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I'll  作者: ままはる
第八章
91/114

91.後悔

⭐︎


 ラリィに泣きつかれたウィルは、そのままグランチェスの酒場へと連れて行かれた。


 あの酷い二日酔いを経験して以来、酒を避けているウィルは気が進まなかったが、そんな彼を宥めながらラリィはテーブル席に腰を下ろし、バーテンダーに声を掛けた。


「ビールと、お子ちゃまにも出せるやつ、ちょーだい」


「それはそれでムカつく……」


 不貞腐れながらも、酒場という大人の店には興味があるウィルだった。


 創世祭だからなのか、まだ日も明るいというのに店内には客の姿が多く見られ、小さなステージでは陽気な音楽を奏でる生演奏が開かれている。


「……あ。セイル先輩だ」


「どこ?」


 カウンターで煙草をふかしながら、独りでグラスを傾けるセイルを見つけた。


 ラリィはニッコリと笑うと、セイルに近付いていく。


「カッコいいお兄さぁん♡ あたしと一緒に飲みましょ♡」


「……」


 気味の悪い裏声でしなだれ掛かるラリィに、セイルは心底嫌そうな表情を浮かべた。それからウィルもいることに気付き、呆れてため息をつく。


「酒場に連れて来ていい歳じゃないだろ……」


「飲まなきゃいーじゃん」


 ラリィに手を引かれ、セイルは渋々テーブル席へと移動した。


「創世祭に独りで飲んでても、つまんねーだろ?」


「酔っ払いの相手をするよりマシだ」


「ラリィ先輩、さっきリズ先輩にフラれて傷心なんですよ」


 セイルは煙草の煙を細く吐き出しながら、ラリィを見た。


「正気か。班の中でいざこざを起こすなら、二人とも追い出すからな」


「自分の事は棚に上げて?」


「……あぁ……まだそういう設定だったか」


「もう『設定』って言っちゃってるじゃないですか」


 ウィルは運ばれて来た飲み物に口をつけた。ウィスキーを少しだけ垂らした、甘いカフェラテだ。


「リズと仲直りしたいんだけど、上手くいかねーの。どうしたらいいと思う?」


「それだけのことを、お前がしたんだろう」


「無理矢理チューしたらしいですよ」


 ウィルの言葉に、セイルは首を傾げる。


「リズがあの現場を目撃したんじゃなかったのか?」


「あの現場って?」


 ウィルの反応を見て、セイルは内心で舌打ちをした。それからラリィに言う。


「悪い。知っているものだと思っていた」


「別にいーよ。セドリックが告げ口してたし」


「セドリック……?」


 そう呟いて、彼から聞かされたラリィの噂話を思い出した。


 ――ラリィ=バイオレットは殺人犯。


「……え? どういう事ですか? いや、待って。ちょっと聞くのが怖い……」


 ガセネタだと思って忘れかけていたのに、急激に現実味を帯びた言葉に、ウィルは逃げ腰になる。


 しかしラリィはなんでもない事のように、あっけらかんとした顔で言った。


「オレ、人を殺したことがあんの」


「……」


 ウィルは無言でラリィのビールに手を伸ばすと、それを飲み干した。


「あ。ダメじゃん!」


「シラフで聞けないですよ……」


「お前の口から直接聞くのは初めてだ。その様子だと、反省も後悔もしていなさそうだな」


 セイルが言うと、ラリィは自嘲するように笑った。


「してねーよ。何回だって殺してやる」


 だけど――と、言葉を続けた。


「……リズを傷付けたことだけは、後悔してるんだよな」


 ふいに落ちた沈黙を埋めるように、ステージの生演奏が緩やかな音色を紡ぎ始めた。


 聞いた事のある旋律に、自然とラリィはメロディを口ずさむ。優しくて温かい、しかしどこか憂いを纏った歌だった。


⭐︎


 リディアの遺骨を埋葬した後、ラリィは教会の外へ出なくなった。


 冷たく薄暗い床に座り込み、破れた天井から落ちて来る雪を、虚ろな目で眺めるでもなく見つめる。


 カラカラに渇いた口からは、時折消え入りそうな声でリディアと歌った歌が漏れた。しかしその度に涙が溢れ、喉が詰まる。そしてぬいぐるみを抱きしめ、声を殺すこともなく泣くのだ。


「リディアぁ……」


 圧倒的な陽だった彼が落とした陰は、その周囲もろとも深い闇の中へと引き摺り込む力を持っていた。


 ヴィンスもジーナもレオも、その他ラリィの周りにいた人たちからは、一切の笑顔が消えた。


「……ラリィ。せめて何か食べて」


 リズも例外ではなかった。


 早朝と夜、リズは時間の許す限りラリィの様子を見に教会を訪れた。


 ラリィは一歩も動いていないのか、ずっと同じ場所で泣き暮れている。


「……オレが、あの時ちゃんと警察に連れて行っていれば……死ななくても済んだのに……」


「……」


 リズは何も言えない。そんなこと、今更後悔したってどうにもならない。孤児院に行っていたからと言って、リディアが幸せになれたかどうかなど、誰にもわからないのだ。


「ねぇ、ラリィ……」


 リズはジーナに作ってもらった温かいスープをラリィに差し出す。しかしラリィはそれを払いのけ、スープは床に散らばった。


「……いらない」


 リズは近くに落ちていた毛布をラリィに被せると、静かに教会の外に出た。


「どうだった?」


 待ちかねていたように、ヴィンスがリズに尋ねる。リズは首を横に振って応えた。


「もう三日もあの調子だ。あんなラリィ……見てられねぇよ」


「時間が経つのを待つしかないよ」


 何を言っても、今のラリィには響かない。ただ、大きすぎる喪失感に押し潰されないよう、祈ることしかできない。


「オレがあの時、リディアを拾わなけりゃ……!」


「やめて」


 リズは静かにヴィンスの言葉を遮る。


「……やめて。そんなこと、言わないで」


「けど! オレにとっちゃ、ラリィの方が大事なんだよ!」


 ヴィンスはポケットの中で拳を強く握りしめた。


「リディアのことなんか、忘れちまえばいいのに……」


 吐き捨てるように言って、教会の中に入っていくヴィンス。リズはその背中を見送ってから、宿舎へと帰って行った。


「ラリィ」


 教会の中では、変わらずラリィが泣いている。ヴィンスは、胸に重石を載せたような息苦しさを覚えた。


「ヴィンス……辛ぇよ……」


「うん……」


「ここが、壊れちゃった……苦しくて、苦しくて……息が出来ない……」


 胸元を何度も掻きむしっていて、血が滲み出ていた。


「助けてくれよ……」


 掠れた声で、ラリィは縋る。


 ヴィンスになのか、それとも崩れかけた天井に描かれた神にか。


 ヴィンスは、幼い頃から兄弟のように育った彼を見下ろした。


「時間が経つのなんか、待っていられないよな」


 あの太陽みたいに笑うラリィが、これ以上苦しむ姿はもう見たくない。こんなラリィは、ラリィではない。


 ヴィンスはポケットの中で握った拳を緩め、その手をラリィの前に差し出した。

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