十三話 俊実知直
首魁であった張角達が討たれ、黄巾党は瓦解。
各地に残党は有るものの、世間は日常を取り戻し、戦禍によって被害を受けた場所は復興に向かう。
一番功を挙げた曹晧には暫定的な管理だった徐州の正式な統治権が与えられ、官吏の任命権も得た。
皇帝としては可愛い姪夫婦を巻き込んでしまう事に申し訳無さも有った為、この程度は容易い事。
寧ろ、地位や要職も与えたかった位である。
──が、笑っていない笑顔の劉懿や王尚花に無言の圧力で「判っていますね?」と言外に示されては、素直に自重するしかなかった。
将来の義息となるかもしれない曹丕の事も有る。
皇帝──いや、一人の父親としては、此処で大切な家族に悪印象を与えたくはなかった。
劉協に「御父様なんて嫌いっ!」と言われた日には死んでしまうだろう。
そんな事態は絶対に避けたかった。
避ける以外には無かった。
最も偉い筈の皇帝も、家庭の中では頭の上がらない何処にでも居る父親と大差は無いのだから。
「……………ぅがああぁああっっ!!!!
無理っ!、もおぉーーー無理っっ!!!!」
「判ったから手を動かせ、康栄」
「康栄ー、その時間が無駄で勿体無いぞー」
「義兄さん、頭を掻くより、字を書いて下さい」
積み上げられた書簡・竹簡の山脈に包囲されながら断末魔の様な叫びを上げる韓浩。
だが、曹仁・馬洪・夏侯丹からは冷たい一言のみ。
相手にもされず、三人の言う様に無意味。
大きな溜め息を吐き、韓浩は大人しく筆を取る。
そんな部屋の様子を見ながら、「これが自然の山々だったら絶景なんだろうけどなぁ…」と思う。
実際には、物凄い人工的で、見たくもない景色。
いや、叶うなら無視して見なかった事にしたい。
そう思ってしまっても可笑しくはない筈だ。
寧ろ、思わない方が異常だと言えるのでは?
「何を言っても減らないし、終わらないからね?」
──と、止めとなる曹晧からの一言に撃沈。
渋々、目の前の仕事に戻る韓浩だった。
さて、そんな曹晧達が何をしているのかと言えば、手に入れた徐州関連の各事後処理である。
正確には、兌州の分を終えて、なのだが。
兌州の方は特に問題も無かった為、普段の仕事量と変わりはしなかったが…。
徐州の方は色々と大変な状況。
当然、ある程度は予想していたのだが。
少しばかり想定外の事が起きた結果、増加した。
その想定外の事というのが、北方域を縄張りにして活動していた海賊達の南下──侵攻である。
まあ、そうは言っても曹晧達にとっては些事。
徐州が黄巾党の影響で荒れ、復興の真っ最中だったとしても何等脅威にも為らない。
寧ろ、丁度良い八つ当──ゴホンッ…息抜き相手。
血の気の多い面子が挙手して討伐を申し出た。
誰とは言わないが。
曹操が率いて、サクッと潰した。
──までは良かったのだが、捕虜の女子供が多く、子供も殆どが女の子だった。
これが偶々だったら、それで終わったのだが。
偶然ではなく、意図的に、そうなっていると判り、しかも、彼女達は海賊達が楽しむ為の捕虜ではなく海賊にとっての収入源。
つまり、大事な商品だった。
これを知った曹操達が大人しくしている筈が無く、現場判断という事で大暴れした。
徐州で、ではない。
その海賊と繋がっていた連中の居る場所でだ。
それによって、幽州・冀州・青州・并州の官吏達や商人達が捕縛・処刑された。
皇帝も子を持つ親である。
当然、静かに激怒。
言い訳が通じる余地は無し。
全面的に曹操達の支持に回り、それを称賛した。
すると、どういった事が起きるのか。
犯罪者が鉱山送りとなる様な犯罪奴隷は居るものの漢王朝内には奴隷制度は存在しない。
当然、人身売買は禁止されている。
そう、手柄を目当てに動く連中が出た。
人身売買に関わる官吏や商人や有力者の捕縛をし、自分達の価値を必死に皇帝に示した。
