82.魔物の襲来
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一方その頃、リムの村に残ったリズとラリィは、フェリナに案内されて彼女の自宅で過ごしていた。
迎えてくれたフェリナの父の名はカリュド。黒竜である彼は、浅黒い肌をしたどこかおっとりとした雰囲気を纏う男であった。
「エルミナはそんなに怒っていたのかぁ。彼女、少しばかり怒りん坊だからね」
カリュドは苦笑しながら、テーブルの上にコーヒーとクッキーを並べる。
フェリナはクッキーに飛びつき、次々と口の中に放り込んだ。
ラリィもひとつ取ろうとしたが、クッキーの中に毛玉のような物が混じっているのが目に入り、その手を引っ込める。
「ネズミ入りクッキー、美味しいヨ?」
「……遠慮しとく……」
ぱくぱくと食べ続けるフェリナを、ラリィは引き攣った顔で見つめた。竜族なのだから、人間とは食文化も違うのだろう。
「ああ、ごめんごめん。人間用のお菓子を用意しないとね。えぇと……お隣のゲンさんが好きな沢庵とアジの干物があったはず……」
「あっ、あの、大丈夫です! 本当にお気遣いなく!」
リズは慌てて手を振った。
「悪いねぇ。僕はあんまり人間に詳しくなくて」
カリュドは困ったように笑った。そこに悪意は全く感じられず、本当にただ慣れていないだけなのだと思われる。
「この村の人たちって、どのくらいが竜なんだ?」
「さぁねぇ? 長と、僕たちと……5匹くらいかな?」
「パパ。20はいるヨ。お隣のゲンさん、青竜ヨ?」
「えぇ!? そうなの!?」
「リズ。竜にも天然っているんだな」
「ツッコミどころが多すぎて、どうしたらいいのかわからないわ……」
ラリィとリズは小声で言葉を交わす。
「それにしても、村を移動する前に帰ってきてくれて良かったよ」
「村を移動?」
カリュドの言葉を、リズがおうむ返しに問う。
「ウィルのご両親が殺されるっていう物騒な事件もあったし、何よりもイシュタリアにここがバレてしまったからね。大々的に調査が入る前に、移動した方がいいかもしれないって、長がね」
カリュドはのんびりとした口調で言う。そもそも秘密裏に移動するのならば、部外者であるリズやラリィの前でそんな話をするべきではないのだが。
「なんかよくわかんねーけど、それってウィルの故郷がなくなるってことだよな?」
「まぁ、そうなるのかなぁ?」
「それは……」
とても寂しいことだーーラリィがそう言い掛けた時、どこかで低い爆発音が鳴り響いた。
「なに!?」
フェリナが窓に駆け寄り、外を見る。そう遠くない場所から、真っ黒い煙が上がっていた。
「じっちゃまの家の方!」
「フェリナ! 待ちなさい!」
カリュドの制止も聞かず、フェリナは家を飛び出した。
ラリィとリズは顔を見合わせ、フェリナの後を追う。ひと呼吸遅れてカリュドも娘を追いかけた。
「フェリナ!」
家を出てすぐ、道の真ん中で呆然と立ち尽くしている彼女を見つけた。カリュドは安堵し駆け寄ろうとしてーーフェリナの背後にいるトロールの姿に、喉の奥がヒュッと鳴った。
「フェリーー」
カリュドの悲鳴が届くより先に、リズが動いた。
刀を握り締め、フェリナとトロールの間に滑り込む。
ひと息で間合いに入ると、リズの刀がトロールの厚い腹部を貫いた。そのまま刀身を横に薙ぎ払う。
「オォォオォ!!」
トロールは空気の震えるような唸りを上げ、渾身の力で大きな拳を振り翳す。しかしそれがリズに届くより早く、トロールの頭は彼女の刀によって落とされた。
「リズ……」
振り返ったフェリナの顔に浮かんだ恐怖は消えていない。一体何を見たのかと、リズはフェリナの視線の先に目を向けた。
「……ラリィ!」
「どうしたんーー」
リズの隣へやって来たラリィとカリュドもそちらを見て、そして絶句した。
ーー魔物の群だ。夥しい数の魔物が村中に蔓延っている。
遠くで悲鳴が上がり、赤子の泣き叫ぶ声が聞こえる。破壊された厩舎からは家畜が逃げ出し、魔物に襲われ、暴れていた。
「なんだよ、これ……!」
自然に入り込んできたとは思えない数の魔物である。
「……カリュド。あなた、戦える?」
「むむむ無理だ! 竜だからって強いとは限らないよ!」
リズは頷くと、ラリィに視線を移した。
「人命が最優先よ」
「了解!」
「カリュドとフェリナは、みんなを学校へ避難させて」
「そ、そのくらいなら……!」
「わかったヨ!」
リズの指示に頷くと、4人はそれぞれ駆け出した。
(弥月……!)
