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I'll  作者: ままはる
第七章
83/114

83.記憶、そして絶望


⭐︎


 無機質な床に、セイルの痛みを押し殺す声が響く。

 頭の中に直接手を入れて掻き回されているような、激しい痛みと嫌悪感。今すぐにでも意識を手放してしまいたいけれど、それをぎりぎりの理性で堪えていた。


「しっかりとこの部屋の景色を見て、記憶を揺り動かしたまえ」


 シュイの額に、汗で髪が張り付いている。それを払う余裕は彼にも無い。

 魔力を纏った指先を繊細に動かして、セイルの記憶に纏わる鍵をひとつひとつ解除していく。それはとてつもない集中力と、魔力の消費を伴う作業である。


 そんな2人を、ゼンは歯痒さと共に見守っていた。

 ここにいても、ゼンに出来ることは無い。せめて村の異変に駆けつけたいが、シュイがここを離れられない為ゼンも動けない。


「……我が主よ。綾乃の指輪をここへ」


 シュイに呼ばれて、ゼンはセイルの近くに移動する。そしてアゼルから預かった指輪を、セイルの視界に入れた。


「ぐ……っ!」


 頭が更に締め付けられる。全身から汗が噴き出し、呼吸も乱れる。

 目を背けたくなる姿だが、シュイの読み解く魔法に僅かに動きが見えた。


「……昔話を聞かせてくれるかい? 君たちが出会った頃の話を」


 あと少し。ほんの少し、記憶の揺らぎが欲しい。


 ゼンは僅かに困惑した後セイルの隣に腰を下ろし、静かに息を吐いた。

 冷たいコンクリートの天井を見上げながら、躊躇いがちに口を開く。


「……初めて、顔を合わせた時……拒絶する俺をものともせず、お前は俺の……手を引いた」


 ぽつりと、落とすように言葉を紡ぎ出すゼン。

 セイルと共に、自分自身でも無意識に閉じていた記憶の蓋を開いていく。


「今からは想像もできないな……お前はキラキラした顔をして、屋敷の中を案内して回った」

「っ……!」


 セイルの顔が苦痛に歪む。

 思い出したいのに、これ以上の苦痛は嫌だと体が拒否する。耳を塞ごうとする手を爪が食い込むほど握りしめ、その拳を床に叩きつけた。


「クリスと、演奏をしてくれたのを……覚えている。クリスがバイオリン、お前はピアノを弾いて……とても、綺麗だった」


 ゼンの頭の中に、あの日の旋律が蘇る。今まで自分が置かれていた世界とはまるで違う、とても温かい空間だった。


「毎晩クリスと2人で寝室に来て……俺の魔法を見たがった。指先に明かりを灯すだけで……2人ははしゃいで、すごいことだと褒めてくれた」


 シュイの指先が動く。セイルの記憶が、ゼンの話に反応している。


「ぅ……っ」

「お前はよく、笑う奴だった……真面目で、正義感が強くて……優しくて……本当に、叔母さんによく似ていた」


 セイルの記憶の中に、母親の顔が浮かび上がった。棺の中で静かに目を閉じた、痩せた女だ。


「お前たちが悪戯をして、俺まで怒られたことがあったな……確か……叔母さんのベッドに、ありったけのカエルを忍ばせた時だ」


 記憶の中の母親が目を開く。いなくなっていたセイルを見つけた時の憔悴しきったーーしかし心の奥底から安堵した、あの泣き顔を思い出す。子供のように大声で泣き、2度と離さないと言わんばかりに抱きしめた細い腕。そして、底抜けに明るい笑顔。


