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透澄の翅衣  作者: 森陰 五十鈴
第一章 ソフィアとユーノ
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1. 仲裁者の憂鬱

 ――またか!

 騒ぎを聞きつけたソフィアは、その中心にいるのが誰かを知って頭を抱えた。王国の騎士庁舎。訓練場につながる回廊の一角に人だかりがある。ソフィアの同僚や先輩たちが取り囲んでいるのは、剣を握った二人の騎士。近いとはいえ、訓練場ではないこの場で何故剣など抜いているのか。騎士は私闘を禁じられているというのに。

 とにかく止めなければ、と思い騒ぎの中心に向かいながら、密かに嘆息した。この私闘騒ぎには常習犯が居るのだ。今回もそいつが中心。痛みそうな頭を無視して、声を張り上げた。

「そこまでだ!」

 庭の明るさの所為で薄暗く見える石造りの回廊に声が反射する。野次馬がこちらを振り向く。一団の中には、やっと来たかと安堵する者と、やっぱり来たかますますと面白がる者の二種類が見られた。安心したり面白がる前にまず止めてくれ、と切に思うのだが、この場で説教すべきなのは野次馬たちでなく騒ぎを起こした人物だ。

 人を掻き分けて中心へ行くと、制止の声にもかかわらず彼らは未だ剣を振るっていた。黒い髪の男と金髪の男。どちらもソフィアの同期の騎士だ。黒髪のほうが金髪のほうを圧倒していて、もはや戦いは一方的。このままでは大怪我をしてしまう。

「やめろ!」

 と言っても止まらないのはもはや学習済みなので、こちらも剣を抜く。そして二人の前に割って入ると、振り下ろされんとしていた黒髪の男の剣を自らの剣で受け止める。がち、と鉄を打つ音。その衝撃に痺れる腕。剣を押し返せば、黒髪の騎士は数歩後退した。

 こちらを睨めつける暗い瞳。その色にいつものように戦慄しながらも、怯まずソフィアは向かい合う。

「ユーノ・ガスター。私は何度止めた?」

 黒髪の騎士――ユーノはソフィアを見返した。無表情、無感情。ソフィアが割って入ったことにもそう驚きはないようで、

「二回だ」

 あれだけ激しく剣を振っていたのにも関わらず、まるで何事もなかったように剣を納めると、彼は踵を返した。

 人垣が割れる。

「待て、ガスター! まだ話は終わっていない!」

 ソフィアの制止など意に介さずに、ユーノは歩き去っていく。すぐに追いたいところだが、今はもう一人の容体の確認が先である。

 ソフィアは冷えた石床に座り込んでいる騎士の前に屈みこむ。ソフィアの同期のウィリアム・スペンター。ユーノから一方的に攻撃を受けていた相手。随分とやられたらしく、彼はぼろぼろだった。いつも綺麗に整えられている金髪はぐちゃぐちゃで砂埃が付いている。少しきつめだが整った顔立ちは目尻や頬の腫れで台無しだ。これではしばらく令嬢たちも寄り付かないだろう、と他人事のようにソフィアは憐れんだ。

「骨折はないようだな。誰か、彼を医務室に」

 近くにいた先輩の肩を借りて立ち上がるウィリアムの負傷は打撲のみだった。――ユーノは剣を握っていながら、刃で斬らず剣の腹で殴っていたらしい。顔の傷からして、拳も使ったようだ。なんにせよ、いくら暴走していたとはいえ、死人が出ぬように配慮するだけの冷静さは持ち合わせていたということか。

 とにかく今回も最悪の事態にはならないだろう。安堵しながらも、ソフィアには気になることがあった。

 ユーノが剣を抜いた、その理由。

「スペンター」

 医務室に運ばれる相手を呼び止めると、彼だけでなく周囲もぴたりと動きを止めた。その異様な雰囲気に事態を察しつつも、ソフィアはなお問いかける。

「ガスターに何をした」

 暴れ馬なユーノだが、彼は理由もなく暴走しない。その原因は被害を受けた相手にあると考える。いつもそうだった。彼は自分から手を出したことはないのだ。

「……何も」

 先輩騎士に支えられたウィリアムは振り返らずに白を切る。それに意義を唱える者は居らず、これ以上追及しても無駄だということを察した。これもまた、いつものこと。

 嘆かわしいと思いながらも、やはりソフィアもどうすることもできず、肩を落とした。

「……まあいい。自業自得だろう、反省するんだな」

 周囲はすでに何事もなかったように、人が(まば)らになっていた。なんとも都合のいい周囲に苛立ちを覚えつつ、ソフィアは先に去っていった問題児を追いかける。徒歩の人間を駆け足で追いかけたからか、出遅れたのにもかかわらず意外に早くユーノに追いついた。

 噴水を囲んだ円形の渡り廊下。屋根のなくなったその場所を彼は横切っていた。暖かな光を反射する水。飛び石の隙間を縫って咲く小さな黄色の花。美しい春の光景に目を向けることなく、ユーノは石の(ひさし)が作りだす陰に向かっていく。

「待て、ユーノ・ガスター!」

 呼び止めれば、彼は足を止め、顔だけ振り返った。ソフィアを見る黒い瞳はやはり何の感情も移していない。

「……何の用だ」

 反応が返ってくるのは珍しい。それを内心驚きつつも押し隠してソフィアは口を開く。

「何の用だ、じゃない! なんなんだ、あれは!」

 ユーノがまるで感情がないかのようにふるまうからだろうか。彼を前にするとソフィアは感情的になってしまい、ついつい声が大きくなってしまう。

「何があったのかは知らないが、おそらくスペンターが悪いのだろう。それは判る。しかし、お前もやり過ぎだ!」

 あれはもはや喧嘩の売り買いどころの騒ぎではない。あのままではユーノ一人が加害者となり悪者となってしまうというのに、何を考えているのだろうか。あれではまるで、戦い相手を潰すことのみを教え込まれた闘犬のようではないか。

「知ったことか」

「なんだと!?」

 声が裏返る。無関心ぶりはいつものことだが、いったい誰のために言ってやっているのだと思っているのか。

 腹の中で煮えたぎるものをどうにか抑えようとしていると名を呼ばれた。顔を上げたソフィアに、ただ淡々とユーノは言う。

「俺に構うな」

 頬に朱が差す。頭に血が上る。人が心配してやっているというのに、こいつは……っ!

「だったら私が付き纏わないよう、おとなしくしているんだな!」

 去り行く背中にそう投げつけて、ソフィアは人目がないのを良いことに地団駄を踏んだ。固いブーツの底が飛び石を叩く。

「まったく、なんなんだあいつは!」

 ただ一人、青い空に向かってソフィアは叫んだ。

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