その結果、益州・荊州が色々と荒れているのだが、皇帝や曹操達にとっては他人事である。
正しく、「頑張れ」と言うだけ。
手を差し伸べる理由なんて無い。
その為の地位や要職であるならば。
己の責務を全うする。
社会人であれば、それは当然の義務なのだから。
ただまあ、表面上は悪い事ではない。
その動機自体は誉められたものではないが、行動に踏み切った事実は悪いとは言えない。
しかし、その影響は決して小さくはなかった。
禁止されていても社会の闇では行われていた。
非合法ではあるが、それが一つの経済の柱であった事実は否めない。
人身売買自体は決して容認出来る事ではない。
しかし、その全てが犯罪的な理由からではない事も存在している理由でも有る。
借金等の形代わりに売られる子供達。
養う事が難しく、養子に出せる訳でもない子供達。
そういった様々な事情から売買される事によって、歪ではあるが、相互援助が成り立つ。
そんな現実が有る事もまた無視の出来無い事。
勿論、海賊達が遣っていた事は話が違う。
村邑を襲撃して商品となる女子供を拐っていた。
場合によっては、買い手の要望を満たす商品を探し出して狙っていたりもした。
それは完全に自己利益の為だけの犯罪。
其処には相互援助は存在しない。
有るのは、各々の欲を満たす為だけの共犯関係。
だから、潰されて当然だと言える。
──が、実例が出来ると模倣するのが人である。
…いや、自己利益となると判断出来る事であれば、あらゆる生物は模倣する習性を備えている。
それが自然界を生き抜く為の能力。
生存競争に置ける本能。
幼子が親兄姉等から模倣を経て学び、成長するのと同じ様に。
模倣という行為は集団社会性を支える根幹であり、進化の果てに獲得した生存戦略の要だと言える。
だから、それを批難し、抑止する事は至難。
良くも悪くも、人の社会では物事が波及し易い。
それは仕方の無い事だと言えるのだから。
──で、曹晧達の仕事の話に戻るのだが。
他所の事で仕事が増える訳が無い。
曹操達が遣らかしたからとは言っても、四つの州を曹晧達が手に入れた訳でもない。
それはそれ、これはこれ。
如何に曹家の力が大きくとも、そこまで急に領地を拡大してしまっては行き届かなくなる。
そう為ってしまっては、本末転倒。
曹晧達にとっても望む事ではないのだから。
皇帝も余計な真似はしない。
それでは、どうして仕事が増えたのか。
その答えは曹操達が保護した者達に有る。
事情が有るにせよ、合意の本に成立した売買なら、帰る場所も有るのだが。
海賊達が襲撃し、拐って集めていた女子供達だ。
当然、帰る場所など無い。
いや、土地という意味でなら有るが。
其処に家族や故郷の姿は無い、という事。
それでは、どうするのか。
これまでにも度々、今回の件と似た様な事は有り、その都度、曹家に受け入れてきた。
今回も同じ様に──とは行かなかった。
何しろ、人数が多く、曹操達が潰して回った結果、更に人数が増加した。
ちょっとした黄巾党の模造団体の様に。
それには流石に曹操達も不味いと思った。
自分達が遣った事に対する後悔は一切無いのだが。
最初に助けた者達を保護し、受け入れる事を約束。
母娘や姉妹や友人等が他の場所に居ると聞いたら、救出して保護すると約束してしまうのも仕方が無い事だと言えるだろう。
だから、曹晧達も文句は言わない。
同じ女性だから、という感情からではない。
力を持つ施政者としての立場や責任として。
曹操達は彼女達に手を差し伸べたのだから。
それを責めたりはしない。
──が、想定以上の人数に為ってしまった。
しかし、「思っていたよりも多いから話は無し」と言う訳にはいかないし、「人数を制限するわ」とも言う事は出来無かった。
彼女達には頼る者も何も無いのだから。
