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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
一章 雷覇霆依
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十七話 姦喜若躍


物事には契機が有り、時として継起するもの。

それは人為的な場合も有れば、偶発的な事も有り、決して安易に一括りにする事は出来無いのだが。

そうして考えてしまうのが人間というもの。

無理矢理だろうと、何かしらの理由付けをしたい。

或いは、取り敢えず納得出来る様にしたい。

その程度の事でしかないのだが。

そうしないと安心感を得られず不安に感じる程に、人間というのは臆病で、どうでもいい事に拘る。


客観的に人間という生物を観察・分析したならば、恐らくは矛盾だらけの得体の知れない存在。

もしかしたら、異様な程の歪みを抱えた怪物だと。

そう思えるのかもしれないのだが。

残念ながら、人間は自分達に都合の良い思考をする生き物である為、自分達を疑いはしない。

それが何れ程の矛盾(歪み)を抱えていようとも。

余程の状況にまで追い詰められない限りは。

大概は目を背け続けるのだから。



「……………ん、出来てる(・・・・)ね」


「………そう…」



卞晧の言葉──診察の結果に曹操は瞑目する。

曹操自身も十分な力量は有るのだが、その診察には影響を及ぼさない様に細心の注意が必要である。

当然ながら、要求される技量も段違いなのだが。


まあ、そんな事は今は関係の無い話。

俯き、そっと両手を添えるのは命を宿す下腹部。



「…まあ、出来た物は仕方が無いわ

それ自体は慶事だもの、御目出度う、思春(・・)


「あ、有難う御座います、華琳様…」



一息吐き、切り替えた曹操からの祝福に、下腹部を押さえながら御礼を言う甘寧。

ただ、その表情は複雑そうだった。

勿論、慶事であるし、曹仁(愛する男)との子供だ。

嬉しくない訳が無い。

ただ、時期が時期である為、罪悪感も有る。



「御目出度~、思春ちゃん~

やっと(・・・)、初孫を抱けるのね~」


「え~と…ぁ、有難う御座います、御義母様…」



ぎゅう~っと曹仁の母・黄倫に抱き締められながら反応に困りつつも感謝を述べる甘寧。

その辺りは彼女の生真面目さ故だろう。


黄倫には夫・曹興との間に四人の子供が居る。

彼女の三男は曹仁な訳だが、長男・曹英・二十歳、次男・曹尊・十九歳歳、長女・曹亮・十一歳。

上の二人には婚約者が居るが、まだ結婚しておらず黄倫は初孫を拝めないでいた。

そんな中、兄弟で一番の朴念仁で真面目過ぎるから結婚出来るかすら不安だった曹仁の婚礼。

降って湧いた様な慶事には驚きながらも大歓迎。

その上、待望の初孫の存在が確定した訳で。

彼女にとっては慶事の大盤振る舞いに等しかった。



「もうね~、「あと数年は無理かな~…」ってね、結構本気で諦めてたのよ~?

上の二人は未だに婚約者に手も出さないし~…

あの娘達も焦れてはいるのだけれどね~…

ほら、中々切っ掛けって難しいじゃない~?

