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I'll  作者: ままはる
第七章
81/114

81.研究所

 アゼルは黒竜だった。

 エルミナとは違い、鋼のような光沢を帯びた黒い皮膚を持つ竜。その巨体へと姿を変えたアゼルは、ウィル、セイル、ゼンを乗せた籠を前脚に抱えて空へと舞い上がる。


「じーちゃん! どこ行くの!?」


 アゼルの飛ぶ方向はグランチェスとは逆。ティルア帝国との国境を越えた。


「……不法侵入……?」

「なに、バレなければ問題はないよ」


 ぽつりと呟いたゼンに、アゼルは少年のような声色で返す。


 黒竜はそのまま山脈を超え、風を切る速度を緩めながら下降した。

 広大な森の一角ーー木々に濃く覆われた空間へと着地する。


「人に会うことはまずないはずだけれど……念のため、誰にも見つからないようにね」


 人の姿に変じたアゼルがそう言って歩き出す。


 その森の中には、大きな人工物がひっそりと隠れていた。

 広く、四角く、無機質な建物。だが屋上には木々が植えられ、空からは森の一部に見えるよう、巧妙に偽装されている。


「見覚えがあるみたいだね」


 アゼルの言葉に、セイルは息を呑んだ。

 頭が痛い。内側から、誰かが警鐘を鳴らしているかのようだ。近付くな、思い出すな、と。


「セイル……」

「先輩、大丈夫ですか?」


 ゼンとウィルが支えようと手を伸ばすが、セイルは静かに振り払った。


「ここは……なんだ」

「元ティルア軍が極秘で運営していた研究施設だよ。数年前までは使われていたのだけれど、今は閉鎖されている」

「研究施設?」

「ーー弥月が生まれた場所だ」


 その言葉が、森の冷気よりも冷たく3人の胸に落ちた。


「見えるだろう、あの煙突。あそこでは戦時中、毎日のように遺体が焼かれていた。人体実験に使われた者たち……人や魔物、エルフや竜もね」

「げ……」


 ウィルは顔を引き攣らせ、その建物から視線を逸らした。


「ーー100年以上昔の話だ」


 アゼルはそう言って話し始めた。


「弥月は、どこにでもいる普通の子供だった。どこかの孤児院から連れて来られた、実験体の中のひとり。ティルアが戦争で勝つ為に、強い何かを作り出す為に、この施設で頭の中を弄られたんだ。魔法と科学を使ってね」


 錆びた扉を潜り、アゼルは手の中に魔法で明かりを灯した。


「頭の中を改造された弥月は、異常な才能を見せた。魔物と魔物、或いは魔物と人間を掛け合わせて新しい生物を生み出したり、未知なる武器を作り出したり。人が100年かけても習得出来ないような難解な魔法も、彼はたったの3時間で会得した。……だが、研究員たちは次第に弥月を制御できなくなっていったんだ」


 薄暗い施設の中は荒れ果て、手術台や机が残っているだけの廃墟だ。カビとかすかに残った薬品の臭いが、彼らを迎え入れる。

 セイルは胸の奥がざわつくのを感じながら、アゼルの後をついて行く。


「弥月は傍若無人に振る舞い、気に入らない者は笑顔で殺した。弥月を止められる者はいなかった。ただひとりーー双子の姉、綾乃を除いて」


 虫の這う廊下を抜け、地下への階段へ向かう。


「唯一の肉親である綾乃だけは、弥月も手を出そうとはしなかった」

「綾乃も実験に……?」


 ウィルの問いに、アゼルは首を横に振る。


「綾乃に触れようとした研究員は、弥月に殺されたよ。そこでようやく彼らは悟ったんだ。『力を手に入れ過ぎた弥月は失敗作だ。処分しなければならない』……とね」


 階段の先の扉を開くと、また部屋があった。器具や薬瓶、書物などが散乱したその部屋には、鍵の付いた檻が5つ並んでいる。

 セイルのこめかみに、鋭い痛みが走った。


「研究員たちは、辛うじて弥月を封印することに成功した。ーー綾乃と共に」


 アゼルは淡々と続ける。


「弥月と綾乃は、それぞれ銀の指輪の中に封じられた。そして、一部の研究員たちはそれらを持って逃げようとしたんだ。しかし持ち出すことができたのは綾乃を封じた指輪だけ。それと弥月が作った武器だけだった」

