十話 誘明無実
概ね、予定通りに徐州を獲得した曹皓達。
その勢いのままに狙えば問題無く青州も獲れるが、必要以上には欲張らないのが強かな所だろう。
その辺の強欲な諸侯であれば迷わず獲りに動くが、曹皓達は徐州の立て直しを名目に足を止める。
止められるから凄い。
目の前に美味しいと判る大好物を見せられていても何の迷いも無く自制心が働く。
人が獣とは違う所以であり、進化した要因。
本能的に危機感を感じて踏み止まるのではなくて、可能性を想像して判断が出来る。
それが人と獣の大きな差だと言えるだろう。
尤も、その自制心の低い、或いは獣に劣る程度しか持ち合わせない者も少なくはないのが現実。
その者を見れば、「獣の方がマシよ」と言い切れるのだから、人の愚かさとは根深いのだろう。
そんな曹皓達の元には予想を裏切らない報告が日々届いてきていた。
曹皓は実質的に徐州を手に入れたのも同然。
それを見た事で「曹皓に続け!」と言わんばかりに黄巾党の討伐に本腰を入れる諸侯が増加・参戦。
我先にと戦功を挙げる為に動き出した。
──が、そんな連中は肝心な事を失念している。
抑として、何故、自分達が曹皓と同じ様に黄巾党を相手にして戦功を挙げる事が出来ると思っているのか?。
客観的に見て、その根拠が何なのかが判らない。
まあ、実際には根拠など有る筈も無い。
ただただ、目の前で御馳走を食べている曹皓を見て自分達も食べられると思い込んでいるだけ。
つまり、欲に突き動かされただけであり。
同時に、同じ穴の狢達に取られてはならないという競争意識が働いた結果。
だが、何よりも滑稽なのは、その思考だろう。
全て、御馳走を貰える前提での話。
貰えるとは確定してもいないのに、と。
そう言えば、如何に愚かなのかが判るだろう。
尤も、そういう風に思考や心理が傾く様に曹皓達は自分達が前面に出過ぎない様にしていた。
その結果、曹皓達の実力が優れているのではなく、黄巾党に破れた官軍の質が悪かった、と。
論点を擦り代え、勘違いさせる様に仕向けた。
それが見事に填まり、強欲な愚者達は動き出す。
そして──返り討ちとなる。
普通であれば、危惧・憂慮するべき事だろう。
だが、この結果は予想通りであり、最善のもの。
何故なら、掃除というのは地味に大変な事であり、大きく時間や労力を必要とする。
そんな掃除を、である。
自らの手を汚さず、汚物に自滅する様に促す。
それによって勝手に消えてくれるのなら。
これ程、掃除が楽になる事は無いと言える。
自然界では、先ず有り得ない事だろう。
だが、人の社会では、それが出来てしまう。
人という種の根幹にある欲深さという業が故に。
欲に伴う想像力だけは無駄に優秀である為に。
「………何て言うか…酷ぇな…」
「フンッ、自業自得ではないか」
「いや、其方の意味じゃなくてだな」
「姉者、康栄が言いたいのは、連中の数の多さだ」
「むっ………そうなのか?」
「そうだよ」
韓浩の言葉に対して、不機嫌さを隠しもしなかった夏侯惇だったが夏侯淵の一言に感情を萎ませる。
代わりに、と言うのも可笑しな話なのだが。
少し恥ずかしそうに外方を向く。
その際、韓浩の腕に軽く肘打ち。
一瞬だけ視線を合わせ、「それならそう言え!」と恥ずかしさを誤魔化す様に睨む。
──が、その仕草は韓浩にしろ、周囲にしろ、単に夏侯惇の可愛らしい一面にしか見えない。
寧ろ、周囲としては「はいはい、イチャつくのなら話が終わってからにして頂戴」である。
まあ、その事を揶揄いたくは有るのだが、揶揄うと話が逸れてしまうので、グッ…と堪える。
遣るのなら、暫く寝かせた方が美味しくなる。
なので、楽しみは先に取っておく。
「まあ、結局の所、想定は想定だしね」
「そうですね、ある程度までは想定していましたが実際には、これだけ上回っているのですから…
