一話 幽勇剥緒
曹丕の一日は、昨日も明日も大して変わらない。
朝、起床して身仕度を整えたら朝食。
食休みの後、朝の鍛練。
それが終われば座学が有り、昼食。
食休みを兼ねた昼寝の時間が有り、再び座学。
夕方の鍛練が有り、御風呂。
その後、夕食となり、就寝。
──と、大まかに言えば、こうなる。
勿論、日々細々とした違いは有るのだが。
その行動や時間を種類別に分ければ、そうなるだけ。
決して、全く同じ日など一日も有りはしない。
その事を幼くして理解する曹丕は「同じ毎日の繰り返しで退屈するなぁ……」等とは思わない。
その何気無く、変わらない様に思える日々が如何に大切で儚いのかという事を理解しているから。
季は巡れど、時は戻せず、刻は変えられない。
だから、この日、この時、この瞬間を大事にする。
そう、曹丕は心に刻み込んでいるのだから。
「──雪蓮っ、また潜り込んだなっ!」
既に慣れてしまった孫策と周瑜の遣り取り。
最近は周瑜の胸に凭れて二度寝してしまう事も。
そうなると孫策が不満と嫉妬で騒ぐのだが。
曹丕は曹丕で鈍感力を発揮し、眠っていたりする。
「いい加減、改めろ!」と言う周瑜だが。
堂々と曹丕を抱き締められるという役得は美味しい。
建前と欲望が手を組んでいるから、周瑜としては、孫策に言う程には怒っているという訳でもない。
勿論、孫策が止めるのなら、それが良いのだが。
手間は掛かるが、それに見合うだけの見返りが有る。
周瑜としては悪くない事だと言える。
さて、孫策と周瑜の存在が目立つ訳だが。
曹丕の側には二人よりも先に有る者達が居る。
一つ歳上の韓羽と曹忠である。
孫策達に比べれば、曹丕の側には置くには拙い。
それは年齢という覆し難い差が故のもの。
まあ、「大きくなれば若い方が有利になる」と。
そんな風に思っていたりもするのだが。
韓浩達が「誰だよ、そんな事を教えたのは?」と渋い顔をしながら溜め息を吐いていた。
犯人の名を挙げる事はしないが……
女に知恵を授けるのは、やはり女である。
そうとだけ言っておく。
日々に大差が無いのは曹丕だけではない。
孫策と周瑜、韓羽と曹忠も同じ様なもの。
寧ろ、この四人の中では一番飽き性で、堪え性が無いのは自他共に認める孫策だろう。
だから、大抵何かを遣らかすのは孫策である。
……年長者としての自覚?
そんな物が有るのなら、自重を覚えるだろう。
つまりは、そういう事だ。
周瑜や曹丕が巻き込まれるのは言うまでもない。
──が、一番苦労しているのは、二つ歳下の楽進だろう。
根が真面目な事は勿論だが、年齢と立場から断り難い。
その上、曹丕が巻き込まれると判っているから関わらないという選択肢が自然消滅してしまう。
結果、巻き込まれ頻度は最多となる。
ただ、それらも決して無駄な事ではない。
勿論、「次は騙されない!」「もう信じない!」といった人間不信ならぬ孫策不信に陥りそうでも、楽進は曲がらず真っ直ぐなままでいる。
それには本人の性格も関係してはいるのだが。
曹丕と周瑜、二人の存在が大きい事が有る。
二人の孫策に対する態度が変わらないから。
決して忌避したり嫌悪したりする事は無い。
「凪ーっ! ねえっ、ちょっと聞いてよーっ!」
──が、それはそれ、これはこれ。
度重なる被害により、楽進の警戒心も高まっている。
孫策の声が聞こえるよりも早く。
獣の様に、その足音を察して身を隠した。
其処に楽進が居るものだと信じて疑わずに、孫策は部屋の扉を開けて中に入った。
「──って、あら?
何よ~……居ないじゃないの……」
部屋の中を見回して孫策は溜め息を一つ。
出入り口の方に歩いて行き、扉を閉めた。
部屋から出るには扉か窓しかないのだが。
窓には外側に格子が設けられている為、使えない。
先日、窓から孫策が侵入した事への対策としてだ。
だから、楽進は隠れるしかなった。
几帳面な楽進の寝台は布団は畳まれている。
寝台の下には空いた空間を利用した収納箱が有る。
これは田静が考案し、曹家内に広まった事だったりする。
机の下は丸見えであり、箪笥には入れない。
身体の大きさとしては入れるが、閉められない。
パッと見でも楽進の部屋に隠れられる場所は見当たらない事から孫策は探そうとはしなかった。
それでは、楽進は何処に隠れたのか?
