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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
二章  天命継志
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八話 有憎無象


何團が殺害された事件から凡そ三ヶ月足らず。

時代という風に煽られるかの様に黄巾党という名の業火は漢王朝を焼き付くさんとばかりに猛る。

その勢いは喧々囂々と自分達の事しか考えていない朝廷の雀達に冷や水を浴びせる様に震え上がらす。

漸く、馬鹿な事をしている場合ではないと気付き、皇帝に献策し、諸侯への勅命を嘆願した。

自分達の無能さと無責任さを放置して泣き付いた。

そう言っても間違いではなかった。


曹皓達の予想通り、そして、予定通りに事は運ぶ。


勅命が届いて直ぐの事だった。

諸侯の中で真っ先に動いたのは曹皓達。

曹嵩達や孫堅達という後ろ楯が有ればこその迅速で大胆な一手だったと言えるだろう。

真似しようにも誰にも出来無い、会心の一手。

まあ、当人達にとっては、何と言う事の無い一手。

其処まで大層な事だとは思ってもいない。


ただ、その一手は効果覿面だった。

あまりにも苛烈であり疾風迅雷の曹皓達の進軍には体勢の整っていない黄巾党は為す術無し。

迎撃は愚か、防衛・籠城戦も不可能に近く。

ただただ条件反射的に応戦するしかなかった。



「………つまんねぇなぁ…」


「………そうだなぁ…」



そう戦場を見ながら、遠い目をする韓浩と夏侯惇。

似た者夫婦は指揮官という役目も有るのだが、既に開戦の先鋒を務め終えて待機状態。

掃討戦ではあるのだが、前線に居る夏侯丹と夏侯淵へと羨望の眼差しを向けながら──ボヤく。

誰に(・・)、という訳ではない。

ただ、心の声が漏れ出しただけである。


その様子に付き合いの長い部下達は苦笑しながらも普段通りであるが故に程好く緊張と緩和を保つ。

何時、戦況が動いても応じられる様に。

尤も、曹家に仕えていれば、そんな事は先ず無いと判ってはいるのだが。

油断していれば、待っているのは特別調練(地獄)