正直、呆れてしまいますね…」
「それだけ、漢王朝という国の根幹が腐ってもいるという確かな証拠よ」
「本当、これでよく国の形を保ってるよな~…」
話を戻そうとする曹皓の言葉に甘寧・曹操が続き、話の流れに沿った感想を馬超が呟く。
意図してはいないからこそ、彼女の言葉には自然と聞く者の意識に入って来易い。
そして、直感的に本質を掴むのも彼女らしさ。
その為、馬超の一言は曹皓達にとっては、説明する手間を省いたり、遣り易くしてくれるもの。
本人に自覚は無いのだろうが。
それで構わない。
自覚したり、意識すれば失われてしまうのだから。
胸中では苦笑しながらも曹操は流れを壊さない様にチクッと一言を刺し込む。
「その方が連中にとっては住み心地が好いからよ」
「黴が湿った場所を好むのと同じでね」
「あー………納得」
曹操の言葉──悪印象で話が終わらない様に曹皓は違和感無く捕捉しているかの様に付け足す。
より苛烈な一言で上書きする為に。
その為、馬超を始め、他の皆も同じ様に感じる。
「玲生様の喩えって何気に酷いよな」と。
そう思いながらも、自分達にとっては判り易いから曹皓の事を言えないとも思う。
何より、その喩えが間違いではないのだから。
寧ろ、喩えに使われた黴の方が可哀想だと思う。
其処まで思考が到れば曹操の印象は薄れる。
身内であり、知ってはいる関係なのだけれど。
曹操にしても、変に慣れてしまうと、普段の感覚で口から出てしまう可能性は否定は出来無い。
まあ、無い事だとは思うのだが。
外部や他人には言わずとも。
皆との会話でなら出てしまう事は有り得る事。
そうは為らない様に、という曹皓の配慮。
そして、曹操も直ぐに気付き、反省。
そういう愚痴を溢すのは構わないのだけれど。
場所と時と状況を選ばなくてはならない。
立場有る身であればこそ。
その辺りには常に意識を配らなくてはならない。
「それで?、このまま傍観してるのか?」
「心配しなくても、そろそろ動く事になるわよ」
徐州を獲った後、「判ってはいるけれど細々とした掃除をするのは面倒でしょう?」といった理由から行われたのが、今回の餌を見せての自滅誘発策。
それによって想定以上の成果を上げられた。
その事自体は曹皓達にとっては良い状況。
だが、朝廷からすると頭を抱えたくなる悪い状況。
皇帝自身は直接は指揮を執ったりはしていない為、保身を考える者達にとっては、という事だが。
今、彼等にとっては嘗て無い程の瀬戸際。
このままでは自分達は立場を失ってしまう。
その執着心から焦り、慌てている。
「私の築いてきた全てが…」と。
そんな風に考えているのだろうが。
別に、彼等によって築かれてはいない。
寧ろ、先人達が築いた物に穴を空けたり、腐らせて傷めていると言った方が正しい。
つまり、全ては身勝手な被害妄想。
実際には、彼等が居なくなっても誰も困らないし、居なくなってくれた方が世の為、人の為、国の為。
存在している事自体が害悪でしかないのだから。
そんな彼等だからこそ、手段は選ばなくなる。
これまでであれば、曹皓を含め曹家・孫家・馬家に頼る様な真似はしなかった。
活躍に対する褒美を渋って、という訳ではなく。
活躍した事によって、その名声が、影響力が高まる事を懸念し、何よりも恐れていた為。
その活躍の場を、機会を。
意図的に与えない様にしていた。
ただ、絶対に、という訳ではない。
彼等は進言や提案は出来ても決定権は持たない。
任された範囲内であれば、無い訳ではないが。
その場合には当然、結果に伴った責任を負う責任も同時に発生する事になる。
それ故に、そういった立場を避けるのも彼等。
勿論、美味しいなら遣るのだが。
それは滅多に無い事。
だからこそ、少しでも長く現在の地位に居たいと。
執着するし、保身を最優先に考える。
そんな彼等の性質までをも利用した上で。
