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I'll  作者: ままはる
第八章
89/114

89.天使


⭐︎


 創世祭は祝日である。

 グランチェスの繁華街は、これまでどこに隠れていたのかと問いたくなるほどの、大勢の人でごった返していた。


「はぐれないように、手ぇ繋ぐ?」

「斬り落として欲しいの?」


 手を差し出したラリィに、リズは一瞥することも無く言い捨てる。

 しかしラリィはめげない。


「なぁ。リズー。ちょっとだけ遊びに行こーよぉ」

「しつこい」


「何かプレゼント買ってやろうか?」

「気持ち悪い」


「イチゴ好きだろ? イチゴ飴食べる?」

「うざい」


「なぁなぁ、リズーー」


 リズは額を押さえ、盛大にため息をついた。


「遊びたいなら勝手に行けばいいでしょ? 私を巻き込まないで」

「折角一緒にいるんだから、一緒に楽しみたいじゃん?」


 屈託のない笑顔を浮かべるラリィ。

 リズはそれが無性に腹が立つ。


「創世祭は嫌いなの」


 冷たさを纏ったリズの言葉に、ラリィは一瞬言葉に詰まった。


「あー……それは……」

「いい思い出が無いのよね。どっかの馬鹿のせいで」


 ラリィは頭を乱暴に掻き乱し、リズに頭を下げる。


「それは……ごめん。本っ当にごめん!」


 しかしリズは明後日の方角を見たまま、応えない。


「リズ?」

「……」

「オレたち、友達に戻れない?」


 リズはラリィを振り返り、右手を挙げた。そのまま頬を叩こうとしたがーーその手は力無くダラリと落ちる。


「2度とあんたと友達にはならない」


 そう言ってリズは先に行ってしまった。

 取り残されたラリィは深いため息をつく。そして荷物の中から、赤いリボンの少女のぬいぐるみを取り出した。


「……仲直りって、難しいなぁ……」


 ぬいぐるみに向かって、小さな声で溢した。


「めっちゃ怒ってましたね」

「おぉ!? ビッックリしたぁ!」


 突然背後から聞こえたウィルの声に、ラリィは飛び上がる。

 ウィルはホットチョコの入った紙コップを両手で持って、リズが消えて行った方を眺めた。


「何をしたらあそこまで嫌われるんですか?」

「……嫌われてねーし」


「無理矢理チューでもしたんじゃないかってくらい、怒ってましたよ?」

「……」


 黙って視線を逸らしたラリィに、ウィルは目をがっつり開いた。


「は!? マジで!?」

「いや、それは……オレが悪い。うん、あれはオレが悪いんだけど……え? あれ? リズって、それで怒ってるんだっけ?」


 ウィルはジト目でラリィを睨む。


「ないわー……あれだけ怒らせてる相手が、何で怒ってるのか分かってないとか、ないわー……」


 そう言いながら立ち去ろうとするウィルの服の裾を、ラリィは引っ掴んだ。


「ウィルー! フラれたばっかのオレを独りにしないでー!」

「友達になりたくないって言われただけじゃないですか」

「傷つく!」


 涙目のラリィの顔を、ウィルは半眼で見る。


「ってゆーか、そのぬいぐるみ……持ち歩いてるんですか?」

「オレの魂だもん! 肌身離さず持ってる!」

「き……」


 気持ち悪い、と喉まで出かかった言葉をなんとか飲み下すウィル。


「魂だとか宝物だとか……一体なんなんですか、それ」

「これはオレの魂だし、宝物だしーー」


 ラリィはぬいぐるみに顔を埋めて目を閉じる。

 瞼の裏に、こちらを見上げる無垢な青い瞳が蘇り、幸せなくらい可愛い笑い声が耳の奥に聞こえた。


「オレの天使」


⭐︎


 天使が実在するのだと知ったのは、ラリィがリディアと出会って3日も経たない頃だった。


 寝床にしている廃教会の、崩れかけた天井に描かれた天使の絵。しかし本物の天使はそれよりも愛らしく、無邪気に笑い、温かだった。


 ラリィは天使のふわふわの金の髪を撫で、マシュマロのような頬に指先で触れる。彼女はくすぐったそうに体をくねらせて、鈴を鳴らしたようにクスクスと笑った。


 それがたまらなく愛おしくて、ラリィは腕の中にすっぽりと収まる小さなリディアを抱きしめた。


「可愛い! 可愛すぎて死ぬ! もう、なんでそんなに可愛いのー!?」

「……ラリィ……さっきから『可愛い』しか言ってないけど、頭大丈夫か?」


 可視化できるとすれば、全身から止めどなくハートマークを垂れ流しているであろうラリィに、ヴィンスは本気で心配になって声を掛けた。


「オレの頭、大丈夫じゃないと思う。寝ても覚めてもリディアのことしか考えらんない! 見ろよ、この天使ちゃん! あ、待って。やっぱ見ないで! オレのだから!」

「……キモいって……」


 ヴィンスは深いため息と共に、ラリィの腕の中でニコニコしている少女を見た。

 これが同い年の少女ならば、ただの惚気と笑い飛ばせるのだが、ラリィが愛でている相手は6歳の幼児である。


「なぁ、ラリィ。そういうの、ロリコンって言うんだって。小児性愛好者」

「あ゛ぁ?」


 ラリィは一転、ドスの効いた声でヴィンスを見据えた。


「オレはリディアをスケベな目で見たことは一度もねぇぞ」

「いや、でもさぁ……」


 困った顔でヴィンスは頭を掻く。それから隣で同じような顔をしているリズとジーナを見た。


