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真・恋姫†無双 星巴伝  作者: 桜惡夢
一章 雷覇霆依
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十六話 心親嬉営


“日常”という言葉を何気無く人は口にする。

けれど、その日常というのは一体“何を”指すのか明確に説明出来るだろうか。


それは自分の生活している社会の事?。

それは単純作業の様に繰り返される日々の事?。

それは生きている一日一日の事?。

それは統計的に導かれた多数意見の事?。

それは──本当に日常と呼べるものなのだろうか。


それは何気無い事であるが故に。

真面目に、真剣に考える事は無い。

ただ日常というものが“自分にとっての常”ならば同じ日など二度と在りはしない、この世界で。

一体、何を以て、何を基準とし、定めるのか。

それを誰が聞いても納得出来る説明を。

口にする事が出来る者は何人居るだろうか。

その答えは恐らく、“存在しない”が正しい。

何故なら、この様に考えている者が一人でも居れば納得出来無い答えという事になるのだから。


しかし、「それは人各々異なり、貴方次第です」と言われたなら、多くの人々が納得してしまう。

それは間違いではないし、確かな事なのだから。


ただ、それでは答えとは呼べはしない。

何故なら、それは全てに言える事なのだから。

例えば、“1+1=2”という計算式。

これを見て「間違いは何ですか?」と訊ねる。

恐らく誰も間違いは見付けられはしない。

何しろ、その計算式は正しいのだから。


けれど、それは誰かが作った決め事(ルール)が有り。

それが広く認知され、常識として“正しい事”だと誰も疑いはしない、というだけの事。

つまり、“1+1=2”が計算式という概念自体が誰かにより、強制的に定義された事だという事。


そんな中で生きている人々の日常。

果たして、それは本当に日常なのだろうか。



「いや~、こうして皆で遣ると楽しいね~」


「そうですね、義父上とは一緒に過ごす時間が中々取れてはいませんでしたから」



そう笑顔で会話しているのは曹嵩と卞晧。

言葉通り、曹嵩と一緒に居る機会は少ない。

当然と言えば当然だが、曹嵩は現職の身。

普段は忙しく仕事を熟している。

一方で、以前の劉懿は長期療養中の身であったし、その治療を卞晧がしていたのだから、一緒に過ごす時間が多かったのは当然の事。

ただ、現在は劉懿が職場復帰──とは言え、曹嵩の補佐という形だが──している分、余裕が有る。

何より、愛妻が傍に居るだけで能率が上がるのが、稀代の愛妻家である曹嵩という人物である。

その為、こういう風に義息と過ごす時間も作り出す程度には余裕が生まれている。

実際には愛妻と愛娘の画策による部分が大きいが、それは態々口にする必要の無い事である。


そんな二人の手元には釣竿が握られている。

──否、二人ではなく、参加者全員の手にだ。



「………なぁ、何で俺達まで此処に居るんだ?…」


「…いや、俺に訊かれても…本家からの話だし…」


「…まあ、これも仕える者の義務だろう…」


「…と言うか、小父上の御機嫌取りですから…」



そう小声で話すのは韓浩・曹洪・曹仁・曹丹。

曹丹の言葉通り、この一時は曹嵩の為である。

何だかんだで卞晧や韓浩達とは過ごす時間が少ない曹嵩が不満で不機嫌──と言うか拗ね気味で。

劉懿と曹操の配慮だったりする。

其処で、のんびりと会話も出来る釣りが企画され、狙い通り、曹嵩はとても御機嫌だったりする。


…まあ、卞晧は兎も角として、付き合わされている韓浩達にすれば、いい迷惑でしかないのだが。

それを口にする事は憚られるのが現実である。



「…昔──まだ華琳が四つになる前にね

こんな感じで…親子三人で釣りを楽しんでいた事も有ったんだよ?」


「そう言えば…以前、華琳が義母上が大好きな鮎を釣りに行っていた事を話してくれましたけど…」


「そう、其処にも何度も足を運んでたんだよ

…ただ、芹華の体調が悪化してからはね…

でも、玲生(・・)の御陰で完治したからね

