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陽だまりの庭  作者: はるうた
別編 それぞれの花

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柚葉の選択

この物語は、真白から告白を受けた柚葉が凛への想いに気づくまでを描いた別編です。


---


> スイートピーが揺れている

> 風のせいだと思っていた

>

> すぐ隣で

> ひまわりが咲いていたのに

>

> 振り向いたのは

> 花が終わる頃だった


---


## 一・スイートピー


私は、園芸部の部長をしている。


部員は五人。凛、詩、小春ちゃん、真白ちゃん、そして私。


みんな、大切な仲間だ。


八月の午後、温室は夏の日差しでむわりと熱気がこもっていた。土の匂いと、育てたばかりのバジルの香りが混ざり合っている。扉を開けておいても、風は通り抜けていかない。温室の隅で、春に咲き終わったスイートピーのつるが、支柱に巻きついたまま乾いていた。来年もまた、咲かせよう。


「柚葉、今日の水やり、終わったよ」


「ありがとう、凛」


凛は、副部長。中学からの親友で、いつも私を助けてくれる。額に汗の玉が光っていて、Tシャツの襟元が少し湿っている。水やりの後、じょうろの重さで腕が疲れたのか、肩を回していた。


「柚葉先輩、お茶入れました」


「ありがとう、小春ちゃん」


小春ちゃんは、明るくて元気な後輩。一緒にいると、楽しい。運んできた麦茶のグラスから、ひんやりとした冷たさが掌に伝わってくる。氷がからんと音を立てた。


「柚葉先輩、これ、どこに置きますか」


「ああ、そこでいいよ。ありがとう、真白ちゃん」


真白ちゃんは、クールだけど優しい後輩。口数は少ないけど、よく気が利く。彼女が運んできたカスミソウの鉢植えを、棚の一番日陰になるところに置いた。白く繊細な花が、ガラス越しの光に透けている。


「柚葉、この花、そろそろ植え替えた方がいいかも」


「本当だ。詩、ありがとう」


詩は、観察力が鋭い。いつも的確なアドバイスをくれる。


みんなに支えられて、園芸部は成り立っている。


私は、そんなみんなが大好きだ。


---


## 二・夜空のカスミソウ


高校三年生の夏。八月の終わり。


地元の花火大会。


集合場所は、河川敷の入口。私はちょっと早く着いてしまった。夕暮れの空がオレンジ色に染まっている。屋台の準備が始まっていて、ソースと砂糖が焦げる甘い匂いが風に乗って漂ってきた。


「柚葉先輩」


振り返ると、真白ちゃんがいた。紺色の浴衣。白い帯。


「真白ちゃん、早いね」


「……はい」


まだ二人きりだった。みんなはまだ来ていない。


真白ちゃんが、少しだけ俯いた。夕日が、彼女の横顔を照らしている。


「柚葉先輩、少し、話があるんですけど」


少し目を見開いた。真白ちゃんの声は、いつもより低くて、硬かった。


「……うん、いいよ」


二人で、河川敷の少し離れた場所に移動した。草の匂いがする。川面に、夕焼けの橙色が映っていた。


---


## 三・言葉にされた想い


木の陰。人通りから離れた場所。


真白ちゃんと、向かい合った。


夕焼けが、川面をオレンジ色に染めている。遠くで、屋台の呼び込みの声がかすかに聞こえる。風が、草の匂いを運んできた。


「どうしたの、真白ちゃん」


「……」


真白ちゃんは、黙っていた。


俯いて、何かを考えているようだった。彼女の手が、浴衣の袖をぎゅっと握りしめている。指先が、少しだけ震えていた。


---


「柚葉先輩」


「うん」


「私、柚葉先輩のことが、好きです」


——え。


一瞬、頭が真っ白になった。夏の夕暮れの空気が、急に冷たくなったような気がした。


「友達として、じゃなくて。恋愛として、好きです」


真白ちゃんの声は、震えていた。


でも、目は真剣だった。まっすぐに、私を見ている。夕日に照らされた彼女の顔は、いつもより少しだけ幼く見えた。でも、その目は、まぎれもなく本気だった。


---


「迷惑だったら、すみません。でも、言わないと、後悔すると思って」


「真白ちゃん……」


私は、言葉を探した。


何を言えばいいんだろう。


真白ちゃんが、こんな気持ちを持っていたなんて、知らなかった。指先が、じんわりと冷たくなっていく。喉が、乾いていた。


——いや、本当に?


