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陽だまりの庭  作者: はるうた
第一部 花咲く季節

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10/25

第10章 文化祭の日

火を囲んで座った

声がだんだん減っていく


薪がぱちりと鳴る

それが誰かの言葉みたいだった


足りないものは

なにもなかった


---


十一月。文化祭当日の朝。


校門をくぐると、冷たい空気の中に、いろんな匂いが混ざっていた。焼きそばの準備だろうか、ソースの香り。どこかのクラスが飾り付けているらしい、テープを切る音。マイクのテストをする声が、校庭に響いている。


「緊張するね」


小春が、温室の前で白い息を吐きながら言った。


「大丈夫だよ。練習したじゃん」


凛が、腕まくりをしながら答えた。


温室の扉を開けると、中はほんのり温かかった。ガラス越しの朝日が、準備した花たちを照らしている。


園芸部の出し物は、フラワーアレンジメント体験。小さなブーケを作ってもらう、というものだ。


入り口には、手作りの看板が飾ってある。「園芸部 フラワーアレンジメント体験」と、カラフルな文字で書かれている。小春と真白が、昨日の放課後に書いたものだ。


「お客さん、来てくれるかな」


小春が言った。


「来るよ。宣伝もしたし」


柚葉が、にこにこしながら言った。


テーブルの上には、カーネーション、ガーベラ、カスミソウ。買い出しで揃えた花材が、色とりどりに並んでいる。真白が選んだ白いレースのリボンも、きちんと束ねて置いてあった。


「さあ、始めよう」


凛が手を叩いた。


---


午前十時。文化祭が始まった。


最初のお客さんは、一年生の女の子二人組だった。


「フラワーアレンジメント、やってみたいんですけど」


「はい、どうぞ。好きな花を選んでくださいね」


柚葉が、テーブルに案内した。


女の子たちは、楽しそうに花を選んでいた。ピンクのカーネーションと、白いカスミソウ。一人がカーネーションの茎を持って、花びらにそっと指先で触れた。「やわらかい」と、小さな声が聞こえた。


「選べたら、こちらでまとめ方を教えますね」


詩が、丁寧に手順を説明する。まず、メインの花を真ん中に。それから、周りに小さい花を配置して、最後にリボンで結ぶ。リボンを巻く時、花束がきゅっと形を持つ瞬間が、いちばん楽しいところだ。


