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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
一章 雷覇霆依
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終話 散花継実


小さな芽は時を経て立派な枝葉を付け、春の訪れに花を咲かせ、その身に新たな実を付ける。

軈て、その実が芽吹き、成長し、春を待つ。


そうして、生命は紡ぎ繋がれ、未来へと続く。

それは言葉にすれば、繰り返しになるのだろう

しかし、実際には各々に異なる物語(過程)を紡ぎ。

歴史という土の中に紛れ、埋もれてしまうが。

その生命が生き、紡ぎ、繋いだ意志は遺され。

受け継ぎ、引き続け、託し託され、在るなら。

細かい事は、然程重要ではないのだろう。


ただ、そうは為らず、途切れ、途絶えてしまう。

或いは、勘違いし、道を誤り、踏み外してしまう。

そうした結果、その細かい部分を探り当てなくては本当に大切な意志を知る事が出来無い。

“歴史を繙く”という事は単なる事実確認ではなく埋没し忘却された遺志(・・)を掴み取る事。


けれど、そうする必要が有る、という事自体が。

正しく意志が継承されてはいないという証拠。

“栄枯盛衰”は人の世の常なれど。

其処から学ばなければ、犠牲は礎には昇華されず。

ただただ、無意味で無駄で憐れな無価値に落ちる。


花は散れども実を残し、新たな芽を紡ぐ。

自然の理であり、有り触れた生命の循環だが。

その意味を、人は決して忘れては為らない。



「ほらほら、見て御覧!、これが木工職人に頼んで特別に作って貰った“揺り籠”だよ!

こう、本の少~し、優し~く揺らしただけで…

ほらほら!、見たかい!、この微風に揺られる花の様に描かれる美しい弧をっ!

この揺り籠はね、華琳と玲生が産まれた時に彼女(・・)が発案して造って貰った物を私が独自に改良し──」


「────何をしているのかしら?」


「──────っっっ!!!???」



木工職人に作らせたという赤ん坊が一人入る程度の大きさの竹製の籠を中心に据えた木組みの仕掛けを自慢していた曹嵩だったが、背後から聞こえた声で過熱していた興奮が一瞬で真逆に振り切った。

