第6章 向日葵の約束
七月。期末テストが終わり、夏休みが近づいてきた。
温室の窓から見える花壇では、向日葵が太陽に向かって咲いている。
「夏休み、何する?」
放課後の温室で、凛が言った。
「部活はあるけど、それ以外の時間は自由でしょ。みんなでどこか行きたいなって」
「いいね」
柚葉が賛成した。
「どこがいい?」
「海」
凛が、即答した。
「海、行きたい。去年は行けなかったから」
「海かあ……」
詩が、少し困った顔をした。
「詩、どうしたの?」
「いや、海はいいんだけど……私、泳げなくて」
「泳げないの?」
「うん。小さい頃から、水が苦手で」
詩は、恥ずかしそうに俯いた。
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「泳げなくても、大丈夫だよ」
柚葉が言った。
「浜辺で遊んだり、かき氷食べたり、泳がなくても楽しめることはあるし」
「でも、せっかく海に行くなら、みんなで泳ぎたいでしょ」
「そうでもないよ。詩と一緒に行けるのが大事」
柚葉の言葉に、詩は少しだけ顔を上げた。
「教えるよ!」
小春が、元気よく言った。
「わたし、泳ぐの得意なの。詩先輩に、泳ぎ方教えます!」
「え、いいの?」
「もちろん。任せてください!」
小春は、胸を張った。
「小春ちゃん、泳ぎ得意なんだ」
「はい。小学生の時、スイミングスクールに通ってて」
「頼もしいね」
詩が、少しだけ笑った。
「じゃあ、小春ちゃんにお願いしようかな」
「はい! 絶対泳げるようにします!」
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「じゃあ、海で決まりね」
凛が、手を叩いた。
「いつ行く? 夏休み入ってすぐ?」
「部活の予定を確認して、みんなの都合がいい日に」
「了解」
「真白ちゃんは、海、大丈夫?」
柚葉が聞いた。
「……はい。泳げます」
「よかった。楽しみだね」
真白は、小さく頷いた。
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その日の帰り道、小春は真白に言った。
「真白、海だって。楽しみだね」
「……うん」
「水着、何着ていこう。新しいの買おうかな」
「好きにすれば」
「真白は、水着持ってる?」
「……去年の」
「まだ着れる?」
「たぶん」
小春は、わくわくしていた。みんなで海に行く。想像するだけで楽しい。
「詩先輩に泳ぎ教えるの、ちょっと緊張するな」
「大丈夫でしょ。小春、教えるの上手だし」
「そうかな」
「うん。わかりやすい」
「ありがと、真白」
小春は、にこっと笑った。
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数日後、温室で海の計画を詰めた。
「8月の第一週の土曜日、みんな空いてる?」
「大丈夫」
「私も」
「わたしもです」
「……はい」
「よし、決定。日帰りで行こう」
「どこの海?」
「電車で一時間くらいのところに、いいビーチがあるの」
凛が、スマホで地図を見せた。
「ここ。去年、家族で行ったんだけど、きれいだった」
「いいね」
「持ち物は、水着、タオル、日焼け止め……あと何かある?」
「お弁当」
「保冷バッグ、忘れないようにね。夏だから」
「そうだね。保冷剤も入れて」
「お弁当は、みんなで分担して作る?」
「いいね。それぞれ、一品ずつ持ち寄ろう」
計画が、どんどん具体的になっていった。
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「真白ちゃん、料理できる?」
柚葉が聞いた。
「……はい。一通りは」
「すごいね。何か作れる?」
「……おにぎりとか、卵焼きとか」
「いいね。じゃあ、おにぎりお願いしていい?」
「……はい」
真白は、少し照れくさそうに頷いた。
「柚葉先輩と、真白ちゃん、二人でおにぎり担当ね」
「え、私も?」
「うん。一緒に作ろう」
柚葉がにっこり笑うと、真白の顔が赤くなった。
「……わかりました」
小春は、真白の様子を見て、少し不思議に思った。真白、柚葉先輩と話す時、いつもより緊張してない?
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夏休みに入った。
部活は週に三回。それ以外の日は、自由だ。
小春は、海の日を心待ちにしていた。
「あと一週間だね」
温室で、詩に言った。
「うん。楽しみ……半分、不安半分」
「泳ぎのこと?」
「そう。本当に泳げるようになるのかな」
「大丈夫ですよ。浮くコツを掴めば、あとは簡単です」
「そうなの?」
「はい。わたしが教えますから、安心してください」
小春は、胸を張った。
詩は、少し笑った。
「小春ちゃん、頼りになるね」
「えへへ」
褒められると、嬉しくなる。特に、詩に褒められると。
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「小春ちゃん」
「はい?」
「ありがとうね。泳ぎ、教えてくれるって言ってくれて」
「いえ、そんな」
「私、水が苦手だから、海に行くの、正直ちょっと怖かったの」
「そうだったんですか」
「でも、小春ちゃんがいてくれるなら、頑張れる気がする」
詩の言葉に、小春の心臓がどきっとした。
「わ、わたしでよければ、いくらでも」
「ありがとう」
詩が微笑んだ。その笑顔が、とても近くに見えた。
小春は、顔が熱くなるのを感じた。
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海の日の前日。
小春は、自分の部屋で荷物を準備していた。
水着、タオル、日焼け止め、サンダル。忘れ物がないように、リストを作ってチェックする。
「よし、大丈夫」
準備は万端だ。
——明日、詩先輩に泳ぎを教える。
考えると、少しドキドキする。
——なんでだろう。
小春は、自分の気持ちがよくわからなかった。
詩先輩と話すと、嬉しくなる。詩先輩に褒められると、もっと嬉しくなる。詩先輩の笑顔を見ると、胸がどきどきする。
これって——
「……考えすぎかな」
小春は、ベッドに倒れ込んだ。
明日のことを考えると、眠れそうにない。
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同じ頃、真白も準備をしていた。
水着、タオル、日焼け止め。そして、おにぎりの材料。
明日の朝、早起きして作る予定だ。
——柚葉先輩と一緒に、おにぎりを作る。
そう思うと、胸がざわざわした。
柚葉先輩。優しくて、穏やかで、誰にでも親切な人。
入部した日から、ずっと気になっていた。気になって、気になって、今ではもう——
「……好き」
小さく呟いた。声に出すと、余計に心臓が痛くなる。
でも、言えない。言ったら、どうなるかわからない。
真白は、窓の外を見た。星が、瞬いている。
明日は、きっと晴れる。向日葵みたいに、まっすぐ前を向けたらいいのに。




