凛の五年間
> ひまわりは嘘をつけない
> いつも同じ方を向いてしまう
>
> 隠しているつもりでも
> 花はとっくに開いている
>
> 気づいていたのは
> 太陽ではなく 隣の花だった
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この物語は、本編を凛の視点から描いた別編です。
中学一年の春から高校三年の秋まで、五年間柚葉を想い続けた凛の物語。
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## 一・桜
中学一年生の春。
入学式の朝は、桜が舞っていた。まだ新しい制服のブレザーは少し大きくて、革靴の踵は硬くて痛かった。門をくぐる時の冷たい鉄の手すり。校舎に近づくにつれて混ざり合う新品の匂いとおしろいの香り。
昼休み、教室を抜け出して校庭を歩いていたら、花壇の前にしゃがんでいる女の子がいた。
荒れた花壇。雑草だらけ。でも、その子は小さな紫色の花をじっと見つめていた。誰にも気づかれていないような、忘れられた場所で。
声をかけた。飛び上がられた。振り向いた顔。茶色い髪が、春の光を受けて明るく見えた。
この子、人見知りだ。目を合わせられないし、声が小さい。でも、花の話をする時だけ、少しだけ声が大きくなった。
——変な子。でも、なんだか、目が離せなかった。
名前を聞いた。七瀬柚葉。あたしは自分の名前を言って、「友達だし」と勝手に決めた。柚葉が呆然としていた。それから、ふわっと笑った。
胸がどきっとした。
——なんだろう、これ。
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柚葉は、物静かな子だった。
教室では一人で本を読んでいることが多い。でも、花壇の前では違った。花に水をやる柚葉は、きらきらしていた。
あたしは、そんな柚葉といるのが好きだった。
「柚葉、お昼一緒に食べよ」
「う、うん」
中庭で、二人で弁当を食べた。柚葉の卵焼きは甘くて、あたしのウインナーは少ししょっぱい。「一個交換しよ」と言ったら、柚葉が少しだけ笑った。
「凛」と呼ばれるたびに、胸の奥がくすぐったかった。
それだけで、特別な関係になれた気がした。
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## 二・スイートピー
五月になって、二人で花壇の世話をするのが日課になった。
放課後、校庭の隅。柚葉がしゃがんで花に水をやっている。汗ばんだ首筋に、前髪が少し貼りついている。
あたしは隣で雑草を抜きながら、柚葉の横顔を盗み見た。睫毛が長い。汗の匂いと、土の匂いと、花の甘い香りが混ざっている。
柚葉が、ふと顔を上げて笑った。
「凛、この花、何て名前だと思う?」
「……わかんない」
——かわいい。
その笑顔を見ると、胸がきゅっとなる。
——なんだろう、この気持ち。
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## 三・ひまわり
中学一年の夏。
毎日のように、柚葉と一緒に花壇の世話をした。
「凛、ここ、もう少し掘って」
「はいはい」
「水やり、丁寧にね」
「わかってるって」
柚葉の指示に従いながら、作業を進める。湿った土の冷たさが、素手の指先に伝わってくる。爪の間に土が入るけど、気にならない。
柚葉は、花のことになると、いつも以上に生き生きする。普段から優しい柚葉だけど、花壇の前では、もっときらきら輝いている。まるで、ひまわりみたいに。
——きれいだな。
花じゃなくて、柚葉が。
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ある日、気づいた。
柚葉のことを考えている時間が、長い。柚葉の笑顔を見ると、嬉しくなる。柚葉がいないと、寂しくなる。
——これって、もしかして。
恋、なのかな。
女の子に恋をするなんて、おかしいのかな。わからなかった。図書館で本を探しても、答えは見つからなかった。でも、この気持ちは本物だった。夜、ベッドで目を閉じると、柚葉の笑顔が浮かぶ。朝起きた時も、一番に考えるのは柚葉のこと。
ひまわりは、太陽だけを見つめる。
あたしは、柚葉だけを見つめている。
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## 四・紫陽花
中学二年生。
柚葉への気持ちは、どんどん大きくなっていった。でも、言えなかった。
言ったら、何かが変わってしまうかもしれない。柚葉に嫌われるかもしれない。友達でいられなくなるかもしれない。
それが、怖かった。