韓浩達でさえ泣いて嫌がる程の事なのだから。

誰一人として、油断は有り得ない。

何しろ、連帯責任(一蓮托生)なのだから。


そんな韓浩達を眼下に置き、全体を見渡す本陣では曹皓と曹操が静かに戦場を眺めている。

ただ、本陣とは言っても側に居るのは僅か二十名。

しかし、それでも多いと言えるのが当の二人だが。

流石に一人も側に置かないのは問題という事から、体裁を整える、という意味で侍女達(・・・)を。

まあ、曹操付きの侍女達なので猛者(・・)揃いだが。

それは余談である。



「…これと言って可笑しな動きは無いわね」


「やっぱり、黄巾党って名乗ってはいても群勢(・・)って事には違いないみたいだね」


「…となると、下っ端(・・・)では期待外れ(・・・・)ね」


「まあ、大した情報は持ってないだろうね」


「これ以上は揺さ振っても無意味ね…」



そう呟き、溜め息を一つ吐くと、曹操は小さな笛を取り出して口に銜えると、息を吹き込む。

音は鳴っていない──訳ではない。

“犬笛”という人の聴覚では聞き取れない高音域の音を鳴り響かせる犬の躾や使役に用いる道具。

それに着想を得て、田静が生前に考えていた道具を曹皓が氣を使わなければ聞き取れない程の超高音を発生させる笛として完成させた物。


そして、合図(・・)を受けた猟犬達が駆け出す。

“御預け”されていた韓浩達が一斉に襲い掛かり、黄巾党は程無くして一掃された。




徐州での初戦を快勝で終え、事後処理に入る。

──とは言え、現時点では曹皓達に大した権限等は与えられていない為、該当する官吏の生死を調べ、生きていれば居所を探す。

「死んでくれていれば楽なのだけれどね」と。

誰しもが思ってはいるが、流石に口にはしない。

その一言が要らぬ火種となる事も有るのだから。


尤も、火種が欲しい時には態と溢しもするのだが。

今は、その時ではない。



「県令達は死亡、と…

これも不幸中の幸いかな」


「そうね、官吏の要職が不在となる場合に限っては該当地の後任の任命権(・・・・・・)が有るのは助かるわ

中央の連中からすると許容し難い事でしょうけど、自分達が出向いてくる気は無いでしょうから」


「ある意味、苦渋(・・)の決断だろうね」


「妥協しないと自分達の首を絞めるもの

その状況を考えれば、地方で勢力を拡大される方がまだ良いという事でしょう」


「宅としては有難いけどね」


「ええ、こうして堂々と徐州を獲れるもの」



黄巾党の掃討戦と並行して行われていた行方不明の県令達の捜査の報告を受けながら、積み上げられた書類の大山をサクサクと片付けながら話す二人。

その側では「ぐぬぅ……これさえ無ければぁ…」と思いっ切り暴れた韓浩達が自分達の分の書類を前に悪戦苦闘していた。

向き不向きが明確に現れた構図だと言える。

「いや、この二人は可笑しいだろっ!」と韓浩達が抗議の声を上げるかもしれないが。



「後任の方は予定通りで宜しいですか?」


「ええ、問題無いわ」


「畏まりました」



曹操の返事を受け、夏侯淵が自身の部下を走らせ、待機している後詰め(・・・)に指示を伝える。

後任が到着する時には曹皓達は居ないのだが。

曹皓達が待っている必要は無いし、後任からしても待っていて貰う必要も無い。

自分の役割は理解しているのだから。



「…しかしまあ、奇襲も同然だったとは言え、全く手応えの無い相手だったな…

あんなのに官軍は連戦連敗したのか?」


「一口に黄巾党って言ってもピンキリだから

今回の相手は数はそこそこでも末端の一角、率いる指揮官も期待外れの御飾り(・・・)だったしね」


「少なくとも本隊は(・・・)侮れないわよ」


「本隊かぁ……徐州には居ないんだろ?」


「劣勢に為れば釣れる(・・・)かもしれないわ」


「…本筋(・・)は?」


切り捨て(・・・・)だろうね」


「糞だな」



曹皓の読みを聞き、その状況を想像した韓浩は何の躊躇も無く、見知らぬ敵を酷評した。

だが、「飽く迄も、可能性の話だけどね」と。

窘める様に曹皓が言わない辺りに窺える。

そういう(・・・・)相手である、という事が。


そんな会話を実証するかの様に。

曹皓達に届けられる各地の戦況報告と被害(・・)報告。

だがまあ、官軍や諸侯の事は置いておくとして。

問題となるのは後者。

黄巾党により、襲撃された村邑や町の数々。

「黄巾党は世直しをするのではっ!?」と。

人々は疑問を抱きながら叫び声を上げている。


だが、それは黄巾党の実態を知らないが故の事。

曹皓達からすれば、何一つ驚く事ではない。


確かに、張角は太平道という教えを掲げている。

しかし、その教導は飽く迄も人の在り方。