その答えは意外と単純だった。
畳まれている布団の間。
家に飼い猫が居れば、見た事が有るだろう。
一見しただけでは居るは判らないものだ。
それと同じで、子供だから出来る隠れ方だったりする。
何とか凌いだと、楽進は止めていた息を吐いた。
「──其処に居たのね~」
「────っ!?」
居ない筈の孫策の声に楽進は思わず身体を跳ねさせた。
そして、次の瞬間には布団が引っ張られた。
布団の間に入っていた楽進は寝台の上を転がる。
止まった時、楽進が見たのは孫策の笑顔だった。
「獅琅様ぁぁ……」
「凪ちゃん、大丈夫?」
曹丕を見るや、抱き付き泣き始める楽進。
孫策に振り回され、泣く凪を慰める事にも馴れている為、曹丕の包容力は自然と高まっている。
歳不相応に大人びた落ち着きと懐の大きさ。
歪ではあるが、子供から見ると魅了的に思える。
大人達からすると悩ましい所ではあるのだが。
そんな二人を見詰める眼が四つ。
韓羽と曹忠が羨望と嫉妬の眼差しを向けている。
口に、声には出さないが。
胸中は、態度とは違って穏やかではない。
その側では目蓋を閉じ、頭を揺らす呂布。
ある意味、大物である。
一方では周瑜が孫策の耳を引っ張り、怒っている。
いつもの事なので誰も気にもしていないが。
まだ幼い夏侯雲と馬岱は此処には居ない。
この面子が普段──と言うか、殆んど毎日一緒に居る。
親達が居れば、夏侯雲達も一緒になるが。
子供達だけだと、この面子となる。
勿論、気付かれない様に護衛は付いているのだが。
孫策も周瑜も居るとは判っていても、まだ未発見。
自力で見付けられる様になる為の鍛練も兼ねている。
護衛している方にも、任せている方にも、そんな意図など有りはしないのだが。
其処は、あの二人に魅せられた者の性だろうか。
利用出来るなら、どんな事でも利用する。
そんな逞しさを既に持っているのだから。
「実はね、街の外れの林に幽霊が出るらしいのよ!」
「ゆ、幽霊っ!?」
遣り馴れた戯れ合いが終わり、一行は移動。
その道中で孫策が楽しそうに語るのは聞いたばかりの噂。
「情報は食材と同じで先ずは鮮度が大事よ」と。
曹操の言葉を曲解している孫策。
だが、注意するのも面倒臭い周瑜は放置。
どうせ、注意した所で結果は変わりはしない。
孫策とは、そういう気質なのだと知っているから。
だから、無駄な事はしないし、したくない。
そんな孫策の話に反応したのは韓羽。
「触れられるのなら、どんな相手にも臆しはしない!」と豪語する夏侯惇が渋い顔をするのが幽霊。
それを見ている為、韓羽は苦手としている。
夏侯惇自身、実際には居ないとは思ってはいるのだが。
絶対に居ないとは言い切れないし、可能性を知っている事も有って、苦手だったりする。
昔の様に怖がったりはしないが、見えない所で韓浩の手や服を無意識に掴んだりはしている。
韓浩が居なければ、夏侯淵達の。
勿論、韓浩以外は女性限定ではあるのだが。
韓羽には勿論、子供達の前では虚勢を張る。
──が、素直な夏侯惇は表情に出てしまう。
そんな夏侯惇の反応を見ているから。
韓羽は幽霊というのは話題となるだけで苦手だ。
反射的に曹丕の腕を取り、両手で抱き締める。
曹忠は「子供ね」と思いながらも揶揄う事はしない。
以前、揶揄った事が原因で大喧嘩をした事が有るから。
その時、単純な膂力では韓羽が上だと知った。
何より、半狂乱状態の韓羽は危険だと学んだから。
刻まれた痛みが危険を回避させる。
曹丕は韓羽の行動に動じもせず、孫策の話に耳を傾ける。
親に似てか、好奇心旺盛な曹丕は色々な事に興味を示す。
特に誰かの話を聞くというのが曹丕は好きだ。
その真偽は兎も角として。
その人の話し方や感情の起伏、話の展開等。
物語等を読むのも好きだが、話を聞く方が楽しい。
同じ物語でも、話す人により、表現が変わるから。
それはつまり、捉え方や感じ方、理解に違いが有るから。
それが直に感じられる為、面白いと思う。
まあ、「あの親にして、この子有りだな」と言われるが。
曹丕からすれば、比べられる事が烏滸がましいと思う。
まだ、その意味が判ってはいないからだが。
周瑜は「またそんな話か……」と呆れ気味。
周瑜と手を繋ぐ呂布は道端の蟻の方に興味を持っている。