旅に出ている間、久し振りに芹華と二人で彼処まで釣りをしに行ってきたんだよ

懐かしいし、楽しいし、嬉しいんだけど…ね?」



そう言いながら恥ずかしそうに苦笑する曹嵩。

その言葉の意図する所を察した卞晧は笑顔を浮かべながら「それは仕方無いですよ」と頷く。

曹嵩達の胸中には色んな感情が有っただろう。

けれど、一番は共に生きられる事への歓喜。

諦め(覚悟し)ていた未来への希望。

それが現実である事を実感してしまえば。

そういう風に為ってしまうのは仕方の無い事。

…序でに盛り上がって、燃え盛ってしまう事もだ。



「まだ暫くは忙しいでしょうけど、落ち着いたら、今度は親子四人(・・)で行きましょう」


「──っ!……ああ、必ずね」



然り気無い卞晧(義息)の一言。

その意味に曹嵩は泣きそうに為ってしまう。

元々、感情豊かで子供っぽい性格であるが。

これは、そういうのとは違う意味で刺さる。

義父としての見栄(意地)が泣ければ陥落している。

そう言い切れる程に、それは嬉しい一言で。

同時に、あれだけ男嫌いだった愛娘を夢中にさせるだけの事は有ると納得してしまう。


そんな二人の様子に韓浩達は思わず鼻を鳴らす。

曹仁達は勿論だが、韓浩も話は聞いている。

曹嵩程ではないが、韓浩は感覚的には近い。

だから感情移入してしまうと持って行かれ易い。

まあ、曹嵩は兎も角、卞晧にはバレバレだったが。

それを指摘したりはしないのが卞晧である。


そんな事が有ったからか。

韓浩は一気に曹嵩に対する遠慮という壁を突破。

主従を超え、友人の様に、親戚の叔父・甥の様に。

砕けた関係へと一変していった。

だが、それを止める者は居らず、拒みもしない。

結果、一人世代が違う筈の曹嵩は気付けば同列に。

童心に返り、和気藹々と楽しんでいた。


尚、童心に返り過ぎた結果、妻に叱られるのだが。

それは関係の無い話である。




釣りを楽しんだ後は釣った魚の一部を使って昼食を皆で作っていく。

普段であれば曹操も居るので細かく遣る卞晧だが、今日は男ばかりという事で大雑把に遣る。

──とは言え、それでも美味しい物が作れる辺りは年季の差という事だったりするのだが。

一緒に旅をしていた面子は気にもしない。

曹嵩も適応力は伊達ではなかったりする。

その為、卞晧も気楽に料理が出来ていたりする。



「しかし、玲生達も大変だね~

自分達の婚礼に加えて、御互いの婚礼にも無関係な立場じゃないんだから」


「ええまあ、それはそうですが…義父上もでは?」


「私はほら、まだ当主ではないからね」


「……へ?、あれ?、そうだったんだっけ?」


「勘違いされ易いんだけどね、実は違うんだよ

まだ父──曹真が曹家の当主でね

曹家自体も祖父の曹騰が纏めているから…」



思わず、「まあ、実質的には違うんだけどね…」と言いそうになったが、飲み込む曹嵩。

実際、裏の支配力の方が強いから安定している。

──と言うか、だからこそ曹騰も、曹真も、曹嵩も表立って動く時には思い切って動けるのだ。

つまり、正しく“内助の功”が利いている証拠。


ただ、それは非常に珍しい事であるのは確かだ。

孫家・馬家も似た様な感じであるのだが。

その裾野の広さが大きく事なる。

孫家・馬家の場合には、亡き田静の影響が強い。

しかし、曹家の場合には曹騰の代──亡き呉景から始まっていると言っても過言ではない。

その為、一族全体の認識の度合いが段違いであり、必然的に組織的な影響力にも差が生じる。


加えて、生まれる性別が逆であれば天下を動かしたとさえ言われる女傑が三代に渡り支えている。

その四代目は直系だが、正しく(・・・)血を受け継ぐ。

そう考えれば、曹家の厚み(・・)が判る事だろう。



「それじゃあ、玲生が当主になるのは先の事か」


「いや、玲生の場合は早いよ」


「え?、そうなのか?」


「…この間、説明したよね、康栄?」


「あ、あははは…」


「華琳達が居なくて良かったね?」


「後生だ、言わないでくれ!」



大事な話であり、「ちゃんと聞きなさい」と曹操に念押しされていた筈なのだが…これである。

流石に卞晧でも「少々御灸を据えるべきかな?」と考えてしまっても可笑しくはない。