拡大解釈をするにしても、社会の中での在り方。

決して、反意(・・)を助長させる教えではない。


それでは何故、黄巾党は蜂起するに到ったのか。

その答えは単純。

信者の暴走、狂信性、そして面子(・・)である。

張角は信者達の声に応えない訳にはいかなかった。

無視したり、恍けたり、はぐらかしたりしたなら、自身の地位や影響力、築いてきた全てを失う。

だから(・・・)、動かざるを得なかった。

朝廷に楯突くつもりなど毛頭も無かったにしても。

自らを守る、という意味でもだ。

──が、張角にとっても致し方無しだった、という見方が出来る事も確かではあるのだが。

だからと言って、赦される事ではない。


それ故に文字通りに命懸けとなってしまった。

勝って生き残るか、敗れて死ぬか。

子供にでも判り易い、極端な結末を目指して。


そんな黄巾党の目標は漢王朝の打倒。

張角を新たな皇帝として、太平道の教えの下に民が生きていける新たな世の中を実現する事だ。


──と言えば、大して珍しくもない話だと思う筈。

事実、そういった大義名分を掲げては蜂起した者は過去に山程居たりする。

しかし、今も尚、漢王朝は存続している。

つまりは、そういう事(・・・・・)である。


その上で、という話になるのだが。

抑の話として、反乱・革命といった動きは短期決戦ではなくてはならず、成功させなければ破滅する。

加えて、長引く程に自分の首を絞めてゆくもの。

高まった士気や気勢は一気呵成に攻め切ってこそ。

長期化すれば維持し続ける事は困難。

必ず低下してゆくものである。


況してや、それが民衆が主体となっているなら。

その意志──猛りというのは一過性のもの。

決して長続きはしないものだと言える。


仮の話として。

もしも、曹皓達が遣るとすれば、一日で決着する。

実力云々も有るには有るが、準備の質(・・・・)が違う。

曹皓達ならば、絶対に(・・・)成功させる。

その為の準備(・・・・・・)をする。

だから、必ず一日で決着する。


しかし、張角は──いや、黄巾党(・・・)は違う。

各地で蜂起はしたが、無計画にも等しい。

それなのに、掲げる目標が大き過ぎる。

理想と現実、その違いを認識出来てはいない民衆が感情と勢いだけで動いただけなのだから。

何も判っていないのも当然と言えば当然の事。

気付いた時には引き返せなくなっているのだから。


皇帝の首級──洛陽まで一気に辿り着けていれば、この騒動は即座に終結していた事だろう。

しかし、幾つもの人為的な要因が重なってしまい、今日に到るまで長期化してしまっている。


黄巾党の本隊に洛陽にまで到達出来る人材や戦力が揃ってはいないが故に、同志の蜂起と合流を待ち。

欲と保身から功を焦った官吏達が迂闊に動き。

無駄に黄巾党が勝利を積み重ねてしまった為に。


さて、そうなると困るのは黄巾党である。

短期決戦のつもりで蜂起したが、何だかんだで結局怖じ気付いて慎重になり、長引いてしまった。

すると、当然ながら食糧等は足りなくなる。

十分な準備などしてもいないのだから。

けれど、引くに引けないが故に、黄巾党から離れて元の生活に戻る、という事も出来無い。


否、出来無くはないが、犯罪者という自覚が有る。

その為、自分の事を知っている者が居る場所に戻るという事は不可能に近く。

見知らぬ土地で遣り直す自信も無い。

結果、このまま黄巾党(群れ)に留まる方が良い。

そう考えてしまうからだ。


ただ、己の浅はかさを悔い、飢え死にするのを待つという程、真っ当な者など居ない。

何故なら、現状に不満が有ったから蜂起に参加し、少しでもいいから甘い汁(利益)が欲しいが為に。

黄巾党(ここ)に居るのだから。


黄巾党とは、そんな輩の集まりである。

では、直面した問題に対して、どうするのか。

結論、“弱者(有る所)から奪い取る”である。


「自分達は世の為に戦う、だから、その為の犠牲は仕方が無い事だ」等と。

大義名分を掲げ、正義を自称し、正当化する。

だが、真の正義とは自己犠牲と献身によりもの。

見返りは求めず、他者に犠牲を強いりはしない。

ただただ、己を削り、己を賭し、己を捧げる。

それが真に正義と呼べる事である。


故に、彼等の正義では、正義足り得ない。


そして、そんな彼等自身が、自分達を苦しめている官吏達と同じであるとは気付かない事。

正義という錯覚に惑わされた愚者の姿。

それを滑稽と言わず、何と言うのか。


そうなれば成れの果ては見えてくるもの。

一度、それを行えば、後は転がり落ちるだけ。

宛ら、雪玉を転がすかの様に賊徒(同類)が群がる。

集い、肥大化したそれ(・・)は黄巾党ではない。

世に、国に、人々に害為す巨悪──黄巾賊(・・・)


