表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
二章  天命継志
23/38

二話 災転縁成


曹晧が平原郡の太守に就き、その任を四ヶ月務め、後任に引き継いだ後、青州を後にした。

管理の要職に“任期”という概念は無い。

曹晧・曹操達には田静の影響により、有るのだが。

一般的には浸透してはいない考え方である。

その為、一定期間による区切りの概念は無い。

勿論、要職等に関しては、である。

他の事柄では期間を区切る事は珍しくはない。


まあ、そんな事は兎も角として。

我が子達、家族と一緒に過ごせるのは久し振りで。

曹晧達は素直に帰還を喜んだ。

時々、順番で戻って会ってはいたのだが。

怪しまれたり、バレたりしては困る為、日帰りか、或いは一泊という限られた時間のみの家族団欒。

その縛りが無くなった事が単純に嬉しい。

その為、帰還後の一ヶ月は曹操達ですら、家族との時間を第一とする状態だったりした。


尚、それに対し「私の事は言えないな」等と愚かな発言をして怒りを買わないのが曹嵩。

何故なら、彼は家族愛の権化。

皆が同じ様になる事を歓迎はしろ、皮肉らない。

ただただ純粋に「これが愛だよね~」と愛妻を愛し笑顔で語り合う様な人なのだから。



「──糞がっ、近付くんじゃねえっ!

それ以上近付いてみろ!、この孺子(ガキ)を殺すぞっ?!」


「──ィッ!?、ぉ──っ…」



男に捕まり、刃毀れし薄汚れた剣が視界に映る。

死という恐怖が目の前にチラついている中で。

人質(・・)の少女は人垣の先に母親を見付けた。

「お母さんっ、助けてっ!」と。

思わず叫びたくなった。

それは何も可笑しな事ではない。

まだ少女は五歳に成ったばかりである。

恐怖に怯え、死を突き付けられ、親に縋る。

そうなるのは必然であり、当然の事だと言える。


だが、少女は恐怖に抗い、声を呑み込んだ。

少女の母親は躾には厳しいが、優しく温和な女性。

争い事には縁遠く、腕っぷしも無い。

そんな母親の悲痛な表情を少女は見た。

ただ、母親は状況を嘆いてはいない。

少女の最も高い可能性(結末)に絶望した訳でもない。

何も出来無い自分の無力さを嘆き、憤っていた。

「どうして私は弱いのっ…」と。

自身を追い詰め、責め立てる様に。


その姿を見て、少女は未来(・・)を垣間見た。

自分が泣き叫び、母親に助けを求めたなら。

母親は形振り構わず男に飛び掛かり、私を助ける。

そして──私を守って絶命してしまい。

私は母親の亡骸に縋り付く様に哭いている。

そんな情景が脳裏に思い浮かんだからこそ。

少女は声を呑み込んだ。

母親を失いたくない。

母親と共に有る未来を守りたい。

──弱い自分に負けたくない!。


その少女の選択が、絶望の未来を切り開いた。



「──邪魔よ、退きなさい」



喧騒の中、場違いな程に清涼な凛々しき声音。

その邪魔をしない様に世界が沈黙したかの様に。

それは不思議な程に、はっきりと聞こえた。


その一言の後、男は声を出す事も許されず、退飛(・・)