だからね、貴女の妊娠が良い後押しになってくれる気がするのよ~」



そう甘寧の手を握り、本当に嬉しそうに笑顔で言う黄倫を見ながら曹操は思う。

「つまり、孫の量産態勢を整える訳ね…」と。

従兄達は苦労するだろうけれど。

待たされた義従姉達の気持ちは理解が出来る。

だから、従兄達に同情する気は起きなかった。


それはそれとして、甘寧の戸惑う理由。

それは曹操と卞晧の婚礼まで一ヶ月を切り、その後順に行われる自分達の婚礼も二ヶ月を切った。

そういう時期であるから、少々複雑な訳で。

世間では「もう少し待てなかったのかしら?」等と陰口を叩かれても可笑しくはない為。


まあ、そんな陰口を叩こうものなら、その人物達は翌日には姿を消している事だろう。

そう、この世から。

「あらあら~、宅の義娘の話ですか~?」と。

笑顔で歩み寄る聖鬼母(伯母)の姿を曹操は思い浮かべた。

見た目や話している感じの印象は陸遜に似ているが彼女は武家の娘であり、本人も生粋の武人。

おっとりとした雰囲気だが、一度抜けば(・・・)鋭い。

それを知るが故に、曹操は何も言わない。


尤も、甘寧への祝福に嘘偽りは無い。

ただ、甘寧ではないが、多少は思う所も有る。

だから、その切り替えの為に、間が有っただけ。


そんな三人の様子を見ながら卞晧は曹仁を見る。

驚いて固まっている──というよりは、忘れていた悪戯が見付かり、肝を冷やしている子供の様に。

冷や汗を流しながら俯いている曹仁。

生真面目な分、色々と思う所が有るだろう。

それを察し、卞晧は苦笑する。



「隼斗さん、御目出度う御座います」


「────っ!?、ァ、有難う御座います」



卞晧に声を掛けられ、我に返った曹仁。

慌てて反応した為、声が上擦る姿を珍しく思いつつ卞晧は曹仁の肩の力を抜く様に声音や口調を調整。



「婚礼前という事で色々と気になるでしょうけど、そんなに気にする必要は有りませんから

康栄と春蘭の場合に比べたら準備は出来ています

本の少しばかり出来るのが早まった(・・・・)だけですよ」


「……そう…ですね…」



卞晧の言葉により彼是考え過ぎていた曹仁の意識は現実を受け入れ、しっかりと向き合う。

確かに甘寧の妊娠には驚いたが、可笑しくはない。

一応、卞晧達から指導されている避妊方法は守って遣ってはいるのだが。

それは二人の様に完璧という訳ではない。

だから、その可能性を理解した上での営み。

覚悟などは、疾うに出来ているのだから。

その事を思い出せば、慌てる理由は無い。

卞晧の言った様に、早まっただけ(・・・・・・)の事だ。



「今後の注意事項ですが、以前に春蘭の件で一通り話をしていますから、確認という事で────」






曹仁と甘寧、笑顔の黄倫が退室し、二人きりになり曹操は大きな溜め息を吐く。

決して、甘寧の妊娠を疎んでいる訳ではない。

ただ、自身の見立て(・・・)が外れた事実。

その事に対して、少々凹んでいるだけの話。



「…まさか、隼斗兄さんと思春が、とはねぇ…」



事の発端は今朝、朝の鍛練が終わってから汗を流す曹操達の中、甘寧が吐き気を催した事から。

直ぐに曹操が診察し、甘寧を部屋へ。

夏侯淵に命じ卞晧と曹仁を呼びに行かせた──ら、何故か黄倫が付いて来た事には吃驚。

多分、彼女の嗅覚()に因る事なのだろう。


そんなこんなで卞晧が診察し、確定した、と。

それが事の概要だったりする。



「一ヶ月程だから…この間の顔見せ(・・・)の時かな」


「あー…そう言えば兄さんも思春も酔ってたわね」


「本人達は意識が飛んだりしてはいないだろうけど氣は正直だから、上手く出来無かったんだろうね」


「──で、出来た(・・・)、と…

冗談にしても大して面白くはないわね」



そう言いながら卞晧の淹れてくれた御茶を飲む。

鼻腔を満たす香が、気持ちを落ち着ける。

舌を、喉を、じわっ…と温める絶妙な匙加減。

