91.後悔
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ラリィに泣きつかれたウィルは、そのままグランチェスの酒場へと連れて行かれた。
あの酷い二日酔いを経験して以降、酒を避けているウィルは気が進まなかったが、そんな彼を宥めながらラリィはテーブル席に腰を下ろしバーテンダーに声を掛ける。
「ビールと、お子ちゃまにも出せるやつ、ちょーだい」
「それはそれでムカつく……」
不貞腐れながらも、酒場という大人の店に興味はあるウィル。
創世祭だからなのか、まだ日も明るいというのに店内に客の姿は多くみられ、小さなステージでは陽気な音楽を奏でる生演奏が開かれている。
「……あ。セイル先輩だ」
「どこ?」
カウンターで煙草をふかしながら、独りでグラスを傾けるセイルを発見した。
ラリィはニッコリと笑うと、セイルに近付いていく。
「カッコいいお兄さぁん♡ あたしと一緒に飲みましょ♡」
「……」
気味の悪い裏声でしなだれ掛かるラリィに、セイルは心底嫌な表情を浮かべた。それからウィルもいる事に気が付き、呆れてため息をつく。
「酒場に連れて来ていい歳じゃないだろ……」
「飲まなきゃいーじゃん」
ラリィに手を引かれ、セイルは渋々テーブル席へと移動した。
「創世祭に独りで飲んでても、つまんねーだろ?」
「酔っ払いの相手をするよりマシだ」
「ラリィ先輩、さっきリズ先輩にフラれて傷心なんですよ」
セイルは煙草の煙を細く吐き出しながら、ラリィを見た。
「正気か。班の中でいざこざを起こすなら、2人とも追い出すからな」
「自分の事は棚に上げて?」
「……あぁ……まだそういう設定だったか」
「もう『設定』って言っちゃってるじゃないですか」
ウィルは運ばれて来た飲み物に口をつける。ウィスキーを少しだけ垂らした甘いカフェラテだ。
「リズと仲直りしたいんだけど、上手くいかねーの。どうしたらいいと思う?」
「それだけのことを、お前がしたんだろ」
「無理矢理チューしたらしいですよ」
ウィルの言葉にセイルは首を傾げる。
「リズがあの現場を目撃したんじゃなかったのか?」
「あの現場って?」
ウィルの反応を見て、セイルは内心で舌打ちをした。それからラリィに言う。
「悪い。知っているものだと思っていた」
「別にいーよ。セドリックが告げ口してたし」
「セドリック……?」
そう呟いて、彼から聞かされたラリィの噂話を思い出した。
ーーラリィ=バイオレットは殺人犯。
「……え? どういう事ですか? いや、待って。ちょっと聞くのが怖い……」
ガセネタだと思って忘れかけていたのに、急激に現実味を帯びた言葉にウィルは逃げ腰になる。
しかしラリィはなんでも無い事のように、あっけらかんとした顔で言った。
「オレ、人を殺したことがあんの」
「……」
ウィルは無言でラリィのビールに手を伸ばすと、それを飲み干した。
「あ。ダメじゃん!」
「シラフで聞けないですよ……」
「お前の口から直接聞くのは初めてだ。その様子だと、反省も後悔もしていなさそうだな」
セイルが言うと、ラリィは自嘲するように笑った。
「してねーよ。何回だって殺してやる」
だけどーーと、言葉を続けた。
「……リズを傷付けたことだけは、後悔してるんだよな」
ふいに落ちた沈黙を埋めるように、ステージの生演奏が緩やかな音色を紡ぎ始めた。
聞いた事のある旋律に、自然とラリィはメロディを口ずさむ。
優しくて温かい、しかしどこか憂いを纏った歌だった。
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リディアの遺骨を埋葬した後、ラリィは教会の外へは出なくなった。
冷たく薄暗い床に座り込み、破れた天井から落ちて来る雪を、虚な目で眺めるでもなく見つめる。
カラカラに渇いた口からは時折、消え入りそうな声でリディアと歌った歌が漏れた。
しかしその度に涙が溢れ、喉が詰まる。そしてぬいぐるみを抱きしめ、声を殺すこともなく泣くのだ。
「リディアぁ……」
圧倒的な陽だった彼が落とした陰は、その周囲諸共深い闇の中へと引き摺り込む力があった。
ヴィンスもジーナもレオも、その他ラリィの周りにいた人たちからは、一切の笑顔が消えた。
「……ラリィ。せめて何か食べて」
リズも例外では無かった。
早朝と夜、リズは時間の許す限りラリィの様子を見に教会を訪れた。
ラリィは一歩も動いていないのか、ずっと同じ場所にいて泣き暮れている。
「……オレが、あの時ちゃんと警察に連れて行っていれば……死ななくても済んだのに……」
「……」
リズは何も言えない。そんなこと、今更後悔したってどうにもならない。孤児院に行っていたからと言って、リディアが幸せになれたかどうかなんて誰にもわからない。
「ねぇ、ラリィ……」
リズはジーナに作って貰った温かいスープをラリィに差し出す。
しかしラリィはそれを払いのけ、スープは床に散らばった。
「……いらない」
リズは近くに落ちていた毛布をラリィに被せると、静かに教会の外に出た。
「どうだった?」
待ちかねていたように、ヴィンスがリズに尋ねる。リズは首を横に振って応えた。
「もう3日もあの調子だ。あんなラリィ……見てられねぇよ」
「時間が経つのを待つしかないよ」
何を言っても、今のラリィには響かない。
ただ、大きすぎる喪失感に押し潰されないよう、祈ることしかできない。
「オレがあの時、リディアを拾わなけりゃ……!」
「やめて」
リズは静かにヴィンスの言葉を遮る。
「……やめて。そんなこと、言わないで」
「けど! オレにとっちゃ、ラリィの方が大事なんだよ!」
ヴィンスはポケットの中で拳を強く握りしめた。
「リディアのことなんか、忘れちまえばいいのに……」
吐き捨てるように言って、教会の中に入っていくヴィンス。リズはその背中を見送ってから、宿舎へと帰って行った。
「ラリィ」
教会の中では変わらずラリィが泣いている。
ヴィンスは、胸に重石を載せたような息苦しさを覚えた。
「ヴィンス……辛ぇよ……」
「うん……」
「ここが、壊れちゃった……苦しくて、苦しくて……息が出来ない……」
胸元を何度も掻きむしっていて、血が滲み出ていた。
「助けてくれよ……」
掠れた声で、ラリィは縋る。
ヴィンスになのか、それとも崩れかけた天井に描かれた神にか。
ヴィンスは、幼い頃から兄弟のように育った彼を見下ろした。
「時間が経つのなんか、待っていられないよな」
あの太陽みたいに笑うラリィが、これ以上苦しむ姿はもう見たく無い。
こんなラリィは、ラリィではない。
ヴィンスはポケットの中で握った拳を緩め、その手をラリィの前に差し出した。