そう、曹嵩が言っていた様に綺麗な弧を描いて。


抑揚の無い、感情の消えた声。

その主である劉懿は笑顔で曹嵩の背後に佇む。


静かな、殆んど聞こえない筈の足音が。

曹嵩には巨人の足音の様に大きく響いて聴こえ。

真冬の吹雪く寒空の下、裸で外に居るかの様に。

小刻みに身体を震わせ、冷や汗を大量に掻いて。

今にも搗ち合う様に歯音が鳴り出しそうになる。


それでも無かった事には出来無い。

大きく喉を鳴らして息を飲むと。

曹嵩は意を決して振り向き──笑顔を浮かべた。



「勿論、孫を迎える準備だよ!」


「良い度胸です、此方等にいらっしゃい、准也」


「きっと話せば判ると思うんだよ、芹華」



母猫に首を銜えられて連れて行かれる仔猫の様に。

劉懿が曹嵩の襟を掴んで連行してゆく。

仔猫の様に声だけで抵抗する曹嵩だが。

当然、聞き入れられる事は無かった。


そんな順調に“祖父馬鹿”に進化している曹嵩。

その姿に曹操は溜め息を吐くしかなかった。

傍で苦笑する曹晧だが、既に見慣れた光景である。

何しろ、最近では日に一度は何かしら遣らかしては曹嵩は劉懿に御説教されているのだから。

なので、動揺も同情もしてはいなかったりする。



「やれやれ…本当に御父様も懲りないわね…」


「まあ、家族愛の塊みたいな人だしね

仕方が無いって言えば仕方が無いんじゃない?」


「それはまあ、決して嫌な訳ではないけれど…

孫達を甘やかし過ぎそうだから困るわ」


「溺愛されて育った身として?」


「ええ、それはもう、よく知っているもの」



そう言いながら二人は可笑しそうに笑い合う。

はしゃぎ過ぎる曹嵩には困ってはいるが。

言葉通り、決して曹嵩の事を嫌ってはいない。

言葉通り、本当に家族が大好きな人だからだ。

勿論、曹操も曹晧も劉懿も他の皆もだが。

曹嵩の様に自制心が働かない程ではない。

…まあ、だからこそ困ってはいるのだが。


それは兎も角として。

その曹嵩の言動からも判る様に今、曹操の御腹には曹晧との第一子が宿っている。

現在、四ヶ月目に入っている。

二度目の旅を終えてから直ぐに二人は避妊を辞め、予定を繰り上げる形で曹操は妊娠。

当然ながら流産したり体調不良に陥るといった事は一切無く、順調その物である。

だから余計に曹嵩が浮かれているのだが。


二人が妊娠を早めた理由は何も夏侯惇・甘寧の妊娠だけではなかった。

勿論、それも当初から話していた通りではあるが。


先ず、二度目の旅で青州で助けた女性の存在。

正確には、その子供が、なのだが。

青州で助けた女性の名は“丁原”で、二十一歳。

旅商人であった夫の“呂織”を亡くし、失意の中、宛も無く現世を彷徨う亡者の様に放浪していた。

そんな中、気付けば病を患い、倒れてしまった。

其処を曹晧達に発見され、命を救われた訳だ。

その後、事情を話し、曹晧から子供の存在を聞き、丁原が涙を流した事は…想像に難く無いだろう。

曹晧から治療が必要な事等を一通り説明されたが、理解が追い付かない為、兎に角、信じる事に。

一行と共に旅をし、曹家へ。

曹操付きの侍女という形で身を寄せる事となる。

問題なのは、曹晧と曹操の氣の影響を受けたらしく子供──受精卵に高い氣の適性が現れていた。

勿論、それは人為的に可能な事ではなく、偶然。

意図的に遣ろうとすれば、曹晧と曹操の受精卵でも耐え切れずに死滅してしまう可能性が高い。

だから、その子供は奇跡に等しい。


ただ、それだけに如何様な影響が出るかも不明。

