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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
二章  天命継志
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七話 事画時参


劉懿達からの依頼を成し終え、また、韓遂の一族が受け継ぎ守ってきた奪われた禁書も回収出来た。

その結果だけを見れば、文句は無いと言える。


しかし、戻ってきた曹皓と曹操の表情は険しい。

勿論、韓浩達や劉懿達には見せる事はしないが。

二人だけの時には隠さない本音が溢れてしまう。



「結局、“涼花(りょうか)”も知らなかったわね…」


「好奇心で手を出してたら、何処かで口にする事も有るだろうしね

そういった、万が一も起こさない為にも、触れない様にしてきたから現代まで秘されてきたんだろうし簡単には出来無い事だと思うよ」


「迂闊に口を滑らせる事は無いでしょうけど…

私達だったら、中身の確認はするでしょうね」


「遣っちゃうだろうね」



そう言って肩を竦め、苦笑し合う二人。

それを知った時、子供ではなかったとしても。

自分達の性格上、“触れない”という選択をする事は考え難いし、無視は出来無いだろうと思う。

「その危険性を理解していなければ」と。

そういう理由を建前にして。


尚、曹操が口にした名は韓遂の真名。

辺章の真名は“桂治(けいじ)”である。

二人共、真名の交換は済ませている。



「今回の件で見付からなかった“太平要術の書”

それが最初から狙いだったと思っていいのよね?」


「そうだね、現状、その可能性が一番だと思うよ」


「けれど、どういった物なのかは不明…

抑、狙った者は何処で存在を知ったの?

