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業界物になります。本編は限りなく暗いです。
また、直接的ではないですが、人の死に関して触れている部分がありますのでご注意ください。
※当作品は過去「Orange Label」というコラボサイトにて掲載していた作品になります。
―――― あなたを捕らえて離さないもの、それはなんですか? ―――――
何をやってもうまくいかない。
何をどうしても納得がいかない。
それなのに、時間は問答無用とばかりに急げ急げと進んでいく。
私は不思議の国のアリスなんかじゃないのに。
右を見ても左を見ても、どこにも時計を持ったウサギなんかいないじゃない。
それでも目の前のディスプレイにある数字は相変わらず赤ばっかりで、エラーを呼び出す。
あたしが一体何をしたって言うのよ。
月末のこの忙しい時、なんで私が・・・
って言ってたって仕方が無いのは分かりきってる。
職場のフロアーもこちら側だけしか蛍光灯は光っていない。
壁掛けの無機質な丸時計は容赦なしに終電の終わりを告げていた。
「はぁ・・・今日も泊まり決定か。」
無意識に出たため息と言葉も、むなしく先に進む暗闇に吸い込まれていく。
ため息を零したところで、慰めてくれる上司がいるかっていうといるはずもない。
だって、このフロアーにいるのは私だけだから。
「やっぱり、まだココだったんだ。」
かなり集中してたのか、いきなりの言葉に全身で驚きを表現してしまった。
「なんだよ、ビックリしすぎだろ?」
「ビックリ・・・しましたよ、ほんと・・・」
音も立てずにその場に立ってる彼を見て、どうすればいいのか悩んでしまった。
「どうしてここに?」
「どうしても何もないだろうよ、ココはオレの会社だぞ?」
「ま、確かにそうですけども・・・」
社長自ら、というかなんというか・・・
「で、終わりそうなの?」
「終わるわけないじゃないですか・・・今日も泊まり決定ですよ。」
「ふ~ん」
「社長はお帰りにならないんですか?」
「大事な社員が頑張ってるのに、帰れませんよ?」
「そうですか、でもここに居ても仕方ないと思うのですが?」
「といっても、曲作りもダイブ暗礁に乗っちゃったので。」
「では、書類にサインでもしててください。」
「りょーかーい。」
サインする書類なんてとっくに終わってるのに、社長は自分の部屋に入っていく。
「あ、そうだ。」
ひょっこりドアから顔を出して、何を言うのかと思ったら。
「僕寝るから、帰るとき起こしてー。送ってあげるから。」
「え・・ちょっ・・社長??」
コチラの答えなんぞ聞きもせずに扉を閉めてしまった。
人伝手で入社して2年。
社長を紹介してもらった時の驚きは、今も変わらない。
テレビで見てた顔が直ぐ目の前にいて、ニコニコ笑ってる。
どうしたものかと、紹介してもらった知り合いに目を向けたところで答えは返ってこない。
「はじめまして、明日からよろしくね?」
入社試験も面接もあってないような、そんなものだった。
夜中にメールで起こされたり、電話で起こされたりなんて当たり前。
仕事に関しては人一倍厳しい人だと知ったのは、入社して1日目。
この会社の定時なんてものは存在しないと理解したのは入社2日目。
3日目には何故か順応してる自分がいた。
入社2年目にして新しいプロジェクトの補佐に回されて、私生活も何もなくなったのはつい最近。
そして今、自宅に帰る日数がどんどん減って行ってる。
それでも、嫌になったことは無い。
なんだかんだ文句は言いながらも、この仕事が好きだと本能で感じている。
自分で無理という限界を作らないのがこの会社の信念らしい。
それって社長がそうだからなんだろうけど・・・。
だから、結構入れ替えが激しかったりする。
私がいつまでたっても一番下なのは、それを意味しているから。
「・・・・終わったぁ~~」
目の前のディスプレイがにっこり笑っているかのように見えるのは、きっと目の錯覚。
分かっているけど、赤文字が無くなっただけでも有難い。
冬の今、外はまだ暗い。
滅多に吸わないタバコを持って、非常階段へ向う。
安い100円ライターから灯る小さな火に、ジュっと小さな音を立ててタバコに火がついた。
肺一杯に煙を吸い込んで、一気に吐き出す。
それと同時にため息も。
左腕にある腕時計に目を向ける。
デジタルの表示はAM3:18。
「中途半端な時間だなぁ・・・」
タダでさえ人より睡眠時間が少ない社長を、この時間に起こして送ってもらうのは筋が違う。
「いつもの場所にでも行こうかな。肩凝ってるし。」
残業が続いて、家に帰れないときは大体近くの指圧ルームへ足を向ける。
24時間っていうのが嬉しい。
風に煽られて根元まで燃え尽きたタバコを携帯灰皿に押し込め、フロアーに戻る。
「タバコ?珍しいね、吸ってたんだ。」
居るはずの無い人の声。
「社長、寝てなかったんですか?」
「ん?寝てたよー?」
どう見ても寝起きに見えない。
「分かり易すぎますから・・・」
「えー、寝てたけどなぁ。」
給湯室に足をむけ、煮詰まったコーヒーをカップに注ぐ。
「社長も飲みますか?」
「うん、頂戴。」
簡易カップを手渡し、自席に戻る。
「終わった?」
「あ、はい。一応。」
「じゃ、それ飲んだら送ってく。」
「あ、いいですよ?そこの指圧行こうと思ってますし。」
「ダメ。君何日家に帰ってないの?」
「えー・・っと・・・って、なんで社長ご存知なんですか?」
「社員のことは把握してます。」
「はぁ・・・。」
「それに、話したいこともあるしね」
「話したいこと・・ですか?」
「うん。」
「なら、今でもいいと思うんですけど。」
「いいから。後で話してあげるから、早く帰り支度しなさい。」
「あ、はい。」
何故か急かされるように追い立てられ、ロッカーへ荷物を取りに行く。
「出張帰りみたいな荷物だな・・・」
「すいません、着替えは流石に用意しないと・・・」
ボストンバックを持って現れた私に、社長は苦笑していた。
「ここにシャワーついてて良かったねぇ?」
「付いてなかったら悲惨ですね・・・」
デスク周りを簡単に綺麗にして、バックを持とうと思ったら
「ほら、行くよ?」
社長の手元に納まっていた。
「あ、社長カバン・・・」
「いいから。」
何もいえないまま、フロアーを後にして、EVで地下へ向う。
ピピっという音が鳴ったと同時に車の鍵が外れた。
「乗って。」
促されたのは助手席。
「え?」
「後ろは座らせません。前に座って。」
暗闇の中、低い声が響く。
「あ・・・はい。」
反抗も出来ぬまま、体を滑らせた。