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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
二章  天命継志
26/38

五話 喋兆発思


本の数年前まで全くの無名だった少年──曹皓。

漢王朝で最も動向が注目されていた曹操と結婚し、曹家に婿入り、次期当主の座を手に入れた。


そんな風に思われたり、言われたりしていた。

だが、それは既に過去の話。

人々の噂という去った過ち(・・・・・)の残滓。

今では、曹皓達の陰口を叩く様な愚か者は市井には(・・・・)見付ける方が困難、という状況。

寧ろ、「曹皓様を見習えっての」「あ~あ、此処も曹皓様が治めてくれねぇかな~」等々。

良い方の比較として名前を挙げられている。

当然、比べられた方は曹皓への敵意を懐くが。

それを持続させられる程、生易しい相手ではない。

そう、思い知る事となるのだから。



「韓遂と辺章?」



「誰よ、それは…」と言わんばかりに形の良い眉を歪めながら訊き返す曹操。

その視線の先に居るのは夏侯惇。

当の本人は怪訝そうな曹操の反応を見て茫然。

当てが外れたのか、「……あれ?」と。

自分の予想と違う展開に次の言動が取れなくなり、頭が真っ白に。

あわあわ…と、もがく様に虚空を彷徨う両手。

子供の仕草なら可愛らしいのだが。

大人──今や一児の親となった夏侯惇が遣るのは、少しばかり間抜けにも見えてしまう。

──が、曹操にとってみれば、それも夏侯惇。

これと言った変化も無く、受け流される。



「……韓遂?…何処(どっ)かで聞いた様な気が……」


「あ、翠も?、実は俺もそんな気がしてるんだ

まあ、全く思い出せないんだけど…」



そんな夏侯惇の発言に小首を傾げる馬超と馬洪。

しかし、心当たりが無く、思い出せもしない事から夫婦揃って「…勘違いか」と結論を出す。

重要な人物なら、しっかりと覚えている筈だから。

該当しない、という事は、そういう事(・・・・・)だろうと。



「韓遂は涼州の思想家、辺章は県令に仕える文官

以前、涼州を通った時に五胡関連の話をしてた際に名前が出て来た二人だよ」



「まあ、一度だったけど」と小声の補足をしながら曹操達の前に新作の甘味を並べる曹皓。

夏侯淵と甘寧が御茶や小皿を置いていく。


曹操達にとっては曹皓が実験的な試作品を作る時に試食を頼まれるのは慣れっこであり、楽しみ。

決して、食べられない様な物は出さないし、完成品ではないにしても確実に美味しい事を知っている。


だから、既に全員の意識は目の前の甘味に。

当の夏侯惇でさえ、自分の持ってきた話題などより曹皓の作った甘味の方が大事なのだから。


曹皓達が席に付き、曹操の「頂きます」で唱和。

先ずは思い思いに楽しみながら食べる。


因みに、子供達には曹皓は試作品を出さない。

一緒に料理をしている時ならば兎も角、食べさせる為に作る場合には完成品を出す。

その辺りは曹皓なりの拘りだったりするのだが。

曹操達からすれば役得なので気にもしない。

寧ろ、「子供達にはまだ早いわよ」で一致。

自分達の取り分を減らすつもりは毛頭無い。



「それで?、その二人がどうかしたの?」


「──あ、はい!、今、兌州に来ているそうです」


「…?、来てるって…え?、それだけか?」


「それだけだが?」



一息吐いた曹操から話の続きを促され、一瞬だが、何の事かを忘れていた夏侯惇。

韓浩から軽く肘打ちされ、思い出して答えた。

それを聞いて小首を傾げたのは馬超。

続きを訊き返すが、夏侯惇は無いと言い切る。

それを見て、夏侯惇以外の全員が苦笑を浮かべるか溜め息を吐いた。

韓浩()でさえ、「あのなぁ…」である。


曹操は自分よりも話題の二人を記憶していた曹皓に助けを求める様に視線を送る。

流石に、このままでは話を終わらせられない。

夏侯惇(本人)への注意は後で遣るにしても。