曹皓達の打ち込んだ一手は最小限の手間で最大限の効果を発揮する事になっている。
「…ただ、未だに張角達には届いていないわ」
「………実は存在しないとか?」
「それだったらさ、既に死んでるって可能性の方が有り得る気もするけど?」
「あー……でも、それだと連中の異常な口の固さや統率力・組織力が継続してるのは可笑しいだろ?」
「其処だよね~…」
溜め息を吐きながらの曹操の一言。
それに韓浩と馬洪が反応し、雑談する様に話す。
誰も口を挟みはしなかったが、気持ちは同じ。
そして、何度も考えては否定している可能性の為、新鮮さは無い。
ある意味、それらも含めた愚痴である。
──とは言え、黄巾党の裏には何かが居る。
その確信だけは有るが、張角達との関係性は不明。
完全に切り離せてはいないのも悩み所である。
単純に利用されているなら、その方が遣り易い。
しかし、はっきりしないから動き難い。
もしも、そう遣って曹皓達を牽制、或いは制限する事が狙いであったなら。
それは見事に成功していると言える。
それを理解すればこそ。
曹操を始めとした何人かは腹立たしさも覚える。
尚、曹皓は「そうだったら面白い相手だけどね」と見えない指し手を歓迎する様に。
少しばかり、ズレていたりする。
曹操でさえ、「…貴男のそういう所って、人間性を知らないと恐怖心が増すだけよね」と思う程。
曹皓もまた、曹家に連なる者なのだと感じさせる。
そんな会話が有った翌日。
朝廷からの──否、皇帝からの勅命が届いた。
要約すれば、「済まないけれど、馬鹿共の後始末を遣ってくれないかな?」である。
勿論、褒美は確約。
「それから、動く上では最上位の権限を与えるから煩い連中は黙らせて良いよ」と。
曹皓達が好きに動ける様に整えられている。
其処までされていれば曹皓達にしても否は無し。
黄巾党の完全討伐に向けて動き出した。
それから、既に一週間。
兌州・徐州に守りを置きながら、司隷に入り込んだ黄巾党を手分けして叩きながら戦果を上げ、合流。
射犬にて夜営をしている。
各々の戦の内容と結果、情報収集の成果を報告。
──とは言え、予想を越える事は無い。
まあ、結果としては決して悪くはないのだが。
上を求めてしまうのは、人の性なのだろう。
「話を纏めると、最有力なのは犬城に居る程遠志、という事になるのだけれど…出来過ぎよね?」
「あからさまに誘ってる感じしかしないね」
うんざりとした曹操の一言に曹皓は苦笑。
徐州での戦いを思い出させる様に、司隷での戦いも曹皓達にとっては容易なものだった。
普通であれば、「何だ、こんなものか」とか「一体何に手古摺っていたのか」と思ってしまう程。
勿論、それだけの純粋な実力差・戦力差が有るから圧勝している事は間違い無いのだが。
それにしても、である。
曹皓達の教えが無ければ、韓浩達は相手を軽んじ、侮っていた事だろう。
それは夏侯淵や曹仁達、慎重な者であってもだ。
だから、曹操の気持ちも察する事が出来る。
「真っ向勝負なら楽なのに…」と。
「大口を叩いた以上、堂々と戦いなさいよ!」と。
黄巾党に言いたくもなってしまう。
それ位に、曹皓達を相手には尻尾を掴ませない。
腹立たしくはあるが、同時に見事だとも思う。
ただ、個人的な感情はどうであれ、現状で張角達に繋がる情報を持っていそうなのは件の程遠志のみ。
それが自分達を誘き寄せる為の撒き餌だとしても。
今は、その誘いに乗る以外の方法は無い。
──が、不安が無い訳ではない。
相手が罠を仕掛けていようが、策を弄していようが構いはしない。
はっきり言って、そんな事はどうでもいい。
不安は他でもない、身内に有るのだから。
その当事者に、他の全員の視線が静かに集まる。
「罠だろうが策だろうが全て喰い破るまで!」と。
鼻息を荒くしている夏侯惇に。
「……遣らかしそうだなぁ…」と。