田静(御義母)様は別にしても、曹家の情報網にも引っ掛かる事の無かった存在なのよ?」


「母さんに関しては俺も何とも言えないけど…

それでも、母さんが父さんから聞いた可能性は有るかもしれないしね

そう考えると、知っていた者は居たんだと思うよ」


「まあ、そうなるわよね…」


「それに涼花の一族が何時・何処で・どう遣って、更には誰から手に入れたのか…

その記録が存在していない(・・・・・・・・・・)のも不可解だしね」


いつの間にか(・・・・・・)増えていた…

いいえ、紛れ込んでいた(・・・・・・・)のかもしれないわね」



そう言った所で、二人は言葉を切った。

脳裏に浮かぶ、その先の会話。

「一族の誰かが極秘で託された物なのか…」。

「或いは、一族以外の誰かが隠したのか…」。

そして──「若しくは、書が自ら(・・・・)紛れ込んだ」と。

その突飛な発想に至ったが為に。

その可能性が無いとは言えないが故に。

二人は口にする事を避けた。

高が推測、然れど危険な推測。

ふとした拍子に口を滑らせてしまわない様に。

意識的に(・・・・)二人は呑み込んだ。


しかし、今も尚、燻る火種(・・・・)である事は確か。


曹皓が言った様に、記録が無い事が拙い。

何しろ、他は全て、一族が手にした経緯が記され、伝えられている。

一族の誰が禁書としたのかも含めである。


それなのに、その一冊は何もかもが不明。

“判らない事しか判らない”という状況が故に。

二人は「考え過ぎかも…」とは思えない。

だから、こうして話し合っている。

一度や二度ではなく、新しい情報を得る度に。

それでも尚、何も判らないのだから困る。

何か手を打ちたくても、どうすれば良いのかさえも定められないのだから。



「…結局の所、書を狙っていた事しか判らないわね

書に何が記されていたのかも、書を何に使うのかも想像しようにも一切の手掛かりは無し…

………実は名前だけで存在しない、とか?」


「う~ん…有り得ないとは言えないけど…

悪巫山戯(・・・・)にしては笑えないよ?」


「そうなのよねぇ…」


「抑、母さんが知っていたのなら、孫家に関係する可能性も有るかもしれないんだけど…」


「…流石に「知っている?」とは訊けないわよね」


「それこそ、広まると厄介だからね」



如何に孫堅達を信頼していようとも。

“人の口に戸は立てられぬ”ものである。

どんな形で話が漏れてしまうか判らない。

その上、それによって偽物を作る者が出る可能性や嘘を吐いて儲けようとする輩が出てくる様な事態は想像に難くない。

それを理解すればこそ、余計な手間を増やすだけの安易な探りを入れる真似はしない。

遣る時には確信が持てる時である。



「……ねぇ、玲生

もし、涼花の一族の立場だったとしたら禁書に指定するとしたら、貴男は何を基準にする?」


「パッと思い付くのは、危険な思想の類いかな

勿論、勝者の記録(歴史)の闇は別物としてね」


「ええ、私も同じよ

次いで、世の中から抹消しなくては為らない情報

人道を外れた製薬技術とか危険物の製作方法とか、そういった類いのものね」


「戦争や多量殺戮に用いられない様に、だね」


「そう考えると、その書にも、その類いの可能性も有るのではないかしら?」


「情報を残さないと対処方法自体を失う、か…」



どんなに技術や情報も、それ自体に善悪は無い。

善悪が生じるのは、人が使うから(・・・・・・)

人意こそが、善悪を分け、善悪を定める。

故に、技術や情報は失われる事が一番の悪手。


──とは言え、この二人は後手に回った程度ならば気にもしない。

後の先を取り、形勢を逆転させるだけ。

そう考えるだろうし、そう出来るだろう。


だが、今回に限っては先手後手の話ではない。

何しろ、盤面の対面に相手は座ってもいない。

盤面に石も駒も置かれていない。

盤面自体が定まってもいない。


そんな状況なのだから。


「これで、どうしろとっ?!」と。

そう叫ばないだけ、二人は冷静だと言える。

まあ、「叫んでも何の意味も無い」と。

「体力の無駄遣い」と。

そう思っているからでも有るのだが。

簡単には真似の出来無い事だと言える。



「でも、それなら万が一の時の事を考えて、内容の手掛かりは別に残すよね?

その為の目録と記録(・・)なんだし」


「結局は其処なのよねぇ…」



韓遂の一族が代々受け継いだのは目録だけでなく、禁書に関する情報を記した記録書も有った。

普通に読んでも判らない様に暗号化(・・・)された物が。

それを読み解いた結果、太平要術の書に関する記録だけが一切の存在していなかった。


それ故に、手詰まってしまっているのが現状。

謎が謎に絡み、謎を謎が深め、複雑にしている。

まだ、絡みに絡まった糸を解く方が容易い程に。

今は、絡まった糸が見えてもいない。

そんな感じだったりするのだから。




解決の糸口さえ見えない問題を抱えながらだろうと日々の仕事は待ってはくれないし、減りもしない。

言って、どうにかなるのなら誰もが言うだろう。

だから、一つ一つ確実に片付ける他にはない。

面倒臭がれば自分達の首を絞めるだけなのだから。


忙しさによって、その問題を忘れる、といった事は有り得ないのだが。

後回しになる、という事は珍しくもない話で。

そういう事が長く続くと、薄れてしまい勝ち。

人の問題意識というのは、そういう物なのだから。



「…正直、あまり良い状況とは言えないわね」


「そうだね、現状だと問題らしい問題として表面化してはいないだけに意識させるのも拙いしね」


「これなら何か動きが有ってくれた方が楽ね…」


「本当は考えたら駄目なんだけどね」


「問題に起きて欲しい(・・・・・・)訳だものね」



苦笑する曹皓の言葉に曹操は溜め息を吐く。


問題が起きていて、その状況が動かない。

──というので有れば、遣り様は幾らでも有る。


しかし、問題化してはいないなら。

どうしようもない、というのが本音である。


勿論、問題化する前に潰せるのなら潰すのだが。

それは掴めていれば(・・・・・・)という話。

掴めてもいない現状では何も出来無いのだから。

如何に稀代の英傑夫婦と言えども御手上げである。

現実逃避をする様に家族団欒や夫婦円満に傾いても仕方が無い事だろう。


客観的に見たなら、そんな悩みを抱えているという様には見えてもいないのだろうが。

それは、この夫婦だからこそである。



「父上~、母上~」



其処に遣って来るのは笑顔の曹丕(愛息)