その為、周瑜の意識は呂布に向く。
手を離すと孫策よりも危なっかしいのだから。
──で、静かになっているのが楽進。
楽進もまた幽霊が苦手である。
ただ、韓羽の様に曹丕に頼れない。
孫策の件で泣き付いていたのとは意味が違う。
楽進は自分が曹丕を守る立場だという自覚が有る。
だから、守るべき曹丕には頼れない。
自分の方が歳上だから。
私は御姉ちゃんなのだから。
──という自尊心が有るから。
大人達から見れば可愛らしい強がりだろう。
しかし、楽進にとっては必死であり、決死の覚悟。
使命と恐怖の間で葛藤しながら、しかし、足は止めない。
まあ、楽しそうに話す孫策の背中を恨めしそうに睨むが。
文句を言ったりはしない。
曹丕に知られたくはないから。
知ったとしても曹丕は幻滅したりはしないだろうが。
そんな事は楽進には判らない。
其処まで考えられる余裕は無いのだから。
そんなこんなで気付けば、件の林の前に到着。
年長の孫策達が八歳、年少の曹丕達は三歳。
この場に居るのは子供達だけ。
子供の視点から見ると、その林は広大な森に等しい。
そして、道中、孫策が盛り上げる様に話した甲斐も有り、何も無いかもしれない只の林でさえ不気味に思える。
ワクワクしている孫策や曹丕を横目に、周瑜は林を見ると人の手が入っていない事を察した。
「虫に刺されそうだな……」と顔を顰める。
声には出してはいない。
そんな周瑜の反応を見て、楽進と韓羽は顔を青くする。
恐怖に直結する想像力というのは無駄に働くもの。
「少し考えれば判るだろうに……」という事よりも。
どうなるのか判らない事に対する方が想像力は働く。
可笑しなものだが、それが人の想像力というもの。
想像力というものの長所であり、欠点である。
「さあ、行くわよ!」
「愛紗ちゃん、気を付けてね」
「ぅぅぅ……獅琅様ぁぁ……」
元気一杯に生い茂る草の中に突っ込んで行く孫策。
その後ろに臆さずに続く曹丕は手を繋ぐ韓羽を気にして、優しく声を掛けはするが止まる気配は無い。
それが判る為、韓羽も立ち止まれない。
半泣き状態だろうと進むしか出来無かった。
その様子を見ながら真後ろに続く笑顔の曹忠。
笑顔だが、笑ってはいない。
状況が違えば韓羽に突っ掛かっているだろう。
しかし、こんな場所で揉み合いは勿論、口喧嘩になれば、どうなるのかを想像出来無い訳ではない。
だから、グッと堪え、飲み込む。
それを理解しているから、空いている方の手で曹忠の頭を優しく撫でる周瑜。
視線で「よく我慢したな」と褒める。
──が、頼れる姉には甘えてしまうもの。
「嬉しくないです」と不満を滲ませる曹忠。
周瑜は苦笑しながらも諸悪の原因である親友よりは可愛い妹の頭を少し強く撫でる。
そう自分が尊敬する人達にされた様に。
その甘えを受け止めながら、更なる成長を促す。
「雪蓮もこれ位に素直なら……」と。
其方等の面では成長せず、悪化する一方の背中を睨んで。
孫策を先頭にして曹丕・韓羽・曹忠・周瑜・呂布・楽進と粗一列従隊の形で進む。
孫策は曹丕だけではなく、後続の皆が進み易い様に左右に草を掻き分けながら、しっかりと踏み固める。
歩き易さは勿論だが、同時に危険が無い様に。
毒蛇や毒虫の類いは勿論、尖った岩石や倒木や枯れ枝等。
自然の中には危険が数多有るという事を教わっている。
大切な者達を守る為には不要な知識など無い事もだ。
皆の前を歩くという事は意志を示すだけでは足りない。
その責任を背負い、道を切り開く。
その為になら自分自身が誰よりも危険を請け負う。
尊敬する人達は皆、そうしてきた。
その背中を、その姿を見て、育ってきた。
だから、孫策は、それを大変な事だとは思わない。
これは、この責任は、先導者としての誉れ。
皆が安心して歩め、共に楽しめるのなら。
そうするだけの価値が有るのだから。
嫌な気は全くしない。
そんな風に考える事さえ無い。
何しろ、孫策は生まれながらの開拓者なのだから。
一方で周瑜は孫策も含めて全体を見ている。
誰か一人でも異変が生じれば直ぐに中止。
引き返す事を最優先する。
その必要が無ければ、孫策の好きにさせるのだが。
曹丕が悪影響を受けないかが心配だ。
もう既に手遅れの様な気もするのだが。
