86.リズとラリィとヴィンス
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ウィルたちは一週間リムの村に滞在した後、一旦グランチェスへと戻って来た。
エルミナがグリーンヒルまで送ると申し出たが、リムの村と竜の繋がりを説明しなければならなくなる為、断った。
彼らは明日ここを発ち、またひと月かけて陸路でグリーンヒルへと帰還する予定だ。
「ネコとお別れってのは寂しいよなぁ」
「村が落ち着いたら、また遊びに来るって言ってたじゃない」
グランチェスの街並みを歩きながら空を仰ぐラリィと、その少し前を歩くリズ。
リムの村が今後どうなるか、まだ見通しは立っていない。再建するにしろ移住するにしろ、ウィルとの連絡役となる為にもフェリナは村に残る事になった。――というのは建前で、エルミナが断固としてフェリナを引き留めたからなのだが。
「――今日、創世祭なのね。忘れてたわ」
そう言いながらリズは華やかな街並みに視線を這わせる。
色とりどりの電飾や、神々を模倣したオブジェなどが飾られて、この国では一年で一番華やかに盛り上がる日である。
その過ごし方は人それぞれ。家族との時間を大切にしたり、恋人との愛を深めたり、友人との時間を楽しんだりしながら、この世界の成り立ちに感謝するのである。
ウィルはグランチェスに戻るなり、自由時間だと言ってどこかへ行ってしまった。恐らく、毎年この日に家族で街を訪れていたと言っていたので、その思い出を辿りに行ったのではないかとリズは考える。ゼンは魔法士協会に村の結界のヒントを探しに行き、セイルもいつの間にか独りでふらりと消えた。
残ったラリィとリズでグランチェス支部に顔を出し、村から戻ったことを報告したところである。
「……」
「……何よ」
妙な沈黙を落とすラリィに、リズは眉を顰めた。
どこからか陽気な歌や音楽が聞こえてくる。
「いや……創世祭だなぁ、って思って」
「だからそう言ったじゃない」
「こーゆーのって、アレじゃねーの? 好きな人と過ごすもんだろ?」
「だから?」
「……」
再び気まずそうに沈黙するラリィ。リズは、ラリィの言わんとすることを察した。彼はまだ、リズとセイルが深い仲だと思い込んでいるのだ。
「馬鹿じゃない?」
もはや弁解する気も起きない。
「あんたもどこかに遊びに行ってきなさいよ」
「リズはどーすんの?」
「侯爵のゲストハウスに戻って、置いたままの荷物を整理でもしてるわ」
「つまんねーじゃん。……そうだ。ケーキでも食いに行かねぇ?」
「行かない」
リズは即答する。
「あっちでステージショーやるみたい。一緒に――」
「行かない」
「じゃあ、屋台を覗きに――」
「行かないってば」
リズは足を止めてラリィを振り返った。眉根を寄せ何かを言い掛けた時――すれ違った通行人と肩がぶつかった。
「急に立ち止まるんじゃねえよ!」
「あ――」
リズにぶつかった少年は、悪態をついてそのまま通り過ぎようとする。
リズはその少年を引き留めようとしたが、それより先にラリィの手が少年の腕を掴んでいた。
「な、何だよ!?」
「財布。返して?」
ラリィはニッコリと笑顔で少年に言った。
「は、はぁ!? 何――」
「女と子供と年寄りからは盗っちゃダメだろ」
「っ!」
少年は顔を真っ赤にすると、リズから盗んだ財布を投げつけて逃げて行った。
リズはため息をつきながら財布を拾い、上着の内ポケットへと入れ直す。
「私って、スリやすい顔してるのかしら」
「そうかもなぁ」
同意して笑うラリィを、リズはジト目で睨んだ。
リズが財布を盗まれたのは、これで二回目である。
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――四年前。