それまでの懊悩具合など微塵も感じさせない態度と穏やかな笑顔で迎える二人。

曹丕だけではなく、他の娘達や同行の夏侯淵にすら本の僅かな違和感ですら抱かせはしない。


走ってきた曹丕は曹皓の腕の中に飛び込む。

孫策・周瑜を助けた一件で見せた凄さを切っ掛けに曹丕の曹皓に対する尊敬値は爆上がり。

その慕い振りは曹操が嫉妬を覚える程。

尚、息子の尊敬を集める夫に対してではない。

息子という立場を利用して自分の夫を独占しようとしている様に見える息子に、である。



「今日の授業(・・)は終わったの?」


「うん!、楽しかった!」


「そう、今日はどんな事を教わったのかしら?」



曹操の問いに曹丕は笑顔で答える。

以前の話し合いで決まった通り、韓遂には曹丕達の教師役を任せている。

勿論、彼女の仕事は他にも有るのだけれど。

そう遠くはない内に産休(・・)に入る事を考えたなら。

肉体的に負担の少ない曹丕達の教師役が現場仕事の感覚を鈍らせないのには丁度良い。

そう韓遂とも話し合った結果だったりする。


そんな子供達の遣る気を然り気無く高める為に。

曹皓達は授業の内容を子供達に聞く時間を設ける。


御茶会という形で、甘い物で警戒心を緩めながら。

曹皓達だけでなく、顔触れは入れ替えながら。


知識というのは覚えているだけでは無意味。

活かしてこそ、活かせる様になってこそ。

それを知恵というのだが。

まだ、子供達には其処までは求めはしない。


ただ、学ぶ楽しさというのは誉められて知る事でも有ったりすると言える。

その為、自分達に話すという形で復習(・・)させ。

同時に、自分の言葉に置き換えられる様に丸暗記で終わらせるのではなく、覚えた事を咀嚼(・・)させる。

そういった工程を経る事で、より理解力を深め。

思考力を養わせている。


端から見れば仲の良い家族の微笑ましい様子だが。

それは歴とした英才教育(・・・・)の一環。

そうとは子供達に気付かせない事も重要である。


曹丕だけではなく、他の娘達にも話を振り、曹丕の前で誉める事で間接的に曹丕にも誉めさせ。

「もっと良い所を見せたい!」という恋心を上手く利用して遣る気を出させる事も忘れない。


教育とは、如何に自主性を養うのかが肝心。

その為の自発性を引き出す要因は人各々。

其処を見極め、突いていく事も教育には必要。

しかし、子供達が利己的にならない様にも注意。

遣り方を固定し、マンネリ化しては無意味。

その匙加減(・・・)が言葉にするよりも難しく。

簡単には実践する事が出来無い要因である。


その時間が終われば、単なる団欒。

和気藹々とした雰囲気が流れる。


世話役の侍女達が迎えに来れば、子供達は同行。

そして、子供達の姿が消えた所で雰囲気が一変。

場の空気が張り詰めた。


音も無く姿を現すのは曹操直属の隠密(・・)