「指輪……? まさかその綾乃を封印したものって……」


 ウィルの手が首元の指輪に触れた時、セイルがその場に膝をついた。

 耳鳴りと眩暈が酷くて、もう立っていられない。

 5つ並んだ檻ーーこの部屋に、以前セイルは居たはずだ。

 アゼルはセイルに駆け寄ったゼンに視線を向けた。


「シュイ=メイをここへ」

「……はい」


 ゼンはセイルの背中に触れたまま、シュイの封印を解いた。

 シュイはいつものように華麗なポーズをキメながら出現する。


「……おや? これはいつもと毛色が違うシチュエーションだね」

「相変わらずだな、シュイ=メイ」

「アゼル……だったと記憶しているが間違いは無いかな?」


 アゼルはニコリと微笑んだ。

 シュイは部屋の中を見渡し、そしてここがどこなのか、すぐに理解する。


「それで、こんな場所で僕に何の用だい? 我が主の眷属が苦しんでいるようだが」

「彼の閉ざされた記憶を開いて欲しい。記憶を操作するのは、君の方が得意だろう?」

「ふむ……?」

「な、なんだ? どう言う事? じーちゃん、この変態貴族の事知ってんの?」

「ウィル。目上の人に変態だなんて、失礼な事を言ってはいけないよ」


 アゼルは否定はしない。


「シュイ……セイルの記憶を、戻せるのか……?」

「さて、どうだろうね。やってみなければわからないが、リスクの方が大きい。どう転んでも僕は責任を負うつもりはないが、それでも?」


 あまりにも無責任な言葉だが、セイルは苦痛に歪めた顔で頷いた。


「……やれ……!」


 シュイは黙ってゼンの言葉を待つ。彼は主の許可無しには動かない。

 命の危険があるのなら、ゼンは賛成出来ない。セイルに昔の記憶があっても無くても、生きていなければ意味がないのだから。


「……頼む……」


 セイルの懇願する声に、ゼンは奥歯を噛み締め、拳を強く握った。


「全部思い出したら……昔のお前の恥ずかしい話、暴露するからな」


 そしてシュイへと静かに頷いた。


「美しい友情だね。僕には理解できないが、美しいものは大好きだ」


 シュイはセイルの頭に手を添え、長く複雑な魔法式を唱え始めた。


「なるほど……」


 目を閉じたシュイの瞼の裏に、無数の数式が走る。解が絡み合い、飛び交い、渦を巻いている。


「時間がかかるよ、黒の王子。君の意識が飛んだらそこで終わりだ。その苦しみに耐え続けたまえ」

「誰が……黒の王子だ……!」


 アゼル、ウィル、ゼンの3人は、シュイの集中を邪魔しないように少し距離を空けて見守った。


「ーー研究員たちが逃げ出した頃、ティルアとイシュタリアの戦争も『和解』という形で終結した。だから彼らは、自国ではなくイシュタリアに逃げた。帝国内に残っていればいずれ誰かに見つかり、綾乃も押収されてしまうかもしれないからね」


 アゼルは静かに話を続ける。


「そして彼らが一緒に持ち出したのが、弥月が作った武器ーー大剣、刀、魔法剣の3本だ」

「それって……」


 ウィルとゼンは、自分自身の手の甲に刻まれた紋章に視線を落とした。


「君たちが守護剣と呼んでいるそれは、弥月が生み出した武器だよ」


 2人は言葉を失った。すぐに飲み込める話ではない。


「正確には、弥月が書いた設計図通りに研究員たちが作り上げた武器だ。だからシュイ=メイも他の子たちも、おそらく弥月本人とは面識は無い」

「いや……え……? 待って……作ったって、どう言う事? キリーや村雨は……」

「弥月と同じ。もとはどこかから連れて来られた、ただの人間だよ」


 ウィルはその場に座り込み、頭を抱えた。

 アゼルの言葉が、まるで形を残さずに通り過ぎていく。


「でもキリーたちは、そんな事言ってなかった……自分でも自分の事がわからないって……」

「シュイ=メイが、彼女たちの記憶を消したからだ」

「……は?」


 アゼルは僅かに苦笑する。


「永遠に実体を失い、武器に囚われ続ける。キリーも村雨も、それを当然嘆いた。……ただし、彼だけは違った」


 なんで、と問おうとしてウィルは言葉を飲み込む。シュイのこれまでの言動を思い返せば、答えは見えている。


「しかもシュイ=メイは魔法に長けていた。人の記憶を改竄できるほどの腕前だ。そこで彼はキリーたちの記憶を消し、『守護剣の所持者を選ぶ精霊』としての役割を与えた。そうしてティルアよりもイシュタリアの方が安全だと判断した研究員たちは、ただの武器としてイシュタリアに献上したのだよ」