そう、どんなに多かろうが受け入れるしかない。
その決断の結果──が、曹晧達の目の前に有る。
つまり、事後処理というのは、そういう事。
因みに、当の曹操達は現場仕事。
韓浩や馬洪でさえ、今回は現場には行かない。
下手に近寄れば、側室云々の話に発展する。
その可能性が否めないからだ。
尚、一応、曹晧達の名誉の為に言っておくと。
決して、妻の威圧に怯んだ、という事ではない。
曹晧を始め、韓浩達も妻一途で、夫婦仲も円満。
営みの方にも全く問題も心配も無い。
そういう意味では、側室が言ても大丈夫なのだが。
誰も側室を迎えるつもりは無い。
不満は無いし、妻だけで十分なのだから。
…子供達の事に関しては何も言わない。
それは子供達が自分達で考え、決める事である。
子供達の人生なのだから。
そういった訳で、適材適所。
韓浩達も納得した上での仕事の分担。
ただ、それでも量が凄い事には変わりはない。
だから、韓浩も爆発しそうになっている。
ただそれだけの話だったりする。
「…んで、結局、あの人数をどうするんだ?」
「どうするも何も普通に生活して貰うだけだよ」
「いや、普通にって…」
「別に犯罪者って訳でもないしね
ただまあ、ある程度の年齢以上なら割り切れるし、まだ幼い子達は悪印象も薄れていくだろうけど…
その間の子達が問題かな…
連中が男ばっかりだったから、男性に対する異常な恐怖心が残らないと良いんだけどね…」
「玲生でも無理か…」
「身体的な事は治せても、心や精神はね…
まあ、その辺りは華琳達が、或いは御義母様達にも協力を仰いで対応していくしかないね
焦らず慌てず急がず、じっくりと時間を掛けてね
その過程で丕達の存在が上手い事、橋渡しになってくれるかもしれないしね」
「………丕の奴も大変だな…」
「そう思うなら羽に手を引かせるか?」
「そんな事言ったら俺が殺されるっての!」
「意外と「殺された方が増しだっ!」って思うかもしれないけどな~」
「翔馬手前ぇっ、不吉な事言うなってのっ!」
然り気無く曹忠の好敵手を減らそうとする曹仁。
そんな意図には気付かず、怒り狂う妻娘の姿を思い浮かべて嫌な汗を掻く韓浩。
それを揶揄い、笑う馬洪。
数年が経っても変わらない関係は心地好い。
だから、彼女達にも、そう有って欲しい。
そんな風に曹晧は思う。
無慈悲な量の仕事から現実逃避する様に。
そんな感じで曹晧達が戦っている頃。
曹操達も現場で苦戦を強いられていた。
曹操は勿論、夏侯淵・甘寧は文武両道、馬超も昔の事を思えば成長している。
……夏侯惇?、まあ、机仕事を除けば…だろうか。
いや、深く追及するべきではない。
誰も得をせず、幸せにもならないのだから。
話を戻して。
曹操達が苦戦する、という場面は珍しい。
だが、ある意味では仕方が無い事だとも言えた。
曹操は漢王朝でも屈指の御嬢様──姫君である。
馬超も、夏侯惇・夏侯淵も名家の御嬢様。
甘寧は市井の出身だが、少々特殊な立場だった。
つまり、生粋の一般人は居ない。
勿論、曹晧の方針により市井の事は知っているし、自身も農作業等は経験している。
普段の政務でも、民の声には耳を傾け、改善点等も現実的な実現可能な範疇で実行している。
だから、曹操達としては判っているつもりだった。
しかし、此処に来て、自分達のズレに気付いた。
──否、気付かされた。
「…玲生、絶対に判っていたわね…」
傍には居ない曹晧に向ける様に虚空を睨む曹操。
思い返せば、「まあ、ちゃんと責任を持って」等と最もらしい事を言ってはいたけれど。
こう為ってみれば気付かない訳が無かった。
以前は旅の経験も有り、ズレは小さかった。
しかし、結婚し、子供も生まれ、内側に居る時間が必然的に増えた事で、知らず知らずにズレが拡大。
