94.赦し
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「事件の後のことは、正直あんまり覚えてなくてさ」
そう言ってラリィは、何杯目かのビールに口を付けた。
「離脱症状っての? アレがすっげーキツくて。勾留中の記憶とか全然ねぇの。んで、裁判とか色々あって、塀の中入って。そんでやっと、色々考えられるようになってきたらさぁ……」
酒場の中の演奏は、陽気なリズムへと変わった。しかしラリィたちのテーブルだけは、重い空気が漂っている。
「リディアの事は思い出したらやっぱり辛いんだけど、リズにちゃんと最後にお別れしろって言われて見送ったからかなぁ……自分の中で整理できてて」
「だから俺にも、葬儀には出ろって言ったんですね」
「そ。リズの受け売り」
照れ臭そうにラリィは笑う。
「あの時リズが背中を押してくれてなかったら、きっとオレは今でもリディアが死んだことに目を背け続けて、本当にダメになってたと思う。……それなのにオレはリズにとんでもないことしたなって、後悔ばっか浮かんできてさ。ムショを出たら謝りに行こうと思ったけど、どの面下げて行ったらいいかもわかんなくなっちゃって」
あんな事になる前、どうやってリズと喋っていたかも思い出せない。
リズをカッコイイと思っていた。
震えながらも自分の足で立ち、毎日努力して、手のひらは血豆が潰れて痛々しいのに、そんな素振りは全く見せなくて……そんなカッコイイ彼女だからこそ、友達になりたいと思っていた。
更に守護剣士になったと風の噂で聞いて、リズなら当然だと思ったし、嬉しかった。そしてそれと同時に、もう彼女の隣には立てないとも思った。
「でもせめてリズの足元……足の裏でもいいから、近くに行けたらと思ってここに来たんだ」
リズに赦されたい。
入隊当初に比べれば、笑顔を見せてくれるようにはなった。しかしだからと言って気を抜くと、今日みたいにきっぱりと拒絶されるのだ。
「……こんな事言うのもアレですけど」
ウィルはそう前置きした。ラリィから奪ったビールが、丁度気持ちよく頭の中に染み渡っている。
「俺だったら死んでも許しませんね」
「だ、だよな……」
「クソだな、お前」
「はい……」
追い打ちをかけるセイル。
アルコールのせいもあって、ラリィは両目に涙を浮かべている。
「だからせめてさぁ、リズが幸せになるのをオレは願ってるわけ! なんかほら、昔の男のことも吹っ切れてきたみたいだし……だからさぁ、だからさぁ! リズを泣かせるようなことはしないでくれよぉ、セイル! 創世祭に独りにしないでやってくれよぉ!」
「アホか」
それでやけにその『設定』を気にしているのかと、セイルは納得した。
「リズは……」
セイルは言いかけたが、やめた。
リズは本当に、自分を傷付けたから怒っているのだろうか。だから赦さないと言っているのだろうか、とセイルは思う。
もしかしたら、自分自身にラリィ繋ぎ止めておきたいからではないのか――
「ラリィ先輩って、赦されたらまた同じこと繰り返しそうですし、今くらいが丁度いいんじゃないですか?」
「リズは、オレのこと思って言ってるってこと?」
「本当のところは知らないですよ? 俺にはリズ先輩、優しいんで」
「そっか……そうだよな。やっぱりオレ、そこまで嫌われてねーよな!?」
「いや、ラリィ先輩? 聞いてますか? ただの俺の憶測ですよ?」
「うんうん! あれはリズの優しさだな!」
都合良く解釈したラリィは、もりもりと元気を取り戻していく。
「これでガチで嫌われてる方だったらどうしましょう……?」
「結局本当のところは、リズ本人にしかわからないことだ」
すっかり笑顔になったラリィは、演奏に合わせて鼻歌を口ずさむ。
セイルは煙草を灰皿に押し付けながら、窓の外を見た。
「噂をすれば……だな」
通りの向こうを歩いている、リズとゼンの姿を見つけた。
2人で雑貨屋のショーウィンドウを覗きながら、リズは笑顔でゼンと話している。
「なんか楽しそうですね。リズ先輩、めっちゃ笑ってるし」
「……ズルい」
突然席を立つラリィ。
「やっぱりオレは諦めない! いつかリズに赦して貰う!」
そして店を飛び出すと、ゼンとリズの方へと駆けて行ってしまった。そして案の定、リズに嫌な顔をされている。
「俺から見たら、ラリィ先輩を虐めてる時のリズ先輩が、1番楽しそうなんですけどね」
「お互い自覚が無いんだろうな」
ウィルとセイルも立ち上がり、会計を済ませて店を出る。
創世祭の喧騒と歌と音楽が入り乱れた街に、静かに雪が降りしきっていた――
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どこまでも続く黒。
深い闇が無限に広がるその場所で、弥月はラリィの過去を見た。
手の中で淡い色を放つ球をくるくると弄びながら、弥月はため息をつく。
「なんだかなぁ……」
ラリィ=バイオレットは弥月にとって、興味深い過去を持っていた。
しかし、あまり面白いとは思えなかった。
「リズは良かったのに」
彼女の傷口を抉るのは、とても楽しかった。そしていい悲鳴が聞けて大満足だった。
あの幼馴染がいい働きをしたように思う。彼がリズに会いに行くよう下準備をするのも、舞台の裏方作業をしているようでやり甲斐があった。
ゼンは感情の起伏はあまりみられなかったが、あれも妹を残しておいたことでそれなりに楽しいドラマが見られた。無論、あの両親がゼンに会いに行くよう仕向けたのも、弥月である。
しかしラリィに関しては、いいアイデアが思いつかない。
「うーん……」
弥月は腕を組み、頭を捻る。
あの幼馴染や育ての親を殺しちゃう? ……いやいや、それじゃあ彼の反応は想像できるし面白くない。
じゃあ、リズを使って……それもなんだかありきたりかなぁ。
ふわふわと空間を泳ぎながら、弥月はアイデアを絞り出そうとした。
「一度、落ちるところまで落ちちゃってるからなぁ……」
だからラリィは強い。ちょっとやそっとじゃ、もう折れない。
「……」
長い時間をかけて思考を巡らせ――そして、ようやく名案を思いついた。
「いらない玩具も、少しは役に立って貰わないとね」