少年は石畳を駆けていた。バタバタと大袈裟に足音を鳴らし、両腕を大きく振って、繁華街の人混みの間をすり抜けていく。
「おっと、悪ぃ!」
女の子とぶつかったが、少年はそう言って短く謝るだけで足は止めない。それどころか、走る速度を上げて角を曲がった。
「チョロいなぁ」
唇の端を上げて笑った少年の手には、金貨の入った財布が握られていた。彼は鼻歌混じりに、複雑に入り組んだ細い道を進んでいく。
「ヴィンス!」
繁華街を離れた頃、横手から少年の名前を呼ぶ声が掛かった。ヴィンスは足を止め、そちらを振り返る。
「ラリィ。悪い、遅くなった」
「オレも今来たトコ。……んで?」
首を傾げたラリィに、ヴィンスは手の中の財布を投げ渡す。
「ほら、今日の収穫」
「あー、うん。それはいいんだけどさ」
ラリィはヴィンスの後ろを指差した。
「――誰?」
「ん?」
振り返った先には、肩で息を切らした少女がいた。紫に染めた髪の少女の右手にはデッキブラシが握られていて、戸惑いと躊躇いの混じった目で、ヴィンスを見据えている。
「さ……財布、返して」
「は?」
ヴィンスは彼女の手元に注目した。デッキブラシを握り締めた手は、微かに震えている。
「財布って何のこと?」
「それ……! 大切なお金なの。返して!」
「はぁー? これがあんたのだって証拠は?」
ヴィンスは馬鹿にした口調で少女をあしらう。男二人相手に震えた女一人で挑むなど、無謀にも程がある。
ラリィは無言でヴィンスと、受け取った財布と、デッキブラシを剣のように構えた少女を順番に見ていた。
「どこの国も、同じね……」
「あぁ?」
少女は大きく息を吐いて、呼吸を整えた。しっかりとデッキブラシを握り直すと、手の震えは止まった。
――大丈夫。やれる。
自分自身に言い聞かせ、そしてデッキブラシの柄で風を斬った。
「っ!?」
デッキブラシはヴィンスの足元を薙ぎ払う。あまりの速さに軌道が見えず、ヴィンスはバランスを崩して尻餅をついた。少女は更に振り上げた柄で彼の首元を狙い――
「ほら、返すよ」
ラリィが突然、財布を投げて寄越した。デッキブラシはヴィンスに届く直前で止まる。
少女は財布を受け取り、ラリィの次の動きを警戒しながら注視した。
大きなため息をついたラリィは拳を握り締め、それをヴィンスの脳天に食らわせる。
「いっ……!?」
「ヴィンス。女と子供と年寄りからは盗るなっつっただろ」
「そんな事言ったってさぁ! この間、とっ捕まってボコられたところじゃねーか! 自分より強い奴しか狙っちゃダメなんて、無茶苦茶なんだよ!」
「……真面目に働きなさいよ」
ぼそりと呟いた少女に、ラリィは向き直った。
「ごめんな。こいつの事、許してやってよ」
「……スリは犯罪よ。警察に突き出す」
「だってさ。どうする、ヴィンス?」
未だ尻餅をついたままのヴィンスを見下ろすラリィ。
「い、今のはちょっと油断しただけだ! 男を怒らせたらどうなるか、身をもって教えてやらなきゃな。綺麗な顔してるし、可愛がってやるよ」
「うーわ……めっちゃ三流悪役のセリフ……」
「いやいや、ラリィ。お前が引くトコじゃねーのよ」
「フツーに引くし。何する気なんだよ」
「この場合の何って言ったら、ナニだろ?」
「きゃー! サイテー! お前がそんな奴だとは思わなかった!」
何やら内輪揉めを始めた二人を、少女は戸惑いの表情で見ている。
「えっと……?」
「ほらほら。オレがこいつの気を引いている間に、あんたは逃げな!」
「あ、う、うん……?」
ラリィに背中を押され、納得して歩き出す少女。しかし三歩進んだところで、話がおかしな事に気がついた。
「なんで私が逃げなきゃいけないのよ!」
慌てて振り返ったが、ラリィとヴィンスは全速力で逃げた後だった。
少女――リズは、小さくなっていく彼らの背中を呆れた顔で見送った。