そう為るであろう事を、曹皓達は見通していた。

だから、現状に驚く様な事は無く。

黄巾党の殲滅を躊躇う理由も無い。


曹皓達にとって、守るべきは無辜の民である。

黄巾党という害悪に属す者は既に民ではない。

故に、一切の慈悲や同情など懐きもしない。

何故なら、自ら人の道を外れ、堕ちたのだから。

死を以て裁く以外の解を必要とはしない。

それが社会を正しく保つ確かな術であり。

人々に対し、罪を犯す事の愚かさと重さを示す。


そうする事で、人は己を律し、他者を尊重出来る。

定められた法という秩序の下に。

平和を成す。



「…思っていたよりも動きが鈍いわね」


「そうだね、徐州って割りと要所なんだけど…

この様子だと、本隊とは無関係の延焼(・・)かな」


「徐州の民からすると迷惑以外の何物でもないわね

まあ、そうなった要因の一端には、その民も無関係という訳ではないのだけれどね」


「普通に生活していただけでも、その普通の犠牲になっている人々が居れば、恨まれもするからね」


「悪事を働くだけが社会悪ではないもの

知ろうとしない事(・・・・・・・・)も社会悪の一つよ

…まあ、そうは言っても万人が、それを理解して、常と出来るとは思わないけれどね」


「ある意味、一番難しい事で、一番解決が不可能な社会悪かもしれないしね」


「本当にね…人の世は儘ならないものだわ」



そう報告を聞いて纏める二人。

同時に遣っていた仕事も終了する。


韓浩が「…今の判るか?」と夏侯惇に視線を向け、その表情を見て「聞くだけ無駄だな」と納得。

理解の出来無い難しい話は聴こえてもいない。

その様に適応進化した夏侯惇の耳は都合が良い様に邪魔になる音は遮断していたりする。



「こうなると一気に獲ってしまう方が楽かしら?」


「準備はしてあるしね~…

戦禍による被害が拡大する前に一掃した方が後々の徐州の立て直しも楽にはなるからね…」



──と、御茶を飲みながら考えている二人。

その様子を見て明らかに「訊け」と要求されている事を察した韓浩は小さく溜め息を吐く。

出来れば、訊きたくはない事だろう。

そう経験から感じられるから。

まあ、訊かないという選択肢は存在しないが。



「………それを即決しない理由は?」


「徐州の民が黄巾党に参加した理由って判る?」


「……貧富の差とかが不満だったから、とか?」


「そうね、そういった理由()有るでしょう」



小さく眉値を顰めながら考え、韓浩は曹皓の問いに答える──が、曹操が言外に「違うわよ」と返す。

思わず「勿体振るなよ」と言いたくはなるのだが。

こういう時の会話は必要な手順だとも判っている。

だから、文句を言わすに韓浩は再考する。


黄巾党に参加している民の多くは太平道の信者だ。

ただ、太平道の教義に則っての事ではない。

太平道その物は、飽く迄も生き方・在り方の教導。

つまり、それが理由には成り得ない。


では、事の発端である何團の死の件と同類か?。

馬鹿な官吏達による太平道の信者への暴挙。

それによる怨恨・憤怒・反発から来たものか?。


そう考えてはみるが、しっくりとは来ない。

寧ろ、韓浩自身でも違和感を覚えてしまう。


──と言うか、そんなに仲間思いなのだろうか?。


そう考えた時、不意に何かが填まった気がした。



「ああ、成る程な、自己利益(・・・・)なのか」


「そう、群れてはいても利己的で独り善がりなのよ

だから、危うくなれば容易く逃げ出すし、裏切るわ

そうなった者が辿り着く先は?」


「有り触れた話で賊徒って訳だ

だから(・・・)予備軍(・・・)も潰したい、と」



「良く出来ました」と。

口にはしないが、曹皓達は韓浩を見て笑む。

「俺は御前等の子供じゃないぞ」と言いたくなるが言っても無意味なので言いはしない。

ただ、そう遣って色々と教えられているのも事実。

その為、改めて今の思考を振り返り、再確認。

しっかりと自身の血肉()へと変える。



「──って事は時間を与えるのか?」



言外に「その間の犠牲は致し方無し、と?」と問う韓浩に対し、曹皓達は肩を竦める。

──が、それは「何を甘い事を…」といった類いの意味では無い。

そういった状況ならば、それも仕方が無いだろう。

だが、現状では曹皓達には大義名分(権限)が有る。

有るのに動かない理由は無い。


だから、この質問は確認の為の遣り取り。

深い意味は含まれてはいない。




苛烈と言う以外には無く。

蹂躙と表す以外には無く。

連戦連勝、「今が我が世の春っ!」状態だった筈の黄巾党が圧倒的な理不尽さを前に恐怖に戦く。

曹の旗を見ただけで逃げ出す者が続出する程に。

曹皓達の初戦の印象は一気に波及した。

最早、当初の圧倒的な黄巾党優勢な状況は見る影も無くなっている。



一匹(・・)足りとも逃がすなっ!!