情報収集を始め、時には裏工作も行う影の精鋭。

普段であれば、夏侯淵は勿論、曹皓の居る場ですら姿を見せるという事はしない。

つまり、そういう事(・・・・・)である。



「何が有ったの?」


「はっ、鉅鹿の県令・何團が殺害されました」


「官吏殺し?、穏やかな話ではないわね…

それで、下手人は判っているの?」


「張角という男だそうです」


「…珍しく曖昧な情報ね」


「申し訳御座いません」


「理由が有るのでしょう?」


「はい、何團が殺害された事は事実です

ですが、その死は不可解な状況でした

死亡した何團を発見したのは侍女の一人で、何團の執務室に御茶を運んで行った所、斬殺された何團が椅子に凭れる様にして亡くなっていたそうです

しかし、誰も何團を訪ねて来てはいませんでしたし侵入した者が居た訳でも有りません

また、何團は用心深く、自身の執務室に窓は無く、出入口は一つのみ

その出入口も一本道の通路からしか入れず、通路の出入口には常に十人の兵士が見張っていましたが、誰も通らず

何團が執務室に入って以降、通路を通っていたのは発見者となった侍女だけです

その侍女も戸を開けた所で何團の姿を目にした為、悲鳴を上げ、その場で腰を抜かしています」


「…つまり、誰も入っていない密室(・・)だった訳ね

でも、それなら、どうして張角という男が下手人になっているのかしら?」


「それは何團が亡くなる前日の事です

その張角という男ですが、“太平道”という教えを民に説き、自らも実践して広めていたのですが…

その信者達が、何團と揉めた(・・・)そうです」


「…何團による信者達を害した為の報復だと?」


「信者達が「貴様に張角様による裁きが下る!」と声を揃えて叫んでいた、と一部始終を目撃していた民衆からの証言も有りましたので」


「成る程…それらしい、という訳ね…」



隠密の話を聞き、一応の筋は通ると考える曹操。

勿論、根本的な疑問として残る「殺害方法は?」に関しては氣を扱うが故に「方法なら有るわよね」と大きな問題とは捉えていなかった。

それよりも、曹操としては張角の太平道というのが引っ掛かっていた。


件の悩みの種、“太平(・・)要術の書”。

その名が被っている事は、果たして偶然なのか。

曹操は視線で曹皓に問う。



「少し質問してもいいかな?」


「私で御答え出来る事でしたら」


「有難う

何團は斬殺(・・)だったんだよね?

それは一太刀で?、一刺しで?、或いは複数で?」


「調べた限りでは左肩から右足に掛けての一太刀で殺されていたそうです」


「張角の利き手(・・・)って判る?」


「目撃情報等からすると右利きではないかと

ですが、直接確認していた訳では有りませんので、飽く迄も推測としてになります」


「張角自身も、太平道という教えも無警戒?」


「以前、調べた限りでは特に怪しい点は見当たらず害を成す可能性は低いと判断されています」


「太平道の教えというのは?」


「以前に入手した教本が此方等になります」



想定される質問の為、用意をしていたのだろう。

隠密は懐から一冊の薄い本を取り出し、手渡す。


受け取った曹皓は曹操と一緒に確認する。

パラパラッ…と捲り、直ぐに目を通し終える。

そのまま二人は顔を見合せ、眉根を顰める。

夏侯淵に教本を手渡し、曹操は隠密に訊く。



「何團と信者達が揉めた理由は何だったの?」


「それが………どう聞いても不確かなのです」


「…どういう事?、目撃者は居たのでしょう?」


「はい、目撃した者達の話では五十人程の信者達が集まっている所に何團が一人で(・・・)遣ってきたそうです

その後、話しているのかと思えば怒鳴り合いとなり何團の方が手を出した、と…」


「信者達は反撃はしなかったのね?」


「少なくとも、目撃されていた限りではなかったと思われます」


「客観的に状況を見ると明らかに何團に非が有ると言わざるを得ないのだけれど…

抑、信者達は集まって何をしていたの?

集まっていただけではなかったから、何團も注意か警告をしに行ったのでしょう?」


「その辺りも判ってはいません

目撃されているのは集まっていたという事だけで、其処に到る経緯等も不明です」


「…「疑ってくれ」と言わんばかりね

それで最有力容疑者の張角の所在は?」


「私達が調べ始めた時点で既に途絶えています」


「益々怪しくなってきたわね…」



曹操は隠密に調査・探索の継続を指示。

夏侯淵にも他の主だった面子を集める様に指示。

移動し、曹皓と二人で改めて続きを話す。



「さっきの話、どう思う?」


「証言が多数残ってる部分より、曖昧な部分の方を気にした方が良さそうだけど…

気になったのは、何團の殺され方よりも、殺された何團が何故一人で太平道の信者達が集まってる所に行ったのかって事かな」


「流石に私達でさえ遣らないものね

実際には不要だとしても、建前上は人を付ける…

そうはしていないのだから、何か有るわよね」


「実は、目撃されたのは何團そったくりに扮装した太平道の信者で、目撃証言を作る事が目的だった

或いは、何團自身も実は太平道の信者だったけど、何らかの意見の対立で口論になり…とか?」


「……無くは無いでしょうけど…微妙じゃない?