この場の雰囲気を放置は出来無いと考えて。



「以前、二人の名前が出たのは五胡の今後の動向がどうなるのかって話をしていた時だったよ

辺章は五胡との交渉を担当している人物だったし、韓遂は官吏じゃないから個人で交流を持ってる人物という事で絡んでくるかもねって感じで

まあ、当時は重要人物とは考えてはなかったね」


「ああ、思い出したわ

確かに、そんな話をしたわね」


「あ、私も思い出した

前に、五胡──特に羌族と交流が深いみたいだって話を聞いたんだったな」


「あー…あの時の話か、思い出した

岱の誕生祝いで来た時に義父さん達から聞いたな」



「すっかり忘れてたな」と夫婦して頷く馬超達。

曹操は「そんな話、聞いてないわよ?」と思うが、自分も記憶もしていなかった相手なので飲み込む。


因みに、曹皓は雑談の中で馬洪から聞いていたが、曹操に伝える程ではないと判断していた。

なので、此処で墓穴を掘る様な真似はしない。

馬洪も忘れているのだから、そのまま闇に葬る。

態々、埋もれた火種を掘り起こす必要は無い。



「──で、その二人が兌州に居る、と…

何か問題でも起こしたのか?」


「そんな話は聞いていないが…」



馬超は曹仁に訊ねる。

曹皓の下にて兌州の治安関連の総責任者を任される曹仁は記憶に無い話題に眉根を潜め、補佐を務める甘寧()にも視線で確認するが、首を横に振る。

やはり、これと言った問題は無かったらしい。


──となると、夏侯惇の意図は?。


そう思う面々が夏侯惇を見る。

──が、深い考えや意図が有るとは思っていない。

否、有ると考える事の方が難しいと言えた。

彼女を知っていればこそである。


ただ、そうなると、この話は行き詰まる。

落ちの無い話よりも場の雰囲気が淀むだろう。

それが判っているから夏侯惇以外()が曹皓を見る。

困った時の曹皓頼みだった。



「春蘭、二人が兌州に居るって話は誰から?」


「街に来ていた行商人からです」


「その人って顔見知り?」


「いいえ、初顔でした」



「…え?、そんな奴の話を信じたの?」と。

つい、そう思ってしまう者も半数は居た。

曹操や夏侯淵は思わず頭を抱えたくなる。

実際には夏侯淵は溜め息を吐き、曹操は堪えた。

夏侯惇の視線が無ければ、二人共、手で顔を覆ってしまっていた事だろう。

故に、その自制心は称賛に値すると言える。


──話を戻して。

曹皓の質問は相手の確認をしただけなのだが。

実は、夏侯惇は名前は兎も角、顔を覚える事だけは意外にも得意で正確だったりする。

その為、夏侯惇が初顔だと言うのであれば、話題の行商人とは面識は無い事は間違い無い。


その上で、という事になるのだが。

その行商人は何故、夏侯惇に問題も起こしていない二人の事を話したのだろうか?。


それに気付いた静かに面々は視線を交えた。



「どういう状況、どんな流れで、その話を?」


「今朝、巡回をしていた時の事です

朝市の様子を見に立ち寄った所、見慣れない商品を売っている露店商が居たので声を掛けました

怪しいという訳ではなく、単に珍しかったので」


「どんな商品だったの?」


「益州の南部の民族の伝統的な物だそうです

動物を模した装飾の衣服や彫り物、小物等です

手持ちが無かったので購入はしていませんが」


「…益州……“蛮牙族”かな?…」



夏侯惇の話を聞き、記憶の糸を手繰るかの様にして考えながら呟いた曹皓の一言。

思わず、「知っているの?」と訊きたくなったが、脱線してしまうのを避ける為、堪える曹操。

補足的な話は今は後回しにする。


曹皓も直ぐに思考を切り替え、話を戻す。

今のは一人言の様なものなのだから。



「それで、どうして韓遂達の話に?」


「初顔でしたので、一応、問題を起こさない様にと兌州(此処)での商いに関する注意を少し

その流れで私が玲生様達に御仕えしている身であるという事を話すと、向こうから…」