その辺りの補助等も理由だが、最たる理由は将来、曹家に仇為す存在にしない為である。

それだけの可能性を丁原の子供は秘めている。

その為、二人は自分達の子供と親い関係に置く事で将来的な不安要素を取り除く事にした。

特に異性であれば──二人の子供が息子であって、丁原の子供が娘であれば、色々と好都合である。

──という裏の意図は夫婦だけの秘密。

決して、親い夏侯惇達にさえ知られては為らない。

…まあ、劉懿等、一部の者は孰れ気付くだろうが、その時には既に策は成っている為、無問題。


尚、その丁原は無事に治療を終え、現在二ヶ月目に入っているし、目立った問題無いので一安心。

周囲との関係も良好である。


それから、もう一つ。

大きな理由なのが、王尚花の懐妊である。

当然、父親は皇帝である劉宏。

皇太子・劉辯を産んだ何皇后との関係は冷えきり、劉宏の寵愛は完全に王尚花に向いている。

そして、その御腹に宿った新しい生命(我が子)にも。


如何に距離を取ろうとも、血縁関係は否めない。

叔父と姪夫妻、その子供達の関係は薄くは無い。

だからこそ、曹操達は我が子が自分の意思で関係を構築出来る様に同い年で産まれる様にした。

王尚花の産む子供が年下なら気にはしないのだが、自分達の長子が年下になる状況は好ましくない。

…劉辯?、其方等とは絶縁状態に等しい為、大して気にする必要は無かったりする。

寧ろ、自分達の婚約が決まった場に劉宏と共に居た王尚花の方が関係としては深いのだから。

実際に王尚花と曹家との関係は強いのだから。

劉宏と曹家──曹騰の関係に、実姉弟である劉懿。

其処に王尚花の子供が産まれるのだから、否応無く中央との関係は太く為ってしまう。

流石に「後が面倒臭いから子供は作らないで」とは曹操達も言えないのだから。

それは必然であり、仕方が無い事だと言えた。


だからこそ、こうして妊娠を早めた訳だ。

まあ、産まれる前から、その面倒事に巻き込まれる事が決まっている長子に馬超達は同情しているが、その馬超達も他人事ではない。

二人に親く、曹家の重鎮という立場なのだから。



「それにしても、赤ん坊って大体が仔猿みたいね

可愛い事は可愛いのだけれど…可笑しくも有るわ」


「「人間の祖先は猿みたいな動物だった」っていう話を母さんから聞いた事が有るからね

仔猿に似てても不思議は無いと思うよ」


「…御義母様って凄い人だけれど、熟、謎ね

一体、どう遣って、それだけの知識を得たのかしら

死者と会話が出来る術が有るなら訊いてみたいわ

勿論、私達の事や、この子の事も伝えるけれど」


「そうだね、俺も改めて色々訊きたいかな」



そう、二人は話しながら目を細め、微笑み合う。

勿論、そんな事は出来無いと理解はしている。

だからこそ、田静()は色々と遺してくれている。

二人が手にしている愛刀も。

曹家に、孫家に、馬家に、と繋がる縁絲も。

彼方此方に伝えられた知識や技術も。

全てが、自分達にとっては掛け替えの無い道標(教え)


──という、少し感傷に浸る様な空気を不満そうな顔で塗り替えてくるのは韓浩。



「仔猿仔猿って…ちょっと酷くねぇか?」


「だったら、どう貴男は例えるのかしら?」


「それはまあ………………………う、瓜坊とか?」


「それは春蘭が猪って解釈で良いのかな?」


「何だとぉっ!?」


「ちょっ!?、玲生っ!?、違うからな春蘭っ?!」



二人から“仔猿似”と言われた事に反応した韓浩が文句を言うと曹操から切り返され、悩んだ末に出た一言を直ぐに曹晧に指摘され、その結果、夏侯惇に睨み付けられて慌てる韓浩。