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「凛、最近なんか変だよ」
「え?」
「ぼーっとしてること多いし」
「……そう?」
「何か悩みでもある?」
柚葉が、心配そうに聞いてきた。目が、近い。吐息がかかりそうな距離で、柚葉の瞳があたしを見つめている。
——お前のことで悩んでんだよ。
なんて、言えるわけない。
「なんでもない。大丈夫」
「本当に?」
「うん」
嘘をついた。柚葉の前で、嘘をつくのは辛かった。喉の奥が、きゅっと締め付けられる。
紫陽花の花言葉は「辛抱強い愛」。
あたしは、この想いを胸に秘めて、耐えることを選んだ。
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でも、救いはあった。
秋の文化祭で、花壇が褒められた。保護者の何気ない一言——「園芸部でも作ったらいいのに」。
夕方、花壇の前で柚葉が言った。
「凛、園芸部、作らない?」
即答した。
「中学にないなら、高校で作ろう。温室とか、あったら最高じゃん」
「温室……」
柚葉の瞳が、きらきらしていた。秋の夕日を受けて、琥珀色に光っている。
——これで、ずっと柚葉のそばにいられる。
想いを伝えることはできない。でも、そばにいる理由ならできた。園芸部を作ること。温室を持つこと。それは柚葉の夢であり、あたしにとっては、柚葉のそばにいるための約束だった。
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## 五・カスミソウ
中学三年生。
柚葉と同じ高校を受験することにした。約束を果たすために。
「凛も、花園丘受けるの?」
「うん。柚葉と同じとこがいいから」
「……嬉しい」
柚葉が、にっこり笑った。その笑顔で、頑張れると思った。寒い冬の朝も、分厚い参考書も、全部乗り越えられる気がした。
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二人とも、合格した。
「やったね、凛」
「うん」
「高校でも、一緒だね」
「当たり前でしょ」
あたしは、柚葉の手を握った。
「高校でも、ずっと一緒だよ」
「……うん」
柚葉の手は、あたしより少し小さくて、柔らかい。冷たい三月の風が吹いているのに、握った手だけが温かかった。耳の奥で、鼓動がうるさいくらい鳴っていた。
——好きだ。
改めて、そう思った。
控えめに寄り添うカスミソウ。主役を引き立てる、小さな白い花。
あたしにとって、柚葉はそういう存在だった。いつも隣で、そっと支えていたい。
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## 六・マーガレット
高校一年生。
柚葉と一緒に、園芸部を作った。
「温室、使えることになったよ」
「本当? やった」
柚葉が、嬉しそうに笑った。中学からの夢が、叶った。二人で作った、小さな居場所。埃だらけだった温室を、何日もかけて掃除した。雑巾が真っ黒になるまで拭いて、ガラスが透き通るまで磨いた。
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詩が、入部してきた。
「白石詩です。よろしくお願いします」
物静かで、落ち着いた子だった。三人で、温室を整備した。花壇を作り、花を植え、水やりをする。
「いい部活になりそうだね」
「うん」
柚葉が、穏やかに微笑んだ。午後の光が温室のガラスを通して差し込んで、柚葉の横顔を照らしている。緑の葉の隙間から漏れる光の粒が、柚葉の髪にきらきらと降りかかっていた。
あたしは、その隣で、同じように微笑んだ。
——ずっと、こうしていたい。
温室の中には、マーガレットが咲いていた。白く可憐なマーガレット。花言葉は「真実の愛」と「恋占い」。
いつか、この気持ちを伝えられる日が来るだろうか。
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## 七・スミレ
高校二年生。
新入部員が入ってきた。藤宮小春と、月島真白。
「よろしくお願いします!」
小春は、明るくて元気な子だった。真白は、クールで無口。でも、悪い子じゃなさそうだ。
「よろしくね」
柚葉が、優しく迎え入れた。
あたしは、小春のために歓迎クッキーを焼いた。新入部員が来るって聞くと、なぜか焼きたくなる。詩には「また焼いたの」って呆れられたけど。
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ある日、気づいた。
真白が、柚葉を見ている。あたしと同じ目で。
——この子も、柚葉のことが好きなんだ。
すぐにわかった。同じ気持ちを持っている者同士、わかるものがある。目が追ってしまうこと。視線が重なる瞬間に逸らしてしまうこと。何気ない会話の中で、声のトーンが変わること。