「まさかあたしのライバルがこっちじゃなくて、そっちだったなんてね……」


 ジーナはリズとリディアを見比べる。


「ラリィって、前から子供好きだったの?」

「そんなわけないじゃない。ロリコンだって分かってたら、あたしだって……」


 ジーナもまた、深いため息をついた。

 ラリィが子供に対しても優しいのは知っていたが、これほど執着するのは初めてのことである。


「でもまぁ、ラリィの気持ちも分からなくもないけど。あの子、あたしから見ても可愛いって思うもの」

「そうね」


 ジーナの言葉に同意するリズ。

 リディアの可愛いさは、外見や子供特有の幼さだけではない。


 リディアはとにかく物怖じしない少女だった。人見知りもしない為、強面のレオにもすぐに懐き、物分かりも良いので大人を困らせる事が無い。最初は猛烈に反対していたレオも、今ではすっかり孫を甘やかすおじいちゃんの顔になっている。


「なぁ、ラリィ? 本当にリディアを育てるつもりか?」

「オレが? 育てるわけねーじゃん」


 予想と違った返答に、ヴィンスは首を傾げる。


「オレは、リディアがしたいようにさせてやるだけ。ここに居たいなら居ればいいし、腹が減ったなら食べ物をあげる。孤児院に行きたくなったら、ちゃんと連れてってやるよ。リディアが幸せになる手伝いをするだけだ」

「リディアは、ラリィと一緒がいい」


 そう言ってラリィにしがみ付くリディアに、ラリィは骨抜き状態である。


「それって無責任だと思うけど」

「そういう人間の集まりだからね、あたしたち」


 リズの呟きに、ジーナが答える。

 親に捨てられた子、孤児院や人身売買から逃げてきた子、そんな子供たちが、既にこの街で生きていた大人たちの気まぐれで拾われ、利用され、大きくなっているのだ。


「リディアがオレと居たいと思ううちは、オレはリディアと居るよ」

「リディア、大きくなったらラリィと結婚してあげるね」

「はわぁぁ……! ちょっと! みんな、今の聞いた!? 可愛すぎて頭溶けそうなんだけどー!」


 リディアが潰れてしまうのではないかというくらい、ラリィは力いっぱい抱き締める。


「リディアが18歳になってもオレのことが好きだったら、結婚しような!」

「うん!」

「ヤだもう、やってられないわ……ちょっと、ヴィンス! リズ! あんたたち、あたしの酒に付き合って……ってーーあんた、何泣いてんの?」


 惚れた男のこんな姿はもう見てられないと踵を返したジーナの目の前に、ボロボロと涙を流すリズがいた。


「え? 何? リズ、どした?」

「ごめ……っ! 違うの、ちょっと……思い出しちゃって……」


 吉良を思い出して、涙が止まらない。

 18になったらーー同じ事を言ったあの人は、今何をしているのだろうか。


「リズ? だいじょーぶ?」


 リディアがやって来て、その小さくて温かい手がリズの手を握った。


「大丈夫。ありがとう」


 涙を拭い、リディアの頭を撫でるリズ。見つめ合って微笑む2人の少女に、ヴィンスは思わず息を呑んだ。


「天使と女神だな。絵になるねぇ」

「……ちょっと。あたしは?」


「え? あー……ジーナは、その……」

「ふんっ! あんたたち、今日の晩飯は抜きだからね!」

「ジーナ! 違うんだってばー!」


 不貞腐れながら教会を出て行くジーナ。それを追いかけていこうとするヴィンスだが、途中で諦めて足を止めた。


 リズはジーナを見送ってから、ラリィの隣に腰掛けた。リディアは定位置とばかりに、ラリィの膝の上に座る。


「ヴィンスって、ジーナのことが好きなんだって。知ってた?」

「おい、バラすなよ!」

「まぁ、見てたらわかるよね」


 しかしそのジーナに想いを寄せられていることは、当のラリィは気付いていないようだが。


「ねぇ、もしもリディアが同い年の女の子だったらどうしてた?」

「同い年の……?」


 リディアの髪の毛をくるくると指先で弄びながら、ラリィは想像してみた。そして悶絶する。


「可愛すぎるー! すぐ結婚する!」

「それってやっぱり、恋愛感情なんじゃないの?」

「そーだなぁ。そーかもなぁ? マジで自分でもよくわかんねーの」


性欲ではない。しかし恋愛感情とも、ただの庇護欲ともつかない。


「この子が18になるまで待てる?」

「そりゃ待つよ。好きだもん」


 恐らく吉良とラリィは、考え方が似ているとリズは思う。しかしそれは、彼女にはさっぱりと理解が出来ないのである。


 するとヴィンスは両手を打ち鳴らし、わかった、と声を上げた。


「つまり、そこまで好きじゃない女には色んなプレイが出来るけど、マジで好きな女には手も触れられないって事だな?」

「……例え方が嫌だわ」

「お前、年々ゲスさが増してるよな」


「なんで!? 的確だろ!?」

「もうヴィンスはリディアに接近禁止! ゲスいのがうつる!」

「あはは! ヴィンス、ゲスいー!」


「ほらぁ、リディアが変な言葉覚えちゃっただろ!」

「オレのせいじゃなくねぇか!?」


 賑やかなやり取りを背に、リズはそっと目を伏せた。


 ——18になったら結婚しよう。

 かつてあの人が言ったその言葉は希望なのか、それとも呪いなのか。

 まだ、答えは出ない。

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