正に、今一番飲みたい御茶だと言える。

そんな然り気無い卞晧の気遣いに感謝をしながら、曹操は当時の様子を思い出す。


件の“顔見せ”というのは、婚礼に当たり、事前に内輪──曹家に関わる者達への紹介の宴席。

今までは一族の者と、一部の臣兵や侍女達位にしか知られていなかった卞晧達の御披露目の場。

その為、御用商人や豪農、村長等も列席。

まだ若いとは言え成人と同等に扱われる事も有り、少量とはいえ、酌み交わすのも礼儀。

ただ、人数が人数だけに、酔わないのは至難。

事実、妊娠中の夏侯惇を除けば、二人以外は一様に顔を赤くし、翌日は二日酔いに苦しんでいた。

曹操と卞晧は関係無かったが。


そんな状態で遣れば、普段は正しく出来ている事も正常には機能せず、不具合を来す。

つまり、曹仁と甘寧は失敗していた、という事。

二日酔いも有り、一ヶ月はしないと判らない。

それで、こうなった、と。



「…春蘭達の子供とは約三ヶ月違いになるのね」


「そうだね、春蘭の方が五ヶ月が近いから」


「そうなると…四人は不参加(・・・)ね」


「今回は短期だし、無理する理由も無いからね

寧ろ、隼斗さんと思春が一緒で良かったかも」


「ええ、それなら春蘭も大人しくしている筈だし…まあ、小母様が睨みを利かせるでしょうしね」



最近、漸く形になってきた夏侯惇の家事技能。

諦め掛けた母・李寧だが、卞晧の参戦により改善の兆しが見えた事で奮起し、尽力。

初孫の事は喜ばしいが、笑えない娘の不器用さ。

それなのに途中で放り出そうものなら…と。

まあ、そういう訳だったりする。


だから、卞晧も苦笑するしか無かった。

それだけ夏侯惇の教育には皆が苦労している為に。



「…それにしても、あの調子だと、私達や秋蘭達も他人事では済まないでしょうね…」


「この間の時、義父上にも言われたからね」


「はぁ~~…もう、御父様ったら…」



卞晧の言葉に大きく溜め息を吐く曹操。

せめて、その場に居なかったのが救いだろう。

まあ、居たら居たで卞晧()の言動に対して色々有ったかもしれないのだが。


兎も角、望まれないよりは増しでは有る。

ただ、少々問題も有る事は否めない。

既に祖父馬鹿(・・・・)振りを発揮する姿が脳裏に浮かぶ為、曹操は溜め息を吐くしかない。

決して、悪い事ではないのだけれど。

少なくとも、自分達の子供達が、自分達と同じ様な気質・性格だとは限らない以上、避けたい。

──と言うか、甘やかさない姿を想像出来無い。

甘やかして、自分に、劉懿に叱られている光景が、何よりも容易く思い浮かぶのだから。


──とは言え、そんな家族の一場面を。

想像しただけで、口元が緩みそうになる。

出逢って──否、再会してから一年少々だが。

それ以前の自分達には考えられなかった光景。

それだけに、曹操自身も擽ったくも暖かな気持ちが胸の中に広がる様に感じる。

故に、自然と左手が下腹部へと添えられる。



「私達も予定より早めた方が良いかしら?」


「そうだね…春蘭の出産から一年以上経たない方が後々の事を考えると良いかもしれない…かな?」


「まあ、その辺りは流石に判らないわよね…」


「まだ産まれても、出来てもいないしね…」



そう言いながら二人して苦笑を浮かべる。

ある程度なら二人は子供の産まれる時期を調整し、周囲に合わせる事は難しい事ではない。


当初の予定としては自分達の十五歳の誕生日。

其処が一つの目安だったりしたのだが。

夏侯惇・甘寧が妊娠した事で修正を思案する。

一人目は特に、皆の子供達と歳が近い方が理想的。

まあ、上下三歳以内なら許容範囲では有るのだが。

出来る事なら上下一歳以内が望ましくはある。

その微妙な年齢差が関係性にも影響するという事を二人は身を以て知っている。


ただ、それは飽く迄も自分達の場合でしかない。

そして、二人には自分達が“普通ではない”という自覚が有る為、そのまま当て填める事はしない。