リズは手近にいたゴブリンを刀で薙ぎ払いながら、奥歯を噛み締める。
こんな不自然な魔物の群、弥月の仕業としか考えられない。
棍棒で民家の壁に穴を開けるオーガを斬り、腐臭を漂わせて農道を這うゾンビの頭を刀で貫く。
次に見えたのは、民家の庭先にオルトロスの影。リズはそちらへ走る。
そしてーー
「……あら」
オルトロスの首が宙を飛んだ。
斬ったのはリズではない。オルトロスと対峙していた、ウィルと同じ年頃のごく普通の少年である。
「あ。あなた、ウィルと一緒に来たっていう剣士さんですか?」
剣を手にした少年は、リズに気付くとニコリと笑った。
「え、ええ……」
「何が起きているのかわからないんですけど……ちょっと魔物の数が多すぎるので、手伝ってくださいね」
そう言われてリズは思い出した。この村の人たちは自分たちで村を守っている為、基本的に戦えるのだ。ウィルが初めて剣を握ったのも、5歳の時だったと聞いたことがある。
「頼もしいわね」
「全員が戦えるわけじゃないです。女の人や年寄りは逃がしてあげないと」
「私はできるだけ魔物の数を減らすから、戦えない人たちは学校へ逃げるように伝えくれる?」
「わかりました!」
少年は元気よく答えると、近くの家々を周り始めた。
リズは刀を握り直し、視界に映る魔物へと斬りかかった。
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「ぅ……っりゃぁ!」
ラリィの振り回す槍が、魔物を吹き飛ばし、急所を突いた。
「ラリィ、強い強い!」
「オレは剣よりも、槍の方が性に合ってるみたいだな!」
ラリィが魔物を倒す度、フェリナの拍手と歓声が上がる。近くではカリュドが、学校へ避難するようにと声を掛けて回っていた。
「あぁ、そうだ! ゲンさんにも声掛けた方がいいかな!?」
「パパ! ゲンさん、あそこ! 消火活動してるヨ!」
フェリナが指を差した先には、透き通る水のような色の鱗に覆われた竜がいた。ゲンさんと思われるその竜は、火の手が上がる民家に向かって口から放水している。青竜は、水を操る能力に長けた竜である。
「終わったら沢庵と干物、プレゼントしなきゃだな! オレたちは学校へ行くぞ!」
再び走り出そうとした3人の前に、巨大なイエティが立ち塞がった。白い毛皮に覆われた大男の出立ちで、雪や氷を操る魔物である。
ラリィは槍を構えたが、イエティは間を置かず、口から酷く冷たい息を吐き出した。
「寒っ!」
咄嗟に体を捻って息を避けるラリィ。凍える息はそのままラリィの背後にあった木を包み込み、瞬時に葉も幹も凍らせた。
「直撃すると……死ぬやつ?」
間違いなく身体中の血液が凍りつくだろう。
イエティは大きく息を吸い込み、そして再度ラリィに向かって冷気を吐き出した。
「ヤだヤだヤだ! 怖ぇー!」
「ラリィ!」
逃げ回るラリィに、少し離れたところから悲鳴を上げるフェリナ。
「フェ、フェリナ! 逃げよう! 彼の尊い犠牲を胸に刻んで逃げるよ!」
「パパ! ダメ!」
腰が抜けそうなのを我慢してカリュドはフェリナの手を引くが、フェリナは頑としてその場を離れない。
「えぇと……そうだ! クロスボウで……!」
ラグエルの槍をクロスボウに変化させると、照準をイエティに合わせて矢を放った。