その一匹が民を害す悪種(・・)と心得ろっ!!」



夏侯惇の檄に曹兵が咆哮。

黄巾党を根絶やしにせんと襲い掛かる。

その先頭を夏侯惇自身が駆けているのは御愛嬌。

一応、曹皓達からの許可は出ている。


まあ、その分の指揮役を韓浩()が担うのだが。

「あー…俺も行きてぇなぁ…」と溜め息を吐く。

「頑張りましょう」と励ましてくれる優しい部下が居なければ拗ねている所である。

…まあ、その優しさに泣きそうではあるが。


曹皓と曹操が率いる本隊が徐州の州都を目指す中、韓浩達は夫婦で各々が別動隊として進軍。

州都に向かって追い込む様に戦闘を開始。

殲滅出来れば構わないし、逃げた残党も予定範囲内であれば追撃もしない。

まあ、用意された(・・・・・)逃げ道は一つのみ。

態々、追撃をする手間は掛からない。


尚、夏侯惇の様に夫婦の何方等かが指揮をするなら伴侶が戦場に出る事は認められている。

その為、大体が「それなら交互に」となった。

ただ、自分達の初戦の指揮を夏侯惇に任せた韓浩は頭を抱えるしかなかった。

方針や方向性という意味では自分達らしい。

だが、あまりにも攻撃的過ぎて、穴が出来た。

戦場に居て状況を見た際に気付いた韓浩と部下達が自主的に埋めに動いた為、事無きを得たが。

流石に部下達からも「元譲様の指揮は…」と言外に却下の総意が上がってきた。

その結果、韓浩が指揮に専念している。


分かれる時、曹皓から「大変だけど宜しくね」と。

肩を叩かれて言われていたのだが。

その時は単なる激励だと思った。

その言葉の意味を正しく理解したのは後になって。


いやまあ、自分の妻の事ではあるのだから誰よりも予想出来ているべきなのだろうが。

韓浩自身、ついつい前掛かりになっていた事も有り抜け落ちていたりした。

それを察した曹皓からの注意だったのだが。

それは直ぐに気付けなかった韓浩の落ち度である。


まあ、そう遣って失敗した経験が有るから人は学び成長してゆくもの。

そう考える曹皓達なりの教育(・・)でもある。

だから、韓浩にしても文句は言わない。

言っても口では敵わないのだから。


なので、合流まで兎に角、頑張るしかない。

不満や鬱憤が無い訳ではないのだが。

その辺りは一人で楽しむ夏侯惇()に打付ける。

激しく貪るという方向で。


まあ、そんな円満夫婦の事情は置いておいて。

曹皓達の目的は黄巾党の殲滅と徐州の獲得。

その序でに黄巾党の様になる予備軍も潰す。


──とは言っても、釣り出して殺す訳ではない。

この予備軍というのは日常的・潜在的に不平不満を抱えている今の所は無辜の(・・・・・・・)民の事。


ただ、勘違いしてはならない事が一つ。

その不平不満というのは、多くが利己的なもので。

自分よりも上に対する羨望や嫉妬から来ているものである場合が大部分を占める。

つまり、正当性(・・・)は関係無いという事。


言い換えて例えるのなら、子供が別の子供を見て、手にした物や食べる物を欲しがったり、遣っている事を遣りたがったりする。

そういった稚拙な感情や欲求と変わらない。


本当に、理不尽な政策や権力者の横暴による差別や格差に対する不平不満も無い訳ではないだろう。

しかし、そういった理由で立ち上がった者が弱者を襲ったりはしない。

そういった理不尽さを味わった為なのだから。


だから、曹皓達の言う予備軍とは誰しもが心に持つ珍しくもない可能性だったりする。

ただ、正面な思考が出来たり、倫理的な価値観等が有る場合には、踏み止まれる。

越えてはならない一線。

その先に踏み込んだ自分が辿る末路を想像して。


踏み越えてしまうのは、自重の出来無い愚者。

全てが自分の為に存在していると。

そんな痛々しい勘違いしている恥知らず。

子供以下に幼稚で、獣以下に自制心が無い。

そんな輩が今、黄巾党となっている。


だが、それで全てではない。

だから、その可能性の芽(予備軍)を潰す。