吹き飛び、水切りをする石の様に地面を滑る。

人垣スレスレまで飛び、転がって──停止。

あまりにも唐突で、予期せぬ一瞬の出来事。

それ故に、人垣を作る人々の認識は追い付かない。

だが、男の姿を見て、事態が動いた事は判った。

それだけだったが、それで十分でも有った。

まあ、男は傍目には死んだ様にしか見えないが。


人質の少女は何が起きたのか解らなかった。

ただ、気付いた時には男の気配が消えていた。

その代わりに自分を懐く優しく暖かな温もり。

まるで、亡くなった父親の様な頼もしい存在感。

しかし、ふと見上げた先に有る人は父親ではなく、見知らぬ格好良い(・・・・)若い青年。

亡くなった父親よりも若く、端整な顔立ち。

綺麗な身形は勿論だが、それに見合わぬ逞しさ。

まるで物語の中の英雄の様に思ったのは。

少女の美化(・・)によるものではないだろう。



「大丈夫?、怪我は無かったかな?」


「………………ぇ?……ぁ、は、はいっ…」


「そう、それなら良かった」



不意に訊かれ、見惚れていた少女は自分への事だと認識出来ずに僅かに考えてしまった。

ただ、青年の眼差しが自分を見ている事。

見詰める青年の瞳に自分の姿が映っている事で。

少女は自分への質問だった事を、漸く認識した。

その間が有ったから、恥ずかしくなり。

答えた後、微笑む青年を直視出来ずに俯いた。

「もっと見詰めていたい」という欲求を抑えて。


その青年──曹晧に近付き、肩を叩くのは韓浩。

呆れと不満を浮かべた表情は不満が稍優勢か。



「あのなぁ…そういうの(・・・・・)は俺達の役目だろ?」


「そうです!、私達に御任せ下さい!」



韓浩の言葉に同意し、自らの胸を叩くのは夏侯惇。

何気に「良く言った!、流石は私の夫だ!」と。

惚気が聞こえてきそうな勢いでは有ったが。

その件に関しては韓浩でさえ受け流す。

広げても面白くないし、落ちも見えないからだ。


そんな「ああいう奴を遣るのは俺達だろ?」と言う韓浩達を見ながら、溜め息を吐いて歩み寄る馬超。

気持ちとしては二人と同じだが、立場上、二人とは違う見方・見え方をしているが故に。

静かに二人に訊ねる。



「…で、御前達なら、どうしたんだよ?」


「「当然、ぶっ殺す」」


「いや、殺したら駄目だから」


「何でだよっ?!」


「そうだぞっ!、見逃せと言うのかっ?!」



馬超に代わり、二人の即答に突っ込んだのは馬洪。

「あー…やっぱりかぁ…」と。

頭を抱えたくなる衝動を抑えながら言った一言に、韓浩達は夫婦揃って不満を口にする。


その気持ちは理解出来るのだが。

「いや、少しは考えろよ、二人共…」と。

愚痴りたくなるのは周囲の面々。



「はぁ~…宅の二枚看板がコレ(・・)だからなぁ…」


「本当に…頭の痛い問題だな…」


「言って直る事でも有りませんしね…」


「まあ、らしい(・・・)と言えば、らしいのですが…」


「こればかりは実に悩ましい問題だからな…」



馬超・夏侯淵・夏侯丹・甘寧・曹仁がボヤく。

二人の性質上、下手な矯正は悪手でしかない。

それが判っているから、強くは言えないが。

「少しは成長しろっ!、夫婦揃ってなっ!」と。

馬超辺りは怒鳴りたい気分だったりする。

勿論、実際には遣らないが。


そんな韓浩達を窘める様に宥めるのは曹晧。

抱き抱えている少女の背中を撫でながら、苦笑。



「二人が遣ると手加減しないでしょ?」


「こんな連中、生かしとく価値が無ぇしな」


「うん、そうなんだけどね、一応は手順が有るから

結果的には同じだけど過程を省いたら駄目だから」


「…チッ……政治って面倒臭ぇよなぁ…」



そう呟いて顔を逸らす韓浩。

その態度は反抗期の悪孺子(ガキ)にしか見えない。

ただ、韓浩は馬鹿ではない。

直情型だし、今回は事が事。

自分達の子供と歳が近い少女が人質にされている。

その状況に対する憤怒が思考を単純化させていた。