関わる事が無いのであれば気にもしない事だろう。
だが、そういう訳にはいかない。
関わらない事の方が多いし、一般的なのだが。
その在り方を問題視し、改善しようとしている。
それなのに自分達が同じ過ちを冒してしまっては、元も子も無い。
それを実感させる為に、曹晧は一手を講じた。
…まあ、自分達が感情任せに遣らかした事に対する反省を促す意味も有るのだろうとも思うが。
兎に角、その事に曹操は気付いた。
恐らくは他の皆も。
………夏侯惇は判らないが。
ただ、この夫婦は、それで終わりはしない。
その先を成して見せてこそ、である。
妻として愛する夫の挑戦状は無視出来無い。
気付いて、それで終わりではない。
想像してみて欲しい。
逆の立場なら、どう思うのか。
「…え?、気付いただけなの?」と。
そう呟いてしまうのではないだろうか。
普通なら、気付いただけで十分だろう。
気付かない者の方が圧倒的に多いのだから。
ただ、求めれば、求められる事は必然。
相手に「こうして欲しい」と一つ思えば。
相手は自分に「こうして欲しい」と一つ思う。
その時、どうするのか。
自分が「無理」と言えば、相手も「無理」と言う。
結果、何も変わらない。
しかし、一方的な要求など理不尽でしかない。
自分にだけ都合の良い道理は無い。
相手を変えたいなら、自分から変わる。
其処から、相互作用が生まれ、成長に変わる。
曹操達にとっては、それは当たり前の事。
期待を超えて魅せる。
真に“互いを高め合う”とは、そういう事。
満足や終わりなど死ぬまで有りはしない。
何処までも高みを目指す飽く無き向上心と探求心。
そして──誰よりも負けず嫌いなのだ。
自分が、相手が、生を終える時に。
「自分の方が愛している」と。
そう言い切りたいからこそ。
相手を自分に夢中にさせ続ける。
これを、努力だと考えるのか。
或いは、当然だと考えるのか。
その差が、決定的な違い。
多くの者は自分本位となるから、努力と捉え。
継続する事に、苦痛や嫌悪感を覚えてしまう。
だが、曹操達にとっては相手が在るからこそ。
御互いが居るから、自分達の関係が成り立つ。
その関係が尊く、得難く、譲れないからこそ。
あらゆる事を以てして、関係を良くしようとする。
それが、自分達にとっての幸せなのだから。
だから、一般的な努力という認識とは違う。
それ故に、その成長に終わりは無いと言える。
因って、曹操達の遣る気は否応無しに高まる。
「見てなさい!」と。
一致団結し、同じ方向に意思統一が成される。
何気無い様で、実は地味に重要だったりする。
それを曹晧は、その場に居らずして成す。
妻達の性格や本質を理解していればこそ。
どう焚き付けるべきなのかも熟知している。
勿論、それは御互い様でもある。
曹操にしても、曹晧を一番上手く焚き付ける自信が有るのだし、出来るのは自分だという自負も有る。
だから、根に持つ様な事は無い。
終わったら、きっちりと御褒美は貰うのだから。
遣る気に為らない理由も無かった。
──で、曹操達が直面している問題とは何なのか。
簡単に言えば、それは認識の差である。
田静の影響を強く受けた曹家では、色々と世間離れしている事が有る。
その中で生まれ育った曹操達や、一緒に生活をして慣れ親しんでいる甘寧・馬超にしても同じ。
それらが当たり前だから。
どうしても、無意識に当然の事としてしまう。
しかし、世間一般的には、曹操達には当たり前の事というのは殆どが未知の事。
その為、それらを「こうするの」や「こうして」と実践して見せても下地としてある知識や結果という実感を伴わない為、理解が及ばない。
ただ、真似をするだけでは意味が無い。
ただ、そういう風にしているだけでは効果が無い。
そういった事が多い。
だから、其処を噛み砕き、伝えなくてはならない。