騒がしくも賑やかに、他愛無い事で笑い合える。

そんな、落ち着く雰囲気の中に揃う何時もの面子。


ただ、何時もの風景では有るのだが。

決定的な違いが一つだけ有る。


「やれやれね…」と笑う曹操の視線の先。

その腕に抱かれているのは一人の赤ん坊。

つい、三日前に夏侯惇が出産した長子・長女だ。


出産三日後で、普通に怒鳴り、韓浩に掴み掛かれる辺りは曹晧や曹操による出産前後の補助が有る為。

普通だったら、まだまだ安静にしている所。

決して、夏侯惇が異常体質な訳ではない。

……まあ、曹晧に言わせると「うん、ちょっと驚く位の安産だったね」なんだそうだが。

その辺りは詳しくは解らないので誰も追及しない。

しかし、「…まあ、春蘭だものね」の曹操の一言で自然と納得出来てしまったのも事実。

尚、夏侯惇の健康さと回復力は言うまでも無い。



「それにしても、この二人の子供だけ有るわね

これだけ傍で喧しくしていても眠っているなんて…

将来は相当な大物に成るかしら?」


「それは流石に大袈裟だと思うけど…

小さい頃から周囲の状況に動じないのは精神力的に優れてる兆候では有るかもね」


「……って言うか、単純に両親が喧しいから自然と本能的に図太く成ってるだけなんじゃないのか?」


「「どういう意味だっ?!」」



馬超の一言に揃って食い付き、馬洪も巻き込む。

見慣れた展開に誰もツッコミは入れず、曹操は隣の夏侯淵へと赤ん坊を渡す。

叔母と姪の関係に為る夏侯淵。

曹晧や劉懿達から育児に関する知識・技術の教育や指導は受けている為、危うさは無い。

──とは言え、緊張しないという訳ではない。

しかも、それが「…まあ、私の方が先だろうな」と半ば諦めていた夏侯惇()の第一子だ。

色々と思う事は有るが──兎に角、感慨深い。


そして、曹操の言った様に夏侯淵も感じ取る。

ある意味、両親の特徴で長所でも有る胆力。

それを確かに受け継いでいるのだと。

全く身動ぎもしない赤ん坊に胸中で苦笑。

だが、その温もり、その重み、その息遣いが。

尊く、愛しく、守らなくては為らない存在だと。

理性でも、本能でも、しっかりと感じ取れる。



「康栄、春蘭、もう名前は決めたのかしら?」


「──っと、ああ、その娘の名は羽にした」


「そう、“韓羽”というのね

取り敢えず、同じ轍を踏まない様にしなくてはね」


「ええ、そうですね、華琳様」


「ああ、そうだな、それは大事だな」


「この娘の将来を左右しますからね」



──と、曹操・夏侯淵・馬超・甘寧が夏侯惇を見て密かに一致団結していたりするのだが。

それに気付いているのは知らん顔の曹晧だけ。

曹仁も夏侯丹も巻き込まれていて気付かない。


だが、曹晧に言わせれば「知らなくて良い事って、世の中には少なからず有るからね」である。

何もかも、全てを白日の下に晒すよりも。

時には秘す事の方が良い事も有るのだから。


それはそれとして。

人々にとって重要なのが“真名”である。


ただ、この真名という風習・価値観は全人類共通の認識・常識という訳ではない。

漢民族──漢王朝の民にとっては当たり前でも。

他民族にとっては、違っていたりもする。

その為、それが原因で殺し合いに発展しまっているという場合も決して珍しい事ではない。

しかし、この問題は非常に解決が難しい。

本来であれば、その風習を軽んじた他民族が謝罪し誠意を示すべき所なのだが。

彼我の勢力差から、「下手に出てしまえば敗北し、我々は漢民族に虐げられてしまう」といった感じの被害妄想を懐き、意固地に為っていたりする。

けれども、「それは絶対に有り得無い」と言えない辺りが政治的な難しさだったりもする。

要するに、謝罪では済まない程に深い亀裂が生じ、修復するのは不可能に近い状態という事。

その為、殲滅(・・)派が大多数で有り。

御互いに「退くに退けない」というのが本音。

政治的には「過去は水に流して…」と言いたいが、犠牲と為った両の民達の憎悪は拭い難い。