まあ、それでも「華琳に言おうか?」と言外に示し土下座した韓浩の態度で赦す辺りは甘い。

勿論、それは今が私的な場で有るから。

これが公的な──執務室等での休憩中の会話だった場合には流石に雷を落としているだろう。

そういう意味では韓浩は運が良いと言える。



「はははっ、まあ、次は無いと思った方がいいよ

で、華琳との婚礼が済んだ所で、私が当主になる

それから、二人が二十歳を迎えた時点で私が玲生に当主の座を譲る事になっているんだよ

本当なら直ぐにでも玲生を当主にしたいんだけど…その辺りは政治的な配慮──と言うか、根回しとか色々遣らないといけないからね

ただ、実質的には宅は婚礼を機に二人を中心にした体制に変わっていくからね

だから、康栄(・・)達も忙しくなるよ?」


「………マジでか…」


「康栄の場合には、春蘭と生まれてくる子供の事も有るから更に大変だろうから、しっかりね」


「……そうだな、もう俺も背負う存在(もの)が在るんだ

しっかりしていかないとな」


「取り敢えず、人の話は真面目に聞く所からだな」


「ぐっ…翔馬、痛い所を…」


「そうだね、私達にとっては義兄にもなるんだから頑張って貰わないと困ります

夏侯家の未来にも関わりますからね、義兄上(・・・)


「ちょっ!?、冬哉さんまでっ?!」


「玲生様達の婚礼は勿論だが、翔馬もだ

御前達の婚礼は曹家と馬家とを繋ぐ物だからな」


「言わないで!、そんなに重く言わないでっ!」



曹仁の言葉に現実逃避していた曹洪が耳を塞いで、考えたくないのか頭を大きく左右に振る。

曹洪が馬超を想っている事には疑う余地も無い。

だが、曹洪自身の精神力は旅で鍛えられてはいるが十五歳──十六歳の手前である事も事実。

つまり、いきなり馬一族を背負う立場になる現実は到底想像し得た物ではなく。

それ故に、心の準備も出来ていないのが現実。


その為、曹操が「翠も出来無いかしら…」と本気で考えていたりするのだが。

それを口にしようとは卞晧は思わなかった。

曹洪の様子を見ていれば、冗談でも笑えないので。



「所で、玲生、宅の初孫の予定は?」


「二年以内には抱いて貰えると思いますよ」


「そっかそっか、頼もしいね~、楽しみだよ」



然り気無い曹嵩からの催促に動じずに返す卞晧。

特に勘繰る事も無く嬉しそうにする曹嵩。

普通であれば、戸惑ったり躊躇する所なのだが。

家族に対しては基本的に裏表の無い曹嵩だからこそ卞晧も変に誤魔化したりはせずに答えた。

勿論、その返答に嘘偽りは無い。


実際、二人としては直ぐに作っても全然構わない。

韓浩達とは違い、結婚・妊娠・出産に関しては既に想定し準備もしている。

育児に関しては産まれてみなければ解らない。

その子に合わせて育てるつもりだからだ。


また、妊娠自体は二人にとっては造作も無い。

きっちりと避妊している卞晧は、相手が曹操ならば意識的に妊娠させる事も不可能ではない。

ただ、それは氣を用いて行う為、気が進まない。

──と言うか、それ自体が作業みたいで嫌だから。

だから、曹操とは「自然な形で」と決めている。

尤も、避妊していなければ疾うに出来ている自信が卞晧にも曹操にも有る為、心配はしていない。

韓浩の様な先走り(・・・)もしないので。



「玲生も康栄もだけど、隼斗達も頑張らないとね

まだ若いし大丈夫だとは思うけど」


『…………………』



曹嵩の悪気の無い激励に曹仁達は顔を見合わせる。

言葉通り、文面通りに受け取るのであれば。

まあ、そういう事(・・・・・)なのだろう。

確かに必要な事だし、若いから旺盛ではあるが。

それでも、「え?、今言う事?」とは思える。

しかし、その一方で「若い内に買ってでも苦労し、色んな経験を積んで置きなさい」といった意味にも受け取れるから困ってしまう。

聞き返す訳にもいかないのだから。

だから三人は、「気にしない事にしよう」と視線で語り合って静かに頷いた。

態々、墓穴を掘る必要は無いのだから。



「そう言えばさ、翔馬の所、どうなったんだ?」


「…へ?、宅?」


「ほら、長男の御前が馬家に婿入りするんだから、御姉さんが婿さん取るんだろ?