それだけなので沸騰した激情を鎮火させれば割りと素直に引き下がり、理解する事が出来る。

夏侯惇の事は韓浩(旦那)に任せるだけである。


そんな二人を放置し、曹晧は曹操の所に。

その隣には、韓浩達が騒いでいる間に見付け出した少女の母親が涙を浮かべて立っている。



「──()っ!、ああっ、凪いぃっ…」


「────っ、ぁぁっ、お母さんっ!!」



曹晧から母親へと抱き渡された瞬間。

母親の温もりと真名を呼ぶ声に緊張の糸は切れる。

限界を越えた少女の心は悲鳴を上げた。

だが、それは絶望した訳ではない。

我慢する必要が無くなり、堪え切れなかっただけ。

もう、泣いても良いのだと。

幼いながらも、少女は理解し、堰を切った。


そんな母娘の姿を微笑みながら見詰めていた二人。

しかし、背を向け、気絶した男を見下ろす。

その眼差しに、野次馬と化していた人々は畏怖し、声も息も一切の音を呑み込んだ。

まるで、感情を無くしたかの様に“冷たい”視線。

それは到底、今仕方母娘に向けていた物とは真逆。

「存在する価値は無い」と言い切る程に。

男を見る二人は静かで、冷めて(・・・)いる。



「誰か、其処の馬鹿を連れて行きなさい」


「はっ!」



曹操の声に控えていた兵達が即座に反応する。

「連れて行けと言われましても…」等と。

冷静に突っ込んだりしてはならない。

曹晧でさえ、「いや、行き先は同じだけどね?」と思わず言い掛けたのを呑み込んだのだ。

表面上には見えない妻の不機嫌具合を察し、即座に周囲の身内に配慮をした曹晧は凄いと言えた。




──とまあ、そんなこんなが有ったが。

予定通り、曹晧は兌州の刺史を兼ねた陳留郡の太守として無事に陳留入りを終えた。

…まあ、そういう事が有った為、その日は不機嫌な妻の御機嫌直しに追われはしたのだが。

それを苦労(・・)だとは思わないのが曹晧。

要するに、夫婦仲は考えるのも無駄な程に円満。

だから、周囲も大して気にはしていない。


翌日には直ぐに領地の掌握へと動き出す。

一晩(・・)も有れば、十分。

曹操も切り替え、普段通りに指示を出す。



「──二班、此方等の帳簿の()を取って来て頂戴

三班と四班は西側の商人達の流通網を調査

抜け荷が流れている可能性が高いわ

五班、前任が懇意にしていた村を探りなさい

少なからず、其処も関わっているでしょうから」



──と、玉座に座り、賢妻として指揮を執る。

表立って動かない事で、手枷足枷を無くした曹操。

それは最早、解き離れた餓狼の群れを率いるが如く獲物(・・)の匂いを嗅ぎ分け、狩ってゆく。


「フフッ…私から逃れると思わない事ね…」と。

曹晧から贈られた扇子(・・)を手で鳴らし、嗤う。

その姿を見て、「…俺、家臣で良かった…」と。

韓浩が本気で畏怖したのは余談だが。


曹晧という伴侶を得て、曹操は自由に動く。

母が、祖母が、曾祖母が、そうしていた様に。

曹操もまた、その才能を影に潜る事で発揮する。

“暗躍する”と言えば聞こえは悪いのだが。

公的な立場や遣り方では出来無い様な事も。

曹晧()という隠れ蓑を得れば可能となる。


勿論、非道な真似をする為ではない。

ただ、時には強引な手段も必要になる。


“清廉潔白”という風評は素晴らしい事だが。

そういった印象を守り、保つ事が重要となると。

その風評は自身を縛る柵でしかなくなる。


それを断ち切り、自由に動ける様にする。

それが、曹晧や曹嵩達、歴代曹家の当主の役目。

──とは言え、それは稀代の才媛達を妻としてきた直近の四代に限った話ではあるが。

曹操は内で、曹晧は外で。

各々の立場で御互いを支え、活かし合う。

それが、結果として曹家を繁栄させるのだから。

誰も異論を唱えはしない。



「…しかしまあ、えげつねぇな、華琳の奴…」


「容赦する理由も無いしね

それより康栄は春蘭達と賊徒の討伐任務なんだから熱が入り過ぎて遣らかさないでよ?」


「前の春蘭や翠みたいな事はしねーよ

それはそうと…玲生は?