孫策とは違い、曹丕は言えば直す。
その差が周瑜に寛容さを持たせている。
尤も、周瑜にとっては手を繋ぐ呂布と、無意識に服の端を握っている楽進の方が気掛かり。
「素直に怖いと言えばいいものを……」と。
強がる楽進を可愛らしく思う。
だからと言って態々声を掛けたりはしない。
変に意識すると余計に空回りをする。
それに近い経験が有るからこそ判る。
そして、成長する為には失敗から学ぶ事は多い事もだ。
成功すれば自信になるが、失敗は後悔と反省になる。
その思いが強い程に、努力し、成長を促進する。
嫌な思いを繰り返したくはないからだ。
だから、失敗する事を悪い事だとはしない。
そう教わっているし、実際に経験しているから。
ただまあ、「言う程に簡単ではないですね」と思う。
まだまだ遠い、その背中を想いながら。
「──あっ!」
「ナッ、何っ!?」
孫策が声を出した事に韓羽が大きく反応する。
兎に角、曹丕に付いて行くだけで精一杯だった韓羽。
急に孫策が声を出しただけでも過敏に反応する。
曹忠も流石に嫉妬している気にはなれなくなった。
少なくとも、今の韓羽は恋敵ではなく、只の姉妹。
恐怖心に苛まれ、怯えている女の子でしかなかった。
だから、自然と韓羽の頭を抱き、撫でていた。
「大丈夫、大丈夫」と。
姉が、母が、そうして落ち着かせる様に。
優しく、温かく、穏やかに。
そんな曹忠の様子を見て、周瑜は目を細める。
見た目の雰囲気が自身の母──陸遜に近い曹忠。
勿論、あの包容力と言うか、大様さを自分より歳下である子供に求める事自体が可笑しな話なのだが。
その素養は有る、と以前から思っていた。
曹丕相手には愛らしさと甲斐甲斐しさと強かさを見せるが自分達──特に韓羽に対しては腹黒さを垣間見せる。
それはそれで子供らしいと言えるのだが。
今、周瑜は曹忠の本質を目の当たりにした様に感じる。
女としては敗けられないし引けない戦いが有るが。
それはそれとして。
曹忠の本質は慈愛だろう、と思う。
他者を慈しみ、包み込み、温められる。
そういう母性に溢れた人間性が根幹に有る様に見える。
だから、その成長を目にして嬉しく思う。
譲る気は無いが、頼もしい存在になる。
そう確信させてくれるのだから。
「ああ、ほら、彼処
噂になってた“幽霊屋敷”が有ったわよ」
「………………──っ!?」
孫策が指差した方向を韓羽は恐る恐る見た。
見て、顔を更に青くした。
「怖いのなら見なければいいものを……」と。
つい、正論を言いたくなってしまうが。
恐怖を掻き消す為には判る事が重要。
その為、周瑜は韓羽に何も言わない。
韓羽が「見なければ良かった!」と後悔しても。
それが成長する為の糧となるのだから。
さて、それは兎も角として。
孫策が指差した先に有ったのは古びた小屋だ。
彼方等此方等に穴が空き、其処から腐っている。
子供の足で、とは言え、半刻近く歩いて来た。
その道程は孫策・周瑜の背丈以上にまで草で埋もれていたのだから壁は勿論、屋根にまで蔦が絡み、苔生している。
一目見て年単位で使われていないだろう事が判る。
その見た目からして、幽霊か何かが出そうだと思える。
そういった雰囲気が有る。
──が、周瑜は直ぐに違和感を覚えた。
別に何も珍しくはない事なのだが……
「……──っ!
おい、雪蓮、その噂、誰から聞いた?」
「何よ~、私の話、聞いてなかった訳?」
「それについて謝る、それで?」
「…………翔馬おじ様の行き付けの御店の御客よ」
「酔っぱらいか?」
「それはまあ……居酒屋だしね」
「そうか……」
違和感の正体に気付いた周瑜は孫策に確認を取った。
そして、確信する。
これは意図的な誘導である事を。
抑としてだ。
この街──領都は曹晧達が設計・建築した物だ。
手付かずの自然──今回なら、この林になるが、それらが残っていたとしても可笑しくはない。
曹晧から自然保護の必要性を教わっているから判る。
しかし、こんな古びた小屋を残す理由は無い。
人目に付かない場所に有る建物というのは悪用され易い。
自分達が経験した事も含めて、その可能性が高いという事を知っている。
見落としが有ったとは考え難い。
──となると、あの小屋は意図的に残された事になる。
何の為に?