──と言うより、出来無いだろうと判っている。

自分達は自分達、子供達は子供達なのだから。



「後は側室の有無に関する問題かしら…」


「康栄も隼斗さん達も「要らない」って言うよ」


「まあ、そうでしょうね…

あの康栄でさえ、今までは春蘭一途だもの…」


「康栄の場合、本気になる相手が居なかったから、願望として“モテたい”っていうのが強いだけで、本人は一途な質だからね

俺からすると驚く事じゃないよ」


「成る程ね…よく知っていればこそ、ね」


「俺は寧ろ、隼斗さんが旅の途中で思春との関係が一線を越えた方が意外だったかな

思春も思春で自分から積極的に行けないだろうから御互いに明確な好意を懐いてれば…って位にしか、期待してなかったから」


「そうね…そういう意味では上手く行ったわね

…まあ、御祖母様が何処まで意図していたのかは、定かではないけれど…

思春の事は詳しくは知らない筈だもの」



そう言いながらも、完全には否定出来無い。

それだけ夏侯昭の能力が高い事を知っている。

何しろ、曹操からしても「まだまだ敵わないわ」と感嘆の溜め息が漏れてしまう程である。


要するに、曹家は安泰だという事。

曹騰を筆頭に一族の結束は固いのだから。




甘寧の妊娠は直ぐに曹家関係者の間に拡散。

その影には、嬉しそう義娘の懐妊を語る黄倫の姿が有ったとか無かったとか。

まあ、どの道、広まる事は避けられなかったが。


卞晧の診断が行われてから三日後。

曹家の本邸、その庭に有る東屋に座る五人の少女。

祝言の準備も含め、色々と忙しくしている曹操達が久し振りに顔を揃えていた。

各々の夫は不参加だが、特に気にはしない。

何故なら、これは女性()の集まりなのだから。



「聞いた時は「…は?、何だよ、その冗談…」って正直思ったんだけどな~

いや~、まさか本当だったとはなぁ…

取り敢えず、妊娠、御目出度うな、思春」


「…何故でしょう、嬉しくない訳ではないですが、この素直に喜べない複雑な気持ちは…」


「ああ、それは「翠に言われてもなぁ…」だな」


「ああ、成る程、それなら確かに頷けますね」


「酷ぇなっ!──って言うか、春蘭っ!

御前、そんな風に思ってたのかよっ?!」


「それなら、翠、貴女達の立場が逆だったら?」


「それは祝福されれば素直に………………………」



曹操の言葉に想像すれば──夏侯惇・甘寧と同じく素直に喜べない気持ちになる自分しか思い浮かばす言葉に詰まってしまう馬超。

そして、先程自分が言った言葉を二人から言われ、腹を立てている自分の姿が思い浮かんでしまう。

──と言うか、自分の場合は「やれやれ…やはり、春蘭の次は翠だったか…」と。

溜め息を吐く思春の姿が思い浮かんできて。

その可能性を否定出来無い自分に気付く。

つまり、そういう(・・・・)心当たりは否めない。



「まあ、何にしても体調には気を付けなさい

今まで通りには行かない事が一気に増えるわよ」


「はい、判っています

…不安が無い訳では有りませんが…」


「貴女の場合は必ず兄さんに相談をしない

兄さんに言い難いなら玲生や私達でも構わないし、伯母様や御母様達でもいいわ

兎に角、一人で考えて抱え込まない事

それだけは絶対に守りなさい、いいわね?」


「は、はい…」



自身の欠点を見抜かれた的確な指摘に縮こまる様に甘寧は曹操の言葉に頷いた。

そういった事の心当たりが幾つも有るし、卞晧から旅の途中にも指摘されていた。

性分を直す──変えるというのは困難。

だからこそ、意識的に相談をする様にする。

その重要性を教えられているし、理解している。

その上で、曹操からの念押し(・・・)だ。

甘寧は自分でも気を付かない内に余裕が無くなり、そう為り掛けているのだと気を付かされる。


そういう意味では夏侯惇は心配してはいない。

彼女の心配の種は別の事なのだから。



「それで…悪阻って、どんな感じなんだ?