本当に、気づかなかった?


---


## 四・見えていたもの


真白ちゃんの視線。


私を見つめる目。


温室で二人きりになった時の、少しだけ赤くなった頬。あの時、真白ちゃんは私の差し出した種の袋を受け取る時、指先が触れ合って、すぐに手を引っ込めた。


射的で景品を取った時の、嬉しそうな表情。カスミソウの造花を手に取った時、私が「それ、似合うね」と言ったら、真白ちゃんはまるで宝物を受け取ったみたいに、大事そうに抱きしめていた。


——気づいていた、のかもしれない。


どこかで、気づいていた。


でも、気づかないふりをしていた。心の奥にそっとしまい込んで、見ないようにしていた。


「好き」という言葉を、聞きたくなかったから。


聞いてしまったら、答えなければならないから。


風が、木の葉を揺らす。夏の終わりの、少しだけ涼しい風。


---


「真白ちゃん」


「……はい」


「気持ちは、嬉しい」


真白ちゃんの目に、一瞬だけ、希望が宿った。夕暮れの光の中で、その瞳が潤んで見えた。


でも、私は、それを打ち消さなければならなかった。胸が、ぎゅっと締め付けられた。


「でも、ごめんね。私は、真白ちゃんの気持ちには応えられない」


声が、かすれていた。自分で発した言葉なのに、誰か他の人が言っているみたいだった。


---


## 五・言えない理由


真白ちゃんの顔が、少しだけ歪んだ。


でも、泣かなかった。ぐっと唇を噛んで、こらえている。その小さな肩が、わずかに震えているのが見えた。


「……そう、ですか」


「ごめんね」


「いえ……。聞いてもいいですか」


「何?」


「理由を、教えてもらえますか」


真白ちゃんの声は、震えていた。


でも、まっすぐだった。顔を上げて、私を見ている。その目は、涙で潤んでいたけれど、意志の強さを失っていなかった。


---


理由。


本当の理由を、私は言えるだろうか。


「真白ちゃんは、素敵な子だよ」


私の声は、自分でもわかるほど優しすぎた。偽善的だと、自分で感じた。


「……」


「優しくて、真面目で、花の世話も上手で」


空気が、重たい。湿った夏の夕暮れの空気が、肺に絡みつくみたいに息苦しい。


「……」


「でも、私は……」


私は、言葉を探した。


「私は、真白ちゃんを、後輩として、大切に思ってる。でも、それ以上の感情は、ないの」


嘘じゃない。でも、全部でもない。


「……わかりました」


真白ちゃんは、小さく頷いた。浴衣の袖で、そっと目元を拭った。


泣きそうなのに、笑っていた。それから、静かに言った。


「凛先輩のこと、好きですよね」


息を呑んだ。


「……え」


「見てれば、わかります」


真白ちゃんは、小さく笑った。


「柚葉先輩が凛先輩を見る時の顔——私が柚葉先輩を見る時と、同じだから」


——同じ。


その言葉が、胸の奥に落ちた。水が土に染み込むみたいに、ゆっくりと。


私が、凛を見る目。真白ちゃんが、私を見る目。それが、同じ。


「……自分でも、まだよくわからないの。凛のこと、大切なのは確かだけど。それが恋なのか、友情なのか」


「それは、柚葉先輩が決めることです」


真白ちゃんは、言った。


「でも、私は——柚葉先輩が幸せなら、それでいいです」


強い子だと、思った。こんなふうに言えるなんて。


---