──が、それが予想外に難しい事を知る。
(…だから、私達に任せたのね、玲生…)
そして、その真意を理解する。
曹操には自分が子供らしくはなかった自覚が有る。
それは曹晧にしても同じだ。
ただ、二人には大きな違いが有る。
それは限られた期間だったとは言え、曹晧は田静の遺言により、市井の中で生活をしていた事。
その経験が、曹操には無いもの。
だからと言って、曹操も同じ様に市井で生活すれば身に付くという訳でもない。
何故なら、曹操は生まれながらの覇者。
そして、曹晧は生まれながらの王者。
だからこそ、二人は対で在り、惹かれ合う。
陰と陽であり、二人で一つ。
切り離せず、別れられぬ存在。
故に、こうして互いに示し、導く。
曹操が曹晧に覇道を。
曹晧が曹操に王道を。
そして、共に至る。
真なる覇王──天道へと。
自然と曹操の口元は緩む。
傍には居なくても曹晧が今も自分を意識している。
そう感じられるから、嬉しくて堪らない。
今直ぐにでも曹晧の所に行って襲いたくなる。
──が、その衝動を今は抑え込む。
それを満たすのは後でも出来る。
今、自分が成すべき事は、それではない。
提示された課題。
目の前の成長の機会。
それを成し遂げ、己が糧とする事。
成長の前にすれば、知るが故に遣る気も高まる。
御互いに御互いの新たな可能性を生み成す。
それもまた夫婦の営みだと言えるのだから。
「くうぅぅぅぅ~~~~っっっっ!!!!
昼から飲む冷えた麦泡酒は最っ高だよなあっ!!」
「この一杯が有るから頑張れるっ!!」
そう言いながら大杯を空にする韓浩と馬洪。
「やれやれ…」と思いながらも、しっかりと手には同じ物を持っている曹仁と夏侯丹。
その様子を見ながら、網焼きで肉や野菜、魚介類を大量に焼いている曹晧。
まだ少し早いが、子供達も直ぐに遣って来る。
そして、曹操達も。
時間に正確であればこそ、調理も始め易い。
そんな昼食の前に韓浩達が飲んでいるのは、生前に田静が研究しながらも完成させられなかった物。
麦泡酒という御酒の一種。
それを曹晧が引き継ぎ、曹操と完成させた。
まだ売りに出せる程には量産は出来てはいないが、曹家内では楽しまれている。
保存に氣の技術を用いている為、他は孫家・馬家に提供されているだけ。
皇帝の元には曹家から管理者付きで時々。
田静は市井に出回る品にしたかったのだが、それを実現するのには今暫くは時間が必要となる。
氣を用いない保存技術を確立する必要が有る為に。
尚、少し変わった形の陶器製の大杯も田静の拘り。
円筒形に取っ手の付いた物で、本来は硝子製の構想だったが、それは実現出来ておらず、陶器製。
容量差で特大・大・中となっている。
「何故、小が無いの?」や「基準は何処に?」等の疑問は有るが、それは謎のままである。
何しろ、他者には判らない事なのだから。
劉懿の話でも、それで飲む事に拘っていたらしく、それを二人が踏襲して形にしただけなので。
まあ、造った本人達は既に違う物を造っている為、其処まで楽しんでいるという訳ではない。
何方等かと言えば、その技術を発展・応用させて、新しい技術や品々を開発する方に向いている。
夫婦揃って探究者気質だから。
「飲み過ぎて悪酔いしない様にね?」
「判ってるって」
「頂きます!」
二杯目を注いだ韓浩と馬洪に一足先に焼けた肉等を皿に取って渡し、食べさせ始める。
その辺りも計算されている為、問題は無い。
同じ様に曹仁達にも手渡し、自分も味見をしながら量の調整を行う。
「いい?、奉行の在り方とは…」と。
真剣に教えてくれた田静の姿を思い出し。
何処か、天然だった事を懐かしく思う。
…血の繋がりは無いが、曹操も同類。
「二人が一緒に居たらなぁ…」と。
良くも悪くも騒がしく賑やかだっただろうな、と。