その話は進んでるのかって事」


「あー……うん、まあ……一応は……ねぇ…」


「…………?」



急に歯切れが悪くなった曹洪。

その態度に韓浩は首を傾げる。

事情を知っている他の面子は揃って苦笑を浮かべ、成り行きを見守る様に作業を続ける。

要するに、我関せず、である。



「…馬家からさ、翠の弟の“踉”──馬鉄が来て、姉さんと見合いをしたんだけど…」


「………けど?」


「まあ、歳の差が六つも有るし姉さんが年上だから両家共に「先ずは形式的に」って感じだったんで、気楽な筈だったんだけどねぇ…

何でか、御互いに本気で一目惚れしたらしくて…」


「………つまり?」


「うん、踉が婿入りする事に決まったんだ」


「………?、なら、目出度いんじゃないのか?」


「まあ、客観的な立場から見て話をすればね…

けどさ、自分の姉が自分より年下の、しかも義弟と男女関係になってる所を見たら…どう思う?」


「それは…………あー……何か複雑だろうな…

俺は男兄弟だから姉妹の居る感じは判らないけど」


「例えばさ、自分の妹の年齢以下の嫁を貰うとかは珍しい話でもないじゃない?

寧ろ、自分の娘より若い嫁を貰ったりする事とかも有る位だからね

でも、その逆って珍しいじゃない?

それはまあ、姉さんも若いから子供の心配なんかは先ずしなくても大丈夫なんだろうけど……ただ…」


「……ただ?」


「…踉の事、覚えてるよね?」


「ああ、翠の弟っていう割りには大人しくて賢くて気遣いが出来る、弟に欲しい感じだったな

年齢の割りに小柄で、間違えたのが印象深い」


「そう、踉って男から見ても可愛い弟分でしょ?