## 六・ひまわりの隣で


真白ちゃんと別れた後。


みんなのところに戻った。


凛が、こっちを見ていた。河川敷に立ったまま、私をじっと見つめている。夕暮れの中でも、その視線がわかった。


「柚葉、どこ行ってたの」


「ちょっとね」


「……そう」


凛は、それ以上聞かなかった。


でも、何かを察しているような目だった。いつもより、少しだけ硬い表情をしている。手が、浴衣の裾を握りしめていた。


---


帰り道。


凛と、二人で歩いた。砂利道を踏む足音が、規則正しく響く。夜の空気は、夏の終わりの予感を含んでいて、ほんの少しだけ涼しい。遠くで犬の鳴き声が聞こえた。


「柚葉」


「何?」


「真白ちゃんに、何か言われた?」


凛は、察していた。私の顔を見ないで、前を向いたまま聞いてくる。


「……うん」


「そっか」


「凛は、気づいてた?」


「なんとなく。真白ちゃん、柚葉のこと、見てたから」


凛の声は、いつもより少しだけ低い。


「……そう」


「で、どうしたの」


「断った」


「……そっか」


凛の声は、平静だった。


でも、少しだけ、安堵しているようにも聞こえた。その瞬間、凛の肩から力が抜けたのが、隣を歩いていてわかった。


---


## 七・秋の温室


九月。夏休みが明けた。


真白ちゃんは、いつも通りだった。温室に入ってきて、いつものように作業台に鞄を置いて、エプロンをつける。


少しだけ、私と目を合わせないようにしているけど、それ以外は、普通。水やりをして、花の様子を確認して、詩と小春ちゃんと普通に話している。


強い子だな、と思った。白いカスミソウのように、静かに、でも強く。


私は、真白ちゃんを傷つけてしまった。


でも、嘘をつくことはできなかった。それは、真白ちゃんに対しても、自分に対しても。


---


凛が、温室で花の世話をしていた。


秋の光が、ガラス越しに差し込んでいる。夏ほど強くない、やわらかい光。温室の中は、ほんのりと温かい。土の匂いと、秋に咲き始めるコスモスの香りがする。


私は、凛の背中を見ていた。ショートカットの黒い髪。首筋に、細い汗が一筋流れている。


「凛」


「何?」


「ありがとう」


「何が?」


「いつも、そばにいてくれて」


凛が、振り返った。


少し、驚いた顔をしている。手に持っていたじょうろを、作業台に置いた。水滴が、台の上で小さな音を立てた。


「急にどうしたの」


「別に。思っただけ」


「……変な柚葉」


凛は、そう言って笑った。


その笑顔を見て、思わず息が止まった。ひまわりみたいに、まっすぐで、明るい笑顔。私だけを見ているような、そんな笑顔。


---


## 八・失われた色


十月。


凛が、風邪で休んだ。


「大丈夫? お見舞い行こうか?」


電話越しの凛の声は、いつもより少しだけかすれていた。鼻が詰まっているのか、くぐもって聞こえる。


「いい。うつすといけないから」


「でも……」


「柚葉、心配しすぎ。すぐ治るから」


凛は、電話越しに笑った。その笑い声の後に、小さな咳が聞こえた。


---


凛がいない園芸部は、なんだか寂しかった。


温室に入っても、いつもの温かさが感じられない。土の匂いも、花の香りも、どこか遠くにあるような気がした。作業台の上には、凛が使っていた園芸用のハサミが、そのまま置かれている。