原因である人の欲には際限が無い。

だからこそ、如何に今が恵まれた状態なのか。

そこで満足し、日々を過ごす事。

それが何れだけ幸せな事であるのかを。

黄巾党という具体例(成れの果て)を以て示す。


それが、曹皓達の遣り方。

「下らない欲の為に、こう為りたいの?」と。

そう見せ付けて問う事で自分を見詰め直させる。

「身に余る欲は毒だ」と。

そう気付きさえすれば、人は自制が働くもの。

何故なら、破滅願望を持つ者など滅多に居ない。

殆どの者は、そんな事になるよりは平凡でも天寿を全う出来る様に生きたいと思うもの。

だから、その機会を与えればいい。

その為に、黄巾党という害悪(ゴミ)を再利用する。

人にも社会にも優しい政策だと言えるだろう。



「…まあ、遣ろうと思っても出来無いけどな…」



それは曹皓と曹操(あの二人)だからこそで。

曹家や孫家、更には皇帝という理解者が居てこそ。

其処らの単なる稀代の英傑や秀才でも不可能。

思い付いても出来無いし、遣っても失敗する。

これは、それ程に難しい事なのだから。


だから、それを簡単そうに指示して、遣らせる方が可笑しいのだと言える。

言えるが──出来るから、反論が出来無い。


まあ、韓浩からしてみれば指示に従うだけ。

その全てを遣らされている訳ではないので、特には文句も出ては来ない。

──ああいや、出来れば自分も指揮をするよりかは思うが侭に暴れ回りたいとは思う。

それが二人に甘えている事だとは判っているが。

素直に夏侯惇()が羨ましい。



「伝令!、左翼は誘導開始!

右翼は後ろに逃がすなよ!

あと、夏侯惇(宅の)に中段に下がれと伝えてくれ」



そう指示を飛ばし、思うが侭に暴れ回って黄巾党を倒す夏侯惇()の姿に、決着が近い事を察す。

──が、本人は然り気無く惚気ていた事に気付かず周囲の部下達は密かに笑みを溢す。

「本当、仲が良いですよね~」と。

今、韓浩が振り向けば言われるだろう。

だが、こういった事には鈍いが故に、回避。

そして、そんな天然な所にも人望が有ったりする。

本人が知れば顔を真っ赤にするだろうが。

バレない内は、部下達も含め、楽しめる。

当然、曹操達もである。



「………にしても、何なんだ、あの連中は…」



曹皓達に、曹家に仕える身となって早数年。

結婚もし、子供も授かった。

それだけの時間が流れ、それなりに経験を積んだ。

討伐した賊徒の数は数えるのも億劫になる程。

政治的・社会的な戦いも経験している。


だがしかし、そんな韓浩からしても理解出来無い。

この黄巾党という存在は、単なる賊徒に堕ちた連中と言い切ってしまうには何処か不自然(・・・)だった。

まあ、何が、とは言い切れないのだが。

少なくとも、普通の賊徒とは違う。


…まあ、本の少し前までは何処にでも居る民だった訳だから、普通の賊徒とは違うのだろうが。


「それにしてもなぁ…」と。

韓浩は感覚的に引っ掛かって(・・・・・・)しまう。


徐州での初戦を含め、既に五戦目。

韓浩自身、「俺の指揮でも相手が出来る程度だ」と思っている位には容易い相手。

目立つ指揮官も実力者も不在。

寄せ集めの出来損ない。

そんな風に言ってもいいだろう。

だからと言って、我先に逃げ出す者は居るのだが、蜘蛛の仔を散らす様な逃げ方はしないし、此方等の意図した誘導に気付く様子も無い。

「それこそが怪しい」と疑い出せば切りが無いが。

明らかな違和感を覚える様な動きは見られない。

──が、どうにも引っ掛かる。



「………何も起きなきゃいいんだけどな…」



そう呟きながら、「先ずは春蘭(此方)だな」と。

少し不満そうに中段に下がる妻の姿に嘆息。

何事も起きない事を祈りながら韓浩も移動。

戦いを締め括る為に。




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