そんな想像をして、一人苦笑する。
──と、其処に急接近してくる気配が五つ。
“噂をすれば影がさす”を体現するかの様に。
「ああぁーーーっ!?、もう飲んでやがるっ!?」
「狡いぞっ!、私にも残しておけよっ?!」
着地するよりも先に叫ぶ馬超と夏侯惇。
夫婦揃って麦泡酒が好きな為、先に飲み始めている夫達の姿を見て子供の様に叫ぶ。
それを見て溜め息を吐くのは、後に続く曹操達。
しかし、各々の夫から労う様に差し出される大杯を何の抵抗もせずに受け取る。
食欲は偉大である。
だが、それ故に人は──否、生命は争う。
そう、食に起因する怨恨というのは根深いのだ。
「あっ!?、春蘭手前ぇっ、アタシの肉盗ったろ?!」
「フンッ、何を言っている…
網の上は戦場、食うか食われるかだ
油断した貴様が愚かなだけだ、錦馬超よ」
「なろっ………頂きっ!」
「ナアッ!?、それは私が育てていた肉だぞっ?!」
「あー、んっ………あ~、美味ぇな~」
「す、翠……貴様、よくも…」
「ククッ、油断してるのが悪いんだろ?」
共に子供が居る母親とは思えない幼稚な遣り取り。
子供以上に子供な二人の言動。
まあ、実際には子供達が来る前には止めるが。
居ない時であれば、まだまだ若さ故に血気盛ん。
……若さは関係無いかもしれないが。
これも戯れ合いの範疇。
だから、曹操達も特には何も言いはしない。
その内、韓浩と馬洪も巻き込まれるだろう。
そうなると、何故か夫対妻の戦いに変わる。
これも、いつもの御約束なのだが。
何故、そうなるのか。
よくよく聞いていても途中で意味不明になる。
その為、誰もが“そういう物”だと割り切った。
理解する必要性も見出だせもしないのだから。
「何とか成りそうかな?」
「ええ、御陰様でね」
曹晧の問いに曹操は皮肉たっぷりに返す。
「判ってて言っているでしょう?」と言外に睨む。
勿論、それはそれ、遺恨が残る様な事は無い。
その当たりの事は今夜、きっちりと搾り取る。
「それはそうと…南岸域の話、聞いた?」
「ああ、此方にも報告は来てるよ」
「こういう時に限って面倒な話って重なるわよね…
御父様や孫家の方からは?」
「現状だと警戒が精一杯みたいだね」
「まあ、そうでしょうね…
私達にしても、徐州を手に入れたばかり…
勿論、此方等に直接関わってくれば、だけれど…」
「今の所、そんな様子は見られないみたいだしね
監視する位しか打てる手は無いかな」
「…まあ、必ずしも何か問題を起こすとは限らないでしょうしね………あら?、これ、何か入れた?」
「判る?、以前に仕入れた“檸檬”って植物の種が有ったでしょ?
実を付けたんで、試しに食べてみて、果汁を搾って混ぜてみたんだけど…どう?」
「良いわね、でも、どうせなら麦泡酒ではない方が合う気がするわ
麦泡酒は苦味が良さだから、檸檬の苦味と被る様な感じがするから勿体無いもの」
「ん~…やっぱり、そうだよね~…」
「…麦泡酒の方の苦味を抑えてみる?
その方が簡単に試せるでしょう?」
「それも有るけど、皮だけや、乾皮、少し漬けたりしてみようかなって思ってる」
「ふむ…それはそれで悪くなさそうね…」
そんな話をする側では同じ様に曹晧の試作品を飲み今までの麦泡酒との違いに驚く曹仁達。
「…え?、これでも?」と。
相変わらずな二人の向上心には感心する。
気付けば、その試作品を目当てに集まった韓浩達が大人しくなっており、試作品を飲んで再び騒ぐ。
「何コレ美味っ!?」と素直な感想を言った韓浩。
それを皮切りに馬洪達も称賛を口にする。
誉められて悪い気はしない。
ただ、曹晧にしろ、曹操にしろ、それは試作品。
その事を忘れはしないから、きちんとした意見等を言ってくれる夏侯淵達に比重は傾く。
だから、韓浩達には普通に楽しんで貰う。
これもまた適材適所という事。