「まあ、春蘭からは話題にも為らない二人の情報を求めたりはしないだろうしね…

聞いたのは兌州に居るって事だけ?」


「そうです」


「…二人だけで(・・・・・)?」


「はい、その様に」



夏侯惇への曹皓の確認。

それを聞いて曹仁と甘寧、夏侯丹と夏侯淵は静かに視線を合わせ、小さく頷き合う。


曹皓達の指示が無くとも、遣るべき事は判る。

先ずは、その行商人を探す事。

同時に、身元等の調査。

捕まえたりはせず、見付けた後は監視下に置く。


次に、韓遂達の所在の確認。

此方等も接触はしないが、監視は付ける。


そして、益州へ向けた派遣の選定。

場合によっては暫くは現地で生活して貰う可能性も考えられる為、迅速且つ慎重に。



「成る程ね、有難う、春蘭」


「はいっ!」



飼い主に撫でられる愛犬の如く。

見えない尻尾をブンブンと振って喜ぶ夏侯惇。

だが、それを誰も邪魔しないし、茶化さない。

そんな事をすれば、話が拗れるだけなのだから。

付き合いも長いが故に、その辺りは暗黙の了解。

皆、空気は読めるのだから。




御茶会(・・・)も終わり、各自の仕事に。

曹皓の執務室には同行して来た曹操の姿が。

表向き(・・・)には曹皓が指示するが。

裏向き(・・・)には曹操が指示を出す。

特に、妻同士・女性同士の集まりを隠れ蓑にしての遣り取りも少なくはない。

その為、曹皓と曹操の間での意見の擦り合わせ等は余計な問題を避ける為にも必要不可欠。

…決して、仕事を理由にイチャつく訳ではない。



「春蘭の会ったという行商人は怪しいのだけれど…

最初から春蘭を狙っていたと思う?」


「その可能性は低いと思うな

寧ろ、関係者なら誰でもよかったんじゃないかな」


「情報を渡せれば(・・・・)、という訳ね…

貴男が言っていた蛮牙族というのは?」


「直接は関係が有るとは考え難いかな…

まあ、俺も実際に有った事が有る訳じゃないから、聞いた話でしかないんだけどね」


「…それは田静(御義母)様から?」


「そう、だから現状()は判らない」


「その辺りは調べれば済む話よ

でも、どうして行商人は韓遂達の事を?」


「それこそ調べてみない事には何とも言えないね…

ただ、明らかに二人には不利益になる話だろうし、曹家(此方等)と対立する可能性が高い」


「つまり、潰し合わせたい(・・・・・・・)と?」


「それだけの力が有るとは思えないんだけどね」


「…それもそうね」



曹皓の言葉に、曹操は自分達が気にしていなかった存在だったという事を思い出す。

夏侯惇の話によって、今は意識しているけれど。

元々は自分達にとっては無名に等しい存在。

まあ、二人に関係の有る涼州を治めていたならば、耳に入っていたのかもしれないが。

実際には、その程度でしかないという事。

その為、脅威とは考え難いのが本音である。


──とは言え、何かしらの意図が窺えるのも確か。

行商人の方は勿論だが、韓遂達にも言える事。

少なくとも、官吏である辺章が自分達に挨拶もせず領内に居る、というのは訳有り(・・・)確定。

そういった事には面倒な位に神経質だからこそ。

そうしない事は悪目立ち(・・・・)となる。


しかし、問題の焦点は其処ではない。

二人が自分達の意思で行動しているのか。

それとも、誰か(・・)の指示でなのか。

この違いは言葉にするよりも遥かに大きい。


それを理解すればこそ。

曹仁達は即座に行動に移したのだから。




それから程無くして、韓遂達の所在は確認。

報告では怪しい行動はしてはいないらしいのだが。

それ故に余計に怪しく思えてしまうもの。

勿論、疑い出せば切りは無いのだが。

真面目で、神経質な者な程に。

その負の思考に囚われてしまい易いものである。



「──殺された?、例の行商人が?」



そう聞き返すのは曹仁。

行方を探していた夏侯惇の会った行商人。

既に兌州から移動していた事も有り、直ぐに調査を始めても所在は判らず、足取りを追っていたのだが齎された待望の一報は死亡報告。