 耳鳴りが強くなり、セイルの視界が霞んだ。


「……ああぁっ!」


 意識を手放さないように、セイルは昨日の腕の傷口を握り締める。


「怒られているのに、お前たち兄弟は笑っていて……いつの間にか叔母さんも、笑っていた」


 時々ゼンは、無性にあの家に帰りたいと思う時がある。

 叔父と叔母がいて、おじいさんがいて、クリスとセアラと、そしてセイルのいるあの温かい家にーー


「叔母さんは、子供が好きだと言っていた……大家族に憧れているのだ、と」


 セイルの頭の中で、母親は両手を広げて名前を呼ぶ。

 ありったけの愛情を込めた目で。声で。


「『私はーー』」

「『私は……』」


 ゼンとセイルの声が重なった。

 ゼンは息を呑み、口を閉ざしてセイルを見る。


「『私は……男の子は3人、欲しかった』」


 セイルは手足を投げ出し、床に横たわった。苦悶の色は消え、弾む呼吸をゆっくりと整えていく。

 ゼンは大きく目を見開いて、シュイに視線を動かした。


「……100年以上生きてきて、これほど疲弊したのは初めてだ……しばらく、休ませて貰うよ」


 力無く笑ったシュイは、紋章の中へと姿を消した。


「……」


 ゼンは無言でセイルを見下ろす。

 セイルは目を閉じたまま、小さく笑った。手足も喉も、極度の緊張から解かれたばかりで震えている。


「カエルを見た時のお袋の顔……傑作だったな」

「……思い……出せたのか……?」


 頷くセイル。


「……全部?」


 セイルは再度頷いた。


「隣のクラスの……ソフィアのことは?」

「俺が好きだったのに、バレンタインにチョコを貰ったのはお前だった。俺は2日間、お前と口をきかなかった」


 ゼンの顔に、ほんの僅かに笑みが浮かんだ。拳を握り、軽くセイルの頭を小突く。


「頭痛は?」

「嘘みたいに消えた。気持ち悪いぐらい頭の中がスッキリしている」

「……そうか」


 ゼンは大きく息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じた。

 胸の中でこの数年間の記憶を反芻し、咀嚼し、もう一度呟く。


「おかえり……」


 セイルは目を閉じたまま小さく頷いた。


⭐︎


「……ひでぇな……」


 ウィルは上空から村の様子を確認した。

 夥しい数の魔物と、それと応戦する村人たちの姿が見える。魔物の吐き出した炎で家や田畑は焼かれ、所々で煙が燻っていた。


「いつかこんな日が来るのではないかと思っていたが……」


 ウィルの頭の上から、静かなアゼルの声が降って来た。

 アゼルは村へと下降しながら言葉を続ける。


「まさか弥月本人が来るとはね」

「じーちゃん。俺……」

「ウィル。焔真の正体は私と同じ、竜だ」

「……竜……」


 アゼルの声のトーンは変わらない。静かに、穏やかに言葉を紡ぐ。


「私と同じように施設に捕らえられていた竜。私はあの日逃げたけれど、彼は施設に残っていた」

「なんで逃げなかったんだ?」

「わからない。ただ、彼が弥月と行動を共にしているということは、恐らく焔真が弥月の封印を解いたのだろうね。私はその動機と方法が知りたかった」


 そしてそれを知っているのが、セイルなのではないかと思ったのだ。

 ウィルは俯き、まだ消化することのできていない思いを心の中で燻らせる。


「綾乃の指輪はゼンに預けてある。お願いだから、約束しておくれ。決して綾乃を渡してはいけないよ。綾乃の封印を解いてはいけない」

「でも……!」

「あの子はーーっ!」


 地面に近付いたその時、アゼルの広い翼が何かの力によって貫かれた。

 大きくバランスを崩し、衝撃でウィルの乗った籠が地面に落ちて転がる。


「じ……じーちゃんっ!?」

「ぐ……っ」


 アゼルの片翼が千切れ、鮮血が迸る。


「じーちゃん! 翼……翼が……!」


 アゼルは地面に伏せたまま、人の姿に変じた。背中の深い傷から流れ出る血を、ウィルは自身の上着を脱いで押さえる。あっという間に、上着は血に染まった。


「……ウィル。よく聞いて。君は何も悪くない。君も、君のご両親も、そのご両親も……」

「後で聞くから! じーちゃん……何か、俺が運べる小さなものに変身してーー」

「あれ? ごめんね。急所を狙ったと思ったんだけど、外しちゃった」


 降って湧いた声に、ウィルはアゼルを庇うようにして振り返った。

 ーー弥月。


「てめぇ……!」


 激しい憎悪と、僅かな戸惑いを含んだ目で睨み付けるウィル。しかし弥月はウィルの視線は躱し、金の双眸を細めて地面に横たわるアゼルを見下ろした。


「僕がどれだけ可哀想な境遇なのか、ちゃんと詳しく話して聞かせてくれた?」

「……っ」


 アゼルは弥月を見上げ、喘ぐ。厚い塊が喉の奥から迫り上がってきて、真っ白な雪を赤く染めた。


「じーちゃん!」

「ねぇ、ウィル。僕に同情してくれたかな? 君と同じ血を流した奴がどれだけ酷いことをしたのか、ちゃんと理解できた? 僕だけじゃない。君たちが名誉の証として利用しているソレも、君たちが犯した罪と無関係な彼らの犠牲の上に成り立っているってことを、しっかりと胸に刻み込んだ?」


 弥月は嗤いながらウィルの顔を覗き込む。

 ウィルは守護剣の紋章に触れーーしかし剣を出すことに躊躇した。


「ウィル……聞いちゃ……ダメだ……!」


 アゼルは震える足で立ち上がり、ウィルの視界を遮るように手を伸ばす。


「目を逸らすの? 僕の人生をめちゃくちゃにしておいて。勝手に始めた戦争に何の関係もない僕たちを巻き込んでおいて、耳を塞ぐの?」


 弥月が指を少し動かすと、ウィルを守るように伸ばしたアゼルの右腕が弾けて飛んだ。


「あぁッ!!」

「じーちゃん! やめ……やめろ……」


 両膝を着くアゼルを、ウィルが支える。出血が多すぎて、ウィルではどうすることもできない。

 弥月を前にして、ウィルは無力だ。

 彼の言葉に反論することも出来ない。


「ウィル……私の、目を見て……」

「じーちゃ……」


 アゼルは苦痛を押し殺し、穏やかな目でウィルの目を見つめた。残った方の手でウィルの頬に触れ、少し笑う。


「私が死んでも……君は何も、悪くない……だから決してーー」


 アゼルの頭が、弥月の放った魔力に貫かれた。

 アゼルの手がウィルの頬から離れ、ゆっくりと、まるでスローモーションのように落ちる。


 アゼルの口が、僅かに動いて続きを紡いだ。

 ーー諦めないで。


「あ……あ……じーちゃん……?」

「……死んだね」


 地面に力無く倒れたアゼルを、靴の裏で突く弥月。その声には、何の感情も読み取れない。

 ウィルの噛み合わない奥歯がガチガチと音を鳴らす。上手く息が出来ない。


「なん……何で……? なんで……俺じゃなくて、じーちゃんを……? じーちゃんは何もーー」

「だってこの方が、君は傷付くでしょう?」


 弥月は微笑み、震えるウィルを残酷なほど優しく抱きしめた。


「君はまだ殺してあげない。もっと絶望を味合わせてあげるからね」


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