春蘭の時は参考に為らなかったからさ」


「一言余計だぞ、翠!」


「止せ姉者、本当の事だ」


「秋蘭までっ…華琳様ぁ~…」


「はいはい、感覚は人各々だから仕方が無いわ

だからこそ、色んな意見を聞くべきなのよ」


「そうですね……私の場合は……初めて人を殺した時に感じた吐き気…に近い感じでしょうか…」


「…………アタシ、その経験は無いな…」


「奇遇だな、私も記憶に無いな」



甘寧の言葉に腕組みしながら考え、夏侯惇と馬超は揃って「身に覚えが無い」という結論に至る。

甘寧は勿論、曹操と夏侯淵も「でしょうね…」と。

大して驚きはしなかった。

それ自体に良し悪しは無い。

殺人(戦い)に対する覚悟は別物なのだから。



「まあ、玲生に言わせると春蘭は悪阻も軽い方で、同年代の女性の妊娠に比べれば身体も出来ているし健康だから参考にしない方がいいらしいわね

一般的な(・・・・)例には入らないそうだから」


「…あー…まあ、そうかもなぁ…」


「ふふんっ、まあ、当然だな

玲生様の話では私は安産型(・・・)らしいからな」



そう得意気に──いや、誇らし気にする夏侯惇に、「いや、それって意味が違うから」と。

曹操達は思っても指摘はしなかった。

何故なら、それが面倒臭いから卞晧は放置している可能性が非常に高いと察する事が出来る為。

「別に誤認してても影響はないしね」と。

苦笑する卞晧の姿が脳裏に浮かんでいるから。


だから、夏侯淵()ですら夏侯惇()を放置。

甘寧を見て質問を続ける。



「──で、思春の方は、どうなんだ?」


「まだ数日なので何とも言えないのですが…

玲生様に聞いていた一般的な症例に比べると現状は軽い様な気はしますね」


「ふむ…という事は、やっぱり、私達の場合は氣の技術や総量が関係していると見て間違い無いわね」


「そうなのか?」


「今まで玲生が診て来た妊婦というのは一般の女性ばかりだったそうだし、それで目立たない様に配慮していたから余計に統計としては少ないらしいわ

ただ、だからこそ、私達の様に特筆すべき人物だと影響の有無に関する情報は貴重みたいね」


「へぇ~」


「思春も悪阻が軽い様なら、氣の技術や総量に因る影響が有ると考えて間違い無いでしょう

それが良い方向に出るのなら、尚更ね」


「まあ、それはそれで有難い事なんだけどさ…

結局、何で、そうなるんだ?」


「玲生の話だと、一種の防衛本能(・・・・)らしいわね」


「防衛本能って…大袈裟過ぎないか?」


「それが、そうでもないのよ

悪阻自体は自然な生理現象だけれど、私達の意識上では不快感や苦痛を伴うわよね?」


「はい、少なくとも好ましいとは思えません」


「ええ、だから、無意識に軽減──正確には状態を回復・改善しようと作用するのよ

けれど、身体の何処かが可笑しい訳ではないわ

だから、悪阻が軽くなる程度になるらしいわ

まあ、まだ私自身は妊娠していないし、玲生自身は男だから当然、妊娠は出来無いもの

そういう意味では、まだ仮説の域を出ないわ」


「いやいや、それで仮説って…

アタシ、今の説明で十分頷けるんだけど?」


「安心しろ、翠、私とて同じ様なものだ」



曹操の説明に「考え方の次元が違う」と呆れるしか出来無い馬超の右肩に夏侯淵が右手を置き、頷く。


明らかな基礎水準や向上心の違い。

ただ、それを一々気にしていては追い掛けられず、必ず何処かで挫折してしまうだろう。

その事を曹操と幼少の頃から一緒に育っている為、夏侯淵は経験し、理解している。

無理に理解しよう、追い掛けようとはせずに。

先ずは、そのままを受け入れ、向き合う事。

それから、自分とを比較してはならない事。

比較した所で何も変わらないのだから。

“違いから学ぶ”のなら話は別だが。

ただ比較して、劣等感に苛まれるだけなら無駄。

だから、ある意味“気にしない”事が重要。

その事を夏侯淵は馬超に再認識させる。


因みに、それを天然で遣っている夏侯惇は凄い。

夏侯淵が姉を尊敬し、慕う数少ない理由の一つだが──まあ、先ず本人に語られる事は無い。


──とは言え、実際には大して問題には為らない。

曹操にしろ、卞晧にしろ、それは飽く迄も情報。

蓄積する事で後々役立つ可能性の有る情報であり、それに関して夏侯惇や甘寧の診察をしながら色々と観察・考察しているに過ぎない。

抑、現状では悪影響は出てはいない。

だからこそ、それは単なる情報収集に等しい。




そんなこんなで普段通りに会話する曹操達。

其処に遣ってくる女性達の姿が有る。



「あら?、待たせてしまったかしら?」


「大丈夫です、御母様

私達が早めに集まって話をしていただけですから」