これには曹仁も顔を顰めるしかない。

漸く見付け出し、夏侯惇に描かれた似顔絵を見せて確認した直後だっただけに。


しかも、殺されたのは曹家が手を出し難い場所。

曹家と繋がりの薄い冀州。

「せめて、青州だったら…」と。

正直、そう思ってしまうのも仕方が無い事。

曹仁でなくても同じだっただろう。


だが、それで済ます訳にはいかないのも現実。

取り敢えず、暗殺等ではなく、賊に襲われた為。

その賊に不審な点は無い為、不幸な事故だろう。

…もしも、意図的に動かされたのだとしたら。

その黒幕は曹家にとっては脅威となるだろう。

「飽く迄も、可能性の話だが…」と。

曹仁は自分に言い聞かせる様に胸中で呟いた。






「ォお、御初に御目に掛かります!

わた、私は辺子太と申します!」


「韓文約と申します」



ガチガチに緊張し、噛み噛みな眼鏡を掛けた優男。

辺章が名乗り、頭を下げる。

その横で動じる事無く、堂々とする厳女・韓遂。

見事な程に正反対な二人だと言えた。


行商人が死亡した事で「色々と確認する為にも直接会って話すのが手っ取り早くて済むから」と。

曹皓達は、その身軽さで二人に会う事にした。


突如、自国の超大物から「食事でもどうかな?」と声を掛けられたら、どうなるのか。

大体が、辺章の様になると思われる。

ただ、こういった場合、女性の方が開き直り易く、打っ付け本番には強いと言えるのだろう。

まあ、男が極端に弱い訳ではないのだが。


そんな辺章の緊張も理解が出来るので先ずは会食。

他愛無い話題で少しずつ緊張を解してゆく。

序でに少しばかりの御酒も。

口の滑り(・・・・)を良くする為に。


──とは言え、雑談の段階で二人が──正確には、官吏である辺章が職を辞している事が判明。

つまり、曹皓達への挨拶の必要性は無かった。


その事実を曹皓達が事前に掴めなかった理由は彼の上司が処理を後回しにした上、忘れた為なのだが。

この時点では判ってはいない事。

それ故に、曹操の憤怒は今も活発に活動中。

「よくも玲生()に恥を掻かせてくれたわね…」と。


その会食に同席している曹仁は胃が痛んでいた。

同時に「くっ…誰だ、この元凶は…」と憤る。


後回しにしてはいけない事というのは意外と多い。

特に、立場有る身なら、気を付けるべきだろう。

結局は自らの首を絞める事になるのだから。



「実は御二人に見て頂きたい物が有ります」


「私達に、ですか?」


「ええ、これなのですが…」



そう言って曹皓は例の行商人の似顔絵を見せる。

こういった物の多くは自分を描かせるか、手配書(・・・)

極稀に、人探しに用いられる。


辺章と韓遂は渡された似顔絵を手に取る。

──が、二人共に「…誰?」「…知ってる?」と。

そう言いた気な表情をして顔を見合わせる。


その様子を見ながら、曹皓達は二人が行商人と既知という訳ではないのだと確信。

氣を扱う曹皓達だからこそ、嘘か否かも判る。

二人に隠そうとする意思は無い。



「……あの、この方が何か?」


「少し前の事になりますが、何故か(・・・)、現在、兌州に御二人が居る、と密告(・・)してきたのです」


「ええっ!?」



曹皓の言葉に驚く辺章。

密告というのは曹皓が脚色して言っているのだが。

夏侯惇を介して情報を掴ませた事を考えたのなら、決して的外れという訳ではない。

要は解釈(・・)次第、という所だ。


そんな辺章の反応には演技や業とらしさは無い。

身近に似た性格の者が居るから、よく判る。

嘘や隠し事が上手いとは言えないだろう。

──が、隣に座る韓遂は表情こそ変えなかったが、本の僅かにだが、身体が反応していた。

それを見逃す曹皓達ではない。



「直接の面識は無いにしても心当たり(・・・・)は?」



そう、曹皓は韓遂を(・・・)見ながら訊ねる。

辺章は改めて似顔絵を見て唸っているのだが。

韓遂は静かに曹皓の視線と切り結ぶ(・・・・)