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複雑な気持ちだった。
ライバル、なのかもしれない。でも、真白を責める気にはなれなかった。だって、柚葉は魅力的だから。好きになるのは、当然だ。
野に咲くスミレ。花言葉は「謙虚」と「誠実」。
真白の気持ちも、誠実な想いなんだ。
あたしも、同じように、柚葉への想いを抱えている。
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## 八・スイートピー
六月。柚葉の誕生日。
あたしは、手作りのクッキーを焼いた。花の形に型抜きして、一枚一枚、丁寧にアイシングした。スイートピーの形を意識して、淡いピンクと白で色をつける。オーブンから漂う甘い香り。焼き上がったクッキーの温かさが、キッチンに満ちていた。
「凛、これ……」
「誕生日プレゼント。手作り」
「わあ、かわいい! 花の形だ」
「柚葉、花好きでしょ」
柚葉は、嬉しそうにクッキーを見た。指先でそっと触れて、まるで本物の花びらに触れるように。
「ありがとう、凛。すごく嬉しい」
「……そう」
その笑顔を見て、じんと目の奥が熱くなった。同時に、切なくもなった。
——あたしの気持ちは、届かない。
でも、柚葉が喜んでくれるなら、それでいい。
スイートピーの花言葉は「門出」と「優しい思い出」。
いつか柚葉が旅立つ時が来ても、この思い出を胸に抱いていられるように。
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## 九・グレーの毛糸
十二月。あたしの誕生日。
温室で、みんながお祝いしてくれた。小春がケーキを用意してくれて、詩がカードを書いてくれた。温室の温かい空気の中で、ケーキの甘い香りが漂っている。
「ありがと……」
そして、柚葉が、別の包みを差し出した。
「これは、私から」
「え、別にあるの?」
「うん。開けて」
開けると、中には手編みのマフラーが入っていた。グレーの毛糸。少し不揃いな編み目。触ると、ふわりとして温かい。毛糸のやわらかさが、指先に心地いい。
「……柚葉が、編んだの?」
「うん。初めてだから、下手くそだけど」
柚葉は、照れくさそうに笑った。
あたしは、泣きそうになった。
——嬉しい。
柚葉が、あたしのために編んでくれた。夜、一人で編み棒を握って、何時間もかけて。それを想像するだけで、鼻の奥がつんとした。
「……ありがとう。大切にする」
「本当? よかった」
マフラーを首に巻いた。暖かかった。柚葉の気持ちが、伝わってくるようだった。柚葉の匂いが、かすかにする。石鹸の香りと、柚葉の優しさが、ウールの繊維に染み込んでいる。
このマフラーを巻いていれば、いつでも柚葉が隣にいる気がする。
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## 十・浴衣
高校三年生の夏。八月の終わり。
地元の花火大会。みんなで、浴衣を着て出かけた。
柚葉は、淡い紫の浴衣。きれいだった。息を呑むほど。帯の結び目が背中で小さく揺れて、夕暮れの中で浴衣の裾が風にそよいでいる。うなじから耳元にかけての白い肌。髪をアップにした首筋に、一筋の汗。
「凛、どうしたの?」
「……何でもない」
「変な凛」
柚葉が、くすっと笑った。
——かわいい。
好きだ。本当に、好きだ。
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花火が始まる前、真白と柚葉が、河川敷の少し離れたところで話していた。
あたしは、集合場所に着いた時にそれを見た。夕暮れの中で、二人の姿がぼんやりと見える。夕日が、一瞬だけ二人を照らす。
真白の表情を見て、察した。
——告白、してるんだ。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。夏の夕暮れの生暖かい空気が、急に重たく感じられる。屋台の喧騒が、耳に届かない。
——終わった。
そう思った。
柚葉が、真白を選ぶかもしれない。そしたら、あたしは——。
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でも、柚葉は、真白の告白を断った。
しばらくして、二人がみんなのところに戻ってきた。柚葉は、いつも通りだった。真白は、何かを堪えているような顔だった。
——断った、んだな。
あたしは、ほっとした。体中の力が抜けて、膝が少し震えた。同時に、罪悪感も感じた。
真白の気持ちは、あたしにはわかる。同じ気持ちを、抱えているから。
——でも、よかった。