「……春蘭だもんなぁ…」と。
揃って不安を覚えてしまう。
だからと言って、遣らない訳にはいかないが。
曹操は視線を曹皓に向け、話を進める様に促す。
夏侯惇が気付かない内に。
「程遠志の居る犬城に向かう事は決定として…
此処からは三組に分けて進む」
「包囲するって事か?」
「そう見せる為だよ
実際には陽動策を潰す為であり、待ち伏せてくれる様なら戦力の分散も狙えるから」
「此方等としては削れるものは削りたいしね」
そう当然の様に夫婦に皆は苦笑。
韓浩が思わず、「この似た者夫婦が」等と言いたくなってしまう程に。
勿論、話が脱線するし、返り討ちに合いたくはない事から、口に出しはしないが。
気持ちとしては、皆が似た様な思いだったりする。
だから、流れ矢には当たりたくはない。
そんな中で馬超は普段通りに疑問を口にする。
その流れに誰も逆らいはしない。
「それで、どう分けるんだ?
まあ、本隊は玲生様達なんだろうけど」
「いや、本隊は隼人さんと思春に、本隊の護衛隊を翔馬さんと翠に、遊撃隊を冬哉さんと秋蘭に率いて貰うつもりだよ」
「──へ?」
「玲生は康栄と、私は春蘭と別動隊で動くわ」
「………え~と…つまり、本隊を囮にする訳か?」
「──と言うよりは、確認作業の為かな」
「………?」
そんな会話が有って──三日後。
曹皓達は犬城にて黄巾党との戦闘に入っている。
ある意味、真正面から、と言える様に進軍してくる曹仁達の率いる本隊に対して黄巾党は事前に掴んだ総戦力の凡そ半数の兵力を当ててきた。
兵数で言えば、曹軍の倍近く。
──が、当然の様に相手になる訳も無し。
一方、少数精鋭で動いていた曹皓隊・曹操隊の方に対しては各二割の兵数を当ててきた。
その差は五倍にも迫る──が、以下同文。
ただ、その分配から見て曹皓達の動きを見た上で、指揮を執っていると確信。
つまり、捕捉している眼は生きている。
それはつまり、程遠志を頂点とする指揮系統全体は正常に機能している、という事。
まあ、現時点では、の話ではあるが。
少なくとも、曹皓達の張っている網の中に不可解な動きをしている存在は居ない。
──とは言え、陶謙という実例も有る。
そう言う意味でも油断してはいない。
「判っていた事とは言え、実際に目の当たりにしてみると違いは明らかね…」
「余計な事を考えなくて済むので楽です!」
自身の呟きに嬉しそうに返す夏侯惇。
その反応──言葉には少し諭したくもなる曹操だが状況が状況の為、グッ…と堪える。
本当であれば、彼是と言いたいのだが。
此処で言わなければ諭す効果が落ちるのだが。
「今、優先すべき事ではないのよ」と。
葛藤している自分自身に言い聞かせる。
現在、二人が居るのは程遠志の立て籠る城内。
立て籠っているとは言え、その戦力は既に残り僅かとなっている上、本隊と交戦中。
その為、別動隊の曹操達は楽に城内へと入れた。
──が、二人の会話は、その事に付いてではない。
普通、敵地で有っても砦や野営の陣ではない限り、其処には兵ではない者達が居る。
それ故に、攻め込む側には一般人の存在への配慮が必要となってくるのだが。
此処には黄巾党しか居ない。
一つの街で有るのにも関わらずだ。
ただ、黄巾党が一般人を鏖殺した訳ではない。
また、住民全てが黄巾党となった訳でもない。
程遠志の率いる黄巾党が街に入る前に。
まるで戦場となる事が判っていたかの様に。
犬城の住民──官軍でも黄巾党でもない一般人は。
全て避難している。
その為、曹皓達は殲滅するだけで済む。
それは戦場では何よりも遣り易くなる条件の一つ。
特に、夏侯惇の言葉が物語る様に指揮をするよりも自身が動く方が楽だと感じる者にとっては。
今の犬城は殆どストレスの無い戦場だと言える。
それはそれとして。
