第7章 夏色の一日
八月の第一週。海の日がやってきた。
朝早く、駅に集合した。みんな、大きなバッグを持っている。
「おはよう」
「おはよー」
柚葉、凛、詩。そして、小春と真白。5人が揃った。
「全員いるね。じゃあ、行こっか」
凛の声で、改札をくぐった。
電車に乗り込む。朝早いせいか、車内は空いていた。
「隣、いい?」
詩が、小春の隣に座った。
「あ、はい」
「楽しみだね、海」
「はい。詩先輩、泳げるようになりますよ」
「頼りにしてる」
詩が微笑んだ。小春は、なんだか嬉しくなった。
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一時間ほどで、海の最寄り駅に着いた。
改札を出ると、潮の香りがした。
「海の匂いだ」
小春が、深呼吸をした。
「いい天気だね」
柚葉が、空を見上げた。真っ青な空。雲一つない。
「日焼け止め、ちゃんと塗った?」
凛が言った。
「塗りました」
「私も」
「よし。じゃあ、ビーチまで歩こう」
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ビーチは、駅から歩いて十分ほどの場所にあった。
砂浜に出ると、目の前に海が広がっていた。
「わあ……」
小春は、思わず声を上げた。
青い海。白い砂浜。遠くには、水平線が見える。
「きれい……」
「でしょ。去年来た時も、感動したんだ」
凛が、嬉しそうに言った。
「いい場所、取ろう。あそこ、空いてるね」
みんなで、砂浜の上にシートを敷いた。パラソルを立てて、荷物を置く。
「着替えよっか」
「うん」
近くにある更衣室で、水着に着替えた。
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小春は、白地に青いストライプのビキニ。真白は、紺色のワンピースタイプ。
「真白、かわいい」
「……別に」
「似合ってるよ」
先輩たちも、着替えて戻ってきた。
柚葉は、淡いピンクのビキニ。凛は、黒と白のスポーティーなデザイン。詩は、紫の落ち着いたワンピース。
「みんな、かわいいね」
柚葉が言うと、全員が照れた。
「柚葉先輩こそ」
「そう? ありがと」
真白は、柚葉の姿を見て、目を逸らした。
——かわいい。
思わず見とれてしまいそうになる。でも、じっと見るのは恥ずかしい。
ふと、凛先輩の視線に気づいた。
凛先輩も、柚葉先輩を見ている。その目が、自分と同じだと気づいた。
——凛先輩も、柚葉先輩のことが好きなんだ。
中学からの付き合い。五年間、ずっと一緒にいた二人。
——私なんかより、ずっと長い。
真白は、何も言わずに目を逸らした。
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「じゃあ、泳ごう!」
凛が、海に向かって走り出した。
「待ってよ、凛」
柚葉も、後を追う。
「詩先輩、行きましょう」
「うん……」
詩は、少し緊張した顔をしていた。
「大丈夫ですよ。まずは、浅いところから」
小春は、詩の手を取った。詩の手は、少し冷たかった。
「怖くないですよ。わたしがいますから」
「……うん」
二人で、ゆっくりと波打ち際に向かった。
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「まず、水に慣れましょう」
小春は、膝くらいの深さの場所で立ち止まった。
「冷たい……」
「最初だけですよ。すぐ慣れます」
詩は、おそるおそる水に入った。波が足に当たるたびに、身を縮めている。
「大丈夫ですか?」
「うん……なんとか」
「じゃあ、もう少し深いところに行きましょう」
腰くらいの深さまで進んだ。詩は、小春の手をぎゅっと握っていた。
「離さないでね」
「離しませんよ」
小春は、詩の手を握り返した。
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「まず、浮く練習をしましょう」
「浮く?」
「はい。力を抜いて、水に身を任せるんです」
小春は、詩の体を支えながら、仰向けにさせた。
「力を抜いて……そう、上手です」
「浮いてる……?」
「浮いてますよ。ほら、見てください」
詩は、目を開けた。青い空が見える。
「本当だ……浮いてる」