柚葉が、誰のものにもならなくて。
そう思ってしまう自分が、嫌だった。安堵と、罪悪感と、切なさが、入り混じっていた。祭りの賑やかさの中で、あたしの心は静かに揺れていた。
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## 十一・紫陽花
花火大会の帰り道。
柚葉と、二人きりになった。夜道を歩く靴音が、アスファルトに響く。
「柚葉」
「何?」
「真白ちゃんに、何か言われた?」
柚葉が、少しだけ驚いた顔をした。
「……うん」
「そっか」
「凛は、気づいてた?」
「なんとなく。真白ちゃん、柚葉のこと、見てたから」
「……そう」
「で、どうしたの」
「断った」
「……そっか」
沈黙が流れた。街灯の明かりが、二人の影を路面に長く伸ばしている。
「凛」
「何」
「私、真白ちゃんの気持ちには応えられなかった」
「……」
「理由、聞きたい?」
「……聞きたい」
柚葉は、少し黙った。夜風が、柚葉の髪を揺らした。
「わからないの。自分の気持ちが」
「……」
「真白ちゃんは、素敵な子だと思う。でも、恋愛として好きかって言われたら、違う気がして」
「そっか」
「凛は……」
「何」
「……ううん、何でもない」
柚葉は、それ以上言わなかった。あたしも、聞かなかった。
紫陽花の花言葉は「移り気」。でも、あたしの気持ちは変わらない。
ずっと、柚葉だけを見ている。
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## 十二・秋桜
高校三年生。
受験勉強が始まった。部活に来る時間も、少なくなった。でも、できるだけ温室に顔を出すようにした。柚葉がいるから。
「凛、勉強進んでる?」
「まあまあ」
「一緒に勉強しよっか」
「うん」
二人で、図書館で勉強した。柚葉の隣にいると、集中できる。鉛筆の走る音。ページをめくる音。時々、柚葉が小さく息をつく音。それだけで、心が落ち着く。
——あと少しで、卒業か。
高校を卒業したら、離れ離れになるかもしれない。大学が違えば、会う機会も減る。秋の窓の外では、コスモスが風に揺れている。
——このまま、何も言わずに終わるのか。
五年間、ずっと好きだったのに。
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## 十三・向日葵
ある日、小春と話した。
「凛先輩、柚葉先輩と仲いいですよね」
「……まあね」
「幼馴染みたいな?」
「幼馴染ってほどじゃないけど。中学からだから」
「でも、特別な存在なのは確か、ですよね」
「……」
「凛先輩」
「何」
「好きな人に、気持ちを伝えるのって、怖いですか?」
小春は、詩に気持ちを伝えて、付き合い始めていた。あたしは聞き返した。
「小春は、怖くなかった?」
「……怖かったです。でも、伝えてよかったって思います」
「そっか」
「後悔するくらいなら、伝えた方がいいって、今は思います」
小春の言葉が、胸に刺さった。温室の中の、静かな午後。窓の外で揺れる向日葵。太陽を追いかけ続ける花。
——後悔するくらいなら。
そうだ。
このまま何も言わずに終わったら、絶対に後悔する。
あたしは、向日葵だ。柚葉という太陽を、ずっと見つめてきた。
もう、視線を逸らすのはやめよう。
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## 十四・決意
十一月。
あたしは、決意した。
柚葉に、気持ちを伝える。五年間、ずっと隠してきた気持ち。もう、隠せない。隠したくない。
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週末、柚葉を呼び出した。
「話したいことがあるの」
「うん。私も」
いつもの公園のベンチ。秋の終わり。葉っぱが、茶色く色づいている。地面には落ち葉が積もって、歩くたびにカサカサと音がする。空気は冷たくて、吐く息が白い。
「柚葉から、先に話して」
「ううん、凛から」
「……じゃあ」
深呼吸した。冷たい空気が、肺に入り込む。心臓が、どきどきしている。手のひらに、汗が滲む。
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「柚葉」
「うん」
「あたし、柚葉のことが好き」
言った。
やっと、言えた。
「友達として、じゃなくて。恋愛として」
「凛……」
「中学一年の春から、ずっと。五年間、ずっと、柚葉のことが好きだった」
声が、震えた。喉が、かすれている。
「言えなかった。言ったら、何かが変わってしまうかもしれなくて。柚葉を失うのが、怖くて」
「凛……」
「でも、もう、黙っていられない。卒業前に、ちゃんと伝えたかった」