それに目撃証言が欲しいなら、外で目撃されている時点で何團を殺していないと意味が無いでしょう?

推理小説としては成り立たないもの」


「小説じゃないけどね」


田静(御義母様)の作品は素晴らしいと思うわ」



曹家滞在中に田静が書き上げ、保管されてきている数十作品にも及ぶ物語や小説。

知らず知らず、その愛読者となっていた曹操。

幼少の頃から大好きだった作者が義理の母親に。

支持者としては世に出したいが、止められている。

曹皓にも、劉懿にも。

「本人が死んでても嫌がるから」と。


…まあ、それで化けて出てくれるのなら。

一目でも会いたい曹操は遣ってみたいとも思う。

流石に夫や母親を敵に回したくはないけれど。


──という短い現実逃避を挟んで一息吐く。

思考が行き詰まる前に、一歩下がってみる。

そうする事で、狭窄しそうになるのを防ぐ。



「貴男は無関係だと思う?」


「個人的には真っ黒(・・・)だね」


「私も同意見よ

──だとすると、一連の事は繋がっている訳よね?

曹家の内側にまで食い込まれているのかしら?」


「う~ん……それなら、もっと宅に直接的な被害や異変が出てても可笑しくはないと思うし…

春蘭に涼花達の情報を流した、殺された行商人の件にしても微妙じゃない?」


「そうなのよね…」


「抑として、宅と接触する時点で悪手だと思うよ

もしも、俺が張角で、涼花の一族が太平要術の書を所有している事を掴んで、盗み出したとしたら…

態々、曹家に怪しまれる様な真似はしないよ」


「…確かに、そうね

私でも自分から首を絞める真似はしないわね

そうなると…単なる偶然が重なっただけ?」


「全てが、とは言わないけどね

起きた事の全てを関連付け様とする方が不自然だし無理が有る気がするかな」


「考え過ぎている、という訳ね…」



そう口にしてみれば、素直に頷く自分が居る。

事が事だけに、ついつい結び付けて考えてしまうが何処にも関連付けるだけの確証は無い。

勿論、無関係ではないのだろうが。

少なくとも、張角が、或いは何者かが。

全てを意図して、と考えるのには無理が有る。

寧ろ、偶然に重なった糸が絡まってしまったが故に見え難くなり、ややこしくなっているだけ。

その方が、しっくりとくる。

そう自問自答し、結論付ける曹操。



「──となると、準備をするだけかしらね」


「まあ、此方からは動くに動けないしね」


「流石に越権(・・)行為だものね」



そう言って溜め息を吐く曹操。

その言葉通り、今回の一件は冀州で起きた事。

兌州での事ならば、州僕である曹皓の強権を発動、という手段が使えるのだが。

そうではないから面倒臭い。


「表向きは其方等を立てますから」といった感じで交渉しても、後々の面倒事になる可能性が高い。

下手に出て、協力する形を取っても同様。

実力も無く、自身の身の程を理解する事も出来無い施政者程、鬱陶しい事は無いと言えるのだから。



「…結局、様子見する以外には選択肢は無いわね」


「此方に手を出してくれたら楽なんだけど…

そんな迂闊な事をするなら、既に何かしらの失敗を遣らかしてくれてるだろうしね」


「期待するだけ無駄よね」


「今回の何團の死が偶然、或いは他とは無関係って事で済んでくれればいいんだけどね…」


「そうね、燃え広がる(・・・・・)事が無い様に祈るわ」



そう言って二人は事前の話し合いを終わらせた。


夏侯淵が韓浩達を連れて戻った後の説明は簡単に。

余計な情報は与えない様に二人は無駄を省く。

現状では、考え過ぎても疲れるだけなのだから。




しかし、二人の悪い予感は外れはしなかった。

何團の死に端を発し、事態は大きくなっていった。

「官吏としての立場や面子を守らねばならない」と考えた漁夫の利(・・・・)を狙う愚か者達が動き。

太平道の信者達を罪人として標的にした。

それにより、両者が衝突。