──が、直ぐに白旗を上げる様に瞑目。

俯き、小さく溜め息を吐く。



「…私達が追っていた(・・・・・)者かもしれません」


「…えっ?、ちょっ!?、ええっ!?、あ、あの──」


「ちょっと黙ってて」


「──はいいぃっっ!!」



韓遂の発言に気付いて慌てて、焦る辺章だったが、韓遂に一睨みされて姿勢を正して沈黙した。

ある意味で、二人の力関係が窺い知れるのだが。

曹皓達は特に驚きはしない。

寧ろ、「ああ、やっぱり…」と納得。

それだけ判り易い二人だったのだから。


韓遂は少し間を置いて、曹皓を真っ直ぐに見ながら落ち着いた口調で話し始める。



「…私の家は代々、様々な記録を書き残す一族で、積み上げれば一軒家位にはなる程の所蔵量が有り、竹簡・木簡、稀少ですが紙の書も有ります

古い物では三百年以上も前の物になります」


「それは凄いですね」


「ただ、その内容の正確さに関しては一族の者でも半信半疑というのが正直な所です

何しろ、飽く迄も書き残しているだけなので…

各々の書き手が確認したのかも判りませんし、後に一族の誰かが検証したりした訳でも有りませんから覚え書き(・・・・)の域を出ません」


「それでも歴史的な資料としては貴重品でしょう

出来る事なら、一度拝見させて頂きたいものです」


「そう言って頂けるだけで、一族も報われます」



曹皓の心からの言葉に韓遂は自然と微笑んだ。

僅かな時間とは言え、向き合ってみれば判る。

曹皓は聡明であるが、決して口先だけの事を平然と口にする様な人物ではない、という事を。


その為、その言葉は韓遂にとっては誰に求められるという事も無く受け継がれてきた一族の在り方。

それを今、こうして認められたのだから。

嬉しく思わない、という方が難しい。


まあ、それで惚れるかと言えば、別の話である。

曹皓は素晴らしい男性だが…韓遂からすると年下。

有りか無しで言えば、有りなのだが。

それでも、立場等を考えると対象外。

曹皓には自分では釣り合わない、と。

本の僅かな時間だけ咲いた初花は儚く散り行く。


──という気持ちを胸の奥に抱き締めて。

韓遂は続きを話す。



「その一族の残した記録を収める所蔵庫が、今から二ヶ月程前に荒らされました

荒らされたとは言っても一見すると古い棚が壊れて積んであった物が崩れ落ちた様な感じです

そう思っても可笑しくはない状況でした」


「そうではないと気付く理由が有った訳ですね?」


「はい、所蔵庫には一族の中でも、当代のみにしか知らされていない“隠し部屋”が有ります

部屋と言っても実際には然程大きくはないものです

建築に詳しい者が見ても何か有りそうな造りという訳でもないので気付く事は先ず無いでしょう

ですが、その隠し部屋が荒らされていました」


「誰かに知られていた可能性は?」


「…絶対に無かったとは言い切れません

しかし、長い間、そういった事は一度も有りません

私が知る限りでも初めての事です

所蔵庫自体は隠してもいないので知られていますが価値の有る物だとは思われてはいませんので…

荒らされる事自体が可笑しいと言えます」


「…棚が壊れた様な状況だったのですよね?

それでは隠し部屋以外に他を物色した形跡は?」


「いいえ、有りません

私の見た限り、狙われていたのは隠し部屋のみです

散乱していた物は退かした(・・・・)だけだと思います」


「所蔵庫に鍵は?、出入りは誰でも?」


「鍵は私が持っている一つだけです

…ただ、どう遣ったのかは判りませんが、鍵は施錠されたままでした

私が気付いたのは、ある意味、偶然です」


「…と言うと?」


「その日の朝、近所の御爺さんから所蔵庫の辺りを彷徨いていた人が居た、と聞いて様子を見に…

鍵を開け、中に入ると…という流れです」


「成る程…確かに不可解ですね

加えて、その存在を知らなければ見付ける事自体が困難な隠し部屋を見付けている…

状況からしても狙いは明白、という事ですか」


「それと、私は幼い時に両親が亡くなっています

その為、隠し部屋の事も先代となる祖母が亡くなる直前に初めて聞かされました

最初で最後、その一度だけです

勿論、私も誰にも話してはいませんし、隠し部屋を開けた事も有りません

万が一にも誰かに知られてしまう事を考えるなら、存在しない(・・・・・)物だとした方が確実に守れますから」


「そうですね、知られない為には知らない(・・・・)

