桜竜呼び
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
早いわね~、もうGWも終わりが近づいている。ちょっと前まで、連休だ~と浮かれていたのが、一気に現実へ引き戻されちゃう感じ。
つぶつぶはどう? この休み明けに調子をもとに戻せそうかしら? いったんエンジンを止めちゃうと、またかけ直すのに時間かかるのよねえ。かといって、いつまでもアイドリング状態を保つのも難しい。
適度に抜きたいところだけど、そのすき間を突かれると致命的な痛手を負いかねないからねえ。誰か、信頼のおけるものに任せないとのんびり羽を伸ばすことなんて、なかなかできない。
これがある限りは、絶対に大丈夫ななにか……存在するなら、すがりたいものよね。
ちょっと前に、パパから不思議な話を聞いたんだけど、耳に入れてみない?
パパが小学生のときだったみたい。
当時は女の子の中でおまじないが流行っていたとかで、男の子にもちらほらとその情報が流れていたそうなのよ。
男のくせして、女のマネとかなよなよして嫌な感じ……という認識は、パパも察していたみたい。それでも「これは絶対、やっておいたほうがいいよ!」という触れ込みで、やたら広まっていたものがあったんですって。
桜竜呼び。そう称されていたみたいね。
竜の一文字が入るだけでも、ロマン度がぐぐっと上がるものじゃない? 多くの伝説で上位の神秘を宿す存在だもの。それが身近にあると思ったら、心がぞわぞわしてきても無理ないんじゃないかしら。
この桜竜なるものを呼び出す手順がおまじないの一種として、伝わってきていたらしいの。
本来は複雑な理屈があるらしいけど、そこらへんはちょっとおバカな私じゃ、全部インプットできなかったわ。ごめんね~。
でも要点としては、その桜竜を呼び出している間は、あらゆる害から身を守ることができるとされているみたい。けれども、呼び出せる時間は非常に限られているわ。
はるか昔の人ならば、何日も効果を持続させることができたようだけど、現代人ではせいぜい数秒、素質のある人でも1分程度が限度。パパの見解だと、昔に比べて今はあまりに情報量が増えすぎて、完全な守りを保つことが難しすぎるのだろう……とのことね。実際のところは分からないけれど。
先に話した、完全に任せきりとまではいかないけれど、安全を確保できるツールの存在。
これが必要になったときが、一度だけあるとパパが話してくれたの。
桜竜を呼び出せるのは、年に一度だけ。自分がその年ではじめて触れた桜の花びらだけが、その力を持つとされるわ。
この桜はお守りの袋の中へ入れておくことが望ましいみたい。外気を完全に遮断するわけでもない上に、お守りの中身と呼応して聖なる力を高めるのだとか。そうして、必要なときが来たとき、ぐっとお守りを強く握りしめれば桜竜が現れるらしいの。
かといって、映画やアニメーションのような劇的な出現になることはまずないみたい。それこそ、ほんのわずかな防ぎといった感じみたいね。
パパの場合は交差点で向こう側へ渡ろうとしたときだった。青信号に猛烈な勢いで突っ込んで、パパの前を左折しようとした軽トラックがあったの。
そのてっぺんに積んでいたはしごがね。ガタンと音を立てて固定からはずれて、真っすぐパパのほうへ倒れこんできたらしいのよ。
ちょうど自分を追い抜くかというタイミングだから、距離はあまりに近く、直撃コース。トラックを運転している側も、かなりスピードを出していたからすぐには止まれない。
身体能力に頼っても、かわしきれる自信がない……そう直感したパパは、とっさにいつも胸から下げて、服の中へ隠しているお守りを握りしめたらしいの。
ほんの一瞬のことだったけれど、倒れこんでいた梯子が動きを止める。そうしてわずかに押し戻されたはしごが、歩道のタイルの上へ落ちたらしいのよ。
パパは面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だとばかりに、すぐその場を逃げ出しちゃったから、その後のことはよく知らないみたい。
けれど、お守りをあらためてみると、ずっと入れていたはずの桜の花びらはすっかり姿を消していたのだとか。
わずかな間だけど、絶対の守り。それは今でも有効な世なのかしら?
あるいはもう効果がないとしたら、人間自身の力を神様が試されているのかしらね?




