93.鎖
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ゼンはグランチェスの人混みを避け、なるべく静かな道を選んで歩いていた。
魔法士協会でリムの村の結界について調べたことを書き留めて、緑の羽の御者に託してきたところである。
雪の積もった石畳を歩きながら、ゼンは雑貨屋のショーウィンドウに目を向ける。
キラキラと輝くスノードームや、手触りの良さそうなクマのぬいぐるみが彼の目を引いた。
(フォトは……何が好きなのだろう……)
創世祭を一緒に過ごせなかった妹のことを想う。
この間の伝話の様子だと、セアラと仲良く過ごしているのだろう。独りにならなくて良かったと、心から安堵した。
せめてプレゼントでも買って帰ろうと思うのだが、妹の好みがわからない。
ゼンはぼんやりと商品を眺めながら歩きーー隣の喫茶店に、知った顔を見つけた。
「……リズ?」
リズはフルーツが山盛り乗った巨大なパフェを、般若のような顔で頬張っている。
ガラス越しに、リズと目が合った。
一瞬動きを止めた彼女は、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべる。
「……」
わかりやすい、とゼンは思う。
基本的に穏やかな気性のリズは、嫌なことがあってもあまり顔には出さない。
さっきみたいに露骨に顔に出ている時は、大概ラリィが絡んでいるのだ。
ゼンは少しだけ考えてから、喫茶店の中へと入った。
ホットミルクティーを注文し、リズの前の席に座る。
「ラリィが何か……やらかしたのか……?」
「別に。いつも通り鬱陶しかっただけよ」
ペースを崩さず大量の生クリームを摂取していくリズに、ゼンは見ているだけで胸焼けしそうになる。
「お前たちは、仲がいいのか悪いのか……よくわからないな」
「仲良く見える?」
「時々」
「最悪」
リズは口いっぱいにバナナを詰め込んだ。
「ひとつ……訊いてもいいか?」
ゆっくりと口の中のものを噛み締めながら、リズは首を傾げる。
「ラリィが嫌いなら……何故、保証人になった?」
事件当初のことも詳細も、ゼンは知らない。
ただラリィが班に加わる際に、人を殺した薬物使用歴のある男で、その場にリズが居合わせていたのだとだけ聞いた。
前科のあるラリィには保証人が必要で、それをリズが買って出たと知って仲が良いものだとも思っていた。
だから実際に顔を合わせた時、あまりにも人懐っこいラリィに拍子抜けしたし、リズの冷ややかな態度にも驚いた。
「……鎖、かな」
リズはそう言って小さく笑う。そして次々とパフェを口の中へ運んでいった。
それ以上はもう訊かないで欲しいと言っているように、ゼンには見えた。
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ラリィ=バイオレットは殺人の現行犯で逮捕された。
警察が到着した時にはリズの意識は朦朧としていたので、よく覚えていない。担架に乗せられて意識を失い、次に目が覚めたら病院で丸1日が経っていた。
病室に何度も警察が事情を聞きに来て、その時に初めて、あの猫背の男が連続殺人犯であったことを知った。
リディアを含めて少なくとも5人、未成年の女の腹を裂いて殺していたのだと言う。更にリズの目の前でも男を殺したので、被害者は6人以上である。
退院後、一度だけジーナが宿舎まで会いに来た。
彼女の話では、あの日ヴィンスはリディアを殺した犯人がリズを刺したと叫びながら、レオの家に飛び込んできたらしい。ラリィはその声を聞いたのだろう、とのことだった。
ヴィンスはクスリの売人をしていたことと、それをラリィに渡したことがレオに知られ、暫く動けないほどこっぴどく叱られたそうだ。
あれからラリィがどうなったのかは、リズは聞かなかった。
スラム街に足を運ぶ事も、あの街で顔見知りになった人ともそれっきり会う事はなく、月日は過ぎていったーー
そして次にリズがラリィの名前を聞いたのは、彼女が入隊試験で守護剣士となり、一年目が終盤に差し掛かってきた頃である。
「リズ」
訓練場の廊下で彼女を呼び止めたのは、第3部隊長ライト=ランク。
その時のリズは班の中でのトラブルに辟易としていた頃で、またその話かと思って足を止めた。
「ラリィ=バイオレットという男を覚えているか?」
「……は?」
思ってもいなかった名前が飛び出してきて、リズはしばし言葉を失う。
「お前が練習生だった頃、連続殺人犯に刺された事件のーー」
「それは覚えていますけど……それが何か?」
ライトはリズの反応を注意深く見ながら話を続ける。
「先日、彼が練習生の宿舎に来た。ちょうど私がいたので対応したのだが、剣士になるにはどうしたらいいのかと尋ねられてな」
「……」
再度リズは絶句した。
「あの事件の相手は6人殺した連続殺人犯だったし、直前にお前も刺されていた。相手は凶器を持っていたが、彼は素手。情状酌量で正当防衛とはなったが、薬物の使用の罪で半年間収容されていたらしい」
「はぁ……」
「この経歴なら、こちらとしては試験を受けるなとは言えないのだが……どう思う?」
リズはライトの言いたいことを理解した。
剣士隊としては、守護剣士であるリズの方が大事である。彼女が拒むのならば、ある程度融通をきかせることが出来ると言っているのだ。
「……あの人、字の読み書きが出来ません」
「そうか。それならばーー」
「口頭で試験を受けさせることは出来ますか?」
今度はライトが言葉を失った。
目の前であれほどの凄惨な事件が起きた。あれ以来事件のことは避けていたようだし、当然ラリィを拒むものだと思っていた。
「特例にはなるが……守護剣士が望むのなら」
「じゃあ、お願いします。及第点に届かなかったら容赦なく落としてください」
「いいのか? 確かに悪い男には見えなかったが……」
リズは、ライトが今まで見た事の無いような冷たい笑みを浮かべた。
「ここまで這い上がってこれたなら、私が保証人になってもいいです」




