第10章 文化祭の日
火を囲んで座った
声がだんだん減っていく
薪がぱちりと鳴る
それが誰かの言葉みたいだった
足りないものは
なにもなかった
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十一月。文化祭当日の朝。
校門をくぐると、冷たい空気の中に、いろんな匂いが混ざっていた。焼きそばの準備だろうか、ソースの香り。どこかのクラスが飾り付けているらしい、テープを切る音。マイクのテストをする声が、校庭に響いている。
「緊張するね」
小春が、温室の前で白い息を吐きながら言った。
「大丈夫だよ。練習したじゃん」
凛が、腕まくりをしながら答えた。
温室の扉を開けると、中はほんのり温かかった。ガラス越しの朝日が、準備した花たちを照らしている。
園芸部の出し物は、フラワーアレンジメント体験。小さなブーケを作ってもらう、というものだ。
入り口には、手作りの看板が飾ってある。「園芸部 フラワーアレンジメント体験」と、カラフルな文字で書かれている。小春と真白が、昨日の放課後に書いたものだ。
「お客さん、来てくれるかな」
小春が言った。
「来るよ。宣伝もしたし」
柚葉が、にこにこしながら言った。
テーブルの上には、カーネーション、ガーベラ、カスミソウ。買い出しで揃えた花材が、色とりどりに並んでいる。真白が選んだ白いレースのリボンも、きちんと束ねて置いてあった。
「さあ、始めよう」
凛が手を叩いた。
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午前十時。文化祭が始まった。
最初のお客さんは、一年生の女の子二人組だった。
「フラワーアレンジメント、やってみたいんですけど」
「はい、どうぞ。好きな花を選んでくださいね」
柚葉が、テーブルに案内した。
女の子たちは、楽しそうに花を選んでいた。ピンクのカーネーションと、白いカスミソウ。一人がカーネーションの茎を持って、花びらにそっと指先で触れた。「やわらかい」と、小さな声が聞こえた。
「選べたら、こちらでまとめ方を教えますね」
詩が、丁寧に手順を説明する。まず、メインの花を真ん中に。それから、周りに小さい花を配置して、最後にリボンで結ぶ。リボンを巻く時、花束がきゅっと形を持つ瞬間が、いちばん楽しいところだ。
「できた! かわいい!」
「ありがとうございました」
「また来ていいですか?」
「もちろん」
最初のお客さんが笑顔で帰っていくと、すぐに次のお客さんが来た。その後も、途切れることがなかった。
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気づけば、温室の中は賑やかになっていた。
柚葉が受付と案内を、詩が作り方の説明を、小春が花の紹介を、凛がリボン結びの指導を担当した。
真白は、裏方に回った。花の補充、リボンの準備、使い終わった道具の片付け。誰かに花材が足りなくなれば、すっと差し出す。テーブルが散らかれば、合間に整える。
「真白ちゃん、ガーベラもう少しある?」
「……はい。こっちに」
柚葉に聞かれる前に、もう手元に用意していた。
「さすが。助かるよ」
真白は小さく頷いて、次の準備に戻った。
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お昼休み。交代で休憩を取ることになった。
「小春ちゃんと詩、先に行っておいで」
柚葉が言った。
「いいんですか?」
「うん。後で交代するから」
小春と詩は、温室を出た。外の空気が、ひんやりと頬に触れる。
「どこ行きます?」
「んー、屋台でも見て回る?」
「はい!」
校庭には、たくさんの屋台が出ていた。たこ焼き、焼きそば、クレープ。美味しそうな匂いが漂っている。
「たこ焼き、食べたいです」
「じゃあ、買おうか」
二人で、たこ焼きを買った。ベンチに座って、一緒に食べる。
外はかりっとしていて、中はとろっと熱い。ソースの甘辛さと、青のりの香ばしさが口の中に広がる。
「おいしい」
「お祭りの味だね」
詩が、微笑んだ。
「小春ちゃん、今日頑張ってるね」
「え?」
「お客さんへの対応、上手だなって思って。笑顔がいいし、説明もわかりやすい」
「えへへ」
小春は、頬が熱くなった。
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食べ終わって、少し校内を歩いた。
「あ、美術部の展示」
「見ていきますか?」
二人で、美術部の教室に入った。
絵画や彫刻が、展示されている。どれも、力作だ。
詩は、一枚の絵の前で足を止めた。
夕焼けの空と、一本の木。シンプルだけど、どこか切ない絵だ。
「きれい」
詩が、小さく呟いた。
「詩先輩、この絵、好きですか?」
「うん。なんか、詩が書きたくなる」
「詩?」
「この絵を見て思ったこと、言葉にしたくなった」
小春は、詩の目を見た。絵をじっと見つめるその目に、何かが灯っている。普段の穏やかさとは違う、静かな熱。
——この人の見ている世界を、わたしも見てみたい。
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。
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展示を見終わって、温室に戻った。
「おかえり」
真白が言った。テーブルの上は、きれいに整頓されている。花材もリボンも、すぐ使える状態に揃っていた。
「真白、ずっと一人で回してたの?」
「……凛先輩と柚葉先輩がいたから」
「でも、すごくきれいに整理されてるよ」
「……別に」
真白は目を逸らしたが、少しだけ嬉しそうだった。
「ただいま。交代しますね」
柚葉と凛が、休憩に出て行った。
午後のお客さんも、たくさん来てくれた。
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「すみません、フラワーアレンジメントって、まだやってますか?」