はっきりとは判らないが、自分達の為にだろう、と。
周瑜は孫策との遣り取りから読み取った。
実家では立場も有り、窮屈していた孫策だが、此方等では自由にしながらも年長者としての自覚も有る。
持ち前の人懐っこさも有り、直ぐに誰とでも馴染む。
その御店にも馬洪に付いて行ったのだろうと判る。
そして、其処で今回の話を聞いた。
その時、孫策が警戒心を懐かず、好奇心を高ぶらせた。
つまり、害意や悪意の類いは潜んでいない。
これは、そういう事なのだと。
だから、それ以上は何も言わない。
視線で孫策に「好きにしろ」と伝え、引き下がる。
孫策は一瞬だけ気にするが、周瑜が何も言わないのならば問題は無いと判断し、小屋に視線を戻す。
今は楽しいが勝っているから。
怖がる韓羽や楽進は兎も角、曹丕も興味津々。
その様子を見て韓羽は繋いでいた手を離した。
進もうとする曹丕の邪魔はしたくない。
何よりも、怯える自分が足手纏いになりたくはない。
その一心から。
「大丈夫、一緒に行こう?」
──が、曹丕から韓羽の手を掴む。
それだけで恐怖に屈した筈の韓羽の心が変わる。
此処には嫌々来た筈なのに。
曹丕に手を握られただけで恐怖心が薄れてゆく。
彼是と脳裏に思い浮かんでいた恐怖の想像が塗り潰され、曹丕一色に染まってゆく。
そんな韓羽の変化を見て──孫策と周瑜が目を合わす。
「恋する乙女は無敵よ」と。
曹操が恥ずかしがりもせずに言い切った。
その時の事を思い出し──自然と笑う。
「そうよね~」「ああ、そうだな」と。
声にしなくても伝わる。
自分自身も、よ~く知っているのだから。
そんなこんなで小さな探検隊の冒険は終わった。
結果を言えば、幽霊は居なかった。
小屋の中に古くて汚れたボロボロの布が有り、穴から風が入ってくると、それが揺れる。
それが幽霊っぽく見える、というのが正体。
それよりは、吃驚した韓羽が曹丕に抱き付き、その反動で曹忠を巻き込んで倒れて、それを支えようと手を伸ばした周瑜と楽進が掴むが、腐っていた床が抜け、下の泥の中に落ちる事になった。
周瑜と手を繋ぐ呂布も巻き込まれた。
害は無さそうだが……臭かった。
顔を見合わせ──自然と一人を見た。
一人だけ落下を免れたのが言い出しっぺの孫策。
「……あ、ヤバッ!」と思った時には手遅れ。
六対一。
投げ付けられた泥が命中し、足を滑らせて泥に落ちる。
顔面から。
静寂が訪れ──孫策が弾けた。
その後は泥合戦。
一頻り遊んだ後──全員が顔を青くした。
泥塗れで、しかも臭う。
絶対に怒られる、と。
その予想通りに怒られた。
まあ、危ない事をした、という理由ではない。
「泥汚れは落ち難いんですからね!」と。
罰として全員で仲良く洗濯実習。
夕方だろうが、夜になろうが問答無用。
「明日にしたら汚れは落ち難くなるんですよ!」と。
厳しく指導を受ける。
だが、七人共に笑っている。
締まらない終わり方だったが、楽しかった。
それだけは間違い無いのだから。
「やはり、冥琳は気付いたか……」
「ある意味、雪蓮も気付いてる様なもんだけどな
どんな勘をしてんだか」
そう言う韓浩を「いや、お前が言うな」と皆が見る。
夏侯淵の一言には皆、頷くだけだったが。
その辺りは人の差だろう。
周瑜が気付いた通り、今日の場所は用意されていた物。
子供達の好奇心を刺激しながら遊びを通して学ばせる。
曹晧達が残した教材の一つ。
「しかし、獅琅も十分に人誑しだな」
「龍の子は龍って訳か~……」
「片親じゃなくて両親が、だしなぁ……」
韓浩の呟きに馬超が続き、馬洪が付け足す。
それを誰も否定しないし、出来無い。
子供達は子供達で大変だな、と。
韓浩達は顔を見合わせて苦笑する。
しかし、それが欠け替えの無いものであり。
とても、充実したものであると知っている。
知っているから、「質が悪いんだよな……」と。
此方等側に来る事も判るのだから。