それが最も守秘する上では成功し易いと思います

しかし、原因は何であれ、隠し部屋を狙われた

その事実は確かな訳です」


「はい、彼是と考えるよりも、先ずは隠し部屋から持ち去られた物を回収する事が最優先

そう考え、私は幼馴染みである彼に助けを求めて、こうして二人で、それらしい物を持った人物を探していました」


「つまり、明確な犯人像は不明だった訳ですね?」


「はい、はっきりと目撃した人は居ませんので…

ただ、金銭的な目的だったなら、何処かで売り捌く可能性が高いと見て、彼方等此方等を…」


「その隠し部屋には一体どの様な物が有ったのかを訊いても?」


「其処には“禁書”として一族が封印し、世に出る事が無い様に管理してきた物が収めて有りました

詳しい内容までは判りませんが…

目録(・・)は別途、保管していたので無事です」


「今、御持ちですか?」


「はい、此方等になります」



そう言って韓遂が懐から取り出した巻物。

それを曹皓は受け取り、中を確認させて貰う。


目録なので内容までは判らない。

しかし、その題名を見ただけでも禁書とされるのが理解出来てしまうから反応に困る。

隣で一緒に確認していた曹操も同じ。

顔を見合せ、「これは無視出来無いわね」と。

この時点で、ガッツリと関わる事を決める。



「辺章さん、今、貴男は無職なのですよね?」


「──え?、あっ、は、はいっ、無職です!」


「では、曹家()に仕える気は有りませんか?

韓遂さんの一族が守ってきた禁書の回収、そして、今後の管理にも協力は惜しみません」


「そ、それは………」



「どうするの?」と辺章は韓遂を見る。

韓遂は曹皓達の反応から、正しく(・・・)禁書とされる事の理由を理解していると判断。

信頼し、託せると考え、辺章に頷き返す。


実際の所、二人は手詰まりで困っていた。

探し回るにしても路銀は必要であるし、盗まれた後売り捌かれていた場合には買い戻す為の購入資金も必要となってくる。

それらの資金を無職の二人には用意出来無い。

盗まれた物が一つだけ、或いは一ヶ所に有るのなら忍び込んで奪い返す、という最終手段も有るが。

そう上手く行くとも思ってはいない。


それならば、曹家という後ろ楯を得た方が良い。

その情報網なら、見付けて貰えるだろうから。


こうして、辺章と韓遂の仕官が決定した。

韓遂も一緒なのには万が一の事を考えて。

曹家の家臣という立場なら、多少の無茶を押し通す(・・・・)事も出来無い訳ではないから。

状況によっては、そういう事も必要になる。

それを踏まえて、という事。


因みに、この後、似顔絵の人物が行商人である事、冀州で賊徒に襲われ、死亡した事。

その所持品に目録に該当する品は無かった事。

一通り、伝えられる事は伝えられた。


そして、更に余談では有るのだが。



「幼馴染み、というのは、どうなのかしら?

やっぱり、発展し難いものなの?」


「どうでしょうか…私達の場合には、何だかんだと色々と有った結果ですから…

ただ、想い合っていたとしても、今の関係を壊して先に(・・)進む覚悟は必要かと」


「秋蘭達の場合、そういう流れだったしな~」


「あら、多少の梃子入れ(・・・・)はしたけれど、最終的には本人達の気持ち次第だもの

その辺りは翠にしても同じでしょう?」


「それはまあ………確かに…

──って、今は二人の事だろっ?!」


「まあ、あの二人は時間の問題ね

何方等(・・・)からになるかは判らないけれど」


「そうですね、御似合い(・・・・)だと思います」



姦しく、新しい家族(・・)を歓迎しつつ。

その未来(・・)を想像しながら盛り上がる。


そんな妻達の様子に、夫達は関わりはしない。

巻き込まれても困るだけなのだから。

触れない事が安全である。



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