その踉を自分の姉が溺愛してる姿は……ねぇ…

後、何気に言ってた悪口は翠に伝えとくから」


「伝えんなよっ!」



曹操から小言を貰いそうな気がして焦って曹洪から馬超への報告が行かない様に止める韓浩。


その曹洪は深い溜め息を吐いて項垂れる。

別に曹彰()馬鉄(義弟)が幸せなのは良い。

寧ろ、義兄としては「…いや、本当に良いのか?、冷静になれ、考え直すなら、まだ間に合うぞ?」と言いたいのが本音だったりするが。

恋愛は本人達の問題だという事を知っている。

馬超との婚姻は両家の政治的な意図も含む思惑から決まった様なものでは有るが、文句は無い。

いや、全く無い訳ではないが。

それは事を性急に運ばれた事に対する愚痴だ。

だから、馬超との婚姻自体には文句は無い。

何だかんだで、今では御互いを伴侶と認め合って、愛している事には間違い無いのだから。


ただ、自分の姉が幼い少年を溺愛している姿を見る身になってしまうと。

色々と胸中は複雑な状態だったりする。

仲が悪い訳ではないが、大して可愛いがってくれた記憶の無い実弟の身としては尚更に。

複雑だったりする訳だ。


尚、馬超の方は大して気にはしていない。

寧ろ、曹洪の姉達とは仲が良い。

馬超自身、自分とは正反対と言える曹彰達に対して尊敬にも等しい感情を懐いている事も有る。



「まあ、夫婦仲が良いなら、それが一番だからね

華琳や俺から見ても、御似合いだと思うよ」


「だったら、問題無いか……無いよな?」


「…胸中は複雑だけどね」


「…あっ、問題って程じゃないけどさ、呼び方ってどうしてるんだ?」


「ああ、それは基本的には今まで通りだね

ややこしい義兄弟姉妹の関係なんけど、馬家の方が家格が上になるから基準は馬家になるんだって

公的には馬家の嫡男になるから俺は義兄のままで、姉さん達が俺の事を弟じゃなくて対処する形

翠が姉さん達に「御義姉様」と揶揄われてたよ」


「へぇ~……あれ?、それじゃあ、俺も──」


「康栄の場合は家格的に同列になるから無理だよ」


「気付くのが早ぇよっ!」



曹丹や夏侯淵からの「義兄上」呼びを変えられると考えて提案し掛けた韓浩の意図を誰よりも早く察し食い気味に言い切った卞晧。

その遣り取りだけで場の空気は弛緩する。


そういう意味では韓浩の存在は特別だと言えた。

歴史的に言えば、圧倒的に夏侯家なのだが。

“繋がり”という意味では韓浩の方が強い。

正確には韓浩の興す“韓家”がだ。

韓浩は卞晧の、夏侯惇は曹操の親友と呼べる存在。

そんな二人が夫婦となって興すのだから、新家でも一族の間での重要性は非常に高くなる。


そして、その二人の間に産まれる子は卞晧と曹操の子供にとっても特別な存在になる事だろう。

それだけ親い関係に有るのだから。



「うんうん、若いっていうのは素晴らしいね~」



そして、そんな次代を担う義息達を見詰めながら、曹嵩は一人満足そうに頷く。

普通なら、ツッコミの一つも入れる所だが。

今日は曹嵩の御機嫌取りが主目的である。

それを韓浩でさえ忘れず、厳守している。

そんなこんなで、彼等は他愛無い平穏を満喫する。




一方で、その頃の彼等の奥様方はというと。

揃って大きな溜め息を吐いていた。



「…どうして、そうなるのかしら…

寧ろ、非常識過ぎて理解が出来無いのだけれど?」


「ぅぅっ…申し訳有りません…」



困り果てて愚痴る曹操の前で夏侯惇が項垂れる。

ある意味では見慣れた光景なのだけれど。

流石に、周囲に居る面々も笑えないでいた。


現在、以前に夏侯惇の母・李寧が宣言していた通り夏侯惇の教育を一族の女性陣が総出で行っている。

──のだが、此処に来て大きな問題が発生。

料理もそうだったが、基本的に家事技能の未熟。

それでも自他の努力の甲斐も有って、少しずつだが確かに成長はしているし、慣れてきている。

其処で、卞晧からの提案も有り、実践形式(・・・・)で実際に家事を遣らせてみる事になったのだが。

その結果が……まあ、酷いの一言だった。

何しろ、実の母親が「これは何をしても無理ね」と匙を遠くに投擲し、現実逃避する様に御茶を飲む、という有り様なのだから。



(…はあぁぁ~………玲生、気付いていたわね…)