官吏側が勝てば、燻る火種は残れど、一応は決着。

──となる筈が、官吏側が返り討ちにされ、敗北。


その結果に、燻っていた火種が連鎖的に炎上。

反官勢力となって各地で蜂起する事となった。


その中核を担うのが太平道の信者達だったのだが。

困った事に、それなりに実力が有ったり、汚職等の濡れ衣を着せられて罷免されていた官吏だった者や権力で仕事や立場を失った者が混ざっていた。

それにより、勝利を重ねて勢いに乗った。


「烏合の衆ではなく、官軍よりも有能ね」と曹操が皮肉を込めて評した程に。

冀州を始め、その業火を燃え移らせてゆく。


頭や腕に黄巾を身に付ける事から──黄巾党。

そう称され、恐れられる様になっていた。



「徐州の方でも劣勢らしな」


「曹家と孫家以外は何処も同じ様なものだよ

不幸中の幸いなのか、或いは嘆くべきなのか…

結果的には、兌州・豫州・揚州が防火壁(・・・)になってる御陰で中央や西側・南側には飛び火してないけど、それも長引けば、どうなるか判らないからね」


「こういう時こそ、真価が問われるんだけどな」


「問われるだけの価値が有れば、だけどね」


「あー…確かにな」



曹皓の酷評に韓浩は納得し、頷く。

官吏という職に就き、責任を負う立場に有る者達は有事にこそ、その手腕を発揮しなくてはならない。

だが、その殆どが自らの責任を果たす事が出来ず、無能さと醜態を晒すばかりであった。


それ故に、公的には同列で扱われる曹皓達。

その事に、曹操()達が御立腹。

劉懿達でさえ、今は物凄く機嫌が悪い。

「どうしてくれるんだ、この糞無能共っ!!」と。

曹嵩達が叫びたくなる位に、である。

言っても無駄だとは理解している。

だからこそ、余計に行き場が無く、腹立たしい。



「まだ朝廷は動かないのか?」


主導権争い(下らない御喋り)で忙しいのよ」


籠の鳥(・・・)囀ずる(・・・)のが仕事って訳か」


「あら、貴男も洒落が利く様になったわね」


「誰かさん達に鍛えられてるからな」



曹皓との雑談に、しれっと入ってきた曹操の毒舌に驚きもせず、更に被せてみせる韓浩に曹操は笑う。

その様子を見て、「むぅ…それでは私も何か…」と考え込む夏侯惇の姿に曹皓は苦笑する。

──が、そんな二人の存在が曹皓達には有難い。

こういった他愛無い会話が出来るだけでも、背負う立場に有る二人は気を緩める事が出来るのだから。



「漸く、重い腰が上がりそう?」


「ええ、近い内に有力者には勅命が出るわ」


「今回、義父上達は?」


「例の州境の賊徒の件が有るから先ずは静観ね

後ろ(・・)は任せられるから、私達は出るわよ」


「っしゃあっ!、久し振りに暴れられるな!」


「貴男の仕事は指揮官が最優先よ」


「マジかっ!?」


「自分の立場を考えなさい、春蘭もね」


「──っ!?、うぅっ………はぃ……」



殺る気満々だった夫婦は落胆し、肩を落とす。

つい、「…状況次第では動けるわよ」と。

従姉を甘やかしてしまいそうになる曹操。

だが、曹皓や韓浩の手前、流石に自重する。

当の二人には、その気持ちはバレバレなのだが。

二人共、好き好んで龍の逆鱗に触れはしない。



「…で、取り敢えず、何処から叩くんだ?」


「遣るなら徐州からだね

徐州を鎮圧した方が線引き(・・・)し易いから」


「青州・冀州に押し込めるって訳か…」


「問題は中央に向かわないかって事だろうね

数は居ても、戦力的には質が微妙だし、何だかんだ時間が掛かるだろうから」


「連中、無駄な事しかしないよな、マジで」


「その無駄な事を長々と大真面目に遣っているから質が悪いのよ」



そう言って一刀両断にする曹操。

事実、この争乱の果てには連中の席は存在しない。

そう、曹操達は理解している。

時代が動き始めたのだから。



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