逆に、曹操の様に色々と考えてしまう者にとっては小さくないストレスを感じる戦場だと言える。
まあ、その辺りは後者が上手く調整するのだが。
溜め息の一つも吐きたくなるのが本音である。
「……それにしても、全く動かないわね…」
「そうだね、あからさまに誘ってる感じがする」
しれっと曹操の呟きに返したのは隣に来た曹皓。
当然、気付いていたので驚きはしない。
二人の後ろでは韓浩と夏侯惇が会話をしている様子からしても偶然ではない事が判る。
これは予定通りの合流だったりする。
「此方等は収穫は無しよ
其方はどうだったの?」
「此方も収穫無し
見事なまでの使い捨てだね」
「そう………一体何がしたいのかしらね…」
歩きながら静かに呟く曹操。
普段であれば何かを言う筈の曹皓でも無言。
それだけ現状が不可解なのだと韓浩達も察する。
察したからと言って、何も変わりはしないのだが。
其処に対面の通路から遣って来たのは本隊を率いて正面突破を成功させた曹仁達。
足を止める事は無く、通路を右に曲がった曹皓達に躊躇無く続いて行く。
報告は先程の二人と同様に簡潔に。
そんな後ろでは韓浩と馬洪が小声で話す。
「どうだった?」「手応え無し」といった他愛無い会話をしているが誰も気にはしない。
似た様な会話を夏侯姉妹や他もしているからだ。
その様子を客観的に見たなら。
敵地の最奥に居て、これから相対しようとしている状況だとは思わないだろう。
仲の良い友人達が「今日の昼は何処にする?」等と話しながら勤務先から出掛けようとしている。
そんな雰囲気に見えてしまう。
それ位に、曹皓達の状態は良いと言える。
だから、曹皓も曹操も胸中では舌打ちしたくなる。
それだけ万全に近い状態の自分達が、陶謙の時とは違って集中もしているのに。
これと言った収穫が何一つとして無いのだから。
多少の苛立ちは仕方が無い事だと言える。
そして、氣により捕捉し続けている程遠志と思しき反応の有る場所へと到達する。
城の最奥、私的な催し等で使う大広間。
その扉を開けた先、薄暗い空間の中に微動だにせず一人の男が立っていた。
曹皓達にとっては問題無い暗さ。
その姿を、はっきりと視認する事が出来る。
見た目や年齢、特徴が一致するので男が程遠志。
まあ、その情報が正しければ、ではあるのだが。
そう遣って疑い出せば切りが無い。
何より、情報収集自体が信じられなくなる。
そう為ってしまっては組織としては破綻するだけ。
そうはさせない為に組織を機能させるのが曹皓達の担う仕事であり、負うべき責任だと言える。
「初めまして──って言っても無駄みたいだね」
程遠志に声を掛けながら溜め息を吐く曹皓。
無言のまま、しかし、肯定する様に。
程遠志の肉体が陶謙と同じ様に異形へと変じる。
──否、程遠志だけではなかった。
「おいおい…マジかよ…」
「…え?、嘘……死体じゃなかったの?」
「いや、確かに反応は無かった」
「それって、つまり…」
「死体も使えるという事よ」
戸惑いながらも身構える韓浩と馬洪。
その呟きに冷静に答える夏侯淵。
そして、脳裏に浮かんだ可能性を口に出す事を躊躇している馬超の後を曹操が肯定する。
壁際に放置される様に転がっていた多数の屍。
その存在は大広間に入って直ぐに確認していたが、氣の反応は無かったので無視していた。
だが、決して油断していた訳ではない。
それでも、程遠志の、多数の屍の。
その変異には気付けなかった。
改めて突き付けられた事実に全員が息を飲んだ。
──とは言え、変異の可能性を考えた上での編成。
陶謙の時の様に被害を考えなければ楽勝。
加えて、程遠志は兎も角、屍が変異した方は動きが著しく鈍く、単調だった。
その為、脅威とは成り得なかったが。
その数が数だった為、鬱陶しい。
実際、そういう用途での投入なのだろうと曹皓達は考えている。
「玲生、屍の変異ってどんな理屈なんだ?