「でしょ。コツを掴めば、簡単なんです」
詩の顔に、笑顔が浮かんだ。
「小春ちゃん、すごいね。教えるの上手」
「えへへ」
褒められて、小春は嬉しくなった。
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しばらく練習した後、休憩にした。
シートに戻ると、凛と柚葉が砂の城を作っていた。
「何やってるんですか?」
「見ての通り、砂の城。子どもの頃、よくやったでしょ」
「懐かしい」
「手伝ってよ」
小春も、砂の城作りに参加した。真白も、黙って手伝い始めた。
「真白ちゃん、細かいところ上手だね」
柚葉が言った。
「……そうですか」
「うん。この塔の形、きれい」
「ありがとうございます」
真白の頬が、少し赤くなった。日焼けのせいだけではないだろう。
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お昼になって、みんなでお弁当を広げた。
真白と柚葉が作ったおにぎり。凛が作った卵焼き。詩が作ったサンドイッチ。小春が作ったフルーツポンチ。
「いただきます」
「いただきます」
みんなで、お弁当を食べた。
「おにぎり、おいしい」
小春が言うと、真白が少し照れた。
「柚葉先輩と、一緒に作ったので」
「二人で作ったの?」
「うん。今朝、真白ちゃんの家で」
「そうなんですか」
「真白ちゃん、料理上手だよ。手際がいいの」
「……柚葉先輩も、上手でした」
二人のやりとりを見て、小春は少し不思議に思った。真白、柚葉先輩といる時、いつもと違う。
でも、深く考えないことにした。今日は、楽しむ日だ。
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午後になって、また海に入った。
「詩先輩、もう一回練習しましょう」
「うん」
今度は、バタ足を練習した。
「足を動かして……そう、いい感じです」
「少し、進んでる……?」
「進んでますよ。上手です」
詩は、少しずつ泳げるようになっていった。
「小春ちゃん、ありがとう」
「いえ、わたしも楽しいです」
「一緒に練習できて、よかった」
詩が微笑んだ。その笑顔を見て、小春の心臓が跳ねた。
——詩先輩、かわいい。
そう思った瞬間、自分の気持ちに気づいた。
——わたし、詩先輩のこと、好きなのかも。
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一方、真白は浜辺で貝殻を拾っていた。
「きれいなの、見つかった?」
柚葉が、隣に来た。
「……少しだけ」
「見せて」
真白は、手のひらの貝殻を見せた。白い巻き貝と、ピンクの二枚貝。
「かわいいね。これ、持って帰る?」
「はい。……部屋に、飾ろうと思って」
「いいね。私も何か探そうかな」
柚葉は、波打ち際をゆっくり歩き始めた。真白も、後についていく。
「真白ちゃん」
「はい」
「園芸部、入ってくれてありがとうね」
「え?」
「小春ちゃんと真白ちゃんが来てくれて、すごく嬉しかったの。部活、もっと楽しくなった」
「……わたしも、楽しいです」
「よかった」
柚葉が笑った。その笑顔を見て、真白の胸が痛くなった。
——好き。
その気持ちが、どんどん大きくなっていく。
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夕方になって、帰り支度を始めた。
「楽しかったね」
「うん。また来たい」
「来年も、来ようね」
みんなで、約束した。
電車に乗って、帰路についた。疲れて、みんな少し眠そうだ。
小春は、窓の外を見ていた。夕焼けが、空を染めている。
——今日、詩先輩と泳いだ。手を繋いだ。笑顔を見た。
胸が、温かくなる。
——わたし、詩先輩のこと、好きなんだ。
やっと、自分の気持ちに名前をつけることができた。
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隣を見ると、詩が眠っていた。
肩に、詩の頭がもたれかかっている。
「……」
小春は、動けなかった。起こしたくない。このまま、いさせてほしい。
詩の寝顔は、穏やかだった。
小春は、そっと詩の髪に触れた。
——好き。
心の中で、呟いた。
夕焼けの電車は、ゆっくりと街へ向かっていた。