「……なぜ」


 ゼンは、苦しみに耐えるセイルから目を離さずに、アゼルに尋ねる。


「なぜ、そんなに詳しい?」

「その場に居たからだ」


 そう答えたアゼルの声には、どこか寂しさが含まれていた。


「私はこの施設に囚われていた竜族の1人。綾乃を持ち出した研究員と共にここを脱出し、守護剣をグリーンヒルに預けに行った。そしてその後、彼らと共に山奥の村でひっそりと暮らし始めたのだよ」


 それが、リムの村の始まりだ。


「綾乃の指輪は、ティルアの研究員が犯した大罪を忘れぬようにと、代々肌身離さず守り続けてきたのだ」

「代々、肌身離さず……?」


 ならば、その綾乃の指輪を今持っているウィルはーー


「俺、ティルア人なのか……? 人体実験を繰り返してた奴らの、末裔ってこと……?」


 ウィルの声は震えていた。

 喉の奥がひきつり、言葉がうまく出てこない。


「なんだよ、それ……なんなんだよ! そんなの、俺たちの方が悪者じゃねぇか!」

「ウィル」


 アゼルが伸ばした手を、ウィルは乱暴に振り払う。


「そりゃあ弥月も怒るよな! 勝手に頭の中弄って、手に負えなくなったら封印して……挙句に姉ちゃんまで奪って……!」


 ウィルは首元を掴み、勢いのままネックレスの鎖を引きちぎった。

 指輪は彼の手を離れ、乾いた音を響かせて床に転がる。


「キリーも村雨も、シュイもラグエルも……あいつら全員被害者じゃねぇか! 何が……何が守護剣だよ!!」

「おい、ウィル……」


 ゼンが呼び止めようと一歩踏み出したが、アゼルが静かに手を挙げて制した。

 アゼルは床に落ちた指輪を拾い、深く息を吐く。


「レイト家の子が15歳になった時に、この話を伝える決まりなんだ。彼らはいつも傷付き、その身に流れる血を呪い、嫌悪する」

「……だろうな」


 ゼンは低い声で応じる。

 ウィルの荒い足音は遠ざかり、重い沈黙が部屋を満たした。


「いつもと違うのは、昔話にしか登場しなかった弥月が、実際に現れたということ。そして剣の犠牲者ーーラグエルが増えた」


 アゼルの視線は、床に崩れ落ちたセイルへと向けられる。

 答えはきっと、セイルの封じられた記憶が知っている。






「くそっ……くそ! くそったれ!!」


 ウィルは雪を荒々しく踏み付け、森の中をあてもなく歩き続けた。

 行き場の無い激しい怒りが、胸の中で暴れ回っている。


 ーー弥月はただ、姉を取り返したかっただけじゃないか。それを拒んだから、ウィルの両親は殺された。

 国同士の争いに巻き込まれ、頭の中を弄られ……その怒りはかつての研究員の末裔に向けられた。


「自業自得じゃねぇかよ……」


 こんな真相、知りたくは無かった。


 ウィルは左手の紋章を指先でなぞる。

 未来永劫、剣に閉じ込められたキリー。そんな残酷な運命を知った時の彼女は、シュイが記憶を消すほどに、絶望したに違いない。


 堪えきれずに込み上げてくる涙を落とさぬよう、ウィルはそっと空を仰ぐ。冷たい雪が音もなく舞い、視界の奥で揺れた。


 その白の中にーー一黒い煙が一筋立ち上がっている。


「……?」


 煙は、リムの村の方向だ。


「まさか……っ!」


 ウィルは反射的に踵を返し、施設の中へと飛び込んだ。


「じーちゃん! 村で何かが起きてる!」


 アゼルははっと顔を上げ、セイルたちの様子へと視線を走らせる。まだ時間がかかりそうだ。


「私とウィルは村へ戻る。ゼン、ここを頼んだよ」

「……わかった」


 ゼンの頷きを確認すると、アゼルとウィルは村へと急いだ。


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