「凛先輩がいないと、寂しいですよね」


小春ちゃんが言った。


「……うん」


凛がいないだけで、こんなに寂しいなんて。温室が、こんなにも広く感じるなんて。


---


凛のお見舞いに行った。


「来ちゃった」


「だから、うつすって言ったのに」


「大丈夫。マスクしてるし」


凛の部屋は、ほんのりと暖房の温かさと、風邪薬の少し苦い匂いが混ざっていた。カーテンは半分開いていて、秋の午後の光が、薄く部屋を照らしている。


凛は、ベッドに横になっていた。パジャマ姿で、髪が少し乱れている。


「はい、これ。りんごのゼリー」


冷たい容器を凛に手渡すと、彼女の手が私の指に触れた。ほんのり熱い。まだ熱が残っているんだ。


「ありがとう」


凛が、少しだけ笑った。


その笑顔を見て、頬がゆるんだ。自分でも気づかないうちに、呼吸が深くなっていた。


——よかった。元気そうで。


普段は見えない、こういう弱った姿。でも、それすらも愛おしく感じる。


「何、じろじろ見てんの」


「え、ごめん」


「変な柚葉」


凛は、照れくさそうに顔を背けた。頬が、ほんのり赤い。熱のせいなのか、照れているのか、わからない。


その横顔を見て、気づいた。


——私、凛のことが好きなのかもしれない。


---


その夜、布団の中で、真白ちゃんを断った本当の理由がわかった。


私の中に、もう「好きな人」がいたからだ。


凛だった。


ずっと、そばにいた人。ひまわりみたいに、いつも同じ方向を向いてくれていた人。気づかないふりをしていたけれど、本当は、ずっと前から気づいていたのかもしれない。


凛がいない温室が、あんなにも寂しかったこと。お見舞いに行って、顔を見ただけで安心したこと。弱った横顔を、愛おしいと思ったこと。


全部、答えだった。


---


## 九・隣の温もり


十一月。文化祭。


忙しい毎日が続いた。温室は、展示のための準備で花と鉢植えが溢れていた。


凛と一緒に、準備を進めた。


「柚葉、これ、ここに置いていい?」


「うん、いいよ」


「こっちの花、もう少し前に出そうか」


「そうだね」


凛と一緒に働くのは、楽しかった。鉢植えを動かすタイミング。水をあげる順番。見出しの文字を書く時の、お互いの好みの違い。


息が合う。何も言わなくても、わかり合える。凛が次に何をするか、手を伸ばす先が、なぜかわかる。


---


文化祭が終わって、打ち上げ。


温室で、みんなでおしゃべりした。夜の温室は、昼間と違って少しひんやりしていた。詩が淹れてくれた紅茶の湯気が、ゆっくりと立ち上っている。ミルクと砂糖の甘い香りが、温室に満ちていた。


小春ちゃんが、詩にもたれて眠ってしまった。


詩が、嬉しそうな顔をしていた。小春ちゃんの頭を、そっと撫でている。指先が、優しく髪に触れていた。


——詩も、小春ちゃんのこと、好きなんだな。


なんとなく、わかった。あの触れ方は、友達以上の何かだ。


真白ちゃんは、少し離れたところにいた。


でも、前よりは、穏やかな顔をしていた。紅茶のカップを両手で持って、ゆっくりと飲んでいる。


遥ちゃんが、真白ちゃんの隣にいた。何か小さな声で話しかけていて、真白ちゃんが、小さく笑った。


---


凛が、私の隣に座った。


パイプ椅子がきしむ音がして、凛の体重が椅子にかかった。


「疲れたね」


「うん」


「でも、楽しかった」


「そうだね」


凛の肩が、私の肩に触れていた。制服のブラウス越しに伝わってくる、体温。


温かい。


じんわりと、凛の温もりが私に染み込んでくる。心臓が、いつもより少しだけ早く鳴っている。


——私、凛のこと、好きなんだ。


やっと、認められた。心の奥にしまい込んでいた気持ちに、やっと名前をつけられた。


---


## 十・ひまわりの告白


十一月。木枯らしの季節。


週末、凛に呼び出された。


「話したいことがあるの」


電話越しの凛の声は、いつもより少しだけ固かった。


「私も」


公園のベンチで、向かい合った。


秋の終わり。葉っぱが、茶色く色づいている。冷たい風が吹いて、落ち葉がカサカサと音を立てながら地面を転がっていく。空は、どんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうだった。