自分達が仕向けた事とは言え、のんびりと義父子で釣りを楽しんでいる事だろう卞晧()に胸中で愚痴る。

確かに、個々に見れば成長しているのだけれど。

急な対応だったり、複合したりすると呆気無い程に夏侯惇は成長分が逆転してしまう。

卞晧の提案していた通り、“産後の生活”を想定し空き家になっていた民家を使っていたのだが。

「一体、どんな惨劇が遇ったのか…」と。

そう思わずには居られない状況になっている。


当初は本格的に遣ろうと考えて侍女達にも参加して貰うつもりだった曹操だが、卞晧から止められた。

その時は「先ずは客観的な立場で見て貰ってから、現場の意見を参考にしつつ改善した方が良いよ」と言われて納得したのだが。

今は夫の先見の明に対し、舌打ちしたくなる。


その参加する予定だった侍女達は古参から新人まで三十人居るのだが、一様に顔を青くしていた。

「そうなるのも無理も無いわよね…」と思う曹操。

双子の妹である夏侯淵ですら、頭を抱える始末。


だが、最も悲惨なのが赤子役として使用されていた曹嵩の彫った木彫りの猫。

“昼寝する猫”という作なのだが。

重さと形状が、生後間も無い赤子に近かった事から曹操により指名されて生け贄となった。

…代用品として、そういう物を使う案自体は卞晧が出したのだが父の趣味の有効活用を思い付いたのは愛娘だったりするので父親も本望だろう。

それは兎も角として、代用品の赤子は悲惨──否、飛散(・・)してしまっている。

そう、木像だったから、砕けただけ(・・・・・)で済んだ。

空き家だったから、崩れ潰れてしまっても(・・・・・・・・・・)大丈夫。

侍女役・来訪者役等は夏侯淵達が務めた。

だから怪我人も出なかったのだが。


はっきりと言って、賊徒の根城を攻め落とした様な光景が目の前に広がっていた。



「………これはもう、少しずつ慣らすしか無理ね」


「いや、家と命が幾つ有っても足りないだろ…」


「流石に今回の様な形では遣らないわよ…

個々の指導は勿論だけれど、少しずつ複合させて…そう遣って慣れるしかないでしょうしね」



普段なら馬超の発言に睨んだり抗議する夏侯惇だが今回ばかりは自身の不甲斐無さを自覚していた。

──と言うか、本人も想像していた以上だった。

いや、能力的には以下だったのだが。

兎に角、流石に凹まないというのは無理だった。



「後、次からは玲生にも手伝って貰うわ」


「──っ!?、か、華琳様っ…」


「安心しなさい、康栄には教えはしないから」



卞晧の参加を聞き、直ぐに顔を上げる夏侯惇。

今にも泣き出しそうな程に不安気な表情は珍しいが其処は「最愛の韓浩に幻滅されたくはない」という女心から来るもの。

それを察し、曹操は直ぐに答えた。

安堵する夏侯惇の姿は可愛らしく、意地らしい。

とても目の前の惨状を作った犯人とは思えない。



(…とは言え、康栄は知っているでしょうけれど)



何しろ、一緒に旅をし、見てきているのだから。

はっきり言って、夏侯惇に対して家事面での期待は無いに等しいだろうと曹操は思っている。

事実、韓浩は夏侯惇に家事は求めてはいない。

韓浩本人も得意ではないから余計にだ。

「そんなのは出来る者に任せる」と。

初対面の頃から言っていた位なのだから。

そういう意味では理解の有る夫だと言える。

無い物強請りはしないのだから。


ただ、その一方で夏侯惇の気持ちも理解出来る。

見返して遣りたい訳ではなく、惚れ直させたい。

そんな女心を曹操も少なからず持っているから。

──と言うか、曹操達は皆、負けず嫌いだ。

夏侯淵にしても、そういう部分が有る。

だから、曹操達としても退く気は無かった。

寧ろ、韓浩に「あ、やっぱ無理だったんだ」と。

そう言われたくはないし、言わせたくもない。

何処か、韓浩に負けた気がするから。

だから、曹操は卞晧(裏技)を使ってでも成す。

必ず、夏侯惇を人並みにしてみせる、と。

そう胸中で誓った。



「…ふふっ、可笑しなものね」



そんな曹操(愛娘)達の様子を見ながら笑む劉懿。

今、漢王朝に見切りを付けて反乱しても十分に勝ち切るだけの戦力を有していると言える曹家。

それが、たった一人の嫁入り準備に手古摺る。

どんな笑い話よりも滑稽に思えてしまうだろう。

けれど、そんな平和な苦悩なのだから、今の平穏な一時を心から大事にしたいと劉懿は思う。

──とは言え、夏侯惇の教育は最優先課題だ。

ただ、曹操を筆頭に次代の妻達は内助の功は勿論、共に戦場に立つ武才を有している以上、その才器を無駄にしない様にも配慮しなくてはならない。

そういう意味でも夏侯惇の教育に総力を上げる事は決して可笑しくはないと言える。

遣っている事は客観的に見れば可笑しいのだが。



(…貴女なら、どうしますか、蓮珠姉様…)



何気無く見上げた空。

其処に思い浮かぶのは、流石に思案顔の田静。

如何に優秀な義姉でも、御手上げな案件らしい。

そして、肩を竦めながら溜め息を吐く。

「もう、成る様にしか成らないわよ」と。

手渡した筈の匙を投げ返された気がした。

勿論、それは飽く迄も劉懿の勝手な想像だが。

「…ですよねぇ…」と納得出来てしまう。

“そう言うだろう”という意識は無く。

其処に居て、話しているかの様に。

不思議と劉懿は田静(義姉)を傍に感じるから。


留まる事無く、季節は移り変わり時は流れて行く。

人も、想いも、変わらない事は無く。

けれど、それでも。

変わり続ける中で、失われないものが有るなら。

きっと、それこそが、真に永遠に至れるもの。

それが何なのかは、明言する事は難しく。

しかし、誰しもが、持ち得る可能性を有する。

ただ、それに気付く事が難しいというだけで。

とても身近に在るのかもしれない。




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