華琳の手伝いって訳じゃないんだろ?」


「俺は御偉いさん(・・・・・)達との会談」


「あー……俺、頑張ってくるな」


「護衛として一緒に来る?」


「絶対に嫌だ」


「だろうね」


「護衛は…冬哉と秋蘭か?」


「うん、隼人さんと思春でも良かったんだけど…

あの二人も、生真面目過ぎるからね」


「…あー…俺も偉そうに他人の事は言えねぇけど…

二人も一歩間違うと遣らかしそうだしなぁ…」


「張り切ってる華琳の邪魔は出来無いからね

まあ、適当に捌いてくるよ」


「………御前のそういう所、凄ぇし、怖ぇな」


「そう?、俺達なんて、まだまだだけどね」


「………本当は曹家が一番の魔窟なんじゃね?」



そう、思わず呟いた韓浩。

しかし、曹晧は意味深な笑顔を浮かべるのみ。

否定も肯定もしなかった。

ただ、ある意味では、それが最も的確でも有る。

“影の深さ”は、それだけで武器にも防具にも。

そして、それは情報を如何に制し、御すのか。

その出来により、大きく変わってくるのだから。




曹晧が太守と刺史を兼務する形で陳留郡に入って、瞬く様に二週間が経過した。

曹操の辣腕、韓浩達の蹂躙により、官吏・賊徒等の民を害する要因は概ね排除出来ていた。

人災(・・)というのは絶え難い問題だが。

自然災害とは違い、解決し易い問題でも有る。

勿論、思い切り(・・・・)が必要不可欠だが。

背負う覚悟さえ有れば、然程悩む事ではない。


逆に、悩み、躊躇い、苦慮するのは覚悟の無さ。

どんな綺麗事や美辞麗句を口にしようとも。

所詮は逃げているだけ。

そう、自分が(・・・)責任を負わない為に。

逃げ道(良い手)を考えているだけなのだから。


そんな曹晧の着任による改革は見方を変えれば。

「性急に事を運び過ぎる」と言われる程で。

当然ながら反発や不満というものは生まれ易い。

ただ、直ぐ隣には曹家の直轄地が有る訳で。

曹晧の妻である曹操は皇帝の姪で。

言い換えれば、それは「皇帝の胆入り」な訳だ。

それを理解出来無い程、馬鹿な輩は居ない。

逆らう事が何を意味するのか。

考えるまでも無い事なのだから。



「丸々郡一つとは言え、二度目だと流石に早いな」


「まあ、前は今回の為の肩慣らし(・・・・)だったしね

寧ろ、手間取ってたら、その方が問題だから」


「…笑顔で言うな、マジで怖ぇっての…」


「あら、笑い事じゃ済まされないのは本当よ?

そんな事に為っていたら見直す(・・・)必要が有るもの」


「…っ……まあ、そうなんだろうけどな…」



曹操の言葉に溜め息を吐きながら返す韓浩。

反射的に「だから怖ぇんだって」と言い掛けたが、曹晧(親友)の視線による警告に従い、呑み込む。

「それを言ったら、助けられないよ?」と。

即、見捨てると宣言されては仕方が無い。

気心の知れた関係では有るが、韓浩の迂闊さは時に面倒な火種となるのだから。


曹晧も自分相手なら気にはしない。

だが、曹操()が相手の時には神経質になる。

何しろ、この韓浩(親友)は女心に鈍い。

踏み込んではいけない場所に余所見をしつつ暢気に口笛を吹きながら入って行く様なもの。

だから、夏侯惇との夫婦喧嘩は見逃すが。

自分に飛び火する火種には敏感になる。


…まあ、それを意図的に利用する事も有るが。

それは愛する妻の精神的健康の為。

鬱憤等が溜まり過ぎる前に発散させる為の呼び水。

そうでもしないと無理をする質だと判っている為。

つまり、曹晧も曹嵩の事を言えない訳だ。



「前回と違って今回は軍編成は詰める(・・・)からね」


「なら、兵は事実上の曹家の所属って訳か」


「ええ、だからこそ、今回は貴方達の直属の部隊を連れて来ている訳よ

人数を増やして、本格的な軍編成に移るわ」


「……マジかぁ…」


「色々机仕事(・・・)も増えるけど、頑張って」


「……判ってて言ってるよな、それ?」



五十人程の小部隊ではなく、千人規模の正規部隊。

その編成は勿論だが、直属を抱えるという立場上、書類仕事が増えるのは仕方の無い事である。

ただ、韓浩は苦手な分野だ。

──と言うか、夫婦揃って“超”が付く苦手。

勿論、全く出来無いという訳ではない。

ただ、集中力という点で、長続きしないのだ。

身体を動かして、汗を掻く仕事なら大歓迎だが。

韓浩は夏侯惇()の分まで抱えるのも同然。

故に、「勘弁してくれ…」と言いたいのが本音。

せめて、夫婦で一つの直属部隊にして欲しい、と。

そう思わずには居られない。

……尤も、既に提案し、却下された訳だが。

それを認めると他の面々にも許可しなくてならず、精鋭となる直属部隊が減ってしまう。

その為、認める事は難しいかった。


尚、曹晧と曹操に直属部隊は存在しない。

代わりに“近衛士団”という専任部隊が有る。

二人の護衛は勿論、時には直属部隊となる精鋭。

二人の性質上、器用さと柔軟性が重視されている。

それ故に、その増員や補充の難易度は高い。

…まあ、二人が率いる以上、戦果による影響による離脱の可能性は無いに等しいと言える。


曹晧の皮肉な激励を受けた韓浩の肩を叩く者が。

振り返って見れば「頼りにしているぞ!」と笑顔が必要以上に物語っている夏侯惇が。

「…よし、今夜は手加減無しだな」と。

仲睦まじい報復を決意する韓浩。


まあ、端から見て察する事が出来る程に。

二人の反応や思考は判り易い。

だから、密かに他の面子は苦笑を浮かべた。



「軍編成は判ったんだけどさ、馬一族(ウチ)は?