「それなら良かったわ」



そう言いながら曹操達の座る対面の空いた椅子へと腰を下ろしていく劉懿達。

劉懿・李寧・黄倫、その他に長く曹家に仕えている侍女達が二人。

通常であれば、立って待機する彼女達も着席。

それは今は侍女としてではない為。

その事を証明する様に五人に夏侯淵が茶杯を配る。



「有難う、秋蘭………あら…これは“紫葉香(しょうこう)”?」


「はい、旅の途中で玲生が収穫して乾燥させていた出来上がったばかりの一番物(・・・)です」


「…~っ…強過ぎず弱過ぎず残り過ぎず仄かに薫り呼吸に溶ける様に自然な“紫葉桜(しょうおう)”の香…

…んっ……スルッと入る飲み口の爽やかな渋味と、しっかりとしながらも、くどくはなく後を引かない上品で果実の様な優しい甘味…

もし、市場に出せば、間違い無く最上特級品ね」



そう評価する劉懿の言葉に曹操は笑顔になる。

何しろ、曹操の料理好き・味覚は母・祖母譲りで、二人により研磨された才覚である。

勿論、曹操自身も純粋に料理好きである。

だからこそ、母の──師の最高の評価が嬉しい。

曹操自身が作った物ではないが、卞晧()の作品。

それ故に、我が事の様に嬉しくなるのは当然。


そんな曹操の姿には劉懿も、他の面々も笑顔に。

よく「美味しい物は人を笑顔にする」と言うが。

それは食べた者、作った者だけに限らない。

こうして、関わった者達にも及ぶ。

ただそれは、簡単な様で難しい事。

何故なら、其処には確かな絆が必要不可欠だから。

当然の様で、とても尊く、得難い関係。

それが曹家の中で“日常”と成ったのは。

曹操の変化──卞晧の存在なのは間違い無い事。

二人の関係性が、曹家全体に波及している訳だ。


因みに紫葉香というのは散る間際の(・・・・・)紫葉桜の花弁を採取し、乾燥させて作る茶葉の銘。

採取する時期を少し間違うだけで香・味が変わり、少しでも香・味が違う物が混ざると駄目になる。

極めて繊細な選別・採取を必要とし、乾燥等の後の手順も非常に手間暇掛けなくてはならない。

加えて紫葉桜は雲が掛かる程の高山域にのみ自生し開花する期間は僅かに十日間程。

その為、多少の粗悪品、少量でも上級品。

そして、曹操達が飲む様な品は市場には出回らず、粗間違い無く皇帝への献上品となる。

極めて稀に出回っても直ぐに買い手が付く。

それだけ稀少で、高価で、美味とされる逸品。


尚、紫葉桜は名前の通り、紫色の葉を付ける桜。

桜の花自体は薄い桃色をしているが、白に近い。

また開花時期は春ではなく夏の真っ只中。

──とは言え、それは人間の定めた季節の上の事。

自然的な観点から言えば、春に近い気候になるのが偶々、夏の真っ只中なだけである。


そんな事とは知らなかった夏侯惇達は我に返ると、劉懿の言葉を反芻し、手元の茶杯を凝視しながら、静かに身を強張らせていた。

「……え?、そんなに凄い物だったの?」と。

驚愕する三人に、曹操は「美味しいでしょう?」と悪戯が成功した様に楽しそうな笑顔で。

夏侯淵は「…まあ、そういう事だ」と同情の苦笑。

劉懿達は娘達の反応に笑い声を溢す。

当然だが、紫葉香は存在自体が知られていない。

稀少で貴重で高価な特権階級の嗜好品である為だ。


その紫葉香と、専用に用意された茶菓子を楽しみ、軽い談笑の後、本題に入る。

この集まりは、決して、御茶会ではないのだから。



「では、改めて…今日は妊娠中・出産後に関して、貴女達に色々と学んで貰うつもりです

既に妊娠している春蘭と思春は勿論ですが、華琳・秋蘭・翠も他人事では有りません

何より、貴女達も二~三年以内には一人目を身籠り出産する可能性は高い訳ですからね

寧ろ、こういう話をするのは遅い位でしょう」


「──っ…返す言葉も御座いません…」


「ああ、勘違いしないでね、思春

別に妊娠した事を咎めたりはしません

ただ私達も楽観視していた事は否めませんから…」


「まあ、想定していたよりも早かっただけよ

一緒に旅をしていた私と玲生でさえ想定外だもの

だから、そんなに気にしなくても良いわ

妊娠した事は本当に喜ばしい事だもの」


「華琳様…」



劉懿に加え、曹操からも暖かい言葉を貰う。

その事に甘寧の罪悪感や後ろめたさは薄れる。

然り気無い気遣い。



「ただまあ、我が子が、貴女達の立場に為った時、叱ったり咎めても説得力は無いでしょうけどね」


「…ぅぅっ……そう、ですね…」



──が、落ちを付ける様に、チクッと曹操が一言。

項垂れる甘寧と夏侯惇を見て一堂も苦笑。

そんな和やかな雰囲気の中、勉強会は始められた。




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