「できた! かわいい!」


「ありがとうございました」


「また来ていいですか?」


「もちろん」


最初のお客さんが笑顔で帰っていくと、すぐに次のお客さんが来た。その後も、途切れることがなかった。


---


気づけば、温室の中は賑やかになっていた。


柚葉が受付と案内を、詩が作り方の説明を、小春が花の紹介を、凛がリボン結びの指導を担当した。


真白は、裏方に回った。花の補充、リボンの準備、使い終わった道具の片付け。誰かに花材が足りなくなれば、すっと差し出す。テーブルが散らかれば、合間に整える。


「真白ちゃん、ガーベラもう少しある?」


「……はい。こっちに」


柚葉に聞かれる前に、もう手元に用意していた。


「さすが。助かるよ」


真白は小さく頷いて、次の準備に戻った。


---


お昼休み。交代で休憩を取ることになった。


「小春ちゃんと詩、先に行っておいで」


柚葉が言った。


「いいんですか?」


「うん。後で交代するから」


小春と詩は、温室を出た。外の空気が、ひんやりと頬に触れる。


「どこ行きます?」


「んー、屋台でも見て回る?」


「はい!」


校庭には、たくさんの屋台が出ていた。たこ焼き、焼きそば、クレープ。美味しそうな匂いが漂っている。


「たこ焼き、食べたいです」


「じゃあ、買おうか」


二人で、たこ焼きを買った。ベンチに座って、一緒に食べる。


外はかりっとしていて、中はとろっと熱い。ソースの甘辛さと、青のりの香ばしさが口の中に広がる。


「おいしい」


「お祭りの味だね」


詩が、微笑んだ。


「小春ちゃん、今日頑張ってるね」


「え?」


「お客さんへの対応、上手だなって思って。笑顔がいいし、説明もわかりやすい」


「えへへ」


小春は、頬が熱くなった。


---


食べ終わって、少し校内を歩いた。


「あ、美術部の展示」


「見ていきますか?」


二人で、美術部の教室に入った。


絵画や彫刻が、展示されている。どれも、力作だ。


詩は、一枚の絵の前で足を止めた。


夕焼けの空と、一本の木。シンプルだけど、どこか切ない絵だ。


「きれい」


詩が、小さく呟いた。


「詩先輩、この絵、好きですか?」


「うん。なんか、詩が書きたくなる」


「詩?」


「この絵を見て思ったこと、言葉にしたくなった」


小春は、詩の目を見た。絵をじっと見つめるその目に、何かが灯っている。普段の穏やかさとは違う、静かな熱。


——この人の見ている世界を、わたしも見てみたい。


そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。


---


展示を見終わって、温室に戻った。


「おかえり」


真白が言った。テーブルの上は、きれいに整頓されている。花材もリボンも、すぐ使える状態に揃っていた。


「真白、ずっと一人で回してたの?」


「……凛先輩と柚葉先輩がいたから」


「でも、すごくきれいに整理されてるよ」


「……別に」


真白は目を逸らしたが、少しだけ嬉しそうだった。


「ただいま。交代しますね」


柚葉と凛が、休憩に出て行った。


午後のお客さんも、たくさん来てくれた。


---


「すみません、フラワーアレンジメントって、まだやってますか?」


声がして、振り向くと、見知らぬ女の子が立っていた。


ショートカットで、快活そうな雰囲気。二年生のバッジをつけている。


「はい、まだやってますよ」


小春が答えた。


「よかった。ずっと来たかったんだけど、自分のクラスの出し物があって」


「どうぞ、こちらへ」


女の子は、テーブルについた。


「私、バレー部の夏希って言います。園芸部って、なんか楽しそうだなって思ってて」


「ありがとうございます」


「温室、きれいですね。花がいっぱいで」


夏希は、周りを見回しながら言った。


「いつもここで活動してるんですか?」


「はい。水やりとか、植え替えとか」


「いいなあ。運動部は汗臭いだけだから」


夏希は、あっけらかんと笑った。


「じゃあ、花、選びますね」


夏希は、オレンジ色のガーベラと、白いカスミソウを選んだ。


「元気な色、好きなんです」


「夏希さんらしいですね」


「そう? ありがと」


夏希は、楽しそうにブーケを作った。


「できた! かわいい」


「お上手ですよ」


「えへへ、ありがと。また来ていい?」


「もちろん」


夏希は、手を振って帰っていった。


---


夕方になって、文化祭は終わりを迎えた。


後片付けをしながら、柚葉が嬉しそうに言った。


「たくさん来てくれたね」


「百人以上、来たんじゃない?」


凛が言った。


「数えてたの?」


「途中でわからなくなったけど」


凛が笑った。


片付けが終わって、温室を出た。テーブルの上にはもう花材もリボンもない。朝あんなに賑やかだった場所が、いつもの温室に戻っていた。


夕焼けが、空を染めている。吐く息が、少しだけ白い。


---


「後夜祭、見て行かない?」


柚葉が言った。


「後夜祭?」


「キャンプファイヤーがあるの。見ていこうよ」


五人で、校庭に向かった。


校庭の真ん中に、大きな火が燃えている。薪がはぜる音が、時おり乾いた空気に響く。木の燃える匂い——甘くて、少し煙たい——が、風に乗って流れてきた。生徒たちが、その周りを囲んでいた。


「きれい」


小春が、火を見上げながら言った。


「うん。文化祭の締めくくりだね」


柚葉が、火を見つめながら言った。


みんなで、キャンプファイヤーを囲んだ。


十一月の夜風は冷たいのに、火の近くは温かい。明かりが、顔を照らす。


「今日、楽しかったね」


凛が言った。


「うん。来年も、みんなでやろうね」


小春が言うと、真白も小さく頷いた。


---


しばらく火を見ていると、小春は眠くなってきた。


朝から動き回っていたせいだ。


「……ん」


気づくと、隣の詩の肩に頭を預けていた。


「あ、すみません……」


慌てて離れようとしたが、詩が言った。


「いいよ。そのままで」


「え?」


「疲れたでしょ。少し休んで」


詩の声は、優しかった。


小春は、そっと詩の肩に頭を戻した。


詩は、動かないようにじっとしていた。


肩から伝わってくる、小春の温もり。甘い匂い。


——このまま、もう少しこうしていたい。


詩は、そう思った。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


詩の肩は、温かかった。


小春は、目を閉じた。火の音と、周りの話し声が、遠くに聞こえる。


——幸せだな。


そう思いながら、小春は少しだけ眠った。


---


真白は、その様子をちらりと見た。


小春が、詩の肩で眠っている。


——よかったね、小春。


真白は、心の中で呟いた。


隣を見ると、柚葉がキャンプファイヤーを見つめている。


火の明かりに照らされた横顔。きれいだ。


「真白ちゃん」


「はい」


「今日、ありがとうね。買い出しの時から、いろいろ手伝ってくれて」


「……」


真白は、何も言わなかった。当たり前のことだから。でも、柚葉に気づいてもらえたことが、ただ嬉しかった。


「真白ちゃんがいてくれて、助かった」


柚葉が微笑んだ。


真白の胸が、きゅっとなった。


——好き。


でも、今はこのままでいい。


隣にいられるだけで、幸せだから。


キャンプファイヤーの火が、ゆらゆらと揺れていた。


---


後夜祭が終わって、みんなで帰路についた。


「また明日ね」


「おやすみなさい」


駅で別れて、小春と真白は同じ方向に歩いていく。


「真白」


「なに」


「今日、詩先輩の肩で寝ちゃった」


「見てた」


「恥ずかしかった」


「……でも、嬉しそうだったよ」


「え?」


「詩先輩も、嬉しそうだった」


小春は、真白の言葉に驚いた。


「本当?」


「……たぶん」


真白は、それ以上何も言わなかった。


小春は、空を見上げた。星が、きらきら光っている。


「来年も、みんなでやりたいね」


「……そうだね」


二人は、夜道を並んで歩いた。


秋の夜は、少し肌寒かった。


---


柚葉の園芸ノート 11月3日(金)晴れ


文化祭、大成功だった。


園芸部のブース、たくさんの人が来てくれた。

みんなで育てた花を見て、「きれい」って言ってもらえて嬉しかった。


後夜祭、みんなでキャンプファイヤーを見た。

小春ちゃん、疲れて詩の肩で寝ちゃってた。

詩、動けなくなってて、ちょっと面白かった。


こういう日々が、ずっと続くといいな。


……いや、続かないんだよね。

あと一年半で、私と凛と詩は卒業してしまう。


でも、今は考えないでおこう。

今日は、楽しかった。それでいい。


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