柚葉の目を、まっすぐに見た。瞳の奥に、何かが揺れている。
「返事は、すぐじゃなくていい。でも、知っておいてほしかったの」
風が吹いた。枯れ葉が、二人の足元を転がっていく。
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## 十五・答え
柚葉は、しばらく黙っていた。
あたしは、息がうまくできなかった。
——やっぱり、言わない方がよかったのかな。
——嫌われたかな。
不安が、押し寄せてくる。冷たい空気が、体温を奪っていく。
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「凛」
「うん」
「私も、話したいことがあったの」
「……何?」
「私も、凛のことが好き」
——え。
頭が、真っ白になった。柚葉の声が、遠くで聞こえる。でも、意味が理解できない。
「夏から、ずっと考えてた。凛への気持ちに、名前をつけられなくて」
柚葉が、あたしの方に体を向けた。
「でも、今はわかる。これは恋だったんだ。ずっと前から」
「……柚葉」
「気づくの、遅くてごめんね。凛が五年も想ってくれてたなんて」
「え……気づいてたの?」
「ううん。今、初めて知った。五年って……」
柚葉の声が、かすかに震えた。
「そんなに長く、想ってくれてたんだ」
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涙が、溢れた。止まらなかった。
「泣かないでよ……」
「泣くに決まってるでしょ……」
涙を袖で拭った。涙が頬を伝って、顎から滴り落ちる。
「五年だよ。五年間、ずっと、この言葉を待ってたんだから……」
「そんなに……ごめん、鈍感で……」
「謝らないで。嬉しいんだから」
泣きながら、笑った。
柚葉も、目元を拭っていた。二人で、手を握り合った。冷たい秋の空気の中で、触れ合った指先から柚葉の体温が伝わってくる。
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## 十六・春の庭
「じゃあ、私たち……」
「うん」
「付き合う、ってこと?」
「そうだね」
柚葉が、照れくさそうに笑った。
「遅くなっちゃったね。五年も待たせて、ごめんね」
「いいよ。待った甲斐があった」
「でも、今、言えた」
「うん」
柚葉の手を、ぎゅっと握った。柚葉の指が、あたしの指に絡まる。
「これからは、一緒にいよう」
「離れても?」
「離れても。大学が違くても、会いに行く」
「約束?」
「約束」
二人で、指切りをした。
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みんなに報告した。
「あたしと柚葉——付き合うことになった」
温室が、一瞬静かになった。
最初に動いたのは、小春だった。
「おめでとうございます!」
声が弾んでいる。目がきらきらしている。
「よかったですね、凛先輩」
「……ありがとう」
詩が、穏やかに微笑んだ。
「二人とも、おめでとう」
「ずっと、お似合いだと思ってたよ」
「……知ってたの」
「詩人は、人の心の機微に敏感なの」
詩には、隠せなかったらしい。あの子は、観察力が鋭いから。
遥は、少し驚いた顔をしていた。でも、すぐに笑顔になった。
「おめでとうございます」
それから——ちらりと、真白の方を見た。あたしも、同じ方を見た。
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真白は、少し黙っていた。
「おめでとうございます」
「……ありがとう。ごめんね」
「何がですか」
「あたしが、柚葉と……」
「謝らないでください」
真白は、首を振った。目が、少しだけ赤い。
「凛先輩と柚葉先輩は、お似合いです。ずっと、見てましたから」
「真白……」
「私は、大丈夫です。前に進みます」
真白は、小さく微笑んだ。カスミソウのように、控えめで、でも確かな強さを持って。
強い子だな、と思った。
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帰り道、手を繋いで歩いた。
夕焼けが、空を染めている。オレンジと紫と、ピンクが混ざり合った空。秋の終わりの冷たい風が頬を撫でるけど、繋いだ手は温かい。
「凛」
「何」
「幸せ」
「……あたしも」
五年間、想い続けてきた。辛いことも、苦しいこともあった。でも、今、柚葉の隣にいる。手を繋いでいる。
それだけで、全部報われた気がした。
春になったら、温室にまた花を植えよう。ひまわりも、スイートピーも、紫陽花も、マーガレットも、カスミソウも、スミレも。柚葉と二人で育てる庭。
陽だまりの庭。
あたしたちの、始まりの場所。