一部を呼び寄せて、組み込むのか?」


「いや、馬一族は動かさないよ

翔馬さんと翠の直属部隊も追加は新規で組むから」


「貴方達の結婚、そして馬岱の誕生で曹家と馬一族の関係は周囲には知られている以上、それは悪手よ

今は不必要な警戒心を懐かせる事はしないわ

意図的に(・・・・)警戒させるなら兎も角ね」



そう当たり前の様に言う曹操達。

その姿に馬超は「…やっぱ、怖ぇ(凄ぇ)わ」と。

声には出さない感想を肩を竦めて表した。

「本当、あの縁談は母様の妙手だったよな」と。

今に成って思えば、正に先見の明。

この二人が率いる曹家と縁戚関係になる事。

それ自体が、馬家の、一族の繁栄に繋がる。


これは“たられば”だが…もしも敵対していたら。

馬家は、一族は、確実に滅亡していただろう。

そう確信出来る程に、二人は容赦しない。

僅かな甘さが、後々の火種となる事は歴史を見れば幾多の実例が証明してくれている。

それを知りながら、同じ轍を踏む事はしない。

だから曹家と敵対した時点で詰んでいる(・・・・・)

その事を、二人と共に歩んで理解したからこそ。

曾ての厳顔()の見る目には頭が下がる。

…その後の色々(・・)には、腹が立つ事も有ったが。

それも今は笑い話・思い出話だと言える。



「子供達は如何致しますか?」



そんな馬超が口を滑らす前に話題を変える夏侯淵。

伊達に姉の事で気苦労はしていない。

空気を察し、流れを読む能力は高い。

…本人には嬉しくない誉め言葉かもしれないが。



「取り敢えず、落ち着いてからね

最短で二週間後、最長でも一ヶ月半後に迎えるわ」


「義父上達が泣きそうだけどね」


「……言わないで、玲生…想像したじゃないの…」



曹晧の然り気無い一言に曹操の聡明な頭脳が情景を見事に想像し、脳裏で映像化して見せた。

その姿を、情景を、否定出来無いから。

曹操は思わず蟀谷を押さえて、溜め息を吐く。


決して、曹嵩()を嫌ってはいない。

寧ろ、自分自身が親と成った事で、無償の愛を注ぐ曹嵩の姿には尊敬すら懐いている。

──が、しかし。

それはそれ、これはこれ、である。

一人の親としては尊敬してはいるのだが。

一人の娘としては勘弁して欲しい恥態である。

治せる(・・・)ものなら、治したい。

どんなに入手に苦労する材料が必要だろうと。

必ず手に入れてくる自信か有る。

──が、現実は非情なもの。

それは直る事の無い、ある種の不治(・・)の類い。

故に、諦念と割り切りが肝要なのだが。

そうも出来無いのが、娘としての苦悩である。

其処さえ無ければ、素晴らしい父親なのだから。



「まあ、あれでこそ、なんだろうけどな」


「…康栄、他人事だと思って…」


「いや、事実、他人事だからな」


「くっ…」



普段ならば、言い負ける事など有り得無い曹操。

だが、事、曹嵩絡みの件では愚痴るしかない。

その為、韓浩にさえ、言い負けてしまう。

…流石に夏侯惇には言い負けはしないが。

この場には居なくても、曹嵩()曹操()を悩ませる。




そんなこんなも見慣れた日常なら。

大した問題も無く、あっさりと二週間が経過。

特に懸念する要因も無く、曹操達──妻陣が揃って子供達を迎えに豫州へ。

想像を裏切らず曹嵩と曹操の間で一悶着有ったが、無事に子供達を連れ、陳留へと戻った。



「──あっ!、ちちうえっ!」


「久し振りだね、丕、元気にしてたか?」


「うんっ!」



曹操に手を引かれて歩いていた曹丕が、待っていた曹晧の姿を見て駆け出すと、察した曹操は手を離し転ばない様に静かに見送った。

曹晧は屈み、駆け寄った曹丕を軽々と抱き上げる。

笑顔を見せる息子を見て、義父達へ見せる強かさを自分達には見せない辺りが上手いと胸中で感心。