声がして、振り向くと、見知らぬ女の子が立っていた。
ショートカットで、快活そうな雰囲気。二年生のバッジをつけている。
「はい、まだやってますよ」
小春が答えた。
「よかった。ずっと来たかったんだけど、自分のクラスの出し物があって」
「どうぞ、こちらへ」
女の子は、テーブルについた。
「私、バレー部の夏希って言います。園芸部って、なんか楽しそうだなって思ってて」
「ありがとうございます」
「温室、きれいですね。花がいっぱいで」
夏希は、周りを見回しながら言った。
「いつもここで活動してるんですか?」
「はい。水やりとか、植え替えとか」
「いいなあ。運動部は汗臭いだけだから」
夏希は、あっけらかんと笑った。
「じゃあ、花、選びますね」
夏希は、オレンジ色のガーベラと、白いカスミソウを選んだ。
「元気な色、好きなんです」
「夏希さんらしいですね」
「そう? ありがと」
夏希は、楽しそうにブーケを作った。
「できた! かわいい」
「お上手ですよ」
「えへへ、ありがと。また来ていい?」
「もちろん」
夏希は、手を振って帰っていった。
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夕方になって、文化祭は終わりを迎えた。
後片付けをしながら、柚葉が嬉しそうに言った。
「たくさん来てくれたね」
「百人以上、来たんじゃない?」
凛が言った。
「数えてたの?」
「途中でわからなくなったけど」
凛が笑った。
片付けが終わって、温室を出た。テーブルの上にはもう花材もリボンもない。朝あんなに賑やかだった場所が、いつもの温室に戻っていた。
夕焼けが、空を染めている。吐く息が、少しだけ白い。
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「後夜祭、見て行かない?」
柚葉が言った。
「後夜祭?」
「キャンプファイヤーがあるの。見ていこうよ」
五人で、校庭に向かった。
校庭の真ん中に、大きな火が燃えている。薪がはぜる音が、時おり乾いた空気に響く。木の燃える匂い——甘くて、少し煙たい——が、風に乗って流れてきた。生徒たちが、その周りを囲んでいた。
「きれい」
小春が、火を見上げながら言った。
「うん。文化祭の締めくくりだね」
柚葉が、火を見つめながら言った。
みんなで、キャンプファイヤーを囲んだ。
十一月の夜風は冷たいのに、火の近くは温かい。明かりが、顔を照らす。
「今日、楽しかったね」
凛が言った。
「うん。来年も、みんなでやろうね」
小春が言うと、真白も小さく頷いた。
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しばらく火を見ていると、小春は眠くなってきた。
朝から動き回っていたせいだ。
「……ん」
気づくと、隣の詩の肩に頭を預けていた。
「あ、すみません……」
慌てて離れようとしたが、詩が言った。
「いいよ。そのままで」
「え?」
「疲れたでしょ。少し休んで」
詩の声は、優しかった。
小春は、そっと詩の肩に頭を戻した。
詩は、動かないようにじっとしていた。
肩から伝わってくる、小春の温もり。甘い匂い。
——このまま、もう少しこうしていたい。
詩は、そう思った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
詩の肩は、温かかった。
小春は、目を閉じた。火の音と、周りの話し声が、遠くに聞こえる。
——幸せだな。
そう思いながら、小春は少しだけ眠った。
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真白は、その様子をちらりと見た。
小春が、詩の肩で眠っている。
——よかったね、小春。
真白は、心の中で呟いた。
隣を見ると、柚葉がキャンプファイヤーを見つめている。
火の明かりに照らされた横顔。きれいだ。
「真白ちゃん」
「はい」
「今日、ありがとうね。買い出しの時から、いろいろ手伝ってくれて」
「……」
真白は、何も言わなかった。当たり前のことだから。でも、柚葉に気づいてもらえたことが、ただ嬉しかった。
「真白ちゃんがいてくれて、助かった」
柚葉が微笑んだ。
真白の胸が、きゅっとなった。
——好き。
でも、今はこのままでいい。
隣にいられるだけで、幸せだから。
キャンプファイヤーの火が、ゆらゆらと揺れていた。
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後夜祭が終わって、みんなで帰路についた。
「また明日ね」
「おやすみなさい」
駅で別れて、小春と真白は同じ方向に歩いていく。
「真白」
「なに」
「今日、詩先輩の肩で寝ちゃった」
「見てた」
「恥ずかしかった」
「……でも、嬉しそうだったよ」
「え?」
「詩先輩も、嬉しそうだった」
小春は、真白の言葉に驚いた。
「本当?」
「……たぶん」
真白は、それ以上何も言わなかった。
小春は、空を見上げた。星が、きらきら光っている。
「来年も、みんなでやりたいね」
「……そうだね」
二人は、夜道を並んで歩いた。
秋の夜は、少し肌寒かった。
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柚葉の園芸ノート 11月3日(金)晴れ
文化祭、大成功だった。
園芸部のブース、たくさんの人が来てくれた。
みんなで育てた花を見て、「きれい」って言ってもらえて嬉しかった。
後夜祭、みんなでキャンプファイヤーを見た。
小春ちゃん、疲れて詩の肩で寝ちゃってた。
詩、動けなくなってて、ちょっと面白かった。
こういう日々が、ずっと続くといいな。
……いや、続かないんだよね。
あと一年半で、私と凛と詩は卒業してしまう。
でも、今は考えないでおこう。
今日は、楽しかった。それでいい。




