられる資金も少なくて、それがままならない。……領民が心配だと抜かすなら、別のところに力を入れれば良いものを」

 減税のしわ寄せは、騎士に来ていたようだった。その良心的な行いは、はじめは真に民の事を思ってのこと、イザベルの話を聴いてからは演出の為だと思っていたのだが、実は騎士の兵力を削ぐためだったのかもしれない、と気づいたのはそのときだ。

 そのまま何事もなく日々は流れていった。日を重ねていくごとに現状を知り、しかし何もできないもどかしさに為す術を失くした頃だった。

「たぶん、今日ここに来るよ」

 イザベルが唐突にそう言ったとき、ソフィアたちがキャメロンに来てから一月と一週間が過ぎようとしていた。彼女は天気のことでも話すかのように何気なしに告げた。

「まあ、いい加減そろそろ釣れなきゃ困るんだけどさ」

 その件についてはそれだけであったが、周囲はたちまち高揚した。いよいよ、長年苦しめられた賊に一矢報いる日が来たのだ。作戦については予め話されていて、あとはその場その場で対応するだけなので、今さら内容を確認するまでもない。ただ、その日は各々準備に取り掛かっているようだった。

 偶然なのか、それともそうなるように仕向けられていたのか、その日の夜間の巡回者の中にソフィアの名前があった。何をするべきか思いつかなかった彼女は、ただ適度な訓練と作戦内容の確認を行って、夜に備えた。

「本当に今日来るのかねぇ……」

 同じく巡回当番だったヴィクター。庁舎の入り口で先輩たちを待ちながら、空を見上げてぼやいた。黄昏の刻を終え、深い藍に染まった空はだんだんと闇を濃くしている。その闇の向こうになにが居るのか、ソフィアたちには見極められなかった。

「皆、ベルさんの勘は当たると言っていたけれど」

 キャメロンの騎士たち――特にソフィアと年齢の近い騎士たちは、イザベルが言うんだから間違いない、と妙な確信をしているようだった。勘は勘で根拠のあるものであながち馬鹿にできるものではないと言うが、そこまで盲目的なのはどうなのだろう。

「女の勘はよく当たるっていうけどな……」

 お前はどうよ、と聞かれてソフィアは首を横に振った。そろそろ来るだろうとは思っていたが、それはユーノの調査記録を見たからであって、勘ではなく推測でしかなかった。そのうえ、今日だなんて確信が持てない。

 果たしてどうなるやら、と二人溜め息を零していると、庁舎の中からようやく先輩たちが外に出てきた。

「待たせたな。行くぞ」

 頷きながら、ギルバートの背後から目が離せない。ソフィアたちの相棒である先輩方に続いて現れた、赤と白の騎士。イザベルはいいとして、支部長として日々忙しくしているシリルが直々にソフィアたちの前に現れるのは珍しい。ギルバートたちが連れてきたわけではなかったらしく、彼らはソフィアたちの視線を追って振り向いたところで、はじめて反応した。

「シリルさん、どうしたんですか」

 イザベルをはじめ、ここの騎士たちは上司に対して比較的気安かったが、ギルバートもその例に漏れなかった。もっとも、彼はシリルと同じ年齢というところもあるかもしれないけれども。

「見送りだ」

 端的に彼はそう告げる。別段そこに深い意味は込められていなかったはずだが、ソフィアは思わず身を固くしてしまった。顔合わせのときに冷淡な言葉を投げられた所為か、シリルの前に出ると緊張してしまう。冷淡に接せられたのは他の騎士たちも同じではあるのだが、彼の場合は責任者という立場と……他の人とは違い、厳しく冷たい印象があったので、近寄りがたいのだ。

 そのシリルは、ソフィアとヴィクターの前に立つと、冬の湖を思わせるような青い瞳でこちらを見つめてきた。何を言われるのか。ソフィアの背筋が凍り付く。

「ベルの予想通りになったなら、きっと長い夜になる。……頼んだぞ」

 素っ気なくはあったが、労りのある台詞にうろたえた。

「は、はいっ」

 少し呆けてしまったが、なんとか返事をした。しかし戸惑いは抜けない。なにせ、失敗したら許さない、という旨の言葉を告げられると思っていたので。そして返事に詰まってしまったことが不審に思われなければいい、と心配になった。嫌われていると思われるのは本意ではない。はじめて会ったときに冷たく当たられたことを根に持っていたと知られるのも、恥ずかしかった。

「そんな緊張しなくっても大丈夫だって。来るかも、なんて私の勘でしかないし」

 イザベルは都合よく誤解してくれたらしく、励ますようにソフィアたちの肩を叩いた。そして笑みを消し、真摯な目でこちらを見つめる。

「……何かあるとしたら、君たちのような新人が近いところを狙ってくると思う。気をつけて」

 本当に、いよいよそのときが来たのだな、と気を引き締めた。


「……ユーノくん、いなかったね」

 見回り当番たちを見送りながら、イザベルは傍らのシリルに言った。本日の巡回は遠征中の新人三人を当番に入れていたのだが、その一人であるユーノの姿が見えない。既に庁舎はくまなく捜してある。今も彼のパートナーが捜し回っているはずだ。

 もう現場に行っているというのなら良いのだが。

 シリルは腕を組み、やれやれと肩を竦める。

「捜しても見つからないからディクソンが苛立っていた」

 ユーノの面倒を見させている騎士ディクソンは、寡黙で積極的に相手に関わろうとする人物ではなかった。そのわりに素直なのでコミュニケーションに支障が出ることは今までなかったのだが、ここではじめて問題が生じた。

「あんまりお節介な人だと嫌がりそうだったからディックにしたけど、失敗だったかな」

 彼なりに後輩の面倒は見ていたのだ。ユーノも大人しかったので、問題ないと思っていた。しかし、ここで急に妙な動きをするようになるとは、予想外れだ。これならお節介な誰かにしておくんだった、と軽く後悔している。そういう人物の心当たりは結構多い。その中でディクソンを選んだのは、他でもないイザベルだ。

 たまには読みを外すこともある。勘がいいだけで、預言者でもないので当然ではあるのだけれど、こういうときこそその勘を働かせたかったと思う。

 そして今も。

 これから何が起こるか、全く予想できていないのだ。

「彼も何を企んでるんだかなぁ。みんな傷つかなかきゃいいんだけど」

 脳裏に浮かぶのは、新人三人の顔。みんな良い子たちで、なんだかんだで楽しそうにしていた。他の騎士たちも彼らを気に入ったようだし、もし彼らが望むなら正式にここに赴任して欲しいと思う。

 彼らに何事もなく、この夜が過ぎ去ってほしい。イザベルはそう祈る。きっと叶いはしないだろうと思いながらも、祈らずにはいられなかった。


 ――そして。

 予測通り、そして予定通りに賊たちはやってきた。

 長い夜のはじまりである。

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