何より、その憎悪を自分の為に煽って利用する輩が政治に関われる地位に居るが故に、変わらない。

真の害悪が誰なのか。

その事に民が気付かない限り、利用され続け。

犠牲者となる命は、決して無くなりはしない。


──とまあ、そういった事情が有る様に。

漢民族にとっての真名は重要な訳である。

ただ、その重要性を理解出来る様に為らなければ、真名を授けるという事は難しい。

その為、一般的に五歳が“真名の授与の儀”を行う年齢とされている。

勿論、必ずではない為、前後する事は珍しくない。

だから、韓浩達も娘の真名は思案中だったりする。


尚、真名は本人から預けられる物である。

その為、親で有っても授与した後、子供から真名を預けられなければ、呼ぶ事は許されない。

その辺りの事を理解出来るかが、一つの判断材料。

そして、真名の価値観を守る為の基準である。


因みに、曹操・曹晧は共に二歳の時だったが。

それは大して関係の無い話だったりする。



「秋蘭、小父様達は喜んでいたのでしょう?」


「はい、私は今日が初対面ですが、一足先に両親は昨日見に来ていますから…

家に帰ってからも父は顔が若気ていましたね」


「殆んど諦めていた春蘭の産む初孫だものね…

──と言うか、何処の父親も孫が出来ると浮かれる辺りは大差無いのね…

…翠、貴女の所は?」


「あー…まあ、その例に漏れずって言うか…

色々準備してくれたりするのは有難いんだけどな、明らかに「早く孫をっ!!」って催促されてるみたいだからさ、逆に変な重圧や責任感が有って…」


「ああ、成る程ね、促し方が下手な典型ね

まあ、桔梗は末弟(三男)が居るから馬騰()の世話までは手が回らないから仕方が無いでしょうし…

面白がって放置しているのでしょうね」


「いい迷惑だっての…」


「望まれている、というのは幸せな事よ」


「…それはまあ…………ああ、判ってる」



曹操の言葉、それが意味する所を察した馬超は顔を少しだけ伏せて思い出す様に考えた後、顔を上げて真っ直ぐに見詰め返しながら答えた。

子供を妊娠するのは、自らの身に新たな生命を宿し産む事が出来るのは、女性だけ。

愛する(ひと)の子供を産める特権である。


しかし、その一方で望まない妊娠も世には有る。

曹操や馬超、夏侯惇・夏侯淵は勿論、甘寧でさえ、そういった女性を実際には見た事は数える程。

しかし、多い少ないという数の問題ではない。

確実に、そういった女性が存在するという事。

それ自体が看過出来無い大問題なのだから。


ただ、現実というのは非常だ。

どんなに優れていようとも、社会という組織形態を変える事は決して生易しい事ではない。

そんな事が、有り触れた悲劇という間違った社会を変えたいと思っても、簡単にはいかない。


曹操達の実力であれば、漢王朝を討ち滅ぼす事は、然程難しい事ではなかったりする。

けれど、その遣り方で社会を変えてしまった場合、結局は何処かで同じ様な犠牲者を生み出す。

力による革命、恐怖による支配は意外と単純で。

振り切って(・・・・・)しまえば、容易い方法だろう。

だが、それでは問題の解決には繋がらない。

単に原因が擦り代わるだけ。


そうではなく、社会の根底から変えて行かなくては問題は決して解決する事は無い。

そして、その為に必要なのは、人々の意識改革。

そんな悲劇を許容しない社会へと導く事こそが。

本当の意味での、問題の解決だと言えるだろう。


──とは言え、それは簡単ではない道程。

自分達が生きている間に成せるかも判らない。

ただ、遣らなくては何も始まらない。

繋げなくては決して変わりはしない。

その事を理解しているからこそ。

曹操達は愛する(ひと)との子供を成せる事を。

その子供達が望まれているという事を。

純粋に、幸せな事だと思う事が出来る。



「思春も三ヶ月後には出産している訳だよな?

やっぱり、春蘭でも一応は参考には為るのか?」


「一応とは何だ翠っ?!