矢はイエティの胸に命中した。だが深い毛皮に守られており、致命傷にはほど遠い。そしてイエティの怒りを買うには十分な痛みを与えた。
「グアァ!」
怒りに震えたイエティは右腕を高く挙げる。そしてそれを勢いよく振り下ろすと同時に、ナイフのような氷柱が数本出現し、ラリィに向かって真っ直ぐ飛来してきた。
「ぎゃあ! ごめんなさい!」
次々に飛んでくる氷柱を避けながら、ラリィは考える。
(なんか……なんかこう……攻撃するだけじゃなくてさぁ……)
ラリィの手の中のクロスボウの輪郭が揺れ、新たな姿を形作る。
「盾とかになんねぇかな!?」
そう言ったと同時に、クロスボウは大きな盾となって出現した。
「おぉ……! マジか!」
ラリィは盾を構え、イエティの放つ氷柱の前に躍り出た。氷柱は盾に弾かれて、乾いた音を立てて地面に転がり落ちる。
「ラグエル、最強!」
盾を構えたままイエティの眼前まで迫るラリィ。そして間合いに入ると、ひと呼吸で盾から剣へと変化させた。
体重を乗せて、イエティの首を斬り落とす。
「ラリィ、すごいすごい!」
「すごいぞ、人間くん!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるフェリナとカリュド。その2人の背後に、オーガが棍棒を振り上げ迫っていた。
「危なーー」
ラリィでは間に合わない。
それでも駆け寄ろうと走り出した時、天からオーガに向かって炎の渦が降り注いだ。
巨大な翼の影が、地面に落ちている。
「私の愛する娘と婿に牙を剥くとは、百万年早いわ!」
「この声……エルミナ!?」
ラリィは空を仰ぐ。真っ白い竜がゆっくりと地面に降りて来た。
「ママ!」
「エルミナ〜! 怖かったよぉ!」
人の姿に変じたエルミナに駆け寄るフェリナと、抱き付くカリュド。
「煙が上がっていたので来てみれば……これは何の騒ぎじゃ。どこからこんな魔物が湧いて来た?」
「多分弥月の仕業だ。あいつ、魔物を作ったり呼び寄せたり出来るから」
そう答えたラリィの言葉に、エルミナは目を細める。
「弥月とは……」
その目を、ラリィの背後に向けた。
「その男のことか?」
「動かないでね、ラリィ」
声が、ラリィの耳のすぐ横で聞こえた。咄嗟に離れようと足に力を入れたが、やめた。
「ちゃんと学習能力があるんだね。偉いよ」
ラリィの首の後ろから光る糸が伸びている。彼の記憶を取り出しているのである。
「いよいよオレの番か。感動して泣いちゃうかもよ?」
「それは楽しみだね」
手の中に糸を手繰り寄せた球が出来上がると、弥月はにこりと笑ってラリィから離れた。
「面妖な……貴様、この村に何用じゃ」
「こんな退屈な村に用なんかないよ。君たちも退屈してるだろうから、遊び相手を用意してあげただけ」
エルミナは背後にフェリナとカリュドを庇い、弥月を睨み付ける。その頬に一筋の汗が流れ落ちた。
(……何もしておらんのに……体が動かん……)
本能が、弥月に攻撃してはいけないと叫んでいるようだ。攻撃すれば報復されるーー
「弥月。焔真に伝えておけよ。ラグエルの封印は解いたって」
「別に構わないよ。あれは焔真の試作品。死にかけた人間を取り込んだらどうなるか、試してみただけの実験体だから」
「どういう意味だ?」
「……あ。帰ってきたね」
弥月はラリィの言葉を無視して空を見上げた。
「じゃあね、ラリィ。次に会う時は、君の物語に相応しい玩具を用意しておくよ」