──していたら、静かに傍に来た曹操に曹丕からは見えない位置で背中を抓られる。

「私達よりは増しでしょう?」と。

曹丕の子供らしさを視線で訴えられ──納得。

勿論、自分達の在り方に後悔や不満は無いが。

多少は、子供というのは強かさが有るべきだ。


そんな風に考えながら、韓浩達の様子を見る。

韓羽()に「御迷惑を掛けてないですか?」と。

嫌な第一声を貰っている韓浩。

其処で苦笑しかしないので、韓羽は溜め息を吐く。


曹忠は曹仁と抱き合い、笑顔を浮かべている。

──が、視線は此方等──曹丕を気にする。

親よりも好きな男の子、と。

曹忠の早熟振りには曹操と視線を合わせて苦笑。

「丕は大変ね」と。

曹操()は完全に他人事である。


まだ幼い馬岱は初めての長距離の移動で御疲れか。

馬超の腕の中で寝息を立てている。

「まあ、そうなるよなぁ…」と。

馬超も馬洪と顔を見合せ、苦笑するしかなかった。


逆に夏侯雲は夏侯淵の腕に抱かれたまま頭と視線を動かし彼方等此方等に意識を向けている。

普段から動じる事が無い娘だが、こういう時にこそ普段は見えない一面が見えてくる。

つまり、夏侯雲は意外と好奇心旺盛な娘だと。

そんな発見をしているとは気付かない程に。

夏侯雲はキョロキョロとしていて。

夏侯丹と夏侯淵は可笑しそうに笑みを浮かべる。


何気無い、本の少しの各々の反応だが。

其処に、夫婦の、親子の、家庭の色が滲む。

その幾つもの色を曹晧達が混ぜ、重ね、配し。

理想を、未来を、国を、現実へと描き出す。


自分達が背負う存在(もの)が何なのかを。

日常の一場面から、再確認する。

それは出来そうで出来無い事。

大抵は、慣れてしまい、鈍くなってしまうから。

だから曹晧達は日常を特別だと位置付け、意識し、慣れない様に、鈍らない様に、己を戒める。

酷く疲れそうな生き方・在り方だが。

それを是と出来る覚悟と意志が有るならば。

他者が思う程、苦しく辛くはない。

特に、独りではないのだから。



「…?、ちちうえ、あのこは?」


「ああ、紹介するね、此方においで」


「──っ!?、ヒャッ、ひゃいっ…

わ、私は、がが、“楽進”と申しますっ」


「これから皆と一緒に学んだりする事になるから」


「そうなんだ…そうひ、です、よろしくね」


「は、はいっ、宜しく御願いしますっ」



曹晧に下ろされた曹丕は身分に関わらず、初対面の楽進──曹晧が助けた少女に丁寧に挨拶。

その後、笑顔で握手を求める。

戸惑う楽進だが、曹丕は気にせず握りに行く。

焦りながらも、屈託の無い笑顔に思わず見惚れ──我に返ると顔を赤くした楽進。


我が子の女誑し(天然)振りに曹晧達は苦笑。

そして、視線を向ける先には不機嫌な韓羽と曹忠。

韓羽は判り易く拗ねているのだが。

曹忠の笑顔は黒く(・・)見えて仕方が無い。


「あの二人の娘とは思えないわね…」と。

曹操は曹晧に言いたくなってしまう。

まあ、別に悪い事ではない。

──否、寧ろ、面白いとさえ言える。

何しろ、曹家に関わる女性の多くが同類(・・)

我が子だろうが、色恋沙汰(話題)になるなら。

それだけで美味しい(・・・・)のだから。


──といった感じで、楽進との自己紹介は続き。

曹丕は気付かないまま、自ら餓狼の群れの中へ。

…いや、雌獅子(・・・)の群れと言うべきなのか。

兎に角、子供達は子供達で新しい生活が始まる。




誰かが、静かに見上げた空は。

特に変わった様子も無く、見慣れた雰囲気。

しかし、同じ空は二度とは無く。

再び見る事は叶わないのが、世の理。

人の縁も、逢別も、また同じ。

等しくも、しかし、不平等に。

ただただ、流れる時の彼方へと、過ぎ去るのみ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