私は御前よりは先に出産したんだぞっ!」


「それは無計画に妊娠した結果でしょう」


「華琳様ぁあぁ~っ!!」


「──で、どうなんだ?」


「…参考というよりは、実感が高まりました

この身に宿る生命が、確かな息吹きを持つのだと、こうして実際に腕に抱いた事で…」


「あれ?、思春って、そういう経験無いのか?」


「一番下の子が私より五つ下でしたから…

私が直に赤ん坊に触れる機会は有りませんでした」


「翠の場合、馬一族っていう大家族の中に居るから一般的な村邑の新生児事情とかは判らないんだね」


「そう言われてみると、確かに違うわよね」


「あー…まあ、アタシの場合は確かに普通に一族の赤ん坊とか抱いたりしてたからなぁ…」


「それも有るけど、翠達は幼い頃から馬達と一緒に生活してるから其方の出産の経験も有るでしょ?」


「ああ、それは勿論、小さい頃から誰でもだな」


「そういう環境で生まれ育ってるから、命の誕生、或いは死滅に対する価値観が幼い内に出来るから、赤ん坊との接触も普通に多いんだよ

だけどね、一般的には落としたり泣かせる可能性を考えるから簡単には子供に触れさせないでしょ?」


「…確かに、玲生様の仰有る通りですね」



曹晧の言葉に甘寧は抱いている韓羽の顔を見る。

これだけ周りが賑やかでも熟睡している姿を見れば曹操が言っていた様に大体は「将来は大物になる」等と思うのだろうが。

甘寧は、韓羽の熟睡が周囲に対する信頼──安心感から来ているのだと、何と無く判った。

馬超の様な環境ではなく、自身も曹操達も違う。

それでも、旅をした中で曹晧から教えられた生命に対する価値観は確かに自分達の中に根付く。

それが無意識に赤ん坊である韓羽を慈しむから。

意識の上では緊張していても、本質は伝わる。

赤ん坊の様に、無垢だからこそ、より純粋に。


そう理解すると、自身の御腹の子供に早く会いたいという気持ちが強く為ってくる。

勿論、焦りはしないし、急かしもしないのだが。

その時が一層楽しみに為った事は間違い無い。




日が沈み、空には月と星が瞬く。

世の中の大半の人々が眠りに就く頃。

自然界では、「さあ、我等の時間だ!」と言う様に動き出す生命が多々有ったりするのだが。

人間は愚かだが馬鹿ではない。

態々、夜に危険を冒して死の蔓延る領域に踏み入る様な自殺に等しい真似をする事は少ない。

全く無いと言えない辺りが人間の愚かしさだが。

その人間は、昼間は最も活動的な為、ある意味では支配者と言えるのかもしれない。

単純に競争率が低い状況を見極め、適応する格好で進出し我が物顔で偉そうにしているだけなのだが。


まあ、それはそれとして。

昼と夜では生命の在り方も似ている様で異なる。

弱肉強食(真理)は変わりはしないのだが。

昼間よりも死を濃密に感じるのは、人間故だろう。


そんな夜の月明かりの下、御茶と御茶菓子を用意し二人きりの夜の御茶会を開いている曹操と曹晧。

談笑しながら、今日の事を振り返る。



「もう少し泣くかと思っていたけれど…

早くも春蘭と康栄(両親)に似ているとはね」


「まあ、「似てない」とは言わないけど、別に親に似てるからって訳でもないと思うよ

あの娘は本能的に感じてるんだろうね

周りに居る俺達が“自分を害さない”って事を」


「そういう感覚って幼い程に強いものね…」


「成長し思考力が高くなるに連れて薄れていくのが本能的な直感力だったりするからね

それは経験から来る直感とは別で、生物的な本能に強く依存するから、俺達みたいな質の場合には特に早い段階で薄れていっちゃうしね」


「そうね……まあ、悪く言えば()って事よね

春蘭は兎も角、康栄は成長はしているけれど…

本質的には春蘭と同類だもの」


「そうだね…まあ、あの娘が物心付く頃には俺達、周りが安心出来る環境にしてあげて置かないとね」


「ええ、本当にね、切実な問題よね…

私、あの娘の立場に自分が居たら頭を抱えない姿が全く想像出来無いもの…」


「大丈夫、それは俺も一緒だから」



「いいえ!、大丈夫じゃないですからっ?!」と。

大きく成った韓羽の抗議の声が聴こえる気がする。

そう、本質的には両親に似ているとしても。

親子の価値観が必ずしも同じであるとは限らない。

勿論、それは道徳的・政治的な価値観ではなく。

武だったり、生き方に関しての価値観。

少なくとも、夏侯惇(母親)似にはさせない。

そう周囲は決意している。



「三ヶ月後には思春も出産して、その四ヶ月後──大体、半年後には私も出産するし、その前には一足早く叔母様も出産しているのだから…大変よね」



そう王尚花(叔母)の出産後の姿を想像しながら曹操は自分の出産後が一時的に忙しくなるだろうと考えて小さく溜め息を吐く。

少なくとも、夏侯惇の様に静養している自分の姿を想像する事は出来難いのが本音なのだから。


必ず劉宏(叔父)達からの御祝い等も有る。

それは先に自分達が御祝いをするから当然であり、叔父にとっては娘同然に可愛がってくれていたから喜ばれない姿を想像出来無いからだ。

ある意味、曹嵩()と義兄弟なのだと思うから。


そんな曹操の胸中を察し、曹晧は苦笑。

適当な話題を振って、思考を別方向へと促す。



「翠と秋蘭の妊娠が何時になるかは判らないけど、何方等も第一子は俺達の子供の下になるね」


「ええ、そうね、韓羽と思春の産む子が一つ上で、叔母様と私、それに奈央(・・)の子供が同い年になって、秋蘭と翠の子供達は下、と…

多少の意図は有ったけれど、こうして考えて見ると春蘭と思春の妊娠自体は結果として良かったわね」


「世代って事では同じだけど、一歳の違いが意外と関係性に大きな影響を与えたりするからね」


「私達の場合は、かなり特殊な例だもの…

子供達が同じ様な関係を築けるのかも判らないし、各々の性格等も全く判らないから、変な期待とかは持たない方が御互いの為よね」


「俺達は俺達、子供達は子供達だからね

そういう期待をしたり、言ったりするのは子供達の可能性を潰す事にしか為らないから好ましくないし在り方を歪めてしまうから遣りたくはないけど…」


「そうよね…周囲には少なからず、そういう意識を持っている者はいるでしょうからね…

全てを取り除く事は出来無いでしょうから、自分の意志を持てる様に育てないといけないわね」


「でも、遣り過ぎない様にね?」


「あら、それは、この子達次第ね」



そう言って笑いながら、曹操は自分の御腹を左手で優しく撫でながら、語り掛ける様に呟く。

「………ぇ?」と虚を突かれる格好で驚く様子が、曹晧の脳裏に浮かんでしまうのは仕方が無い事。

ただ、それを否定しない辺り、似た者夫婦。

子供達が苦労しない未来は有り得ないだろう。


しかし、曹操の手に重ねられる掌。

微笑みながら見詰め合い、自然と重なる影。

その生命は確かに望まれ、祝福されている。

出逢う、その時を。




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