「柚葉から、先に話して」


「ううん、凛から」


「……じゃあ」


凛が、深呼吸をした。吐いた息が、白くなって消えていく。両手を、膝の上で握りしめている。指先が、少しだけ震えていた。


---


「柚葉」


「うん」


「あたし、柚葉のことが好き」


頭が、真っ白になった。冷たい空気が、急に熱くなったような気がした。


「友達として、じゃなくて。恋愛として」


「凛……」


「中学一年の春から、ずっと。五年間、ずっと、柚葉のことが好きだった」


凛の声が、震えていた。でも、途切れることなく、一言一言を紡いでいく。


「言えなかった。言ったら、何かが変わってしまうかもしれなくて。柚葉を失うのが、怖くて」


風が、凛の髪を揺らした。いつものショートカットが、冷たい風に乱れている。


「凛……」


「でも、もう、黙っていられない。卒業前に、ちゃんと伝えたかった」


凛の目が、まっすぐに私を見ている。


真剣で、少しだけ怯えていて、でも、強い目。ひまわりみたいに、まっすぐに私だけを見つめている。


---


## 十一・スイートピーの答え


私は、凛の目を見つめた。


五年間。中学からずっと。


そんなに長い間、私のことを想っていてくれたんだ。ずっと、ずっと、そばで。ひまわりみたいに、私だけを見つめていてくれたんだ。


気づかなかった。いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。


凛の気持ちに気づいてしまったら、答えを出さなければならないから。自分の気持ちに、向き合わなければならないから。


でも、もう、逃げない。


---


「凛」


「うん」


「私も、話したいことがあったの」


「……何?」


「私も、凛のことが好き」


凛の目が、大きくなった。息を飲んだ音が、聞こえた気がした。


「夏から、ずっと考えてた。凛への気持ちに、名前をつけられなくて」


私は、凛の方に体を向けた。


「でも、今はわかる。これは恋だったんだ。ずっと前から」


「……柚葉」


「気づくの、遅くてごめんね。凛が五年も想ってくれてたなんて」


凛の目が、揺れた。


「え……気づいてたの?」


「ううん。今、初めて知った。五年って……」


声が、自分でも震えているのがわかった。


「そんなに長く、想ってくれてたんだ」


---


凛の目から、涙が溢れた。


透明な涙が、頬を伝って落ちていく。冷たい風の中で、その涙だけが、温かく見えた。


「泣かないでよ……」


「泣くに決まってるでしょ……」


凛は、涙を袖で拭いながら言った。声が、かすれている。


「五年だよ。五年間、ずっと、この言葉を待ってたんだから……」


「そんなに……ごめん、鈍感で……」


「謝らないで。嬉しいんだから」


凛は、泣きながら笑った。その笑顔は、今まで見た中で一番、輝いて見えた。ひまわりが、太陽に向かって咲いているみたいに。


私も、目が潤んでいた。視界が、ぼやける。


二人で、手を握り合った。冷たい秋の風が吹いていたけれど、繋いだ手は、温かかった。


---


## 十二・選んだ道


帰り道。


凛と、手を繋いで歩いた。繋いだ手が、ほんのり温かい。冷たい秋の空気の中で、その温もりが愛おしかった。


「柚葉」


「何?」


「真白ちゃんのこと、思い出した」


「……」


「夏の、花火大会の夜」


私の足が、一瞬止まった。凛も、立ち止まる。


「うん」


「真白ちゃん、柚葉に告白したんだよね」


「……凛、知ってたの」


「なんとなく」


凛の声は、いつもより少しだけ低い。手を繋いだまま、少しだけ顔を伏せている。


「……うん。断ったの」


「そっか」


凛は、少し黙った。風が、二人の間を吹き抜けていく。


「真白ちゃん、強い子だね」


「うん。素敵な子だと思う」


白いカスミソウみたいに、静かで、強い子。


「……」


「でも、私の答えは、変わらなかった」


私は、凛の手を握った。ぎゅっと、強く。


「私が選んだのは、凛だから」


凛の頬が、少しだけ赤くなった。夕焼けに照らされて、その赤みがさらに増したように見えた。


---


## 十三・それぞれの花


月曜日。温室で、みんなに報告した。


午後の温室は、いつもと同じ温かさで、土の匂いと花の香りに包まれていた。ガラス越しの光が、植物の葉を照らしている。


「あたしと柚葉、付き合うことになった」


凛が、みんなに向かって言った。


真白ちゃんを見た。


真白ちゃんは、黙っていた。紅茶のカップを持ったまま、少しだけ視線を落としている。


少しだけ、胸が痛そうな顔をしていた。


でも、すぐに顔を上げて「おめでとうございます」と言った。


その声は、平静だった。震えていなかった。


---


「ありがとう」


私は、真白ちゃんに言った。


目を見て、感謝を伝えた。


真白ちゃんがあの夜、告白してくれたから。


私は、自分の気持ちと向き合えた。心の奥にしまい込んでいた感情に、やっと名前をつけることができた。


凛のことが好きだって、認められた。


だから、感謝している。本当に、心から。


真白ちゃんは、小さく微笑んだ。その笑顔は、少しだけ寂しそうだったけれど、優しかった。カスミソウの花みたいに、静かで、強くて、美しかった。


——大丈夫。真白ちゃんは、強い子だから。


きっと、真白ちゃんを好きになる人が現れる。いや、きっと、もういるのかもしれない。


私は、そう信じている。


---


遥ちゃんが、真白ちゃんの隣にいた。


真白ちゃんを、優しい目で見ていた。そっと肩に手を置いて、何か小さな声で話しかけている。真白ちゃんが、小さく頷いた。


——もしかしたら、もういるのかもしれないね。


私は、そっと微笑んだ。


温室の中には、いろんな花が咲いている。ひまわり。スイートピー。カスミソウ。マーガレット。紫陽花。スミレ。


それぞれが、それぞれの色で。それぞれの香りで。


私たちも、きっとそうなんだ。


それぞれの花を咲かせて、それぞれの道を歩いていく。


凛の手が、私の手を握った。温かい。


——私の選んだ道は、ここだ。


凛と一緒に、この温室で、花を育てていく。


それが、私の選択。


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