陶謙や程遠志の変異とは違うよな?」
「んー……正直、何とも言えないかな」
「…っ……では、同じ、という事ですか?」
「そういう訳じゃないよ、思春
氣は生命の源、だから、屍に氣は宿らない
でも、屍となった肉体──人や獣、虫でもだけど、それを構成している物は失われない
そういう意味では、変異そのものは有り得る事
ただ、意思や自我が無いから、あんな感じになる
出来の悪い操り人形みたいにね」
そう言った曹皓の言葉に先程までの事を思い返し、合点がいった様に頷く面々。
──とは言え、曹操を含む数名は曹皓が肝心な所は触れていなかった事にも気付く。
同時に、そういう事だと察する。
「──で、程遠志の持ってた紙には何て?」
「本隊との合流の日常と場所」
「………マジかよ…」
唯一の戦果と言うべき灰塵と化して消えた程遠志が残して逝った一枚の紙。
其処に書かれていた内容に一同は驚く。
──が、曹操は眉根を顰める。
「玲生、どう思う?」
「はっきり言って、掴まされたね」
「そうよね…流石に都合が良過ぎるもの…」
「でも、他に情報らしい情報も手掛かりも無いから乗らざるを得ないのも確かだしね」
「だからこそ、腹立たしいわ」
曹皓から受け取った紙を睨み付ける曹操。
身内だけの為、不機嫌さを隠そうともしない。
その様子に、何人かが反射的に身構える。
経験が有ればこそ。
こういう時の曹操の恐さを知っているが故に。
「問題は、此処に張角達が来るのか、だけど…
こればっかりは打付け本番になるかな」
「事前に掴めないのか?」
「掴めるものなら、疾うに掴めているわよ」
何気無く言った韓浩だったが、曹操の怒りに触れ、ギロッと睨まれて、苦笑。
──が、その様子を見ながら曹皓は目を見開く。
「…いや、今回は掴めるかもしれない」
「…と仰有いますと?」
「内容が罠なら、確実に誘き寄せる為にも此方等が確認に動けば掴ませてくれる可能性が有る」
「……成る程、言われてみれば考えられるわね」
「まあ、そうじゃなくても、此方は僅かな可能性に賭けて動くしかない訳だけど…
慎重になれば踏み込まない」
「それでは困る、と…」
曹皓の考えに曹操は怒りを鎮める。
その様子に韓浩は小さく安堵する。
その傍らで馬超が首を捻る。
「………ん?、ちょっと待てよ
それじゃあ、この黄巾党の件も含めて、もしかして全部が二人を誘き寄せる為、って事なのか?」
「流石に其処までは判らないわよ
けれど、当初からではないでしょうね」
「その根拠は?」
「単純に私達を──いいえ、可能性としては玲生を狙っている可能性の方が高いでしょうね
未だに御義母様と御義父様の事には謎が多いもの
私達の知らない理由が有る事は考えられるわ」
「あー……確かになぁ…」
「ただ、そうだと仮定しても回りくどいわ
誘き寄せるにしても、もっと効果的な方法は他にも有る筈でしょう?
そうはしていない、という事が後からの証拠よ」
「何にしても、先ずは探ってみてからだね
行かないって選択肢は無いんだから」
そう言って皆に見せる紙。
指定場所は冀州は広宗。
其処で少なからず事態が動く事になるだろう。
そう、曹皓達は確信する。