3
恋愛するのが怖い。
今、彼が隣に居ても、直視することは容易ではない。
そのことに彼自身気づいてるかどうかは微妙だけど。
乱暴されたとか、両親が冷めてたとか、そういうのじゃない。
過去の恋愛で、2度と恋はしないと決めたから。
自己暗示とでもいうのだろうか。
恋をすることに臆病になっているだけなのかもしれない。
女友達より男友達の方が多いのは安心できるから。
友達はどこまでも友達だし、意識して一線をおくように接しているから。
そういう関係は誰にも影響は与えないし、誰も傷つけない。
もう、自分を傷つけたくなかった。
それが一番の理由なのかもしれない。
―――― 「結婚してほしい」
車の中でいわれた言葉を反芻する。
目の前は真っ暗で、久しぶりにもぐる布団はなんだか湿っぽい。
それでも眠ろうとがんばるが、社長の一言が耳について離れない。
―――― 「覚悟しといて」
何を覚悟しろというのだろうか。
社長の性格を考えると、どんな手を使ってでも遂行しそうで怖い。
社長に対して、どんな対抗をすればいいのだろうか。
どんな反抗をすれば、あきらめてくれるのだろう。
同年代の友達は、皆結婚し、家庭を持っている。
正直、うらやましいとも思うときはある。
帰る家があり、そこはいつまでも暖かいのだから。
給料を貰っても、使う時間がない自分の貯金は家が1件買えるほど溜まっているだろう。
銀行の貯金通帳も、最近見ていない。
それだけ褪めた生活をしていて、仕事しか楽しみがない完全なる仕事人間だという私に。
社長は何を求めているのだろうか・・・。
眠る時間が3時間以上確保されることが久しぶりだった。
しかし、社長の一言のおかげで昔の夢を見てしまった。
あの、つらい恋の夢を。
高校を出て、音楽を続ける為に留学した。
両親は共に音楽家で、当たり前の道だった。
留学先はイギリス。
大学、大学院と進学する予定だった。
あのことが無ければ・・・・。
同じ留学生で、同じ楽器を扱っていた彼。
技量も素晴らしく、飛び級すら噂されていた。
でも、彼が飛び級をして卒業することはなかった。
婚約までして、両親を喜ばせ、もちろん私自身も最高に幸せ絶頂期だったあの頃。
彼は違う人を選んだ。
それも大学も音楽も辞め、あっけなくその人の元へ。
何が起きたのか、どうしてそうなのか、さっぱりわからない。
それは今でも。
どうしてその人がいいのか、どうして私を置いて行ってしまったのか。
彼の両親もひたすら私と私の両親に謝るのみ。
問いただしても「知らない」しか言えないと辛い顔を見せる。
はじめは罵っていた父親も、最近は何も言わない。
音楽の道を外れた私に対しても、何も言わない。
関心が無くなったのではなく、どうすればいいのか思案しているのだろう。
学校でも公認に近いカップルだっただけに、先生や先輩・・・学校中の目が私を突き刺した。
まるで全て私が悪いかのように。
あの頃の私には耐えられなかった。
大好きだった恋人が駆け落ちをし、大好きだった学校が大嫌いな場所へと1日で変わったのだ。
先生からの冷たい指導や、同級生からの無言の圧力。
泣きたいのに泣ける場所がない、ステイ先。
逃げるように日本へ帰国した。
何をするわけでもなく、無気力に毎日を過ごした。
帰ってきたことを知っているのは両親だけ。
日本の家にお手伝いに入っていた業者も、来ないように手配してくれた。
それだけ、他人に干渉されるのが苦痛で苦痛で仕方なかった。
誰からも放っておいてほしかった。
心が悲鳴をあげていた。
誰かに助けてもらうわけでもなく、自分で立ち上がれるようになったとき
従兄弟から今の仕事を紹介された。
「音楽からは逃げられない。だから戦ってみろ」
そう言ってくれた従兄弟に感謝した。
――――がむしゃらに働いて、もっともっと忘れよう。
――――もう恋なんてしないんだから・・・・。
そう誓って2年。
たった2年で足元はぐらぐらに揺れている。
――――誰かに寄りかかりたい。
――――もう一人では無理。
心のどこかでもう一人の私は叫んでる。
でも、それを許すわけにはいかない。
もう2度と傷つくわけにはいかない。
次は、きっと立ち直ることはできないはずだから。
恋を幻にしてしまう術は、もう持ち合わせていない。
――――もう、誰も愛せない。
――――もう、誰も愛してはいけない。
この自分の気持ちを再確認した頃には、夜は明けていた。